第五十八話 洞窟

 放課後に改めて討伐科を訪れた俺と黒栖さんは、雪理たちに案内されて特異領域に向かった。


 風峰学園において、討伐科の管理下に置かれた特異領域ゾーンは三つあり、『平野』『洞窟』『市街』の順に難度が上がっていく。


 平野ではランクG、洞窟ではF、旧市街ではEまでの魔物が出現するらしい。平野は冒険科の管理しているものと難度が同じだ。


「『市街』って、特異領域が街に発生したってことなのかな」

「いいえ、中に足を踏み入れたときの光景が、市街地のように見えるかららしいわ」

「そこが一番難しいんですか? 洞窟の方が難しそうなイメージがあります」

「特異領域の地形と、出現する魔物の強さに相関性はないわ。それに、市街は魔物が隠れるところが沢山あるのも難度が高い理由でしょうね」

「射線の確保が難しいので『市街』は厄介ですね。そういった地形に対応するためにもスキルや武器を工夫する必要があります。地形によって役立たずということにもなりかねないのでね」

「これから入る特異領域は『洞窟』になります。あの森の中に入ってしばらく進むと侵入するようですが……伊那さんたちはもう入っていったようですね」


 ランクFの魔物なら、ランクGが楽勝なレベルの三人パーティなら負けることはないと思う。しかしステータスを確認する手段がないので、実際の戦いを見て強さを判別することしかできない。


 レッサーデーモンはランクEで、雪理が正面から渡り合えることは確認している。しかし、一人で仕留めきれるところまでは行っていない――俺の見立てだと、雪理の強さはレベル20くらいだろうか。


 場合によっては格上の魔物を討伐できそうなほど、彼女の固有スキルは強力だ。しかし伊那さんたちが固有スキルを持っていないなら、その強さは順当にレベル20未満に相当するということになる。


「まあ、見てみないとわからないか……」

「私も伊那さんの班と模擬戦をしていないから、彼女の強さを肌で感じてはいないわ。けれど、強いということはわかる。女性で三節棍使いというのも珍しいわね」

「三節棍か……純粋な打撃武器なら、相性によっては倒せない魔物もいるぞ」

「それを補うのが彼女のスキルと、班員二人ということでしょう。私達も気を引き締めてまいりましょう」


 坂下さんは前衛として、率先して前を歩いていく。討伐科校舎から東にある森、その中に足を踏み入れてしばらく経つと、周囲が霧に覆われ――さらに進むと、風景が切り替わった。


《特異領域に侵入しました 風峰学園洞窟 フロアワン オートリジェクト可能》


 先に入って待っていた伊那さんは、他の班員と共に武装を整えた状態だった。


 伊那さんは動きやすいような半袖の訓練服を着ていて、胸にプロテクターをつけている。金色の髪にカチューシャをつけているが、それも防護機能があるもののようだ。


 他の班員は三つ編みの女子が双剣――ツインダガーを持っていて、寡黙そうな男子はアサルトライフル型の銃を持っている。実弾を撃つものではなく、魔力を込めて撃つもののようだ。


