第二十一話 千のオーラ
ロックゴーレムが俺たちを敵と認め、動き始める。融合したスライムたちは受けた魔法を蓄積していて、場合によっては厄介なことになる――特定の属性の魔力を合成すると、広範囲を爆発させる性質を持つこともある。
(右手に炎、左手に雷……うちのクラスにも、これくらいの炎の使い手がいるのか……それに不破も、言うだけのことはあるな)
不破の攻撃を『リフレクション』で反射しても、まだ雷のエネルギーが残っている。俺たちに使うために残したのか、だとしたらスライムにはそれだけの知能がある。
いずれにせよ、属性を乗せたロックゴーレムのパンチは驚異となる。オークロードと比較してどちらが強いかといえば、甲乙つけがたいが――前回と違って、今回は黒栖さんの力を引き出して勝ちに行く。これからペアでやっていく以上は、俺だけが強ければいいというものじゃない。
「黒栖さん、あの状態になると鈍足化が効かなくなる。あれは融合したスライムが岩を貼り付けて動いてるんだが、単体のスライムとは別物と思っていい……あの頭部の目みたいになってる部分が光ったら、それが攻撃の兆候だ」
「目が光ったら……了解ですっ!」
「それと……少し手のひらを出してもらっていいかな」
「は、はい……く、くすぐったいです……」
遠隔発動だけでは精密にスキルを制御できないので、直接描きこまなくてはいけない場合もある。黒栖さんの手に魔力文字を描くが、まだ文字は発光していない。
「これが必ず役に立つから……来るぞっ!」
「っ……はい!」
ゴーレムの目が光る――スライムの攻撃色である赤は、紛れもない殺意の表れだ。
「……ゴ……ォォッ……!!」
岩が擦れて軋むような音が、ゴーレムの声のように聞こえる。繰り出された拳はその鈍重な動きからは想像できないような、大砲のような速度で地面に叩き込まれた。
《ロックゴーレムが『アースフィスト』を発動》
(地面を砕き、石礫を飛ばす範囲攻撃……それに炎と雷の属性が乗ってる。黒栖さんには一撃も当てさせられない……!)
《神崎玲人が特殊魔法スキル『シェルルーン』を発動 即時遠隔発動》
「きゃぁっ……あ……す、凄い……石が弾かれて……っ」
黒栖さんの胸の前あたりに生じた魔力文字が、半球状の防壁を展開する。炎と雷をまとって飛んできた岩塊は、薄く頼りないように見える防壁に全て弾かれた。
「正面にいると、ああいう避けにくい攻撃をしてくる……黒栖さん、隙を突いて裏に回ってくれ!」
「は、はいっ……!」
『シェルルーン』は攻撃を防ぐ回数が決まっているが、その回数も使用者のステータスに応じる。七発防げたが、あれが限界値だったか――何しろレベル1のスキルなので、終盤は使っていなかったので正確なところはわからない。
相手の意識をこちらに集中させるためのルーン――敵意をこちらに向けさせるスキルは、レベル1の中には含まれない。
(だったら……俺がタンク役になればいいってことだな……!)
《神崎玲人が強化魔法スキル『エンチャントルーン』を発動》
ロッドを振るい、拳を打ち下ろした後のゴーレムに殴りかかる。無属性魔力による一撃――スライムも驚異を感じたのか、右腕を切り捨てて岩の盾を作り、防ごうとする。
――硬すぎるっ……僕の剣じゃ駄目なのかっ……!?
――ソウマ、俺が魔法で強化する!
―ー私が注意を引きつけるから、ソウマとレイトが『あれ』で決めて……っ!
