第十九話 初戦
《ロックスライム1体と遭遇 神崎・黒栖ペア 交戦開始》
ブレイサーが情報を伝えてくる――オークロードの時は意識していなかったが、通常の
「まず黒栖さんは戦闘に入ったら、基本的に『
「はいっ……んっ……す、すみません、まだ慣れなくて……っ」
「だ、大丈夫、ちょっと色っぽいけど、慣れるまでの我慢だ……!」
「が、頑張りますっ……行きます、『
《神崎玲人が強化魔法スキル『マキシムルーン』を発動 即時遠隔発動》
《黒栖恋詠が特殊スキル『オーバーライド』を発動》
《黒栖恋詠が魔装形態『ウィッチキャット』に変化》
《ロックスライムが攻撃態勢に移行》
「れ、玲人さんっ、来ますっ……!」
「スライムは直線的にしか攻撃してこないが、できるだけ大きく避けるんだ!」
「……は、はいっ……!」
スライムが一気に肥大化し、増えた分の質量を伸縮させ、まるで蛇のように前方の黒栖さんに襲いかかる。
しかし黒栖さんは自分で言っていた通り、変身中は身のこなしが機敏になっており、なんなく避ける。そしてさらに飛び退き、距離を取った。
――大きく避けるようにと言ったのは理由がある。ロックスライムは攻撃したあとに、ウニのように全方向に針状に変化させた体組織を展開させ、追撃してくるからだ。
「きゃっ……あ、あんなのに当たったら……」
「あれの追加効果はレベル1の麻痺毒……耐性がないと、食らったら動けなくなって、ゆっくり消化されることになる。おそらくこの実習だと、麻痺した時点で危険と判断されて
「そうだったんですね……それなら、聞こえてきた悲鳴は……」
黒栖さんが案じている通り、
「一度目じゃ難しいっていうのは、そういうことみたいだな……黒栖さん、もう一度来るぞ!」
「っ……な、何か吐き出して……ひゃぁっ……!!」
針状の組織を引っ込めたあと、ロックスライムは不気味に脈動して、口とも何ともつかない場所から液体を吐き出す――溶解弾。食らうと酸による火傷のダメージ以外に、スリップダメージと武具にもダメージを受け、まだ《AB》を始めたばかりのプレイヤーは生き残れたとしても、スライム系の魔物に対して絶対的な苦手意識を持ってしまうことになる。
溶解弾が当たった岩柱がチーズのように溶けて、シュウシュウと煙を立てている。これを食らって腕が欠損したプレイヤーもいたが、《AB》ではライフがゼロにならなければ欠損の回復も可能だった。
「な、何だか怒ってるみたいです……っ」
「捕食することしか考えてないからな。じゃあお望み通り、腹いっぱいにしてやろう」
「は、はいっ……えっ……?」
律儀に返事をしてから、黒栖さんがきょとんとする――俺は笑って、彼女に手をかざしてスキルを発動させた。
《神崎玲人が強化魔法スキル『エンチャントルーン』を発動 即時遠隔発動》
「っ……腕に図形が……魔法陣の中に、文字が浮かんでます……っ」
黒栖さんが選んで持ってきた武器は『セラミックリボン』という、体操で使うリボンを武器にしたようなものだった。中学まで新体操部にいたからということだが、他にも
彼女の手の甲に浮かんだ文字が発光し、リボンが魔力でコーティングされる。これが『エンチャントルーン』、武器に魔力を付与する魔法だ。
「よし……俺があいつの動きを遅くするから、それで攻撃してみてくれるかな」
「はい、頑張りますっ!」
《神崎玲人が弱体魔法スキル『スロウルーン』を発動 即時遠隔発動》
スライムの足――足はないが、直下の地面が発光し、魔力文字が浮かび上がる。文字通り敵の速さを低下させる魔法だが、今の俺のステータスでどれくらいの効果が出るだろう。
(……完全に止まってる……いや、スローモーションで攻撃しようとしてるのか。これならいける……!)
