第二十三話 スカウト
「それにしても見事だった。実習の途中に話しかけるのはご法度だが、神崎君と黒栖さん、君たちは最後に残ったペアだ。異例の事態も起きているし、少し話をさせてもらおう」
灰色髪にサングラスの男性が再び姿を現し、俺たちに話しかけてくる。やはり、出てくる直前まで『生命探知』に引っかからなかった。
『魔力探知』でなら何か分かる可能性もあるが、集中して観察しなければ、彼がスキルを使って移動したり、気配を消しているかなどは断定できない。
(隠密系のスキル……いや、それでも生命と魔力、どちらかの探知には引っかかる。ゾーンの中で、一度行ったことのある座標に自由に移動するスキル……そんなのもあったような気はするが、この人はそのスキルの使い手なのかな)
「まず、これは確かめておかないといけないな。神崎君、黒栖さん、君たちは『
「はい。最初は、先生がどこかに隠したものを探すんだと思いましたが……他の方法でカードを手に入れても、それで合格になると思いました」
俺はスライムとインプを倒して得たカードを見せる。少し迷ったが、融合のカードも提示した――折倉さんたち三人が、それを目にして驚くのが分かる。
最初の二枚を見せられたときまでは余裕のある表情だった灰色髪の男性は、融合のカードには驚かざるを得なかったらしく、サングラスの奥の瞳が揺れるのが分かる。
「……あまりに見事すぎて、正直なところ、震えているくらいだ。そのカードは狙ってロックゴーレムを倒し続けても、一生落ちないかもしれないほど希少なものだよ。言ってしまうと、僕がこの第一エリアに隠したカードよりもずっと価値がある」
やはりそうだった――魔物を倒して得られるカードを入手して脱出しても、この実習は合格となる。
「このカードは、実習中に取得したものなので、先生に……」
「いや、それは君たちが手に入れたものだ。ここは学園が管理している場所だが、中に出る魔物は本物だからね。スライムやインプを倒しても報酬は出ているよ。一定の報酬額を超えないとコネクターから通知は出ないから、気が付かなかっただろう」
ロックスライム5匹、リトルインプ5匹分の報酬も手に入っているということか――実習の目的を外れていると言われてしまう可能性もあるとは思っていたが、今のところは読みが当たっていてよかった。
「その融合のカードは売れば相当な金額になるが、個人的には大事に持っておくことをお勧めするよ。それは魔物を一定数倒した者が得る通常のカードではなく、『スキルカード』ってやつだ。使い方については、しかるべき場所で教えてもらう方がいいだろう」
「しかるべき場所……それは、この学園内にあるんですか?」
それを聞いて欲しかった、というように、灰色髪の男性が嬉しそうに笑う。
そして彼は、背広のポケットの中から名刺入れを取り出し、一枚ずつ俺と黒栖さんに渡してきた。
(灰島、透……討伐科の教官? それに……A級討伐参加資格保有の現役の
「この名刺があれば、討伐科の施設を一部利用できるようにしておく。彼女たちは同じ一年生だから、討伐科の構内に入りたいときは相談するといい」
「っ……灰島先生、初めからそのために……?」
「誰も生き残らないということもあると思っていたよ。だけどそうはならなかった。さて、あとは君たちの意向次第になるが……僕の素直な評価を、クラスの皆の前で発表してもいいだろうか」
先生は俺たちに配慮してくれている――しかし俺も黒栖さんも、ただクリアを目指したというだけで、隠したいようなことはない。
「……ロックゴーレムを倒したのであれば、その事実は称賛されるべきです」
「……折倉さん」
「っ……わ、私の名前を、知っていたんですか……?」
「あ、ああ、ええと……そちらの坂下さんから聞いて……いや、正式に紹介してもらったわけでもないのに、急に名前を言ったりしてすみません」
「そ、そんなこと……怒っているわけではなくて……唐沢、何をにやにやしているの?」
「いえ、お嬢様が初々しい反応をなさっているなと……初めまして、神崎君。私は唐沢直正と言います、折倉家に仕えている家の者です」
「そうだったんですか……俺はてっきり……」
付き合っているらしいというのは、ただの噂だった――唐沢君は俺の返事が引っかかったのか、白い手袋をした手で眼鏡の位置を直す。
「
「す、すみません神崎君、唐沢が言っていることは気にしないでください、いつもこの調子ですので」
「い、いや、俺は大丈夫です。こちらこそ、今後ともよろしくお願いします」
唐沢君が手袋を脱いで右手を差し出してきたので、握手をする。なぜか折倉さんと坂下さんが刺すような視線を唐沢君に向けているが、彼は爽やかな笑顔のままだった。
「これはなかなか……黒栖さんもうかうかしていられないね」
「っ……は、灰島先生、わ、私は何も……っ」
