第二十二話 雪理の視点

 私が今日、討伐科の生徒としてここに来た理由のひとつは、探している人物に会えるかもしれないということだった。


 ――神崎玲人。特異現出が起きたあの公園で、オークロードをたった一人で倒した人。


 冒険科の生徒だということは、制服を見て分かっていた。オークロードに捕らえられている人を助けるために、私は単独行動であの公園に駆けつけた――それなのに。


(私は、助けられなかった。逆に、助けてもらった……あの人に)


 病院で目を覚ましたとき、私が初めに感じたのは、全身が焦がれるような恥ずかしさだった。


 剣術でも、学校の成績でも、スキルの実技でも、私は誰にも負けたことがなかった。


 討伐科で実力を認められて、在学中から討伐隊に参加して経験を積む人もいる。オークロードを倒すくらいのことを、私もできなくてはいけないと思った。

 

(それなのに……私は攻撃を跳ね返されただけ。あの人は、私を助けて……冒険科なのに、きっと魔物討伐の資格を得てる……私より、上の……)


 それまで信じてきた、自分は同年代の中では一番強い剣士だという考えが、完全に否定された。


 おごっているつもりはなかった。それは、自覚していなかっただけ。


 討伐科に入って卒業するまで、誰にも負けない。討伐隊に入っても結果を出したい――必ず出すことができる、なんて。


 けれど、自分に対して落胆してばかりもいられない。家に戻ってそう思い直したあとに。冒険科の実習立ち会いを私に頼みたいと、灰島はいしまという先生から連絡があった。


 討伐科の生徒を何人も育て、討伐隊に入隊させた、育成のエキスパート。


 その彼が、冒険科にいる素質のある一年生をスカウトするために、実習を受け持つことになったということだった。


 灰島はいしまとおるというその先生について、私は詳しいことを知らない。けれど彼が生徒をふるいにかけるために実習計画を立てたと聞かされて、言い知れない不安を覚えた。


 ――初級者向けの特異領域では、コネクター持ちはどれだけ粘っても、少々危険と判断した時点で離脱リジェクトだ。離脱判定は精神状態にも左右されるから、中には警告をねじ伏せる子もいるかもしれないけどね。


 ――もちろん、立ち会いに参加してくれるだけで特別単位は出る。貴重な一日を潰すんだ、それなりの見返りは用意するよ。討伐科首席の君なら、どう転んでも単位は余るだろうけどね。


 どうして私なのかという思いはあった。プライドを砕かれたあとに、討伐科の首席として人の前に出ることに気後れしていた――けれど結局、私は同じ班の坂下と唐沢の二人と参加すると伝えた。


 先生に対して交渉のようなことをするのは、良いことではないと分かっていた。それでも私は、単位ではなく、別のものを要求してしまった。


 ――冒険科に、神崎玲人という男子生徒は在籍しているでしょうか。


 彼がどこにいるのかを知りたかった。坂下は私がオークロードを倒したと思い込んでいたけれど、私のコネクターに記録された事実は、全く違っている。


 なぜ、そんなに強いのか。どうやって強くなったのか。


 そういった質問よりも先に、まず彼に、伝えたいことがあった。


 坂下は、神崎君と言葉を交わしたとのことだった――子供の頃から一緒だけれど、いつも感情の起伏が少ない彼女が、神崎君のことを話すときは饒舌だった。


 いったい、彼女とどんな話をしたのか、私はそれを知りたかった。


 そんなことより、討伐科の首席よりも強い冒険科の生徒がいるということ、それを皆が知らずにいることを恥じるべきなのに。


 あの巨大な鬼の反撃を受けて吹き飛ばされ、彼に受け止められた時から、私の中で何かが変わってしまっていた。


 ◆◇◆


 灰島先生が指導する実習はやはり難関で、次々に生徒たちが脱落していった。


 最後に、神崎君と黒栖さんのペアと、もう一つのペアが残った。そのまましばらく状況は膠着したままで時間だけが流れ――そして。


 コネクターが警報を発した。この特異領域にいる魔物は、討伐科の生徒なら少し苦戦はしても倒せるくらいのもの。それらとは全く違う力を持つ個体が、領域内に発生したとのことだった。


