第二十九話 第二バディ


 訓練所に駆けつけた医務担当の高階たかしな先生に念のためにと言われて、俺と折倉さんは制服に着替えてから医務室に向かった。


 医務室は俺が知っている保健室的なイメージそのままだ。高階先生は二十代後半くらいの女性で、ブラウスとスカートの上から白衣を羽織るという、これもまた医務室の先生らしい服装をしている。肩に届くくらいの長さの髪は水色で、回復系統の魔法の中でも、水属性のものを使うようだ。


「魔力低下警告が出ていたけれど、全然そんなふうに見えないくらい元気だなんて……一体何があったの?」

「すみません、先生。私が彼を誘って、訓練所を借りて……魔力を大きく消耗するスキルを使ってしまったんです」

「それもね、問題と言えば問題よね。討伐科首席の折倉さんが、冒険科でしばらく休んでいた彼と一緒に訓練をして、強力なスキルを披露していたなんて……経緯を本当は詳しく聞きたいところよ」

「本当は、ということは……」


 聞かずにおいてくれるんですか、と俺がすべて言う前に、先生はかけてもいない眼鏡を直すような仕草をした。多分今はコンタクトで、眼鏡の時の癖が出たのだろう。


「せ、先生は、あなたたちが元気ならそれでいいのよ。決して面倒なことになったとか、カップルで訓練してるところに呼び出すなんて、とかは思ってないのよ」

「っ……ち、違います。カップルというわけでは……まだ知り合ったばかりですが、彼は信頼できる人で、私が訓練に付き合ってくれるように頼んだんです」

「……そうなの?」


 そんなに疑わしそうに聞かれても困ってしまう。俺も今日折倉さんと手合わせするとは思っていなかったので、先生に訝しまれても仕方がないのだが。


「ま、まあ、ええと、あなたの名前は……」

「冒険科、1年F組の神崎玲人です」

「ありがとう。神崎くんによっぽど見込みがあるっていうことよね、折倉さんから見て」

「はい。交流戦の選抜メンバーとして、私から彼を推薦したいと思っています」

「え……その、交流戦っていうのは?」


 折倉さんは俺をちら、と見やる――しかし何を言うわけでもなく、再び先生に向けて話を続けた。


「彼は冒険科にいながら、討伐科の基準でも最上位の実力者です。私も一本も取ることができませんでした」

「ほ、本当に? たまに、冒険科にすごく強い子が入ってくることはあるけど、討伐科の一年生トップの折倉さんより強いなんて……」

「私が推薦すれば、羽多野先生も検討してくれると思います」


 俺を推薦するというのは、折倉さんの中では既に決まったことのようだ。絶対に拒否したいわけじゃないが、事情は詳しく知っておきたい。


「交流戦で良い成績をおさめると、合同作戦に参加する枠が得られるけど……先生としては、学内の実習よりも凄く危険だから、教え子をそうそう行かせたくないのよね」

「討伐科の生徒たちは、みんな討伐隊への入隊を目指しています。合同作戦に参加することは、将来に向けて経験を積むための貴重な機会ですから」


(……そうか、俺が討伐隊の人と話したいって言ったから、方法を考えてくれたのか)


 折倉さんはやはりこちらをちら、と見るだけだが、その内心の一端は伝わった。


「そう言われると、先生も弱いわね……分かったわ。でも、冒険科の子が交流戦に出るには、代表生徒になる必要があるんじゃなかったかしら」

「代表生徒……には、もうなってると思います」

「えっ……も、もしかして、今日の実習で……? 何人かは疲労があって、授業が終わってから医務室に来てたのよ。神崎くん、その後で折倉さんと訓練を……?」


 それくらいのことなら普通だ――とは、いよいよ言えなくなってきた。


 俺のステータスは、おそらくクラスの平均よりかなり高い。もう少し自重した方が良さそうだが、結果を出せるところでは出しておきたい。そうすると、徐々に目立つことにはなってしまうだろう。


「……彼は凄いんです。私も彼と一緒にいると、新しい自分を見つけられそうで……」

「お、折倉さん、その言い方は誤解が……っ」

「そ、そう……神崎くん、凄いのね……先生にどう凄いのか、詳しく教えてもらえる?」

「いやあの、それは語弊がですね……な、なんで顔を赤らめてるんですか」

「だ、だって。神崎くんって、改めて見ると……」


 俺は全く普通――のはずだが。ようやく、一つ思い当たることがある。


 《AB》において、そこまで優先度は高くないながら、NPCとの対話などを円滑にするために必要だった能力値がある――魅力APPだ。


 ――魅力って、上げるとどうなるんですか?


 ――ミアは初めから400を超えてるとか、かなり凄い。私は300くらい。


 ――僕は200だけど、魅力を上げると魅了チャームに抵抗したりできるみたいだよ。


 性別がある魔物が、異性のプレイヤーを無力化するために使う魅了系のスキル。それを食らってしまうと簡単にパ-ティが崩壊するので、魅力はパーティ全員がある程度上げておかないといけなかった。


 レベルアップによる自動ステータス振り分けを除いて、俺の魅力は確かCランクくらいだったはずだ。ここまで来ると《AB》における街での暮らしはかなり快適になる。ほぼすべてのNPCが好意的になるからだ。


(一年目くらいに意識して上げて、その状態が自然になってたな……現実リアルでも相手に与える印象は良くなるのか)


