第十七話 最速
「やってみたい方法があるなら、自由にどうぞ。先生は怪我をしないように、もし事故が起きそうなら介入しますが」
「大丈夫です。急いで移動することには慣れてますから」
「ふふっ……神崎君って、やっぱり何をするか分からなくて良いですね。昨日は驚きましたけど、徐々に楽しみになってきました」
「れ、玲人さんっ、そろそろ行かないと……」
「ああ。じゃあ黒栖さん、俺を信じて……一緒に
「えっ、あっ……ひぁぁぁぁっ……!!」
黒栖さんを抱え上げて、俺は窓から飛ぶ――圧倒的な浮遊感。《AB》なら空中ダッシュのようなこともできたが、スキルレベル1の時点で取れる方法は限られている。
《神崎玲人が特殊魔法スキル『フェザールーン』を発動 即時遠隔発動》
俺たちが着地する点――このままでは激突するというところに、地面に魔力の図形が浮かび上がり、落下の衝撃が減殺される。
「ぁぁぁぁあああ……あれ?」
「ははは……ごめん黒栖さん、驚かせて。俺のスキルなら、高いところから安全に降りられるんだ」
「そ、そうなんですね……」
「『ウィッチキャット』の特性でも高所から降りられる可能性はありそうだけど、それを調べるのはまた今度にしよう。ここからは走るよ」
「は、はいっ……でも、変身しないと足の速さは全然自信がないですっ……」
黒栖さんが『転身』を使うと身体能力も上昇するようだ。ならば魔装スキルを使わなくても、変身したままで立ち回れるだけでも効果的と言える。
しかし『転身』は切り札のようなものなので、特異領域に入る前には温存したい。そうなると、やはりあれを使わなくてはならない。
「黒栖さん、強化スキルを使ってもいいかな」
「はい、いつでも心の準備はできてます。さっきも、玲人さんが落ち着かせてくれたのが分かって……嬉しかったです」
「そ、それはどういたしまして……」
(いや、照れてる場合じゃない。昇降口の方が騒がしくなった……そろそろクラスの皆が外に出てくるな)
余裕のつもりでいたら北グラウンドまでの直線で差された、ということはないようにしたいものだ。
「よし……行くよ、黒栖さん……!」
《神崎玲人が強化魔法スキル『スピードルーン』を発動 即時発動》
「あ……あ、あの、玲人さん、これは……っ」
「っ……ご、ごめん、基本的には強化する部位に模様が出るから」
「そうなんですね……すごい、足が軽いです……っ、これなら……っ」
「――黒栖さん、スピードはセーブして! 緩く走るくらいで……っ」
「――きゃぁぁぁぁーーーーっ……!!」
黒栖さんは本日二度目の悲鳴と共に、飛ぶような速さで走っていった。しかし俺の場合とは違い、彼女のスピードはサバンナを疾走するインパラくらいだ。
俺も『スピードルーン』を使って軽めに走り出すと、すぐに彼女の横に並んだ。
「……玲人さんっ……」
黒栖さんは俺が追いついてきて驚いている。しかし、それよりも。
走っているときだと、黒栖さんの顔が見える。大きな瞳で俺をしっかりと見て、顔が見えてしまっていることが恥ずかしいからか、顔を赤らめながら――それでも。
「……楽しいです……っ、私、こんな気持ちになったの、初めてで……っ」
「そうか……それは良かった。でも、実習はこれからだから、気を引き締めて行こう……っ!」
「――はいっ!」
そして――結果的に、1年F組の32人の中で、俺たちのペアが北グラウンドに一番乗りだった。
「あ、あいつら……どうやってここまで来たんだ……」
「最短で来たはずだ……なのに、ありえねえ……」
「三階から飛び降りでもしないと、絶対ムリだよ……ね、ねえ、黒栖さん、どうやったの……?」
「それは……秘密です」
黒栖さんにクラスメイトもそれ以上聞くことはできなかったが、着実に彼女の印象は変わったようで、クラスの空気が明らかに変わってきていた。
「……何か便利なスキル持ってるみたいだけど、それだけじゃ私と不破君のペアには勝てないから」
南野さんが釘を刺そうとしてくるが、不破の方は何も言わずに、黒栖さんを見ているだけだった。
そして、俺の方に歩いてくる。今までは高圧的だったが、それとも違う――俺と黒栖さんのことを、対抗意識を持つべき相手として認めている。
「こんなのは準備運動だ。特異領域に入った後は、俺達が生き残る」
「先生は1ペアしか合格しないと言ったけど、その通りになるとも限らない。俺たちも、生き残れるように最善を尽くすよ」
「……やってみろ」
俺たちには絶対にできない、そう決めつけていた不破の態度が、目に見えて変わっている。
黒栖さんは質問攻めをかわしたあと、俺のほうにやってくる。そして、隣に並んで言った。
「……ここにいるのが一番落ち着きます」
俺もそう思うなんてストレートに答えたら、不破がどんな顔をするかわからない。バディ同士で付き合っていると噂をされるケースもあるようなので、黒栖さんに迷惑がかからないようにしなければ――と考えていると。
グラウンドに、白い制服の少女――折倉さんと坂下さん、そして眼鏡の男子の三人が入ってくる。彼らを案内してきた武蔵野先生が、注目するようにとホイッスルを吹いた。
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