第二十話 融合

 黒栖さんがセラミックリボンを振るい、ロックスライムを撃破する――レベルが上がったという明確な区切りがなくても、やはり立ち回りは洗練されていくし、敵を倒すほどに動きはこなれてくる。


「はぁっ、はぁっ……れ、玲人さん、これでこのあたりの魔物は、いなくなったみたいですね……」

「ああ。黒栖さん、頑張ってくれてありがとう」

「いえ、玲人さんのバディとして、恥ずかしくないようになりたいですから」


 黒栖さんの体力がどれくらい減っているか、今は把握しようがないが、これ以上疲労するとまずい――疲労も離脱リジェクトの対象になる。


《神崎玲人が回復魔法スキル『ヒールルーン』を発動 即時遠隔発動》


 空中に念を込めて文字を描くと、同じものが黒栖さんの足元に浮かび上がる。 


「あ……す、凄いです。すっと疲れが取れて……玲人さん、回復のスキルも使えるんですね……学園に入る前に、いっぱい勉強をしたんですか?」

「勉強というか、色々経験したというか……ごめん、曖昧な言い方で」


 あれほどログアウトしたいと願った《AB》での経験を、現実でスキルが使えているからと肯定するのは、あのゲームに苦しめられた人々に対して申し訳が立たないと思う。


 しかしこの力は、人の役に立てることもできる。黒栖さんのバディとして、俺にできる役割を果たす――それ以外にも、出来ることはあるだろうか。


「っ……れ、玲人さん、見てください。スライムゼリーじゃなくて、違うものが……これが、カードでしょうか?」


 特定の魔物を討伐し続けると、ドロップ品が変化することがある。いつものスライムゼリーではなく、半透明の材質でできたカードのようなものが落ちていた。


「推測になってしまうけど、おそらくこのカードを持ち帰っても、実習はクリアになると思う」

「っ……で、ではっ……これを持って、脱出したら……」

「そうだな。でも、もう少しだけ様子を見てみよう。おそらく実際に隠してあるカードも、この『ゾーン』のどこかにあるんだろうと思うし」

「カードの見つけ方が違うと、評点に影響するんでしょうか……」

「冒険科の指導目的を考えれば、『魔物への対処』『目的の達成』『無事に脱出する能力』なんかを評価していると思う。どこに重きを置いてるかまではわからないけど、合格の仕方は一つじゃないってことにはなると思うよ……ちょっと推測を重ねすぎかな」

「そんなことないです、玲人さんのおっしゃること、私はすごく納得できます。カードの形を不破くんが聞いたとき、教官が教えてくれなかったのは、それが答えになってしまうからだったんだと思います」


 ペアで意見が一致しているなら、このままカードを持って脱出するというのも考えはする。


(……『生命探知』で感じるクラスメイトの反応が、ほとんど消えている。残ってる人がどんな状況か、情報交換できればいいんだが)


「……黒栖さん、向こうはまだ魔物の気配がするけど、誰かいるみたいだ」

「はい、私も他の人たちの様子が知りたいです……魔物をやっつけるコツも分かりましたし、玲人さんとなら、ゾーンの中でももう怖くないです」


 気になるのは黒栖さんの魔力だが、魔装スキルを使ってしまうとその時点で変身が解除されそうだ。そうなったら脱出まで俺が支えるだけだが。


「よし、それじゃ今度は魔物に見つからないように、慎重に行ってみよう」

「はいっ……あっ、玲人さん、今気づきましたが、私足音が全然しなくなってます」


 猫の足といえば肉球があるので、忍び足が得意なのだろうか――と考えつつ、俺は生命探知で魔物の接近に気を配りながら、人の反応がある方角に向かった。


 ◆◇◆


 ――やがて、聞き覚えのある女子の声が聞こえてくる。


「ど、どうしよう、不破君っ……加瀬君たちも、黛と睦月も、みんなやられちゃったのかな……あのスライム、何でなんにも効かないの……っ、初めての実習であんなの、おかしいよ絶対……っ!」

「そんなことはこっちも分かってんだよ! あのサングラス、こうなると分かってて何も教えやがらなかったんだ……認めねえぞ、俺のスキルが効かねえ魔物なんて……っ!」


(不破のペアが生き残っていて、彼らと行動していた人たちはもう……既にカードを手に入れて脱出したペアがいる可能性もあるが、この分だと厳しそうだな……)


