第三十一話 長い夜
夕食のあと、片付けをしてから部屋に戻ってくると、ブレイサーを通じて折倉さんから連絡があった。
オーラで駆動するコネクターは通話時間に制限がないそうだが、基本はスマートフォンで通話するのが慣例とのことだ。
『こんばんは。もう休んでいるところだった?』
「いや、まだ余裕で起きてるよ」
『十時から二時までは眠れるようにした方がいいのよ、成長の関係で』
「ああ、そういう話は聞いたことあるな」
感覚的には三年半以上前で、それ以上前に遡った記憶も残ってはいる。妹のことに説明がつかないので、整合性を考えようとすると混乱しそうだが。
「折倉さん……雪理は、そういうことに気を使ってるんだな」
『ええ、あと5センチ身長が伸びたら……坂下より背が低いから気にしているとか、そういうわけではないのよ』
「俺も5センチ伸びるなら早めに寝ようかな」
『それだと私が追いつかなくなるでしょう。そのまま伸びずにいなさい』
「え……それはどういう……」
『何でもないわ。それで、早速明日なんだけど、討伐科に来てもらえる? ミーティングは明後日だから、明日はゾーンで訓練しようと思っているの』
「分かった、明日の放課後。何か持っていくものとかは?」
『購買にオーラドロップが売っていたら買っておくといいかもね。たまに便利なものが入荷しているし、装備の更新もできるはずよ』
購買――それは盲点だった。購買といえば学校で必要な用品、あるいはパンとかが売っているイメージしか無かったが、そんなものまで売っているとは。
『それじゃ、また明日……玲人は話しておきたいことはある?』
「俺なりに交流戦のことを調べてみたんだけど、対戦する学校ってもう決まってるのかな」
『響林館学園というところよ。新一年生に優秀な生徒がいるらしいんだけど、中学時代の経歴があまり残っていなくて、急に頭角を現したみたいね』
「その生徒の名前は……」
『少し待ってね……速川
名前が違う――イオリという名前だったらと気持ちが
『その速川さんは、玲人が知っている人なの?』
「いや、知り合いと名字が同じだっただけだ」
『そう……名字が同じなら、何か関係はあるかもしれないわね』
「速川っていう名前の人は他にもいるだろうし……いや、確かめられるものなら確かめたいな」
『試合のときに会えると思うから、それまで十分に準備をしましょう。もし、その速川さんが玲人の知り合いに関係があったら……』
「それでも試合は試合だ。そこは心配しなくて大丈夫」
『良かった。玲人の大事な人だったら、迷いが出ても仕方がないと思うから』
俺の知るイオリは、そういう勝負で手を抜くことは許さない性格だ。
名字が同じだけの赤の他人か、それとも。どちらにせよ討伐隊に接触するためにも、交流戦は勝ちに行かなくてはいけない。
「交流戦は学園の代表として出るわけだし、俺一人の事情を優先することはないよ」
『坂下にもそう伝えておくわね。彼女は、同じ屋根の下で暮らしているの。隣の部屋で今は勉強していると思うわ……代わりましょうか?』
「え……い、いや。大丈夫、急に俺と話すこともないだろうし」
『そうなの? ……いえ、今話したことは何も聞かなかったことにしておいて。おやすみなさい』
「ああ、おやすみ」
通話が切れる――こうやって女子におやすみと電話で言われるとか、そんな経験は初めてで、何を冷静なふりをしているんだと今更恥ずかしくなる。
「お兄ちゃん、入っていい?」
電話が終わったタイミングを見計らったかのように、妹に呼ばれる――『生命探知』でわかってしまうのだが、ドアの向こうには友達二人も一緒にいる。
ドアを開けて応対すると、英愛が寝間着のルームウェア姿で立っていた。パステルカラーのボーダーで、モコモコとした生地が可愛らしい――何を着ても似合いそうではあるが。
「どうした、何かあった?」
「あ、あの……お兄さん、こんな歳でそんなことって思われるかもしれませんが……っ」
「二人がちょっと不安なんだって。お兄ちゃんの部屋で寝てもいい?」
そう来たか――と思うが、ランクHの警報とはいえ魔物から避難してきているわけで、不安になるのは仕方ないことだ。
「お兄さんは、冒険科に行っているんですよね。魔物の対策とか勉強するのって怖くないですか……?」
「俺はそうでもないかな。冒険科を志望した人はみんなそうだと思うよ」
「そう……ですよね。私も、高等部では冒険科か、討伐科に入ろうと思っていて……」
「えっ……いなちゃん、普通科には行かないの?」
長瀬さんは驚く小平さんをなだめるように、その肩に手を置く。
「こういうとき、友達を守れたらって思うから。一緒にいて安心できるくらい」
「うぅ……いなちゃんが行くんだったら、私も一緒に行く」
「っ……だ、駄目だよ。紗鳥は戦うほうの『天性』じゃないし、危ないよ」
「私は、お兄ちゃんと一緒の科がいいな。お兄ちゃん、冒険科って楽しい?」
英愛の質問にどう答えるべきか――少しだけ、迷う。
楽しいかどうか以上に、どう適応するかを考えてきた。同じようにクラスで不当な扱いを受けている黒栖さんと一緒に、状況を改善したいと思った。
今のところ、思う通りに進むことはできている。楽しいと感じる瞬間もある――今は、それで答えとしては十分だ。
「ああ、楽しいよ。危険というか、魔物と直接戦うような授業もあるけどな」
「そうなんだ……私もお兄ちゃんとみんなを守れるように、やっぱり冒険科で勉強したいな」
「英愛が一緒だったら心強いよ。私もまず試験で受かるように頑張らないと」
「じゃ、じゃあ……私の『天性』で受からなかったら、そのときは別の科で二人の応援するね」
「さとりんも受かりますように。それでお兄ちゃん、私たちすやすや眠れなくて。後のことはわかるよね?」
「……まあいいや、確かここに……あった、
「ありがとうお兄ちゃん、早速準備するね」
「「ありがとうございますっ」」
小平さんと長瀬さんが声を揃える――この息の合い方なら、あるいは冒険科で組んでも上手くやっていけるかもしれない。
寝袋は中学の時に、町内会のキャンプに行った時に買ったものだ――記憶通りクローゼットに押し込んであったので、久しぶりに入ってみる。大きめのものを買っていたために、幸いにもサイズは大丈夫だった。
「あはは、お兄ちゃんいもむしみたいになってる。部屋の中でキャンプしてるみたい」
「ふふっ……お兄さんってすっごく優しいですよね、私たちにベッド使わせてくれて、自分は寝袋を出してさっそうと寝ちゃうんですから」
さっそうとと言うのか分からないが、怖いので一緒に寝てくれという妹と後輩たちを放っておくわけにもいかない。
「すみません、騒がしくて。でも紗鳥は寝つけば静かになりますから」
「ああ、俺のことは気にしなくていいよ」
俺は一体何をしてるのだろう、と思いつつ――スキルで寝付きを良くするまでもなく、三人はほどなく寝入ってしまった。妹の部屋で宿題をしたりもしていたようなので、疲れていたのだろう。
俺も目を閉じ、しばらくして、泥のような睡魔の中で意識を手放した。
――何か、夢を見たような気がする。
『……要請がかかっています。神崎……様……』
『……討伐者……現出……領域に……』
ブレイサーから聞こえる声のようで、違う。懐かしいようで、思い出したくない、そんな声――。
起きた後にも覚えていなければならない、そんな内容だったはずなのに。朝になると、それは幻のように俺の中から消えてしまった。
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