 前衛が二人に射手となると、雪理の班と同じく攻撃的な布陣だ――それもあって、伊那さんのライバル意識が強いのかもしれない。


「ちゃんと来ましたね。あなたのそういう律儀なところは好きですよ、折倉さん」

「私たちも、元から特異領域で訓練しようと思っていたのよ。それで、これからどうするの?」

「他の班がいるところでは邪魔が入りますから、こちらの経路でフロアツーに向かいます。魔物が出現したら、その時はそれぞれ自由に戦いましょう」

「分かったわ。あなたたちから先に行く?」

「いいのですか? あなたたちが戦う魔物が残らないかもしれませんよ」

「それだけ自信があるということね。期待しているわ」


 雪理も一歩も引かず、そんな二人を見て黒栖さんが戦々恐々としている――それはそうだ、二人の張り合いを見ているとこちらまでハラハラする。 


 しかし当の雪理が落ち着いているので、坂下さんと唐沢も挑発に乗ることなく冷静だった。やはり雪理はこの班の精神的支柱だ。


「では、続けて私が先行します」

「坂下さん、ちょっといいかな。物陰に潜んでる魔物の奇襲を防ぐスキルっていうのがある」

「そ、そのようなものが……どうやって使うのですか?」


《神崎玲人が強化魔法スキル『ディテクトルーン』を発動》


 奇襲確率を低減するスキルだが、これを使うと第六感のようなものが働く――エスパーというか、強化人間になったような気分になれる。奇襲を感知して反撃するのは存外に爽快なもので、パーティの皆にも好評だった。


「拳に紋様が……これが神崎様のスキルの効果なのですか?」

「この文字が浮かんでる間は、奇襲を察知できる可能性が上がります」

「玲人は器用というか、本当に何でもできるのね……私にも使ってもらえる?」

「一人に使うと、パーティ全員に効果があるんだ。使ってる間オーラを消費するけど、それは問題ない」

「神崎はやはり、オーラの量が桁違いに多いんだな……どうやって鍛えられるものなんだ?」

「鍛錬あるのみ……かな。俺も説明しにくいんだけど、魔物と戦ったりすることで経験を積めばレベルが上がる。そういう感覚かな」

「ゲームのようだな……そうか、討伐隊で行われているという、能力の数値化。それでレベルが分かるようになるということか」


 俺は自身のステータスを見ることはできるようになり、ある程度任意でスキル振りもできるようになった。


 どうやら、俺は『現在より高いスキルレベルが必要になったとき』にスキル振りができるらしい。スキルポイントが尽きてしまえばそれまでだが、すでに高レベルの魔法スキルを取得しているので、そうそうポイントが足りなくなるほど一気にスキル振りをすることはないだろう。


「あの、玲人さん……」

「そうだ、スキルを使えるようにしておかないとな。みんな、少し離れてくれるかな」


《神崎玲人が強化魔法スキル『マキシムルーン』を発動》


「っ……準備ができたみたいです」

「よし。じゃあやってみようか」

「はい、いきますっ……『転身オーバーライド』っ!」


《黒栖恋詠が特殊スキル『オーバーライド』を発動》


《黒栖恋詠が魔装形態『ウィッチキャット』に変化》


 黒栖さんの足元から生じた光の輪が、彼女の身体を包み込み――着ていた訓練服が、黒い魔力で強化される。


 猫耳に尻尾、そして猫の手。果たして雪理たちの反応は――と思ったが、想像していた以上に好意的なものだった。


「……そのような可愛らしい装いになるスキルがあったのですね」

「坂下、興味があるの? 私は可愛いと思うけれど、自分がしたいとまでは思わないわ」

「お嬢様、それでは興味があるとおっしゃっているようなものでは……いや、幸せものだな、神崎は」

「あ、あの、これは戦いに備えての準備なので……っ」


 黒栖さんが慌てて説明しようとしたところで――洞窟内に轟くような声が聞こえた。


「――グルルォォォォッ!!」

「この魔物……っ、どこから……やしろ木瀬きせ、展開して囲むわよ!」

「了解ですっ……!」

「……!!」


《プラントガルム3体と遭遇 伊那班 交戦開始》


「プラントガルム……まずい、こいつは……っ!」


 名前を聞いただけでもぞっとする――ランクFの魔物にも含まれる、できれば相手をしたくない敵。


「私たちも急ぎましょう……っ!」

「先行した伊那班も奇襲を受けてる、気をつけてくれ!」

「――来ますっ!」


 先行した伊那班をわざと見逃した、魔物の群れ――岩陰から姿を見えたそれは、大型の犬のような魔物だった。


 しかしこの犬の背中に生えている植物の蕾のようなものが、場合によって悲惨な事態を生む。近接メンバーがその餌食にならないよう、俺は敵の動きに注視して警戒を強めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る