第三十話 掲示板 

 クロスバイクに乗って家に帰ると、すでに妹が家にいて――妹と同じ制服姿の女の子が二人一緒にいた。


「おかえり、お兄ちゃん」

「ああ、ただいま。エア、友達が来てるのか」

「うん、この子たちの住んでるところで警報が出ちゃって。H級の警報だからそんなに危なくないけど、念のために避難することになったの」


 俺が視線を向けると、妹の友達二人はエアの後ろに隠れるようにする。エアより少し背が高いセミロングヘアの女の子と、小柄なミドルボブの子――どちらも、初対面の俺を見て緊張しているようだ。


(妹が友達を連れてきたときの、良き兄の振る舞いとは……普通にしてればいいか)


「初めまして、英愛の兄の玲人です。いつも妹がお世話になってます」

「は、はい、私は小平こだいら紗鳥さとりと言います」

「初めまして、お兄さん。長瀬ながせ稲穂いなほです」


 いざ挨拶をするとなると、二人とも勇気を出して前に出てきてくれた。小柄な子が小平さんで、身長が高い方が長瀬さん――二人とも黒髪で、銀髪のエアはやはり中学校ではかなり目立っているのだろう。


「お兄ちゃんも遠慮せず、さとりんといなちゃんって呼んであげてね」

「えっ……そ、そんな、お兄さんに悪いよ、そんなっ」

「あはは、さとりんがそんなって二回言ってる」

「いなちゃんは、お兄さんに呼ばれるのは……ちょ、ちょっと恥ずかしい……」

「それじゃ、名字で呼ばせてもらうよ。小平さん、長瀬さん。エア、夕食はどうする?」

「あっ、え、えっと、私、お料理に向いてる『天性』を持ってるので、お世話になるからじゃないですけど、何か作らせてもらってもいいですか」

「私は普通にしかできませんけど、いつも家で手伝ってるので自信あります」

「じゃあ三人で作ろっか。お兄ちゃん、何が食べたい?」


 食事は《AB》において重要な要素だった。満腹度があり、ゼロになってもすぐに餓死するわけじゃないが、ステータスが極端に低下してしまう。


 中盤からは食事でステータスのブーストができるようになるので、ユニークモンスターを倒すためにレア食材を集めるためにレアモンスターの出現条件を満たすためにフラグを探す、というようなことを根気強くやっていた。苦労して得た食材を使った『速攻のチキンライス』などには世話になったものだ。


「チキンライス……が食べたいかな」

「お兄ちゃん入院してたから、懐かしい味が恋しくなったとか?」

「チキンライスにオムレツを乗せて、ふわとろオムライスにしてもいいですか?」

「紗鳥のオムレツはすごいんですよ、ナイフで切るとレストランみたいにじゅわっと広がって、チーズとか入ってて」

「それは楽しみだな。そうだ、夕食を作ってもらえるのなら、また何かお礼をするよ」

「じゃあ、私たちがお買い物行くときについてきてくれるとか」

「えっ……そ、それって、四人だけど、デートみたいになっちゃう……?」

「ならないならない。英愛と玲人さんは兄妹なんだから、そこに私たちがおまけでついていくだけ。そうですよね、お兄さん」

「ははは……分かった、俺でいいなら一緒に行くよ」

『わーい!』


 この二人と一緒にいると、英愛もいつもよりあどけなく見える。俺よりしっかりした頼れる妹という感じだったが、友達とはこんなふうに接しているのだと思うと、とても新鮮な感じがした。


 ◆◇◆


 部屋に戻り、ネットで交流戦について調べてみると、隣接した市にある総合学園との間でシーズンごとに行われているとわかった。


 風峰学園の通算勝率は3割といったところだ。二年と三年にエースはいるが、それは他の学園も同じで、絶対的なアドバンテージはない。


 しかし10年前の風峰学園には、討伐科と冒険科に『金と銀』と並び称される生徒がいて、その二人が三年生だったときに交流戦地区完全制覇を達成していた。


 だが『全国制覇』はできていない。春夏シーズンの交流戦で優秀な成績を残すと、8月末に行われる16チームによるトーナメント制の交流戦全国大会に進むことができるのだが、そこでの成績はベスト8で終わっていた。