「……ね、ねえ、不破君……あれ、何? さっき不破君が攻撃したスライムが……」

「――何なんだよ、俺の邪魔ばかりしやがって……っ!」

「そ、そんなこと言っても、不破くんのスキルはあのスライムには……っ」

「うるせぇぇぇっ!」


 俺も黒栖さんも、走りながら気づいていた――不破と南野さんが、予期せぬ何かに遭遇していることに。


 そして、不破たちのいる場所に辿り着いた俺たちが目にしたものは。


「……あれは……あれも、魔物、なんですか……?」


 黒栖さんはそれを目にしただけで自失に陥りかかる。これがこの『特異領域』で起こりうる事故――『ロックスライム』は数体集まったときに『融合』のスキルを使う。


 『ロックスライム』の名前の由来は、融合したスライムが岩を鎧のように纏うことにある。変異種『ロックゴーレム』――その巨体はオークロードにも匹敵していた。


「あ、あははっ……あははははっ……私、もう駄目……こんなの、勝てるわけ……っ」


(っ……このままじゃまずい……!)


 南野さんはその場に膝を突いてしまい、立てないでいる。不破は彼女を見て舌打ちしながら、それでも『ロックゴーレム』に挑むことを選んだ。


「――うぉぉぉぁぁぁぁぁっ!」


 不破が叫ぶ――俺たちのクラスで重戦斧タイプの武器を使えたのは不破だけだった。岩くらいなら砕ける、しかし不破は形態が変化したロックゴーレムには通じると考えたのか、してはいけない判断をしてしまった。


《不破諒佑が斧術スキル『サンダースマッシュ』を発動》


 雷属性――光属性の中でも希少とされるそれが、不破の絶対的な自信の理由だった。


「不破くんっ、駄目っ……!」


 不破を止めようと、黒栖さんが叫ぶ。不破のスキルは明らかに無属性ではない――それを黒栖さんも分かっているからだ。


「っ……うるせぇぇぇっ……! お前が俺に指図するな……お前はずっと、教室の隅で大人しくしてりゃ……っ」


 黒栖さんの言葉に激昂した不破は、自分のスキルが全くロックゴーレムに通じていないことに気づいていなかった。


 岩の鎧を手に入れたロックスライムは、元の耐性も継続して持っている。雷のエネルギーは全て吸収され、麻痺の力を持つロックゴーレムにはむしろ養分となって、その岩でできた拳が稲光を纏った。


「――うぁぁぁぁぁぁっ!!」


 この状況においても、不破が強制離脱させられなかったのは。彼の中で、恐怖よりも怒りの方が勝っていたからなのか――それはわからない。


《ロックゴーレムが特殊魔法スキル『リフレクション』を発動》


 不破が撃ち込んだスキルの雷エネルギーが、そのまま反射される。雷属性に適性がある場合、同時に耐性も持っている――しかし不破はたたらを踏み、立っているのがやっとの状態で、斧を取り落とした。


「や、やめてよ……不破君が落ちたら、私も落ちちゃう……っ、クラスで一番強いんでしょ!? ねえっ、やだっ、落ちたく――」


《不破・南野ペアが緊急離脱しました》


 不破と南野の身体が一瞬にして光に包まれ、消える。


 もし離脱リジェクトがかからない状況で同じことになれば、それは命を落とすということだ。


 討伐科の三人はまだ到着しない。不破も、あの様子では南野さんも連絡できていなかったのか――それなら。


「……喧嘩を売ってきたりはされたけど。そういう相手でも、やっぱり目の前でやられたら……いい気分はしないな」

「玲人さん、岩の怪物……ゴーレムが来ますっ……!」

「ああ……分かってる。黒栖さんのことは、俺が絶対に守ってみせる。だから……あいつを、倒してしまってもいいかな」

「っ……不破君たちが倒せなかった魔物を……私たちが……」


 ユニークモンスターが出てきたなら、狩れるならば狩る。冒険科の生徒が進んですることではないかもしれないが、魔物との交戦は禁じられていない。


「……今の私でも……玲人さんの、力になれますか……?」

「なれるよ。むしろ、俺の方からお願いしたい……バディがいるからできる戦い方を」

「……っ」


 俺のスキルを使って、黒栖さんのスキルを最大限に活かす方法がある。それを『ロックゴーレム』を相手に決める――。


「行くぞ、デカブツ……ここで俺たちと会ったが運の尽きだ」


《ロックゴーレム1体と遭遇 神崎・黒栖ペア 交戦開始》

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