第五十七話 火花

 古都先輩はしばらくすると目を覚まし、保健室で少し休んでいくことになった。


「すみません、お手数をおかけして……」

「俺こそすみません、驚かせるようなことを言ってしまって」


 古都先輩は気を失ってしまったことを気にしているのか、少し顔を赤らめていた。


「お恥ずかしいところを見せてしまいました……先輩としてしっかりしないといけませんね。次はどんなお話をされても、倒れたりしませんので」

「無理しちゃだめよー。神崎君も気をつけてね、どんな話をしたのかは知らないけど、今度同じことがあったら先生も事情を聞きますからねー」


 保健室の先生は小柄な女性で、話し方からしてゆるふわという雰囲気だ。しかし真面目に釘を刺されているので、次からは気をつけないといけない。


「他の科の先輩を失神させちゃったなんて、字面だけ広まったら大変なことになっちゃいますからねー」

「い、いえ、玲人さんはそんなことは……っ、してないですよね?」

「悪意があってしたわけじゃなくて、結果的にそうなったというか……すみません、次からは本当に気をつけます」

「よろしい。神崎君、まだお昼は食べてないの? それならまだ時間あるから行ってらっしゃい、古都さんは私が見てるから」

「ありがとうございます、先生。神崎くん、また後で連絡しますね」


 今回のことで先輩の俺に対する見方が変わったりとか、そういうことが無くて良かった。しかし気を失うほど驚かせたのは間違いないので、今後はくれぐれも自重していきたい。


 ◆◇◆


 討伐科の校舎は冒険科とは構造が違い、一つの校舎が広く作られている。


 制服のつくりを見ても思ったことだが、冒険科とは環境に格差がある――ロビーを走り回って掃除をしている魔法生物は討伐科でしか見ないし、ロビー中央にあるモニュメントは前のときは動いていなかったが、今は公園の噴水のように水を撒いている。


