第四十話 勇者と賢者
《――以上が、神崎玲人様の記憶から読み取り、再構成した能力値となります》
アズラースを倒す前と違っていること――まず、職業が変化している。『呪紋師』のときは習得していなかった固有スキル『呪紋創生』を覚えているのは、『創紋師』に職業が変化したことによるものだろう。
能力値は少しだけ上昇している。レベルが上がることでボーナスポイントを得られ、それを個々の数値に割り振るのが《AB》の成長システムだったが、今は戦って経験を積むだけで自然に成長できるようだ。算定されたEXPは別のことに使うのかもしれない。
そしてレベル
(クリアしたことによる報酬……あるいは、アズラースを倒したことによるものだとしたら。『固有スキル』に分類されている『魔神討伐者』……この効果なのか?)
《『魔神討伐者』『呪紋創生』については、未登録のスキルになります。こちらについては、玲人様の記憶から名称を読み取り、そのまま簡易登録させていただきました。他の方のコネクターでは、両者ともに未登録と申告されます》
聞きたいことは山程ある。ブレイサーのAIであるイズミが、なぜそんな機能を持っているのか――俺の記憶情報を得られるなら、俺が『この現実』で目覚める時に何が起きたのか、それも分かるかもしれない。
だが、全ては後だ。領界の外殻に映し出された光景の中で、紗鳥が精気を吸われて倒れ、英愛が自ら他の生徒を助けるために前に出ようとしている。
――自分を犠牲にして誰かを助けるなんて、ただの偽善だろ。
かつての自分の言葉。ソウマが負傷を厭わずに、魔物に襲われていたプレイヤーを助けた時に、俺が確かに言ったこと。
今思い出しても、ソウマに対して詫びる気持ちしか起こらない。
――偽善だとしても、それが悪いことだとは僕は思わないよ。
――レイト、君はドライでクールかもしれないけど、悪い人じゃない。
――僕は前ばかり見てしまうから、周りを見られる人に見ていてもらいたいんだ。
俺の言葉を咎めるわけでもなく、ソウマは俺と組みたいと言ってくれた。
周りを見られるなんてことはない、生き残るために臆病になっていただけだ。
そんな自分が、幾らも変わったとは思わない。一度死んだくらいで性格は変わらないし、どこまで行っても俺は俺のままだ。
『……ごめんね、お兄ちゃん』
囁くような声。黒い悪魔の蛇のような尾が、英愛を捕える。
『っ……うぅ……ぁ……っ!』
辿り着いた先にあった高い壁を、超えることができずにいた。
これで終わりにはさせない。英愛も、その友達も――誰も死なせない。
《神崎玲人の攻撃魔法スキルが限界覚醒 スキルレベル10に到達》
《神崎玲人の回復魔法スキルが限界覚醒 スキルレベル8に到達》
《神崎玲人の特殊魔法スキルが限界覚醒 スキルレベル10に到達》
呪紋師は多岐に渡る魔法スキルを習得できるが、マスターレベルとされるレベル10に到達できるものは2種類しかない。強化と弱体、その2つだ。
攻撃、回復、特殊――そのいずれも専門職にはかなわない。魔神との戦いで俺が支援を担ったのは、それぞれの専門職が別にいたからだ。
ソウマ、ミア、イオリ。もう一度出会う日が来るまで、俺は一人でも、四人でいたときと同じことができなくてはいけない。
同じくらいに強い仲間を探して頼れと、三人ならそう言うかもしれない。けれど今は、一人でも生き残ると頑なになっていた俺を思い出して、笑って欲しい。
――レイトの五種類の魔法が全部同じレベルだったら、勇者みたいになってたよね。
――勇者のイメージはソウマさんですから、レイトさんは賢者さんですね。
――僕は賢者のほうが好きだよ。魔法を極めた職業って、ロマンがあるよね。
(回復魔法は、レベル10にはできない……ミア。レベル8でも、行けるかな)
限界だったスキルレベル7を超えて、攻撃魔法スキルは10になり――今まで使えなかった魔法の知識が、俺の中に刻まれる。
