第三十七話 殲滅

《注意、危険です。緊急警報が発令されている区域に入っています。直ちに避難してください》


 英愛の中学校までは緩やかな起伏のある道が続いており、最後は傾斜こそゆるいが、長距離の坂がある。そこを走っている途中に、ブレイサーのAI――イズミが話しかけてきた。


「イズミ、警告してくれてありがとう。でもやっぱりこの状況だと、警告をやめるわけにはいかないのかな」


《……ノー、サー。ご主人様の指示であれば、警告を中断することは可能です》


「ありがとう。警報区域から出るどころか、自分から奥まで入り込んでるからな……」


《現在までの戦闘において苦戦の傾向は見られないこと、疲労による微小な体力減少以外に負傷が見られないことから、条例の遵守という理由以外に警告する要因はありません》


「条例か……違反したらまずいよな、それは」


《非常時における魔物との戦闘、救助行為は条例より優先されます。本市の条例には民間人の中に戦闘能力を持つ方がいる場合、緊急時に助力を要請する項目があります》


 それはつまり、民間にも討伐隊と同等の能力を持つ者がいることが認知されているということでもある。討伐隊がそういった人員を取りこぼしても、強制的に加入はさせられないということだ。


「……そういえば、ワイバーンを倒してもB級の討伐参加資格は得られなかったな」


《個人の討伐による資格の取得はC級までとなります。B級討伐については討伐隊の要請を受けた民間の討伐者バスターであれば参加可能ですが、出現頻度は低いため、常時資格の認可はしていません》


 現代兵器である機関銃に魔力を込める、いわば魔法兵器とでも言うべき運用方法。それを持ってしても倒せないワイバーンよりさらに凶悪な魔物となれば、もはや軍の一部隊クラスを投入するようなケースになると考えられる。


 もう少しで、中学校の正門に着く。群がっている魔物はトロール――人型の魔物で、人間の二倍ほどの大きさをしており、青く堅い皮膚で全身を覆われている。


 だがまだ交戦範囲に入らないほどでもわかるほど、そのトロールの大きさは異常だった。オークロードほどではないが、それに迫るほどの巨体で、何かの攻撃スキルを使うために姿勢を低くし、力を溜めている。


「ここを破られたら終わりだ、もっと攻撃スキルを撃ち込め!」

「駄目だ、こんな魔法じゃ……っ、くそ、討伐隊はこっちに回せないのか!」

「構内にどこかから魔物がなだれ込んでっ……うぁぁぁぁっ、な、何だこいつらっ……」


 金属でできた門はトロールに破壊されたのか、無残にひしゃげて意味をなさなくなっている。門の内側では机などを使ってバリケードが組まれていて、攻撃魔法系のスキルがトロールに撃ち込まれているが、わずかに行動を遅らせる程度でダメージがほとんど通っていない。


(中にまで魔物が入り込んでるのか……まずい、トロルに対する攻撃が途切れた……!)


「――ガァァァァァッ!!」

「うぁぁぁぁっ!」

「は、入ってくる……くそっ、なんで効かねえんだっ……!」


 トロールが肩からの強烈なタックルをバリケードに浴びせ、積み上げられたスチール製のデスクと椅子が吹き飛ばされる。


《ヒュージトロール1体と遭遇 交戦開始》


 距離はまだ開いているが、ここで撃つしかない――射程は長く、威力は十分で、トロールの堅い防御を貫通する、そんな呪紋が必要だ。


(三つの呪紋を組み合わせれば、それも可能になる……!)


 『呪紋創生』を発動し、『単体攻撃魔法ソルフレイム』に『防御貫通ジャベリン』『射程強化プラスレンジ』を組み合わせる――『ソルフレイムルーン』の紋様に『ジャベリンスクエア』『プラスレンジサークル』が合成され、炎弾が高速で射出される。


(命中させる……!)