俺の中では、三年近くも前の出来事。ロックゴーレムは、俺たちプレイヤーにとって『序盤の難敵』『壁』の扱いだった。
倒したって何が得られるか分からなくても、中ボスのような魔物を倒すことがクリアの手がかりになると信じていた。
(こいつには苦戦したよな、みんな……でも、心配しないでくれよ。俺と黒栖さん、二人で倒してみせるから)
「砕けろぉぉぉっ!」
渾身の力で振り下ろす――呪紋師のロッドなんて、レベルが低い時はかすり傷も与えられやしなかった。
それが今は、ロックゴーレムの展開した岩の盾に亀裂を入れ、爆砕させられる。
「――玲人さんっ!」
「良くやった……黒栖さん、ゴーレムの核に向かって、思い切り『ブラックハンド』を撃ち込んでくれ!」
今までと真逆のことを言っているとは分かっている――しかし黒栖さんは、俺の言うことを信じてくれた。
「――闇より出でよ、魔性の手……っ!」
黒栖さんが詠唱した瞬間、彼女の手のひらに描き込んだルーンを発動させる。
呪紋師の役割。それは自分以外の火力職の攻撃性能を上げること――俺のパーティでも、聖女のミアが数少ない攻撃魔法を覚えたとき、彼女の魔法の威力を上げるために、この系統のスキルを使っていた。
《神崎玲人が強化魔法スキル『エンチャントルーン』を発動 遠隔遅延発動》
《神崎玲人が強化魔法スキル『チャージルーン』を発動 遠隔遅延発動》
「……熱い……れ、玲人さんっ……」
「大丈夫、そのまま……っ!」
呪紋師は一部のスキルに遅延をかけられる。『チャージルーン』の効果は文字通り、仲間の魔法を自分のOPを消費して強化するというものだ。
一度に消費できるOPは最大値の十分の一まで。これは俺の最大OPを測るテストでもある――そして、黒栖さんが使用する『ブラックハンド』のような型の魔力弾には、『エンチャントルーン』の効果が乗る。
(……これで100……200……まだ行けるのか……ま、待て……800……900……せ、1000……?)
「れ、玲人さんっ、もう、私っ……」
「――行けぇぇぇっ!」
「――ブラックハンドッ!」
黒栖さんが叫ぶ――その瞬間、彼女が前に撃ったときとは比較にならない大きさの黒い猫の手が、ゴーレムの巨体を突き抜けていった。
『ブラックハンド』を『エンチャントルーン』で強化した場合、まず闇属性の魔法攻撃のダメージ判定が出て、次に無属性魔法の判定が行われる。
この現実においても同じだ――黒栖さんの『ブラックハンド』の素の威力を、チャージで強化したエンチャントの効果が上回っていれば、ロックゴーレムに対して無属性魔法を叩き込んだのと同じになる。
「……い、今、何が……」
前のときと違い、黒栖さんは両手を突き出して魔法を放っていた。ゴーレムの核となっていた融合したスライム見事に貫通されて、ゴーレムが崩れ落ちる。
《【生ける岩山】ロックゴーレム ランクE 討伐者:神崎・黒栖ペア》
《ユニークモンスターの討伐称号を取得しました》
《討伐に参加したメンバーが500EXPを取得、報酬が算定されました》
ロックスライムやリトルインプのときは報酬が無かったのに、これは例外ということか――まだ金額を確認してないが、どれくらいになるんだろう。ゲーム内だと通貨の単位が違っていたし、現実では報酬額の目安も違うだろう。
「Dクラスの、討伐参加……い、いいんでしょうか、こんな……」
オークロードはDランクユニークだったので、得られた討伐参加資格はCランクまでだった。
《『錬魔石』を2個取得しました》
《『ライフドロップ小』を3個取得しました》
《『融合のカード』を取得しました》
「うわ……またカードが出た上に、めちゃくちゃ貴重なやつじゃないか、これ」
「このドロップは、飲むと元気が出るんでしょうか?」
「その言い方だとヤバいやつみたいだけど、まあ回復の薬だね」
黒栖さんは少し恥ずかしそうにしつつ、ロックゴーレムが落としたものを俺に渡してくれる。
「この黒い石は……れんませき、とコネクターが教えてくれてます」
「マジックアイテム……というか、特殊な装備品というか。そういうのを作る材料だよ。学園の中で加工できるところがあるのかな」
「は、はい、あると思います。部活でも作っているそうですから」
「へえ……一度行ってみたいな、その部活に」
どんな部活があるのかも気になっていたが、一度リストを見ておいた方がいいかもしれない。
――そのとき、生命探知に反応があり、特異領域の入り口の方角から誰かが走ってくる。
「っ……あなたたち、この辺りから危険な魔物の……反応、が……」
姿を見せたのは折倉さん、そしてもう二人も後からついてきた。途中で魔物と戦ってきたようで、到着に時間がかかったようだ。
スライムは消滅したが、ロックゴーレムを形成していた岩の塊はそのまま残っている。事態を飲み込めないでいる折倉さんが、事実を話してどう反応するか――少し気が引ける気もするが、こうなっては仕方がない。
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