第二十五話 手合わせ
折倉さんはいつも通り、髪も制服も真っ白で、その姿自体が普通の校舎とのコントラストで幻想的に見える。
「……今は都合が悪い……ということなら、また機会を改めさせて」
「あ、ああいや、ちょっと驚いただけだよ。もう討伐科の校舎に戻ったとばかり思ってたから」
「っ……一人で戻ってきたら、そんなに変……?」
「そうじゃない、それはしっかり言っておくけど……光栄に思ったというか……」
「……それは、大袈裟だと思うわ。私なんて、貴方に比べたら、全然大したことはないんだから」
褒めてくれているけど、ツンデレのような――戦っている時などはまさに姫騎士というように凛としているが、こうして話してみると、親しみやすい人なのかもしれない。
「それで……俺は、時間なら空いてるけど。折倉さんは、何か用があって来たのかな」
「少し話したいことがあって……今日は実習が終わったら、授業は無いでしょう。私もクラスには戻らなくて良いことになっているから、時間があるの」
「そうなのか。実習を見ててくれてありがとう、気が引き締まったよ」
「っ……わ、私たちはただ見ていただけで……魔物を倒したのはあなたでしょう。あの、公園のときだって……」
そこまで言われて、ようやく彼女がここに来た理由に思い当たる。
「……オークロ―ドの時のこと、覚えてたのか」
「……忘れるわけないでしょう、あんな不甲斐ないところを見られて……それに……あのお母さんと娘さんも、私のことも助けてもらったんだから」
「あの時はもう少し早く、折倉さんに加勢すれば良かった。そうしたら……」
制服が破れずに済んだのに、と言うのはさすがに配慮が欠けている。しかし言葉に詰まる俺を見て察したのか、折倉さんは腕を組んで、自分の身体を抱くようにする。
「あ、あなたに見られたかもしれないことは、私は……助けてもらった以上は、一切気にしていないわ」
そうは言うが、言葉と態度が一致していない。折倉さんは腕を組んでガードを固めていて、視線は横に向けて、こちらを見てくれない。
(しかし……見られたかもしれないと言うけど、極力見ないように努力したし、はっきり見てないといえば見てないんだけど……この恥ずかしがり方は、見られた前提になってるな……それでも気にしないってことは、度胸があるのか、俺を男として見てないかだな)
いいのか悪いのか――と思っていると、ようやく折倉さんがこちらを見てくれた。
「……ごめんなさい、本当は少し気にしているけど、今はそんなことをわざわざ言うために来たわけじゃないの。あなたに、聞きたいことがあって……」
「俺で良ければ、何でも聞いてくれて構わないよ。何でオークロードを倒せたのかとかは、自分でも完全には説明しづらいんだけど……」
「あなたはあんなに強力な炎の魔法を使っていた。戦闘の経験はあるということでしょう」
戦闘経験もそうだが、VRMMOで魔神を討伐したときのステータスやスキルをある程度
「スキル自体は、初歩的なものを使ってるだけなんだ。魔法の威力は色々な要因で上がると思うから、たぶんステータスが良い方向に作用してるんだと思う」
「ステータス……?」
「討伐科では、生徒の持ってる力みたいなのを、数値化したりはしてないかな」
「そういう研究はされているけど、討伐隊で採用されているだけで、学生は授業の成績などが能力の指標になると思うわ」
つまり、討伐隊がステータスを測定している方法ならば、俺の現在ステータスも確かめられる可能性があるということか。
「……まだ、討伐科に出入りしていいって言われただけの段階では気が早いと分かってるけど。討伐隊の人と話す機会を作るには、どうすればいいんだろう」
「討伐科には現役の討伐隊員が指導に来ることもあるし、大規模な討伐作戦の際に学生が低ランクの魔物を倒す役割を担ったりもするわ。その時なら機会はあるでしょうね」
「っ……ありがとう、折倉さん。教えてくれて凄く助かった」
「い、いえ……そんなに討伐隊に関心があるのに、どうして冒険科を選んだの? あなたの実力があれば、討伐科でも間違いなく首席になれるのに」
「それは……何となくかな。普通科に入ろうって思ってたこともあったから」
俺が志望していた元の風峰学園高校には、普通科しかなかった。そう言って、俺の知ってる世界とこの世界は違っていると言ったら、彼女はどんな反応をするだろう。
不用意に信用を落とすことはしたくない。俺と同じ境遇の人がいるのなら、その人を探すことで、この世界が一体何なのか、元の世界はどうなったのかを知る手がかりが得られるかもしれない――そうであってほしい。
ソウマ、ミア、イオリ。彼らがログアウトしていてくれたら――。
しかし、同時に思う。彼らがログアウトする先は、俺と同じこの
「……あなたは冒険科に入って良かったと思う。そのスキルの才能は、どんな形でも活かすべきだと思うから。魔物を倒すということに限らず」
「討伐科の授業にも興味はあるよ。灰島先生が現役で魔物と戦っているのなら、そういう強い人の戦い方を見てみたいし……なんて、興味本位は良くないかな」
「いいと思うわ。私だって見てみたいもの……灰島先生はA級
「折倉さんは冷気使いで、希少な属性の持ち主だから、ステップを踏んで魔物を討伐していけばどんどん強くなると思うよ。あの剣技もオークロードの能力で防がれなければ、有効打になっていたと思うし……」
折倉さんは表情が変わらないながら、俺の話に興味を持ってくれたようだった――討伐科で首席の彼女にアドバイスなんて、それこそおこがましいと反省するところなのに。
「……私は、やっぱりあなたにお願いしたい。ここであなたを待っていて良かった」
「今の話は俺の個人的な感想だから、討伐科の先生だと違う指導になるだろうし、それを参考にした方がいいんじゃないかな」
「いえ、私はあなたに教わりたいの。あなたと一緒に魔物と戦ってみたい」
「俺と一緒に……それって……」
ペアを組むということか――いや、科が違うのにペアを組めるとは思えないし、何より俺のバディは黒栖さんだ。
「……黒栖さんは、あなたと一緒に実習を終えて、凄く充実した顔をしていたから。あなたと一緒に
「彼女にはもともと、輝ける部分があったんだ。俺はそれを表に出せるようにしたかっただけだよ」
「……私には、そういう部分があると思う? もう、伸びしろはない……?」
「黒栖さんもそうだけど、折倉さんも凄い才能を持ってると思うよ」
俺の答えは折倉さんの予想を外れていたのか、彼女は少し疑っているような目をする――しかし。
「……それなら、私と一度手合わせをしてもらえる?」
「……え?」
「実習の日にこんな申し出をしたら、迷惑と分かっているけど……あなたの強さは、底知れないものがある。一度戦ってみたら、私も何かが掴める気がするのよ」
折倉さんは初めからそのつもりだったのだろう――そういうことなら、俺も彼女の『雪花剣』を、模擬戦用の武器にはなるだろうが、実際に目の前で見てみたいという思いがある。
「……分かった。俺で良ければ」
「良かった……ここまで勇気を出して来たのに、駄目だったら寂しいもの」
本音が少し出てしまっている――そして、折倉さんのまとう空気が柔らかくなった。
「早速、訓練所を借りる手続きをしてくるわね」
弾むような足取りで、折倉さんが訓練所に向かう。しかし、昨日黒栖さんと一緒に来たばかりで、違う女の子と一緒というのが、受け付けの女性にどう見られるかを失念していた――おかげで『神崎様は人気がおありですね』と言われてしまった。
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