第六十話 重ねがけ

 プラントガルムの使う『デビルリーフ』は、植物系の魔物がよく使ってくる技だ。攻撃と防御の両方を兼ね備えている――拘束して体力と魔力を吸収する、そこまでがセットになっている。


「……逃げ、て……っ」

「済まないが、助けさせてもらう。こんなところでつまずく必要はないんだ」


 俺は両手を広げる――二体のプラントガルムは牙の生えた葉を、俺に向かって伸ばしてくる。


 皆から見れば、自分から攻撃されに行ったように見えるだろう。蔦が身体に巻き付いてくる――噛みつかれ、体力と魔力が吸われ始める。


 しかし、これくらいの牙では俺の身体に傷はつけられない。体力と魔力の吸収速度も遅い――2体がかりで、1分で10も吸えればいいところだ。


「力が欲しいなら、こっちからくれてやる……!」


《神崎玲人が特殊魔法スキル『チャージルーン』を発動 即時二重発動》


 左手と右手の先に、同時に呪紋を発生させる――『チャージルーン』を二つ重ねるとどうなるか。ここまでは『呪紋創生』を使わなくてもできる、スキルの応用だ。


「――ギィィィィッ……!!」


 一気に俺の魔力が流れ込んで、今まで言葉を発しなかった植物が悲鳴のような音を出す。『チャージルーン』を二重掛けすることで起こるこの現象は『オーバーチャージ』だ。


 バッテリーを充電しすぎて発熱や液漏れが起きたりするのと同じ。限界を超えて魔力を注ぎこまれれば、器が耐えられなくなる。


《プラントガルム2体に魔力の過剰回復が発生》


《伊那美由岐 社奏 木瀬忍の拘束が解除》


 急速に植物が枯れ、拘束されていた伊那班の三人が解放される。他にも方法はあるが、味方にダメージを与えずに魔物だけを倒す手段としては、これが一番手っ取り早かった。


《プラントガルム 2体 討伐者 神崎玲人 伊那班》


《討伐に参加したメンバーがEXPを30獲得 報酬が算定されました》


《魔植物の蔦を2つ取得しました》


《魔石の欠片を1つ取得しました》


 できれば全員が戦闘に参加したいところだが、今回は仕方がない。俺は倒れている三人に近づく――伊那さんは捕まって間もないが、彼女の防具は『デビルリーフ』の牙で噛み裂かれてしまっている。


 俺はといえば、牙は防具を貫通しておらず、全くの無傷だった。防御力は装備者の素のステータスと防具の合計となるため、もしTシャツで攻撃を受けたとしても俺の場合は無傷だろう――あまりにシュールなので、そんな姿は仲間に見せられないが。


「私は、貴方たちを挑発したのに……どうして……」

「誰かが危ない時は助ける、それを躊躇する理由なんてない」

「っ……」


 伊那さんは顔を伏せてしまう。肩を震わせて、泣いているようだ――厄介な相手だったとはいえ、本来Fランクの魔物は彼女たちにとって確実に倒せる相手だったのだろう。


「『洞窟』にこんな魔物がいるなんて……事前の情報収集ができてませんでした。私たちの完敗です」

「……助けてくれたこと、礼を言う。神崎玲人、噂以上の強さだな」


 落ちていた社さんと木瀬君の武器を、黒栖さんと坂下さんが拾ってきて渡す。伊那さんの三節棍は雪理が拾っていた。


「まだ、最初の魔物と戦っただけよ。伊那さん、私はあなたの実力を見ていないわ」

「実力なんて……私はFランクの魔物にも勝てなかった。討伐科ナンバー2の班だなんて、自分の力を過信して……仲間二人も守れなかった……!」

「スキルの相性が悪いことはある。そういう魔物が出たときに、相性が悪いなりに対応できるように対策することはできる。それでチームが強くなるのなら、負けるのは恥ずかしいことじゃない」

「私は絶対に負けてはいけなかったんです。あなたに何が……っ!」


 伊那さんは俺に掴みかかろうとする――しかし足元がふらつき、バランスを崩して倒れ込んでくる。


「は、離して……っ、私はあなたの助けなんて……っ」

「助けがいらないなら、自分の足で立てばいい。交流戦でのベストメンバーは、相手次第で変わることもあるだろう。それもスキルの相性によるものだ」

「私が、あなたたちと一緒のチームで通用すると言うんですか……? それこそ、過ぎた情けではないですか……」

「情けじゃない、本当のことを言ってるだけだ。雷のスキルは場合によっては強さを発揮する。班の二人だって、そういう強みを持っているはずだ」


 《アストラルボーダー》には、『死に職』は存在しないとされていた。『ネタ職』と呼ばれるものがあっても、スキルを使いこなせば唯一無二の活躍ができる。


 三人の職業は見たところ『棒術士』『スカウト』『ガンナー』と言ったところだろうが、三つともがメジャーな職業で、活躍の場もしっかりと想像できる。


「俺は交流戦に出場できるなら、いい結果を残したい。伊那班の三人も同じ気持ちなら、俺にアドバイスできることはあると思う」

「……あ、あなたは……お人好しもいいところじゃないですか。強さは反則的で……何でも見透かしているような態度も、気に入りません」

「そ、そうか……ごめん、アドバイスするなんて言って」


 思わず上からの物言いになってしまっていた――交流戦メンバーの間の関係は、フラットであるべきだ。


「何を謝ってるの……伊那さんを甘やかしすぎているわよ、玲人」

「あ、甘やかされてなんて……私は折倉さんに負けたわけじゃありません。神崎君、あなたには大きな借りができましたから、言うことは聞いてあげます」

「美由岐さんがそう言うなら……まあ、私は助けてもらった時点で、神崎君には感謝しかないですが。ありがとうございます」

「過剰回復で倒すという方法には驚きしかない……君との力の差を思い知らされた。俺たちが強くなるにはどうすればいい? こんなことを言うのは何だが、恥を承知で教えを請いたい」


 伊那班の三人はそれぞれ方向に違いはあるが、俺のことを認めてくれたということでいいようだ。


「神崎の指揮を受ければ、良い経験を積むことができるだろう。僕も彼には驚かされるばかりで、その理論の一端も理解できていない」

「いや、それは大袈裟だけど。ここで経験を積めば『市街』の特異領域ゾーンに入れるようになるなら、もう少し続けて……」

「玲人さん、その、伊那さんは服が……どうしましょう、一度脱出した方が……」

「これくらいなら大丈夫です。まだ一体しか魔物を倒していないのに、脱出するわけにはいきません……損害の方が大きいと、評点にも響きますし」

「それなら、続行ということね。玲人、あなたが伊那班の指揮権を移譲されたということみたいだから、彼女たちを指導してあげて」

「いえ、お嬢様、私たちも神崎様から学ぶことが……」


 学園の門が閉まるまでには特異領域を出なければならないので、ブレイサーで確認してみると残りは一時間ほど――その時間内に、もう少し収穫を得たいところだ。

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