第二十七話 吹雪
『剣術』スキルには、人それぞれの個性がある。同じスキルでもステータスのバランスや、所持しているスキルの組み合わせで立ち回りが変化する。
折倉さんのタイプは、おそらく速さを重視した速攻型。ステータスを見ることができたら、かなり速さに特化して振られていると思う。
(振られているというか、ステ振りができないってことは、速さを上げるような身体の鍛え方をしているということになるのか。俺もステータスが
《折倉雪理が剣術スキル『ファストレイド』を発動》
「――はぁぁっ!」
速い――物理的な速度以上に、スキルの優先度が高い。ジャンケンのようなもので、『ファストレイド』の先制を防ぐには通常、同等の優先度を持つ技を持っていないといけない。
(しかし優先度を覆せる条件がある。それは『速さ』が相手より一定以上上回っていることだ……!)
「っ……!?」
ロッドで折倉さんのブレードを受ける。これまで必ず先制できていたのだろう、彼女は動揺に目を見開く――しかし揺らいだのは一瞬だった。
「まだっ……!」
《折倉雪理が剣術スキル『コンビネーション』を発動》
速さに応じて連続で斬撃を放つ技――気を抜けば簡単に一撃入ってしまいそうな、鋭い打ち込みが三回。《AB》でのスキルと同じなら、彼女の速さはランクC以上ということになる。
「っ……危ない。何とか捌ききれたな……」
「そんなに簡単に……っ!」
簡単なんかじゃない、見切れているわけでもない。ただ素の速さに頼り、ロッドの基礎の扱いをサポートする『ロッドマスタリー』を駆使しているだけだ。『スピードルーン』を使うことはできるが、格闘戦における細かい制御に難がある。
「あなたは……っ、一体どうして、そこまで強くなれたの……っ!」
懇願、希求、そんな感情の向こうに、彼女の純粋さが覗く――強くなりたいという思い。
(彼女の攻撃……この基礎的なスキルが全てのわけがない。まだ何かがある……首席として認められる、確固たる理由……!)
スキルを使うたびに
「――おぉぉっ!」
「くぅっ……!」
ロッドで鋭い打ち込みを受けたあと、一気に押し返す――決して軽くはないが、彼女の攻撃では俺に有効打は入らない。
飛びのいて距離を取ったあと、わずかに折倉さんが息を乱す。体力はダメージを受けることだけでなく、自らが動くことでも消耗する。それが『アストラルボーダー』の体力管理の難しさでもあった――それはリアルでも同じだ。
「……このままじゃ、指先さえ届かない。これで終わるわけにはいかない……!」
(――っ!?)
《折倉雪理が固有スキル『アイスオンアイズ』を発動》
折倉さんの瞳の色が変化する――凍てつくような、冷たい青色に。
驚愕したのは、自分が知らないスキルが存在していたからだ。魔神と戦うまでに、あの世界の半分も知ることができていない、そう分かっているのに。
「……私の目の色は今、変わっている?」
「ああ……そんなスキル、俺は見たことない。固有スキル持ちだったんだな」
「そう……これが私の『天性』。これを持っているから、私は誰にも負けなかった。
「羨ましいとは思う。どんなスキルかも気になる……だけど、狡いとは思わないよ」
彼女はその力を、魔物を倒すために使ってきたのだろう。
与えられた能力を、人を救うために使っている。狡いというなら、その力を自分のためだけに使うだろう――そうしたくなるような絶大な力が、おそらくあの瞳に宿っている。
「……あなたなら受け止められる。そう思ってもいい?」
模擬戦、手合わせ――そんな段階を踏み越えたいという宣言。
彼女の全力の技を見せてくれる。『雪花剣』を見たいと思っていたのに、それ以上があるのだというなら。
「全力で受け止めてみせるよ……どこまで『引き出せる』か分からないけど」
折倉さんに、俺の言葉がどれだけ伝わったかは分からない。
いや、もう十分に俺たちは互いを理解できているのだろう。言葉の代わりに、剣とロッドを打ち合わせて。
折倉さんのブレードが冷気をまとう。模擬戦用のブレードに属性オーラを宿しても、最大の威力は発揮できない――しかし。
(『アイスオンアイズ』の効果か……おそらく彼女は、剣なしでも魔法剣を発動できる。武器の性能は関係ない……そして瞳の色が変わっている間は……っ)
――身体が、重い。物理的なものではなく、肉体を動かす心に直接干渉している――まるで、吹雪の中にいるようだ。
「……このスキルは、私が強いと認める相手と、一定時間戦闘したあとに発動するの」
「オークロードは『アンブレイカブル』で、折倉さんの初撃を反射した……だから、発動しなかったんだな」
「そう……どれだけ強くても、このスキルは不安定なまま。私はあなたのように強くなりたい。この眼だけに頼ってはいけないと、思い知らせて欲しい……」
固有スキルが発動さえすれば、折倉さんはオークロードと渡り合うことができただろう。
しかし、そうはならなかった。それでも彼女は、自分のスキルの強さに依存している。
《神崎玲人の運動機能低下 『アイスオンアイズ』の範囲内から脱出してください》
指一本も、足も動かせない――強力な
「……凍てつく結晶の剣よ、その力を示せ……『
幻の吹雪が吹き荒れ、俺は身体が凍りつきそうな感覚を覚える――しかし、折倉さんはそのまま剣を振るわない。
「……まだ、勝ったと思うには早いだろ」
「……っ」
「そのスキルは確かに強力だ……このまま受ければ俺もただじゃ済まない。でも、『絶対に』俺は倒れない」
「あなたがそう言うのなら、私は信じたい。私が弱いことを教えてくれたあなたなら……だから……っ!」
折倉さんが剣を携えて走ってくる。おそらく『雪花剣』の上位技にして、固有スキル持ちのみが発動できる奥義、それが『ホワイトエンド』。
その強さは剣に乗せられた冷気属性の威力と、『アイスオンアイズ』の広範囲に及ぶ強烈な
だが――それこそ、『呪紋師』の専売特許だ。相手が使ってくる
最もシンプルな解決策は、
(だがレベル1のスキルじゃ足りない。それ以前に、スキルレベルを上げても、『固有スキルの効果を打ち消す
――僕たち一人ひとりのスキルはそんなに強いものじゃないけど、パーティで組み合わせることで強くなるんだ。
――このゲームは、みんなで協力する前提で作られているんですね。
――ソロプレイは非推奨。私にとってはクソゲーだけど、時にはこういうのも悪くない。
イオリが言っていた通り、俺もクソゲーだと思っていた。他人との協力なんて馴れ合いで、それを強制されるのは理不尽だと。
今は思う。黒栖さんや折倉さんのように、個々で全く違う力を持つ人が集まれば、どれほどの力が出せるのだろうかと。
それは淡い夢だ。魔物が出るようになったこんな世界から、平和だった世界に戻りたい――もしそれが叶わないのなら。
『アストラルボーダー』で、まだやり残していたこと。この
「――はぁぁっ!」
幻の吹雪の中で、折倉さんが剣を振るおうとする。
――魔神を倒すために、俺たちが必要だと考えていたことがもう一つある。
パーティを構成する『個』もまた、それぞれ
しかし呪紋師の
だが、今の俺は違う。
今の俺なら、壁を超えられる。限界を克服するための答えが、俺の中に既にあるのだから。
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