 パーティの中で、俺の魅力の初期値はかなり低く――と、それはいい。最初はNPCに結構冷淡な態度を取られ、普通に話せる相手を見つけるのが嬉しかったものだ。


「っ……ご、ごめんなさい。先生、ちょっと悪ノリしちゃったわね」

「いえ、そんなことは……じゃあ、そろそろ俺たちは行きます。折倉さんもいいかな?」

「ええ。先生、ありがとうございました」


 医務室を出て、折倉さんも家に帰るというので、途中まで一緒に行くことになった。


 彼女は俺がクロスバイクを取りに行くと言うと、駐輪場までついてきてくれた。


「自転車通学なのね。私は少し家が遠いから、車で通学しているの」

「そうなのか。昨日、あの公園に駆けつけたのは、偶然近くにいたってことかな。俺もタクシーで近くを通って、無理を言って下ろしてもらったんだけど」

「昨日は討伐科で、警報対応の実習をしていたの。街で警報が出たら、その区域に急行して、討伐隊に連絡するという内容だったんだけど……」

「折倉さんは、単独行動して……ってことか」

「本当はいけないと分かっていたのよ。でも、悲鳴を聞こえたときには身体が動いていた。あなたが来てくれなかったら、私はオークロードに殺されていたでしょうね」

「……俺は折倉さんの姿に勇気づけられたよ。あの状況で人を助けたいって思うのが俺だけじゃないって分かって、心が奮い立たせられたんだ」


 折倉さんは少し驚いたような顔をして――その頬が、かすかに赤くなったように見えた。

それを見られないようにということか、折倉さんはぷい、とそっぽを向いてしまう。


「また、そんな言い方をして……私はあなたに不甲斐ないところばかり見せているのに、凄いなんて……」

「ご、ごめん。でも、適当な気持ちで言ってるわけじゃないよ」


 折倉さんはまだこちらを向いてくれない。天の岩戸を開くような気持ちで、俺は何を言えばいいだろうかと考える。


「……そうだ。交流戦の代表のことだけど、あれは、俺の希望を考えてくれてたから……ってことでいいのかな」

「……そうよ。ごめんなさい、あなたの意思を確認する前に、決まっていることみたいに話してしまって」

「いいよ。今日のことも、代表に入れてもらうための腕試しって意味もあったとか?」

「討伐科では、冒険科よりもはっきりと『強さ』を基準にして生徒の順位がついているから。あなたが訓練で私に勝ったことは記録されているし、推薦するには十分な材料になるわ」

「それは良かった。できるだけ早く、討伐隊がどんな組織か知りたかったから」


 ありがとう――と礼を言おうとする前に、折倉さんは人差し指を立てる。それは言わなくていい、というように。


「ありがとうと言うのは私のほう。あなたの力は、交流戦で勝つために必要になる。全力を出すわけにはいかないもしれないけど、それでもあなたは十分強いから」

「全力か……それを出せる相手が出てくるのかな。折倉さんより強い人が、そうそういるっていう気もしないけど」

「隣の市にも、大きな総合学園があるの。討伐科にも多くの生徒が入学しているし、強豪校ということになるわね。そこのエースなら、一年生でもかなり強いと思うわ」

「学校をあげての対抗戦か……恥をかかないように頑張らないとな」


 折倉さんはふっと微笑む――ここに来てずっと緊張していたようだったが、ようやく少し空気が和らいだ。


「黒栖さんもあなたのペアだから、交流戦に一緒に出てもらうことになるけど……大丈夫?」

「俺から伝えておくよ。交流戦に向けてのミーティングがあるなら、一度メンバーで顔を合わせておきたいな」

「先生が顔合わせの時間を作ると言っていたから、そのときにね。それと……」


 折倉さんはブレザーの袖口を引いて、コネクターをつけている腕をこちらに見せてくる。


「討伐科の管理下にも特異領域ゾーンがあって、生徒はそこに入って魔物を倒すことで経験を積んだり、報酬をもらって学費にしたりしているの。その……良かったら、黒栖さんとペアを組むのが基本だけど、時間が空いている時に……」

「ああ、もちろんいいよ」

「そうよね……やっぱり、正式なバディと一緒でないと……」

「いや、折倉さんが一緒に行きたいって言ってくれるのなら、行くこと自体は問題ないと思うよ。冒険科だと、実習のときしか入れないしさ」

「っ……そ、そう……そうよね、討伐科の特権だから、あなたと黒栖さんはそれを自由に利用していいのよ」


 この言い方だと三人で一緒にゾーンに入ることになりそうだが、それは黒栖さん次第だろうか。魔物と戦うのはリスクもあるし、参加は自由にした方がいいだろう。


「それで、ゾーンに一緒に入るには、私のバディとしてあなたを登録しておく必要があるの」

「え、ええと……二重登録とかは大丈夫かな」

「討伐科は班で行動するから、バディは別枠になっていて、選定は自由になっているの……だから、制度上は問題ないわ」

「分かった、それなら……俺のコネクター、ちょっと形が違うんだけど。折倉さんはこういうのは見たことあるかな」

「本当ね……私たちが支給されるものより、有機的な形をしている。曲線が多いというか……一部の生徒が、特殊なコネクターを支給されるというのは聞いたことがあるわ」


 機能上は問題なく、俺のブレイサーを見せると、折倉さんがコネクターを近づけるだけでバディとして登録された。


「これからよろしくね、神崎君……名字は他人行儀だから、下の名前で呼んでもいい?」

「あ、ああ。俺のことは玲人でいいよ」

「それなら、玲人も私のことは同じように呼んで。雪理、でいいわ」

「雪理さん……いや、雪理……」

「はい。玲人、バディになるといつでも通話できるようになるから、何かあったら言って。また近いうちに会いましょう」


 折倉さん――雪理は、軽やかに走っていく。意外に大胆というか、積極的な人だ。彼女ともバディを組むことになるとは思いもよらなかった。


 次は一緒にゾーンに入る時か、交流会に向けてのミーティングか。雪理も言っていたとおりに、もう一度会う機会は遠くなさそうだ。

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