第二十四話 代表生徒と放課後

 少し休憩時間を挾んだあと、俺たちは自分たちの校舎に戻った。折倉さんたち討伐科の三人も、授業報告が終わるまでは立ち会うらしい。


 更衣室で制服に着替えて戻ってくると、先に戻ってきた人たちが実習のことを話していた。


「なあ、あのスライムって結局逃げりゃ良かったのか?」

「なんか酸みたいなのに当たりそうになっただけで離脱リジェクトされたよ。あの攻撃より遠くから攻撃できる武器を選ばないと駄目なんじゃない?」

「空から飛んでくるやつも、飛び道具ならやれんのかな。速くて目が追いつかねえんだけど」

「ビビリすぎなんだよ、こっちを狙ってきた時にカウンター決めりゃいいんだって。俺は失敗したけどな」


 特異領域ゾーンから出たあとは疲れきっているように見えた皆は、既に二度目の実習を見据えてやる気を出していた。


(冒険科で何を勉強するか、みんな分かってて入ってきてるわけだからな……それにしても、この科を卒業してなれる職業って、やっぱり冒険者なのかな)


 魔物が出る世界ならではの『なりたい職業』があるとしたら、魔物ハンターの類だったりするのだろうか。自分の実力に見合ったランクの魔物と戦えば命の危険も少なく、リスクに見合った報酬を得て生活できる――とか。


「あ、あの……神崎君、昨日はごめんなさい。病院から戻ってきたばかりなのに、私たち歓迎とかできなくて……」

「あ、ああ。全然それはいいけど……」

「黒栖さんと一緒に出てくるところ、何ていうか……えっと、その……」

「めっちゃカッコ良かったよね。映画で危ないところから生還してくる場面ってあるじゃん、ああいう感じ」


 話しかけてくれるのはいいが、名前と顔が一致しない。最初におずおずと話しかけてきたセミロングの髪の真面目そうな女子、小柄でショートヘアの赤っぽい髪の女子、最後に話しかけてきたのが同級なのに姉御と言いたくなるような、ふわふわしたロングヘアの女子だ。こんな時に思うことでもないが、胸が大きすぎてブレザーの前が閉じられていない。


「この子が高橋さんで、この子は大和田さんね。それで、神崎くんに色仕掛けしようとしてるのが紅塚さん」

「なんか仕切ってるぞー、一番悪ーい感じで神崎くんに絡んでたくせに。南野、うちらちゃんと見てたよ?」

「あ、あはは……それはその、若気の至りっていうか……」


 南野さんは肩にかかるポニーテールの毛先をくるくると弄っているが、俺を見る顔は真っ赤だった――そんなに俺たちのペアが生還したことで、戦々恐々としてるんだろうか。ヒエラルキー的なものに関わってきそうだからというのは分からないでもない。


 不破は窓際の席に座り、周りの男子生徒と話している。こちらをちら、と見はしたが、昨日と比べるとこちらも態度が変わりすぎている気がしなくもない。


「神崎が狙われ始めたぞ……そりゃそうだよなぁ、あんなとこ見せられたら」

「一ヶ月後のバディ組み換えのときに勝負かけてんだな。俺も黒栖さんに……」

「今更無理だろ、あのペアの強さ半端ねえし。誰だよ休んでた奴が弱いなんて言ったのは」

「お、おい、不破に聞こえるぞ……っ」


 男子グループは3つくらいに別れていて、不破たちはいかにもギラギラしている生徒の集まりだが、特に怒ったりということは無かった。


「なあ不破、神崎と黒栖が合格だからって、お前の言ってたやべー魔物を倒したってわけじゃないんじゃねえの?」

「そ、そうだ、そいつからは逃げて、カードを見つけたってこともありうるよな」

「……どっちにせよ、神崎は黒栖を守ったんだろ。俺らより凄えじゃねえか」

「っ……ま、まあ、そりゃ……」

「加瀬は橋本さんに守ってもらって離脱リジェクトだっけ? 逆なら格好つけられるのにな」

「つ、次は上手くやれる……と思うけど……は、橋本の方見れねえ……」


 橋本さんは身長が高く、確かに基礎的な身体能力は高そうだ。槍投げの選手だそうで、投擲もできる短槍を使っていた――軽量ながら間合いが長めのショートスピアは《AB》でも人気があった武器だ。


 俺と黒栖さんの場合、どちらが前衛というわけでもない。俺が指示した上で自由に動く、

遊撃型ペアとでもいうのか――今のところそれで問題ないが、もし人数が増えると役割分担を強くした方がいいだろう。


「黒栖さんもごめんね、ペアがいないとか無神経なこと言っちゃって……」

「いえ、そのおかげで玲人さんと一緒になれましたから……」


 黒栖さんのコメントに皆が固まってしまう――彼女に悪気はないと思うが、あまりに言葉が真摯すぎる。隣に座っている俺までまた感動してしまうほどだ。


「あ……そういえば黒栖ちゃん、特異領域ゾーンから出てきたとき、ちょっと格好が変わってなかった?」

「なんかめっちゃ可愛かったよね、猫っぽくなってて。あれって黒栖さんのスキル?」

「は、はい、私の……可愛いということはなくてっ……」


 紅塚さんと南野さんに聞かれて、黒栖さんが慌てて答えようとする――そのとき、武蔵野先生と灰島先生、そして討伐科の三人が教室に入ってきた。俺たちの席の周りに集まっていた女子たちも、波が引いていくように自分の席に戻る。


