第四十三話 雪理の視点・2
「雪理お嬢様、私が先行します」
「いえ、私が行きます。坂下、あなたは屋上にいる人を探してください。もう脱出している可能性はありますが、念のためです」
「屋上の扉が壊れている以上、あの現出門が消失するまでは、出現する魔物を倒し続けるか、止めなくてはいけない……」
「主要個体を討伐隊が倒してくれればいいのですが、楽観はできません。長期戦になる覚悟も必要です……では、行きますよ」
私は屋上に走り出る――地上から見えた魔物には、翼があった。空に警戒していた私は、バサバサという羽音を聞いた瞬間に、その方向から来る攻撃の気配を感覚のみで避ける。
「――ギィィィッ!!」
《ウイングガーゴイル1体と遭遇 折倉班交戦開始》
鳥人間のような姿をした、背中に翼を持つ魔物。やはり爪を使って攻撃してくる――私はそれを剣で受け、その重い手応えで気づく。
(この魔物……身体が石のように硬い……剣では効果がない。けれど私の冷気魔法では、足止めすることしかできない……!)
石の魔物を砕くには、より硬いものをぶつける、衝撃系の魔法を使う――あるいは爆発物を使うという方法も考えられるけれど、学生には使用が認められていない。
「――雪理様、僕が魔法弾で狙ってみます!」
「唐沢、まだ出てきては駄目っ!」
私を援護しようと出てきた唐沢を、新たに現出した鳥人間の魔物が狙う――近接武器を持たない唐沢は、射撃で迎え撃とうとする。
「――ギハァッ!」
「ぐっ……ぅ……!」
《ウイングガーゴイルが特殊スキル『呪いの鉤爪』を発動》
「――まだっ……!」
《唐沢直正が射撃スキル『パワーショット』を発動》
魔力を込めた唐沢の弾丸は、鳥人間の硬い身体に弾かれる――坂下が要救助者を確認するまで、今はどんな方法を使ってもしのぐしかない。
「――止まりなさいっ!」
「いけませんお嬢様、そのスキルは……っ!」
《折倉雪理が固有スキル『アイスオンアイズ』を発動》
辺りの空気が、私の身体が放つ冷気で温度を下げる。身体の中で、自分の瞳が最も冷たく感じる。
鳥人間の魔物が、凍りついたように動きを止める。今の間に救助を終えて、態勢を立て直すしかない――坂下が合図を出すのを待つ。
「――お嬢様、要救助者を発見しました! 私たちはあなたを助けに来ました、こちらに来てください!」
私は『アイスオンアイズ』が発動している間に、坂下のところへ向かう――そして。
階段に続く扉がある建物。それを回り込んだところに、坂下の背中が見える。
その向こう、フェンス際にいるのは、金色の髪をした女性だった。彼女は力なくうずくまっている――坂下は彼女に手を伸ばしている。
(どうしてこんなところに……警備員が鍵を持っていたということは、普段施錠されているようなのに。あえてここに入ったというの……?)
「さあ、こっちへ……安心してください、安全なところに……」
「――坂下、待って! 何かがおかしい……!」
「っ……ですがお嬢様、彼女を避難させなければ……っ」
――私は、確かに見た。坂下がこちらを振り返っている間に、うずくまっていた女性が顔を上げ、何かを呟くところを。
私は走り出していた。坂下に飛びつくようにして庇う――瞬間、坂下が立っていたところのコンクリートが弾け飛ぶ。
(爆発……いえ、念動力による不可視の攻撃……!)
私たちはすぐに態勢を立て直し、二人で女性と相対する。
ほとんど、人の姿をしている――けれどその髪の間から見えているものは、通常人間にはないはずの角だった。
無言の了解で、私たちは一度引き、建物の裏に回り込んで女性との間に障害物を挟む。
「坂下……私たちだけでは、この状況は打開できません」
「しかし、このままでは……ビルの内部にさらなる侵入を許したら、犠牲者が出ることにもなりかねません……!」
「……彼の力を借ります。彼がここに来られるまで持たせれば、必ず……」
AIのスノウに頼み、玲人との回線を開いてもらう――現出門の近くでは電波が乱れてしまうけれど、奇跡的に通じた。
「玲人、今どこにいるの……っ!?」
急にそんなことを聞いても驚かせてしまうと分かっていた。けれど玲人は冷静に、自分がいる場所を教えてくれる。
――そして、私からも状況を伝えようとしたとき。
私が彼女に対してそうしたように、坂下が私に飛びついて引き倒す――何かから、庇うように。
「――揺子っ!」
「……お嬢様……お逃げ、ください……」
新たに現れたのか、私たちの目を逃れていたのか。小鬼は周到に、私たちを狙い続けていた――毒針の吹き矢で。
『っ……折倉さん、今いる場所は……っ』
「学園から南の方向に……っ」
《神崎玲人様とのリンクが解除されました。再試行中です》
玲人の質問に、私は答える――けれど、『現出門』の近くでは接続が安定せず、通話が強制的に切断されてしまう。
彼に伝わったかは分からない。もし届いていなければ、私たちだけで凌ぐしかない。
「くっ……お前たち、程度に……やられるものか……っ!」
唐沢が魔物と戦っている。けれど、押されている――ガーゴイルの膂力には、きっとこの班では坂下しかまともに対抗できない。
『アイスオンアイズ』は私の視界の届く範囲までしか効果がない。
けれど、自分から私の視界に入ってきてなお、角を持つ女性は動きを止めなかった。
「あなたは……何者なの……?」
彼女は、私の質問に答えないまま――ただ、虚ろな目をして微笑んだ。
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