第四十九話 選択

 交流戦に参加して良い結果を出すことで、討伐隊との接点を作る――それを当面の目標の一つとしたばかりで、まだ討伐隊の人と話すのは先になると思っていたのだが。


 先に行った黒栖さんと折倉さんも、俺が呼び止められたことに気づいて足を止めている。待っていてくれるのなら、ここで話をしても大丈夫そうだ。


「神崎君、帰ってきたばかりのところだと思うけど、紹介したい人がいるんだ」

「私は朱鷺崎市討伐隊に所属する、第二部隊隊長の綾瀬という」


 綾瀬さんは頭につけるヘッドギアのようなものを今は外していて、手に持っている。長い黒髪は動きやすいようにということか、ポニーテールにしていた。


 討伐隊の装備は俺が知っているような迷彩柄・カーキ色の軍服といった感じではなく、近未来的というか、SF的な感じのするデザインだ。


 折倉さんが訓練所で着ていたスーツと通じるものがある。『アストラルボーダー』でも純ファンタジーではなく、科学的な要素の入った装備品が多かったが、この現実リアルにおいてはファンタジー要素より科学要素が前面に出ている。


「初めまして、冒険科一年の神崎です。綾瀬さんは、灰島先生と知り合いなんですか?」

「さあ、どうかな……と冗談を言ってると、彼女の気分を害するからね。まあ、僕たちは風峰学園で同期だったんだよ」

「灰島も討伐隊に所属していたが、今は一度学園の教師として籍を移している。この学園こそ、将来の防衛の要なのでな。有望な生徒を見出し、その生徒にはより能力を伸ばすための機会を与える。それが灰島の現在の任務だ」

「任務というか、所属も仕事も先生だけどね。君が実習で出した結果については、他の生徒と比べると逸脱して優れていた……それで、旧知の仲であるところの綾瀬さんに報告させてもらっていたんだ」

「言い方。ん……コホン、済まない。灰島から勝手に報告されていたなどと、神崎君としては不信感を覚えるかもしれないが……」

「そんなことはないですよ。俺も、討伐隊の人とできれば話したいと思っていたので」

「む……そ、そうか。それならば良かった……」


 初めは硬質な空気をまとっているように見えたが、徹底した軍人気質というわけでもないようだ――それとも、俺の反応が意外だったのか。


「神崎君、君は将来討伐隊を志望してるのかい?」

「いえ、そこまでは……魔物が出たとき、周りの人を守ることはしたいとは思っています」

「それだけでも、討伐隊としてはとても助かる。民間の討伐者バスターに相当する強さを持つ人々が、戦局を左右することもあるのでな」

「俺は、討伐者バスター相当と評価されてる……そういうことですか」


 その質問に綾瀬さんはすぐに答えない。しかし、その目が答えを示していた。


「学生の討伐者バスターは、現状この市には一人もいない。討伐隊の要請を受けて魔物に対応するなどの場合はあるけれど、それは討伐者バスターとしてじゃない」

「……神崎玲人君。私たちは君を討伐隊の一員として迎えいれるか、より環境の良い育成機関に行くことを推奨したいと思っている」


 綾瀬さんの言葉は急にも思えたが、それが目的で俺と話しに来たのだろうということは薄々と分かっていた。


 黒栖さんと折倉さんにも聞こえたようで、彼女たちの様子が変わる――『生命探知』で感じる心臓の鼓動が、早まっている。


 そんな二人の不安を少しでも早く無くしたい。だから、それほど迷いはしなかった。


「お誘いをいただき、光栄に思います。ですが、俺はまだこの学園に入ったばかりですし、今の場所でもできることは多いと思いますから、辞退します」

「そうか……そうだな。話を急いですまなかった」


 そう答える綾瀬さんだが、どこか安心しているようにも見えた。初めから、決定を俺の意思に委ねてくれるつもりだったのだろう。


「神崎君はすでに、今回起きた特異現出の現場で大きな貢献をしている。疑いようもなく、討伐隊の一部隊よりも大きな戦果だ……それを知っているのは一部の人間で、まだ公にはできないけれどね」

「それは大丈夫です、俺は俺にできることをやっただけですから」

「君の存在と、その力が広く知れるようなことになると、色々と周囲が騒がしくなるかもしれない。風峰中学校と、駅近くのビルに出た災害指定個体については、討伐者の情報を開示せずにおくこともできるが……」

「できれば、伏せてもらう方向でお願いします。誰がやったかよりは、人を助けられたことの方が大事ですから」


 その情報が開示されることで何が起きるのか――ソウマたちがログアウトできていたとして、俺がどうしているかを知るきっかけにはなりうる。 


 だが、俺と一緒に暮らしている妹のこともある。俺が災害指定個体を倒す力を持っていると知れたとき、それを利用しようとする輩もいるかもしれない。そうである以上は、自分の情報は可能な限り自分でコントロールできたほうがいい。


「ランスワイバーンに襲撃されていた討伐隊を救援してくれた件については、情報は我々の間で共有されている。神崎君、君は私たち皆が敬意を払う対象だ。君がいなければ被害は拡大していたし、今も警報は解除されなかっただろう」