「みんな、実習が終わっても元気で何よりです。まだ学園生活は始まったばかりですからね、今回合格できなくても、次で通ればいいことですから。三回目までは夏休みに補習を受けなくても大丈夫ですよ」


 補習という言葉に、皆が一気に緊張する――誰も補習は受けたくないだろうが、この形式の実習だと『ハマる』生徒も出てしまいそうだ。


 そして武蔵野先生から、灰島先生が話を引き継ぐ。教室の中でもサングラスのままなのは、何か理由があるんだろうか。


「自己紹介が遅れました、討伐科非常勤講師の灰島です。今回は少しシビアな内容になりましたが、攻撃が効きにくい魔物、空から襲ってくる魔物などは、本番の特異領域ゾーンでも容赦なく出てきます。魔物の最低ランクはHですが、訓練にならないほどの強さしかないので、皆さんにはGランクから経験してもらいました」


 多くのゲームでは、自分より弱い相手を倒しても、得られる経験値は少ない。この現実においてもそれは変わらず、俺たちが戦って経験値を得られる最低限の強さを持つ相手が、スライムとインプだということだ。


「冒険科で学ぶべきことは、生き残って成果物を持ち帰ること。ゾーン内の地形情報、どんな魔物が出るか、そして魔物の落とすアイテムなど。しかし、帰還できずに魔物に倒されてしまっては全て意味がない」

「次回からは、出現する魔物については事前に情報を開示します。それを踏まえて有効な武器などを選んでください。最初の一度だけは、特異領域のことを何も知らない状態で経験して、そして考えて欲しかったんです。将来調査隊に入ったり、民間企業に所属して特異領域ゾーンに関わっていきたいかを」


 さっきまでの騒がしさとは打って変わって、皆は水を打ったように静まり返っていた。


 それでも分かる――このクラスには現時点で、一人も転科を願い出る生徒はいないと。


「……よろしい。では、灰島先生、結果報告をお願いします」

「皆はもう知っているだろうけど、改めて伝えます。今回の合格者は、神崎・黒栖ペア。彼らは実習の意図を正確に理解した上で、僕が想定した以上の結果を出してくれました」


 おお、と教室が沸く――そして、拍手も。黒栖さんは照れて耳まで真っ赤になっていたが、俺の方を見て微笑んでくれた。


「ロックスライムは、状況によっては融合してロックゴーレムに変異し、大きな脅威となります。神崎君と黒栖さんは、お互いのスキルを十全に生かし、ロックゴーレムを討伐した……そう、『討伐』です。冒険科でも場合によっては、魔物のユニーク個体を相手にする局面がある。討伐科とは、学ぶところが一致している部分があります」

「この学園では、冒険科と討伐科の連携を強化していく方針です。各科の代表者同士で交流を行って、相互の成長を活発化する……そのために、今回の実習で合格したペアには、このクラスの代表生徒となって欲しいと思っています」


 代表――俺たちが。黒栖さんはもう受け入れられる許容範囲キャパシティを超えているし、ここは俺が何かしらの意思表示をしなければならない。


「現状、試験的な試みなので、代表生徒は1ペアのみとします。二人の希望を尊重しますが、冒険科の授業を外れて他の科の授業などに参加することもあるでしょう。その時は、できるだけ彼らを応援してあげてください。時間はかかるかもしれませんが、これも風峰学園そのものを強くするために行うことですから。僕からのお話は以上です」


 話すことは全て話したとばかりに、灰島先生は教室を出ていく。その後で、武蔵野先生は俺たちを教室の前に呼んだ。


「先生も、神崎君と黒栖さんのことを見誤っていました……このクラスから代表生徒が出せたこと、先生は嬉しく思います。だって、1年F組って問題児揃いって言われているんだもの」


 やはりそうか――と、ここに来て納得する。そして代表生徒が各科を自由に行き来できるということなら、それは純粋に助かる。


 知りたいことは山程ある。ステータスを知る方法、ソウマたちはまだ『アストラルボーダー』の世界の中にいるのか、そして『特異領域』とは何なのか。


「じゃあ、改めて……神崎君、黒栖さん、実習合格おめでとう。先生は本当に、とっても、腰が抜けちゃいそうなくらい凄いと思います」


 あんまりな言い方だが――またクラスに拍手が沸き起こる。


 カチコチに緊張していた黒栖さんだが、感極まるものがあったのか、目元をハンカチで押さえる――顔が見えそうになって、前の方の男子が驚いている。


 折倉さんたち三人も残って、拍手してくれている。ここまで上手く行き過ぎると、何か落とし穴があるんじゃないかと疑ってしまうが、それは心配のしすぎだろうか。


 ◆◇◆


 その心配が的中してしまうのは、早めの帰宅を許されて、この自由時間をどうやって過ごすかと考えていた時のことだった。


 黒栖さんは用事で家に帰ったので、一人で学園内の施設を見て回るか――と考えていると。


 昇降口を出たところで、不意に声をかけられた。


「……こんにちは。神崎君、これから時間はある?」


 討伐科の三人は帰ったと思っていたが、折倉さんだけが別行動をして戻ってきたのか、俺の目の前にいた――どこか、落ち着かない様子で。

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