《神崎玲人が未登録のスキルを発動》


 放たれた弾丸はトロルの頭を射抜く――地上にいる人たちに当たらないように角度をつけて撃ったため、そのまま炎弾は校舎上空へと飛んでいく。


「うわっ……な、何だ……トロールがっ……」

「頭が吹き飛んだ……と、討伐隊が狙撃したのか……!?」

「信じられん……あれだけ撃ち込んでもビクともしなかった奴だぞ……っ」

「――きゃぁぁっ!」

「このすばしっこい奴は何なんだ……っ、あ、当たらねえ……っ、うぁぁっ!」


《バンディットコボルト3体と遭遇》


 学校の警備をしている人と、教師が協力して魔物と戦っている――『生命探知』で見える反応で分かる、何体かの魔物の素早い動きに翻弄され、負傷者が出ている。


 バンディット――無法者の名前が意味する通り、コボルトは奪うために人を襲う。それだけではなく、人型の魔物の多くがそうであるように、それ自体を楽しむ悪辣な性質を持つ。


(一撃で一掃する……『素早い魔物』が『複数』いるってことなら……!)


 『攻撃魔法インパクト』に『誘導性ホーミング』をつけ、さらに『対象範囲を拡張マルチプル』する――これでほぼ『呪紋創生』の呼吸は掴めた。


「――行けっ!」


 三つの呪紋を組み合わせ、発動させる――オーラの弾丸が生物のように動き、校門の内側にいる魔物に次々に命中し、衝撃を与えて昏倒させる。


「ギィッ!」

「ギャゥンッ!」

「ガルルッ……!」


 ――二体までを倒したが、最後の一体に対する誘導を切らざるを得なくなる。


(やはりやってきたか……人間を盾にする行動……だが……!)


 すでに校門の内側まで『スピードルーン』で加速して侵入していた俺は、誘導弾を当てられなかったコボルトに近づき、ロッドで横殴りに吹き飛ばした。


「ギハァッッ……!!」


 断末魔の悲鳴を上げて吹き飛びながら消滅し、ドロップ品を落とすコボルト達――『キネシスルーン』でそれを回収するが、確認するのは後だ。


「あ、ありがとう……あなた、風峰学園の……?」


 コボルトに盾にされていた女性は、戦闘で破れた服の胸元を押さえている。警備隊ではなく、防衛に参加していた先生のようだ。


「この学校に通っている妹を助けに来ました。神崎英愛のクラスを教えてください」

「っ……か、彼女は……自分から、生徒の避難誘導を……でも、どこからか魔物が入ってきて、生徒たちも私達も散り散りに……っ」

「英愛と別れたのはどこですか? 魔物が入ってきたのは……」

「あの、グラウンドの向こうの空が、急に暗くなって……フィールドが張られているはずなのに、魔物が……こんなこと、絶対に起こらないはずなのに……」

「落ち着いて……大丈夫です、必ず俺が何とかしますから」


《神崎玲人が回復魔法スキル『リラクルーン』を発動 即時遠隔発動》


「あ……」


 取り乱していた女性の目に、理性の光が戻ってくる。無理やり気付けをしているようだが、手段を選んではいられない。


「討伐隊はもう到着していますか?」

「は、はい。討伐隊の皆さんは、再度魔物が侵入してくることを防ぐと言って、侵入防止フィールドを修復しようと……ですが、既に入ってきた魔物は、構内のあちこちにいて……」


 侵入した魔物まで手が回っていない――まず英愛を探し、その後で探知スキルに反応する魔物を倒さなくてはならない。もしくは大本を断つことを優先するかだが、コボルト一体でも自由にしておけば被害が出かねない。


「皆さんはもしまたトロールのような大型が出たら、無理はしないでください!」


 俺は再び走り出す――英愛の反応はまだ見つからない、だが流れから見てグラウンドから逃げてきた生徒たちなのか、裏庭に複数の人の反応がある。


(英愛……待ってろよ……!)


 再び走り出す――聞こえてくる誰かの悲鳴を聞くたびに、やるせない怒りが湧く。


 ワイバーンも、トロールも、コボルトも。人を襲うことしか頭にないような怪物が、当たり前のように出てきていいわけがない。


「残らず殲滅する……必ず……!」


 俺を見つけるなり飛びかかってくるコボルトたちを魔法で射抜き、ロッドで薙ぎ払いながら、否応なしに気づく。


 裏庭にいる魔物が、トロールやコボルトとは比較にならない強さを持つ個体であることに。

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