第二十八話 覚醒
ロッドを持つ手は動かない。剣を防ぐには防御魔法を使うしかない――しかしレベル1の魔法に、攻撃を無効化するものはない。
――しかし、スキルレベル7の特殊魔法なら、不可能を可能に変えられる。
だが『ホワイトエンド』を破るためには、それだけでは足りない。勝つために必要な条件は三つあり、斬撃のダメージを無効化すること、あの眼による精神束縛を破ること、彼女の剣を中心として発生している極低温の冷気を相殺することだ。
《神崎玲人の『回復魔法』『攻撃魔法』『特殊魔法』スキルが上位覚醒》
通常なら、三つ以上のルーンを同時に発動させることはできない。二つまでは多重発動が可能でも、三つ以上はシステムに弾かれ、何の効果も発現しなくなる。
現時点では、俺のスキルを駆使しても折倉さんの固有スキルを破ることはできない。
――ならば、その理を捻じ曲げる。
ブレードが肉薄する。集中によって拡張された時間認識の中で、俺は見た――折倉さんの、諦めに近い表情を。
(だが、まだ終わってない……終わったと思ってからが始まりなんだ)
いつから、それができるようになっていたのか。考えられるとしたら、俺がゲームの中で死を迎え、そしてこの世界で目覚めるまでの間。
魔神を討伐したあと、与えられた力。その名は――『
《神崎玲人が未登録のスキルを発動》
「っ……!!」
俺の眼前に、
ブレイサーに『呪紋創生』の情報は登録されていない。俺だけが使えるスキルなのか、それは分からないが――俺自身が効果を把握して使いこなすことができるのなら、それでいい。
「……まだっ……!」
物理ダメージを無効化しても、折倉さんの剣のまとう極低温の冷気が襲いかかってくる。
しかし俺と折倉さんを隔てる呪紋は形を変え、冷気を相殺する熱が生まれる。
この間、実際の時間は一瞬に近い。二つのルーンの効果を連続させれば、三つ目は重ねられない――しかし。
幻の吹雪が、晴れる。俺の身体が動く――ロッドで彼女のブレードを受け、その衝撃をしのぎ切る。
「……三つの魔法を同時に……そんなことが……」
『同時に』使ったわけじゃない。三つの呪紋を一つにして、新たに複合呪紋を作り出した――そうすることで同時スキル発動数の限界である2回を超えずに、1回で事足りる。
幻術による運動機能低下を解除するレベル5回復魔法『ディスペルルーン』。
冷気属性の攻撃を相殺するためのレベル6攻撃魔法『フレアグラム』。
そして、物理攻撃のダメージを無効化するレベル7特殊魔法『ヴォイドサークル』。
折倉さんの『ホワイトエンド』を受けるためだけに、三つの呪紋を組み合わせ、専用の『盾』を作った――ディスペル・フレア・ヴォイド、それらを構成する三つの図案である、『
「……固有スキルは、やっぱり規格外に強いな」
「……強く、なんて……私は……」
折倉さんの頬に涙が伝う。この結果を望んでいたとしても、自分の技が破られたということは、簡単に受け入れられることではないだろう。
「普通なら、受けられなかった。だから俺も必死だったよ。何か一つでも歯車が噛み合わなければ、折倉さんのブレードで倒されてたよ」
折倉さんが剣を引く。彼女は一歩だけ後ろに下がる――乱れた髪が、顔を覆っている。
その姿すら、俺には綺麗だと思えた。こんな時によそ事なんてと怒られてしまうのかもしれないが。
《折倉雪理の魔力が減少 『アイスオンアイズ』強制解除》
「っ……」
「おっと……だ、大丈夫か?」
距離を取ったのは俺に助けられないようにということだったのかもしれないが、倒れかかる彼女を放っておけず、瞬時に反応して抱きとめる。
冷気属性の大技を使った後なのに、折倉さんの身体はかなり熱い。彼女の着ているスーツ越しでも分かるほどに。
「……ありがとう……受け止めてくれて」
それを言う前に、彼女が逡巡するのが分かった。助けられたくはなかった、けれど礼を言わないわけにはいかない――そんな葛藤が伝わってくる。
「少し休んだ方がいい。折倉さんが良ければ、回復魔法を使うよ」
折倉さんは力なくうなずくが、自分で立つことはできない状態だった。ひとまずその場に横たえて、回復魔法を使う――レベル5の回復魔法スキルまでが解放されたので、自分の魔力を分け与える『ディバイドルーン』が使えるようになった。
《神崎玲人が回復魔法スキル『ディバイドルーン』を発動》
自分の最大OPの一部を仲間に分配するスキルだが、計算式はスキルレベル×1%なので、5%ということになる――それでも、俺のOPは1万以上あると分かっているので、折倉さんは最低でも500ほどオーラが回復している。
「……んっ……」
彼女を見ていると、どこか生き急いでいるような、そんな危うさを感じずにはいられない。しかしそれはいつも、彼女が自分の信念に従って行動した結果で――そんな折倉さんに対してかける言葉があるなら、一つだけだ。
「凄いな、折倉さんは」
「…………」
折倉さんは唇を動かすだけだったが、何かを答えてくれたように見えた。
その後、折倉さんの魔力が減少したときに医務室に連絡が行ったようで、先生が慌ててやってきたのだが――その時には折倉さんは何とか起きられる状態で、事なきを得た。
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