「――っ!」
黒栖さんが手首のスナップを利かせて、鞭を打つようにスライムを攻撃する――すると。
バチュンッ、とスライムがあっさりと、勢いよく弾け飛んだ。流動的に形を変えていたスライムだが、倒すと『スライムキューブ』という四角いゼリーの塊になる。
《ロックスライム ランクG 討伐者 神崎・黒栖ペア》
《EXPを10獲得しました》
《『スライムキューブ』を3つ獲得しました》
戦闘中に何らかの貢献をしないと、EXPが入らない。そのために、黒栖さんに倒してもらう必要があった。
もっとも経験値の算定ルールが《AB》と同じかはわからないので、次は俺だけで倒して試してみる必要がある。
「や、やっつけられました……っ!」
「ああ、見事だった。おめでとう、黒栖さん」
スライムに一番有効なのは『無属性魔法』による攻撃だ。『エンチャントルーン』は武器に魔法の効果を付与するもので、何の魔法かを指定せずに発動すると、無属性の魔力で武器が一時的に強化される。スライムは無属性魔法で攻撃すると、一定までは吸収するが、限界が来ると弾けてしまう。
他の属性魔法で攻撃するとスライムは弾けず、すべて吸収してしまう――それがスライムの罠だ。ライフが最大のときはさらに悪いことに分裂する。では無属性魔法が使えない場合にどうやって倒すかというと、物理攻撃に耐性があるので一見効いていないように見えるのだが、実は殴っていれば攻撃は通っているので、時間をかければ倒すことはできる。
この実習が二回目で合格しやすくなるのは、脱落した後にスライム対策を教えてもらえるか、生徒が自身で理解するからだろう。
「リボンをそんなふうに使いこなせるって凄いな……」
「そ、そんな、恐れ多いです……全部、玲人さんのおかげなので」
『エンチャントルーン』で消費する魔力は黒栖さん自身のものでなく、俺のものに指定できる。これなら、まだ最大
「でも、全然動かなくなっていたのは何だったんでしょう……ちょっと可哀想だったかもしれないです」
遅くなりすぎて止まっているように見えるだけで、本当は捕食行動を仕掛けようとしていたんだ――と言ったら、彼女は信じてくれるだろうか。自分で言うのもなんだが、スキルレベル1とはいえ使える魔法の種類はそれなりにあるので、何でもありに見えなくもない。
(俺のスキルレベルを上げられれば、もっと色々できるんだけどな……それまでは、今使えるスキルで何とかするか)
《リトルインプ1体と遭遇 空中奇襲》
「っ……黒栖さん、伏せてっ!」
地上のスライムに気を取られていた俺たちの上空から、何かが攻撃してくる――三叉の小さな槍を構えた
「キィィィッ!!」
黒栖さんは身を屈めて回避し、彼女を狙った槍は空を切る。インプはそのまま旋回して俺を狙ってくる――だが。
「――ふっ!」
俺が選んだ武器は、セラミックロッド――伸縮式の警棒と同じように振って展開することができる。
武道の心得がなかった俺でも、《AB》では『ロッドマスタリー』というスキルを振ることでこういった武器を使いこなすことができた――その感覚はレベル10まで振っていたときほどじゃないが、完全に失われてはいない。
「――ピキィィッ!!」
――しかし想定していたよりも、俺のロッドの破壊力は高かった。
(お、おいっ……俺はサポート職だぞ……!)
インプにロッドを叩きつけると、凄まじい勢いで錐揉み回転しながら岩柱にぶつかり、砕き、それでも止まらずに何本もの岩柱を砕いていく。バトルもののアニメのような光景に、さすがに黒栖さんも言葉が出ない状態だった。
《リトルインプ ランクG 討伐者 神崎玲人》
《EXPを10獲得しました》
俺だけで倒すとやはり駄目だ――黒栖さんも攻撃を回避していたが、あれだけでは駄目なのだろう。と、今はそれよりも、この事態を説明しないといけない。
「ご、ごめん、驚かせて。思ったより威力が出て……」
「玲人さん、サポートの職業なのに……凄く力があるんですね……っ」
黒栖さんのテンションが上がっている――もっと驚かれるか、引かれるかだと思っていたので安心するが、岩柱の崩壊に他の生徒が巻き込まれていたら、ちょっとやりすぎたでは済まない。
(最低限しか筋力に振ってないはずなのに……この現実がバグってるのか? 確かにその『最低限』が、魔神を倒すときのレベルになると、スライムくらいはワンパンだったと思うが……それにしてもヤバくないか?)
次からは地形を破壊しない攻撃で魔物を倒さなくては――と、カードを探すように言われたこと自体は、俺も忘れてはいない。
しかし、みんなはゾーン内を駆け回っていると思うが、俺には一種の確信があった。
――おそらく、カードを探し回る必要はない。このゾーンの広さが本当に町一つ分なら、制限時間内にカードを見つけることは現実的じゃない。探し物に向いているスキルがあれば有利な試験なのかもしれないが。
(地上にスライムがいて、空中にはインプがいる。対策ができてなければ対処が難しい。それこそがこの実習の答えのはずだ……的外れじゃないことを祈るぞ……!)
《ロックスライム、リトルインプと遭遇 神崎・黒栖ペア 交戦開始》
「さっきと同じように相手を鈍足化するから、一体ずつ確実に倒していこう」
「はいっ、玲人さん!」
黒栖さんがレベル1だとすると、最初のレベルアップまで、必要なEXPは100のはずだ。そうでなくてもこの経験は次に繋がる――俺は黒栖さんと一緒に、襲ってくる魔物を必勝パターンで倒していった。
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