「神崎君の立ち回りには舌を巻いたが、君も彼のバディとして最大限の活躍をした。もし討伐科の施設を使うときがあったら、二人で一緒に来てもらいたい」
「……私が、玲人さんと一緒に……は、はい、分かりました……っ!」
黒栖さんが俺の名前を呼んだところで、またも折倉さんと坂下さんが反応している――なんだろう、この魔物と戦っているときとも違う種類の緊張感は。
――レイトさんって、女の子に対して優しすぎますよね。
―ークエストのNPCにまで優しすぎ。確かに可愛いけど。
(あの時の空気と似ているような……怒られてるみたいだが、何を怒られてるのかわからない感じが……)
「さて、そろそろ外に出よう。僕は後から行くから、君たちも帰りは魔物に気をつけて。帰るまでが冒険だからね」
灰島先生は俺たちを見送っていたが、ある程度進んで振り返ると忽然と姿を消していた――謎の多い人物だが、悪い人物ではなさそうだ。入学最初の実習内容がハードすぎるのは、少々物申したくはあるが。
◆◇◆
全員がカードを持ち帰れずに脱落してしまったことは、一目見れば明らかだった。
座り込み、項垂れていた不破が、ふと顔を上げる――そして俺たちの姿を見るなり、立ち上がってこちらに走ってきた。
俺は黒栖さんの前に出て、不破と相対する。こちらの胸倉を掴みでもしそうな勢いで、不破は俺を睨みつけた。
「……お前ら……合格、したのか……?」
「後から、領域の中で、最初に説明してくれた先生が出てくる。その時、結果を教えてくれるはずだ」
「……見つけたんだな……あの魔物だらけの中で、カードを……」
追い詰められ、あれだけ激昂していた不破が、俺たちが合格したと知った時にどうするか――。
しかし不破は俺から離れると、絞り出すような声で言った。
「すげえな……神崎」
「俺だけでしたことじゃない。黒栖さんも活躍した……彼女に謝ってくれ」
「……玲人さん……」
黒栖さんに言った暴言だけは、撤回してもらわなければならない。不破は俺の後ろにいる黒栖さんを見て――そして。
「……俺が悪かった。あの怪物を前にして、俺は冷静じゃいられなかった……黒栖が止めてくれたときに、退くべきだったんだ」
「……はぁ~」
ため息をついているのは、南野――彼女も他の女子たちと一緒に座り込んでいたが、こちらのやり取りに気づいて立ち上がり、いたたまれなさそうな様子でやってきた。
「不破君のスキルも、私のも……みんなも相性悪かったって言ってるし。こんな状況で離脱せずに、普通に帰ってくるってどれだけ凄いの……って話。私たちの負け、完敗」
「……南野さんは、簡単に負けは認めないと思ってたけどな」
「もうね、厳しい実習とは分かってたけど、ポキッて折れちゃったから。私なんてスキル見せる見せ場すら無かったしさー、才能ないからやめたら? って感じだよね。あはは……」
「今回のことだけで、諦める必要はないよ。一度目が駄目でも、二度目がある」
彼女には挑発されたが、見返すことはいいとしても、心を折りたいというようなことまでは思っていない。
「……私、かなり酷いこと言ったと思うんだけど……な、なんで? なんでそんな……」
「玲人さんは、優しいんです。優しくて、強い人ですから」
「い、いや……一年間クラスが同じなら、わだかまりは残したくないと思っただけだよ。別に優しいとかじゃない」
「そ、そうだよね、怒ってるよね……でもなんか、そうやってはっきり言ってくれたほうがすっきりするかも。今の私、サイテーだもんね」
「……お前がサイテーなんて言ったら、俺はもっとひでえ何かだろ」
リアルはクソゲーだというのは、一度対立するようなことがあれば、簡単に和解なんてできないし、わだかまりは消えないということもある。
けれど、そう決めつけるばかりでもない。出会いは最悪だったが――不破の態度が変化したことで、いつの間にか顔を上げてこちらを見ている皆の視線も、今までとは変わっている。
「神崎……あいつ、あんだけ言われてたのに……」
「1ペアだけクリアして帰ってきた……ってことだよな。それって普通に凄くね……?」
「黒栖さんも明るくなってる……神崎君と一緒だからかな」
手のひら返しが早い、とクラスメイトに言ってやるのは簡単だが――それよりも、何よりも。
「……全部、玲人さんのおかげです」
俺だけに聞こえる声で、黒栖さんが言う。実習を一回でクリアする、そして皆からの不当な評価を、フラットかそれ以上に上げる。
どちらも、まずますの結果と思って良さそうだ――少し離れた場所からこちらを見ている折倉さんと目が合ったが、彼女も何も言いはしないが事情を察してくれたのか、小さく頷いてくれた。
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