「そんな君が討伐隊に入ってくれれば……というのは、君の将来にも関わることだ。しかしこれからも、できるなら討伐隊に力を貸してもらいたい。不甲斐ない大人ばかりで済まない、本当に」


 灰島先生が頭を下げる――綾瀬さんもそれを見て倣おうとしたが、俺はそれを制する。


「魔物がどうして現れるのか、彼らを倒すために必要な装備などについても、これから相談させてもらえればと思っています。綾瀬さん、討伐隊には能力を測定する器具とかはあるんでしょうか」

「能力測定については、体力テストのような形で行うことはできる。個人が持っているスキルについては、それを使用してもらうことである程度解析は可能だ。もし調べてみたい場合は、私に連絡してくれればいい」

「ありがとうございます」


 綾瀬さんは左の手首を俺に見せてくる――そこに着けられているのはコネクターだった。


綾瀬あやせ柚夏ゆずかがリンクコードを要求しています》


 バディになる以外でも、リンクコードによって通話が可能になるらしい。討伐隊の隊長クラスの人と連絡できるようになった――こちらから連絡するとしても、重要な機会に限られるだろうが。


 リンクコード要求を承諾すると、綾瀬さんは俺にコネクターを見せて微笑んだ。


「これで最低限の任務は果たせたと言っていい。君には今後も期待している」


 満足そうに帰っていく彼女を見送る――そんな俺を、灰島さんが楽しそうに見ている。


「ああ言っているけど、彼女はたぶん君と一緒に戦いたいんじゃないかな。そのために現出が起きてほしいってわけじゃないけどね」

「確かに、緊急警報はそうそう起きてほしくないですが……必要なら、協力して戦わせてもらえればと思います」

「いつ起きてもおかしくはないが、起こらないときは起こらない。だからこそ、日頃から備えておく必要がある。君がこの学園に残る選択をしてくれたこと、先生としては嬉しく思うよ。君の背中を見て、学園の生徒たちも強くなるだろう。追いつけるかどうかは別としてね」

「それは俺にとっても刺激になります」

「……君は本当に……いや、そろそろ引き止めておくのも悪いか。次はまた実習のときになるだろうけど、その時はよろしく」


 灰島先生が気遣ったのは、待っている黒栖さんと雪理に気づいていたからだろう。


 二人は緊張した面持ちでいる。近づいていっても、まだ何も言ってはくれない。


 綾瀬さんに対して答えは出したが、改めて伝えるべきだろう。俺がこれからどうしたいのかを。


「俺はここにいるよ。まだ入学したばかりだし、この学園でやりたいことも沢山ある」

「玲人さん……」

「玲人が選んだことなら、私は賛成するわ。でも……玲人は、本当に……」

「俺は自分に嘘はつかない。ここに居たいと思うから居る、それだけだよ」

「「っ……」」


 涙ぐんでいた黒栖さんが、笑う。雪理は今になって目を潤ませ、それを悟られないようにそっぽを向く。


 夕日は沈んで、あたりの照明が点灯する。黒栖さんと別れて学園の外に出て、戻ってきて――気づけば随分時間が経っている。


「……二人とも、夕食とかはどうする? 俺は妹に連絡してから、できればどこかで食べようと思ってるんだけど」

「は、はい……私も、外食などは大丈夫です。でも、警報のあとでお店が営業しているかどうか……」


 雪理はやはり家で食事をするだろうか――そう思ったのだが。彼女はスマートフォンを操作して、何かの地図を表示して見せてくる。


「これだけのお店は営業しているみたい。角南に話しておくから、車で行く?」

「っ……い、いいのか?」

「私の家は、友達と一緒にいて帰りが遅くなったくらいで怒られたりはしないわ。そういうイメージを持たれているみたいだけど」

「いや、そんなことは……素直に嬉しいよ」

「……黒栖さんも私も、あなたの話が聞きたいのよ。黒栖さんと学園で別行動になって、私のところに来るまで……どんなことがあったのか教えて」


 夕食をどうするかと聞いたのは、ふとした思いつきだった。二人とも家で食べると言って、それで解散でもおかしくないと思ったのだが――。


「不破君、神崎君たちがA5和牛食べに行くって言ってる……私たち平民はどうなるの?」

「……あいつらとつるめるくらい、自分のレベル上げろってことだろ。俺はそういう問題以前だけどよ」


 南野さんと不破が、いつの間にか昇降口から出てきている――クラスの皆も帰宅許可が出たようで、学園内が賑やかになっている。


「神崎君、おかえり! 黒栖ちゃん、相方が帰ってきてくれてよかったね!」

「あ、相方というのは、その、恥ずかしいので……私たちはバ、バディです……」

「雪理お嬢様も外で魔物討伐を……? 激しい戦いの後なのに、なんて麗しいお姿……」

「雪理様が神崎と食事を……先回りだ! 店の中で神崎の行動を監視するぞ!」

「A5和牛の店だと……くそ、財布に五百円しかない……!」



 南野さんの発言を鵜呑みにする雪理の親衛隊たちだが、実際に俺たちが英愛と合流して向かった先は、英愛の希望で選んだファミリー向けのレストランだった。

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