第四十二話 雪理の視点・1

 風峰学園討伐科の一年生は、実習として市街に出て、魔物が現出したときに対応する訓練を行っている。


 今日も同じ班の坂下、唐沢の二名と一緒に車で担当場所の付近に移動し、辺りの警戒を行っていた。


 学園まで車で5分ほどしか離れていない場所。駅近くのビルが並ぶ市街を歩いているときに、それは起こった。


朱鷺崎ときさき市の複数エリアに、緊急警報が発令されました』


『該当する地区で特異現出が起こる可能性があります。警戒指定区域は風峰学園附属中学校、北区、西二区、東一区、遠海ヶ浜周辺――』


「雪理様、他に2つの班がこの付近にいます。連携を取りながら、魔物の現出に備え……」

「――待って、坂下。あのビルの上……唐沢、確認できる?」

「ええ……もう、ようですね」


 唐沢がスコープを通して、私の示した方向を確認する。


 ――魔物が現出するときに、空に生じる黒い渦。それが、近くのビルの上空に現れている。


 私達の仕事は、倒せる範囲の魔物であれば対応すること。もしくは、あの黒い渦――『現出門』の出現を討伐隊に報告すること。


「……スノウ、学園に回線を接続して。現出門を発見、座標位置を……」


 コネクターのAIに頼もうとしたとき――私はビルの上をもう一度見て、魔物が現出する瞬間を目にした。


 そして聞こえてくるのは、悲鳴。あのビルの屋上に、若い女性がいる。


「……あんなところに……いけない、坂下、唐沢、あのビルの屋上に急行し、即時対処を行います!」

「かしこまりました、お嬢様……っ!」

「ここでは射線が通らない……出現した瞬間に撃てていれば……っ!」

「反省は後にしましょう……今はあの人を助けないと……!」


 ビルのエントランスに入ると、男性の警備員が私たちを止めようとする。


「君たち、警報が出てるのにこんなところで何を……っ」

「私達は風峰学園討伐科です。このビルの屋上に、魔物が出現する門が現れました」

「なっ……い、いくら警告が出たからって、そんなにすぐに出てくるのか……?」

「ビルの外から目視で確認しています。皆さんは、スマートフォンの避難情報アプリケーションを利用して、できるだけ警報の出ている区域から離れてください」

「わ、分かった……っ」


 警備員の男性は、それ以上疑うことをせずにいてくれた――いつもこうだと助かるのだけど、魔物が出てきて危険だと知らせても、納得しない人はいる。


「屋上に人がいて、魔物に襲われている可能性があります。あのエレベーターで屋上に上がることはできますか?」

「直通じゃないが、最上階まで行けば非常階段で上がれる……これが鍵だ。誰かいるということは、鍵は開いていると思うが……くれぐれも、気をつけてな」

「ご協力に感謝します。行きましょう、二人とも」

「「はっ!」」


上迫かみさこ班、山鹿やまが班が現出門を目視で確認、監視態勢に移行》


 他の班も現出門を確認している――私たちとは違う場所で。討伐隊が到着するまで、他の班も学園に戻らず、自分たちの責務を果たすつもりでいる。


「上迫君、山鹿さんたちも頑張っている……私たちもできるだけのことをしましょう」

「雪理様の仰せのままに……っ」


 エレベーターで最上階の七階まで上がる。各階にはオフィスがあって、この時間ならおそらく多くの人が働いている――魔物がビルの中に侵入してしまったら、パニックが起こる。


 ――そんな私の考えをあざ笑うように、エレベーターの扉が開いた途端、小さな鬼のような魔物が飛びかかってきた。


「――ギシャァァァァッ!!」


《レッドゴブリン2体と遭遇 折倉班 交戦開始》


「こんなところまで……っ、はぁっ!」


《折倉雪理が剣術スキル『雪花剣』を発動》


 剣に冷気をまとわせて、飛びかかってきた小鬼が鉤爪かぎつめで攻撃してくる前に、後の先の返しで胴を入れる。


「ギァァッ……!!」


 小鬼が吹き飛んで、白い雪に包まれるようにして凍結する――そして雪だけを残して消滅し、後に小鬼が残した小さな宝石のようなものが残る。


「ギギッ……キシャァッ!」

「――ふっ!」


 坂下が私の代わりに前に出て、もう一体の小鬼が吹いてきた何かを、拳で叩き落とす。そして小鬼が次の行動に移る前に、回し蹴りを放つ。


「やぁぁっ……!」


《坂下揺子が格闘術スキル『輝閃蹴』を発動》


 魔力を込めた彼女の蹴りが、光の軌跡を残す――こんな時に言ってはいられないけれど、その蹴り方がとてもきれいで、憧れに近い感情を持つ。


 近しい存在で、私のために尽くしてくれている彼女だけれど、時々私を守ろうとして無茶をすることがある。今もそう、小鬼は小さな針を吹いてきていた。彼女は私を庇おうとして前に出たのだ。


(こんなとき、神崎君なら……揺子を守って、魔物も倒しているはず……)


「お嬢様、坂下さんっ!」

「「――っ!!」」


 私達は反射的に動いて、唐沢の前方を空ける。次の瞬間に唐沢は構えた銃の引き金を引いて、魔力を込めた弾丸を放った。

 

《唐沢直正が射撃スキル『ロングショット』を発動》


 まだ遭遇判定が出ていなかったゴブリンがフロアの奥にいて、唐沢の弾丸を受けて怯む。


「ギッ……ギシャァァァッ……!!」


 ゴブリンは怒りに任せて進んでくる――けれど直進してくる魔物の動きを読むことも、無傷で反撃を成功させることも難しくはない。


 これはスキルではなくて、個人の技の範疇。剣士として強くなるにはスキルに頼りすぎてはいけないと、剣の先生である姉に教わった。


「――はっ!」

「ピギャッ……!!」


 振り下ろそうとした棍棒が空を切り、すかさず剣を撃ち込む――ゴブリンはぼろぼろだけれど、革の鎧のようなものを見に付けているけれど、私の攻撃を防ぐことはできずに消滅した。


 非常階段に向かい、屋上へと向かう――階段を駆け上がる途中で分かっていた、屋上に続く扉は破られて、外の空気が吹き込んでいる。


 それは瘴気と呼ぶにふさわしい、重く、その場にいるだけで憂鬱になるようなものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る