回復魔法も、特殊魔法も。元の限界を3レベルも超えれば、それぞれ十種類以上使用できる魔法が増える――そして、その中からこの結界を破るために必要な答えを探す。
「おぉぉぉぉっ……!」
《神崎玲人が固有スキル『呪紋創生』を発動 要素魔法の選定開始》
《攻撃魔法スキル レベル10 『セイクリッドレター』》
《回復魔法スキル レベル8 『ブレッシングワード』》
《特殊魔法スキル レベル10 『デモリッシュグラム』》
一度も使ったことのないスキルでも、取得時にその性能を理解する。『教養』がAランクに達したときから、それができるようになった。
呪紋師は聖属性攻撃ができない。しかし創紋師は、その欠点を克服している。
神聖文字を浮かび上がらせ、悪魔を払う力を持つ魔法『セイクリッドレター』。『ブレッシングワード』は、領界を構成する悪魔の呪いを浄化する。
2つの『力持つ文字』が、俺の右腕、左腕を取り巻くように浮かび上がる。
そして自らも結界を展開することで、相手の結界を相殺する『デモリッシュグラム』。足元から広がる結界は、領界とせめぎ合う――そこに2つの呪紋を重ねる。
「……邪魔するぞ……悪魔……っ!」
右手と左手を同時に突き出す。2つの呪紋が混ざり合い、半球状の領界に刻まれ、広がり――魔力を注ぎ込まれて、その力を発現させる。
《神崎玲人が特殊結界を破壊》
ガラスが割れるように、領界に亀裂が走る――それを両手で押し広げるようにして、中に踏み入る。
「……お兄……ちゃん……っ」
灰色の外殻が、分解されて消え去っていく。英愛を捕らえていた悪魔の尾が、領界を破壊した余波を受けて浄化され、消滅する――解放された英愛を受け止め、悪魔から距離を取り、回復魔法を発動させる。
《神崎英愛の体力が減少 意識レベル低下 心拍低下》
《神崎玲人が回復魔法スキル『リザレクトルーン』を発動》
レベル8の回復魔法となれば、回復量の大きいものを使えるようになる。しかし体力ともオーラとも違う精気を吸われてしまうと、吸った魔物を倒さなければ完全に回復させられない。
続けて稲穂と紗鳥、他の負傷者にも回復魔法を使うが、意識が回復しない。悪魔を倒すまでは、まだ苦しみを取り除いてやれない。
「……私は……大丈夫……でも、みんなが……」
「ああ……分かってる。今は応急処置しかできないが、必ず助ける。動ける人はここから離れてくれ、あいつは俺が何とかする!」
捕らえられていた十五人ほどの人たちが、この場を離れる。残った俺を、その悪魔――巨大な角を持つ牛鬼のような姿をしている――は、あぐらをかいて座ったままで見下ろしていた。
領界を破られてもなお、笑っている。魔神の眷属たちはいつもそうだった。俺たちに精神的優位を与えないようにということか、動じるということがない。
牛のような顔にあるまじき、牙だらけの口を開け、悪魔が笑う。一人残った人間など、恐れるに足らずというその表情。
牛の悪魔が俺に再び何かを見せる――それは、領界の中で生徒たちに責め苦を与える、とても正視できないような光景。
悪魔の尾が再生する――何本もある尾の先は目のない蛇のようで、口があり、おそらく毒を持つ牙がある。
幾つかの尾が絡み合い、手のような形に変わる。これで英愛を捕らえていたのだと示すように。
怒りは限界を超えれば変容する。殺意は心を歪め、正確さを失わせる。
たとえ親しいものを傷つけられたときでも、乱れた心では報復を達することはできない。
「償いは要らない。始めようか」
悪魔の眼が赤く輝く。オークロードと同等の巨体を持つ悪魔は、あぐらを組んで座したままで、地の底から響くような音を立てる――それは、魔法の詠唱だった。
《警告 遭遇した魔物が災害指定個体以上に相当すると認定されました》
《名称未登録 ランク未詳 神崎玲人が交戦開始》
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