 私たちの役割は、建前上のもの――本来の目的は、特異領域の入り口近くから進めなくなった生徒が出たとき、『離脱リジェクト』ではなく外に連れ出すこと。領域内の奥に入ることは指示されていないのに、待機してはいられなかった。


 最後に残った神崎君と黒栖さんのペアが、どうするのか。ユニーク個体の発生を理由に、私は坂下と唐沢を連れて駆け出していた。


 灰島先生はどういったスキルなのか、領域内を自由に移動することができる。そのために、問題が起きたら先生が自ら介入することになっていた。


 初めは、灰島先生が介入したのだと思った――けれど、岩柱の立ち並ぶその上空を飛んでいく巨大なオーラの塊を見て、驚きと同じくらいに違和感を覚えた。


「……あれは……っ」


 黒い、猫の手。異常なくらいに大きく、すさまじい魔力が込められているだろうことを除けば、その形は可愛らしくさえ見える。


 それが、何のために放たれたのか。何か巨大なものが崩れる音がして、震動が伝わって――そのまま走り続けて、私達はその光景を見た。


 岩の巨人が、倒されている。コネクターが示す魔物の名前はロックゴーレム――討伐者は神崎玲人と、黒栖恋詠。


「っ……あなたたち、この辺りから危険な魔物の……反応、が……」


 緊張で言葉が上手く出てこない。神崎君の顔を、助けてもらったときは正面から見ていなかった。見ていたのは横顔――彼がオークロードと対峙して見せたときの、不敵で、けれど目が離せないような顔。


「これは……彼らが、この大物を倒したっていうことですか? それとも、灰島先生が……?」


 いつも落ち着いている唐沢が困惑している。坂下は神崎君を前にして、緊張で動けなくなっている――これで討伐科首席の班なんて、情けないと思いはする。


 神崎君は私を見て、少し戸惑っているような表情になる。困らせてしまっただろうか、彼が一人で、いえ、ペアで解決できるのなら、来てはいけなかっただろうか。


 おそらく激しい戦闘があったはずなのに、神崎君はそれを全く感じさせない。やっぱり、彼はとても強い――私たちが三人集まっても、決して敵わないくらい。それどころか、現役の討伐隊にも匹敵しているかもしれない。


 そして、私は坂下の表情を見て、分かってしまう――彼女が、神崎君を意識してしまっていること。


 本当なら理解できないと思うはずなのに、今の私は、坂下のことをたしなめることができない。


(彼は何かが違う……普通の人に見えるのに、他の人とは決定的な差がある。強いから……それだけで、こんなに……)


「実は……スライムが融合して、ロックゴーレムという変異個体に変わってしまって。俺たちは残ってるペアと情報交換をしようとしてたんですが、そのペアが襲われて、離脱リジェクトしたので……」

「そ、その……全部玲人さんのおかげで、私は何も……」

「二人で協力したから倒せたんだ。それは間違いないことだから」


 神崎君と黒栖さんは、二人で何かを達成したという充実感に満ち溢れて見える。


(……私も神崎君と……い、いえ、そんなこと……何を考えてるの、私は……)


 あんなふうに助けたりするから――けれど助けてもらわなければ、私は今頃ここにはいない。


 ――ありがとう、と言いたいのに、こんなときに言ってしまったら私情を挾んでいることになると、心にブレーキがかかる。


 でも、今言うしかない。今じゃなかったら、彼と話すために凄く苦労することになる。


「あ、あの……神崎君、昨日……っ」

「やあ、なかなか派手にやったね。出てくるタイミングを完全に逃したよ……不破ペアが離脱したところで出るつもりだったんだけどね」


 やっと勇気を出せたのに、途中で遮られてうやむやになってしまう。岩柱の陰から出てきた灰島先生は、そんな私の内心を全く知らずに、神崎君の素質を目にした喜びを隠しもしない様子だった。

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