 ロビーも生徒たちの憩いの場のひとつのようで、見かけるグループごとにネクタイ・リボンの色が違っている。どうやら学年ごとに色が変わるようだ。


「同じ学園なのに、校舎のつくりが全然違うんだよな」

「討伐科は冒険科より生徒が少ないんです。冒険科は一学年三百人、討伐科は二百人が定員なので」


 黒栖さんがそう教えてくれる。しかし討伐隊に入るのは難しいらしいので、全員が討伐者になるわけではなく、進路もさまざまだったりするのだろうか。


「レベル1のゾーン、攻略できたか?」

「一ヶ月くらいで抜けられりゃいいって言われてるけど、結構キツイよな」

「Aクラスの生徒はもうレベル2に行った生徒もいるらしいぜ」

「やっぱ姫の班だろ、バランス取れてるしつえーもんな。模擬戦でも今んとこ無敵だろ」


 姫という言葉からイメージするのは、やはり雪理だ。首席の彼女が一番進度が早いというのは順当だろう。


「Aクラスってもう一つ強い奴らがいんだろ? 折倉班とまだ当たってないらしいじゃん」

「ああ、伊那いなさんの班な。中学のとき女帝って言われてたらしいじゃん、県内では強かったから」

「県内二位で全国出て、二回戦敗退だっけ。でも強いよな、うちの一年じゃ」

「他の二人は無名なんじゃね? クラス対抗戦で当たったらわかるか」

「Cクラスの俺らがAの連中とどこまでやれんのかね。まず姫に当たったら瞬殺だな」


 男子生徒たちが笑い合う――雪理は彼らからすると、笑うしかない強さだということだろう。


「でもなんか、冒険科に強い奴が混じってたらしいじゃん」

「冒険科の代表そいつに決まったってほんとか? 灰島先生の授業受けた奴が聞いたらしいけど」

「まあ姫には勝てないんじゃないの? 冒険科が討伐科のエースより強いなんて聞いたことねーし」


 すでに折倉さんと訓練したことがあるとか言ったら、彼らはどんな反応をするだろう――想像はするが、さっき自重を決意したばかりなので、何も言わずに通り過ぎる。


「玲人さん、討伐科の人たちにうわさをされていましたね」

「灰島先生が普通に話しちゃってるみたいだな……あの人が考えてることは、まだよく分からないんだけど」

「悪いことではないと思います、先生は本当に玲人さんのことを凄いと思って話しているんですよ、きっと」

「そうだといいな。黒栖さんの前向きさを、俺も見習わないと」

「……玲人さんがいなかったら、私はこんなふうになれてないです」

「そ、そうかな……」


 黒栖さんは自分で言っておいて、耳まで真っ赤になっている――というより、やはり前髪が長すぎて表情が見えない。


 そのうち顔を見せてくれるようになるだろうか、と思いつつ食堂に着く。雪理の姿を探すと、他の生徒と話しているようだった。


「折倉さん、今は取り込み中でしょうか?」

「挨拶して悪いってことはないだろう。とりあえず、来たことは知らせておこう」


 雪理に近づくと、会話が聞こえてくる――どうやら交流戦のことを話しているようだ。


「先発メンバーに、冒険科の代表を推すのはなぜですか。折倉さんは討伐科の生徒だけで組むべきとは思わないのですか」

「私は実力を見て判断するべきだと思うわ。冒険科の神崎君とは、一度手合わせをする機会があって、実力は確認しているの」

「折倉さんが確認しても、私はまだ彼をよく知りません。その、神崎君ですか? スキルの相性次第で、限定的に強いということは?」

「今の時点で、伊那いなさんに彼の能力について話すことはできない。けれど、あなたの懸念にはあたらないとだけは言えるわ」


 一気に空気が緊迫する――黒栖さんが慌てているので、落ち着かせるために笑いかける。


「大丈夫、もう少し様子を見ていよう。雪理も喧嘩がしたいわけじゃないと思う」


 雪理はまだ俺たちがいることに気づいていない――そろそろ視界に入ってもおかしくないが、伊那さんたちに意識を向けている。


 伊那さんと一緒にいる二人は同じ班なのだろう、男子と女子がいる。雪理の班の坂下さんと唐沢が、伊那さんの班員と視線を交錯させている。完全にバチバチしてしまっている、状況だ。


「本当に大丈夫でしょうか……?」

「……大丈夫だと思いたいな」


 雪理よりも、班員二人のほうが好戦的に見える――というより、雪理を尊敬しているからこそ伊那さんの圧をかけるような態度に反発しているのだろう。


「折倉さんだけが神崎君の実力を知っているという状況、それはバランスが崩れています。私も交流戦メンバーとして、神崎君のことを知る機会があっても良いはずですね?」

「それは神崎君次第ね。私の一存で決められることじゃないわ」

「では、こういった形はどうでしょう。私たち伊那班と、折倉班……そして神崎君との合同で、ゾーンでの実習をしませんか?」

「それも、神崎君の意思が大事と言っているでしょう。あなたの勝手で彼を振り回すようなことをしたら、私が……」


 雪理は俺の意思を尊重してくれている。俺としては、伊那さんが納得するのなら、合同でゾーンに入る自体はかまわない。


「雪理たちと一緒にゾーンに入るとしたら、黒栖さんは……」

「私も一緒に行きます。足手まといにならないように、頑張ります……っ」


 黒栖さんは即答で答えてくれる。彼女と頷きあった後、俺は雪理たちの話に割って入った。


「その提案、受けるよ。学園内の特異領域ゾーンに入って訓練してみたいっていうのは、前から雪理と話していたから」

「玲人……」


 伊那さんは俺の姿を見て目を見開きつつも、すぐに落ち着きを取り戻す。金色の髪が示す属性は光や雷があるが、彼女の場合は雷だ――『魔力探知』で属性が感じ取れる。


「あなたが神崎玲人……折倉さんの認めた相手。さすが、度胸が据わっていますね」


 俺のことを知らないような口ぶりだったのに、フルネームで知っている――つまり、事前に俺のことを調べていたのを伏せていたということだ。


「そういった方は嫌いではありません。強い人は強いなりの精神性を持つべきです。そうは思いませんか? 折倉さん」

「否定はしないけれど、玲人のことを気に入ったなんて、今さら言い出すつもり?」

「嫌いではないと言っただけです。私より弱いのであれば興味はありません。せいぜい楽しませてくださいね、冒険科のエースさん」


 あくまで自分が勝てるという自信があるのか、伊那さんは悠然とした態度で、班員を連れて立ち去った。


 雪理はふう、とため息をつく。俺は黒栖さんと一緒に、彼女の向かい側に座る――坂下さんと唐沢も移動してきて、雪理の側の席に座った。


「ごめんなさい、伊那さんがあなたのことを疑っているものだから、つい大人気ない態度を取ってしまって……」

「いや、俺のことで怒ってくれたのなら、それを謝ることはないよ。むしろ、お礼を言いたいくらいだ」

「……お嬢様、良かったですね。神崎様はやはり、お嬢様のお考えを理解していらっしゃいます」

「何を言ってるの、坂下……唐沢も思わせぶりに眼鏡の位置を直すのはやめなさい」

「神崎君……いや、神崎の言うべきことをしっかりと言える胆力は、僕も見習いたいところです」

「わ、私もそう思ってます、玲人さんみたいに、いえ、玲人さんの百分の一だけでも、落ち着きのある人になれたらって」

「そんなに持ち上げられてもだな……そうだ、昼を食べてもいいかな。購買で特製焼きそばパンを買えたんだ」

「っ……そ、それは週に一度しか売られていない、冒険科購買部限定の焼きたてコッペポーク焼きそばパン……!」

「唐沢はB級メニューというものに目がないの。あまり気にしないであげて」


 期せずしてレアアイテムをゲットしていたらしいが、唐沢の目の前で焼きそばパンを頬張る――黒栖さんも持参した弁当を広げて、ようやくランチの時間が始まった。残り時間が少ないので、それなりに急ぐ必要はあったが。 

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