 どれくらい交流戦に世間の関心が集まっているのだろうと調べてみると、掲示板のスレッドが四桁番号に達していて、コンスタントに書き込みが続いていた。


 観戦チケットは発売開始から5分で完売、強い新人選手はすぐにファンから注目され、どれくらいの成績を残すかと予想する専用のスレッドが立っていたり、『最強の交流戦プレイヤーを決めるスレ』などというタイトルのものもあったりした。


 ざっと流し見している中に、注目すべき書き込みがあった――折倉雪理、そして坂下さんと唐沢君の名前が含まれているので、思わずマウスホイールを止めて着目する。



 237:アリーナ席の名無しさん

 今年の新一年は、風峰一強で決まりだな

 エースの折倉ちゃんは中学の個人戦全国2位だし、チームメンバーの坂下も格闘部門で3位

 もうひとりの唐沢も射撃で3位だからな


 241:後方彼氏面@最強スレ

 >>237

 折倉ちゃんは決勝辞退してなければ優勝してただろうしな


 242:アリーナ席の名無しさん

 後方は地方ウォッチに行ってたんだっけ

 貴重な休みを潰した甲斐はあった?


 245:後方彼氏面@最強スレ

 その風峰学園がいるブロックに、ダークホースがいたよ

 まあ風峰に見学入ろうとして断られたから

 別のとこの練習試合見に行ったんだけどな

 せつりちゃん見たかった


 247:アリーナ席の名無しさん

 >>245

 草


 248:アリーナ席の名無しさん

 最強スレから逮捕者が出るのか、これで三人目だな


 249:後方彼氏面@最強スレ

 推しではあるけど折倉ちゃん一強ではないかなと思ってるよ

 速川ってアナウンスされてた女子、ガンナーでは頭ひとつ抜けてる

 ちな響林館


 251:アリーナ席の名無しさん

 響林館の速川ね、次の試合はネット観戦しようかな


 253:アリーナ席の名無しさん

 後方が注目するくらいだから、最強スレのアイドルになるかもな



 ゲームの情報についても、最先端の内容が惜しみなく書き込まれるのが掲示板やSNSだ。まだ4月の下旬なのに、有望な新入生や練習試合の情報まで書き込まれている。


 折倉さんが中学時代に、全国大会個人戦2位の成績を残している――つまり、彼女の強さは同年代では全国最上位ということになる。決勝を辞退したというのが気になるが、やむにやまれぬ事情があったのだろう。


 そして、響林館という学校にいるという選手。その名前を見て、どうしても考えずにはいられなかった。


「……ガンナーの、速川……」


 ハヤカワ・イオリ。俺と一緒に魔神討伐をした仲間の一人で、射撃武器を得意とする『猟兵イェーガー』だった少女。


 一度リアルで住んでいる場所を聞かれたことがあって、彼女のほうは明かさなかったが、『意外に近く』だと言っていた。


 響林館の所在地を調べてみると、隣の市にある。交流戦で当たることになるのがこの学校かは分からないが――俺の知っているイオリと同じ人物なのか確かめたい、どうしてもそんな思いが生じる。


 しかし、イオリが俺より後にログアウトできたとして、すぐに練習試合に参加できるものだろうか。やはり別人なのか――もし会いに行って違う人物だったら、落胆するだろうことは否めない。


(それでも、確かめるしかない。次の休みに隣の市まで行ってみるか……)


 速川さんがSNSなどをしていないか調べてみても、彼女はやっていないようだった。学園に電話してみても個人情報は教えてもらえないだろうし、やはりこの目で姿を見るしかなさそうだ。


 次にメールチェックをしていると、《AB》の正式サービス開始日が告知されていた。テストに参加したプレイヤーもデータがリセットされるという――それはそうだ、テストプレイヤーが知識だけでなく強さでも優遇されるということはない。


 どのみち、先行登録だけは済ませておきたい。このゲームに全く触れずにいたら、仲間たちや《AB》に閉じ込められた人々の情報を得られないかもしれない。


「お兄ちゃーん、ご飯できたよー」

「ああ、すぐ行くよ」


 プレイヤー情報とメールアドレスを入力して、登録は完了した。部屋を出て一階に降りると、ダイニングルームで夕食の準備がされている。


「ささ、お兄さん、こちらに座ってください。いきますよー、焼きたてのオムレツにこうしてナイフを入れてですね……」



 なぜこうも小平さんが至れり尽くせりなのだろうと少し疑問に思うが、その理由は食事の後に分かることになる。妹の友達二人の『お世話になる』というのは、警報が解除されなかったら家に泊まっていくという意味で――実際、その通りになってしまった。

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