第十六話 ショートカット
教室に行ったあと、担任の武蔵野先生は俺たちに着替えるよう言い渡した。支給される防具に着替えるようにとのことだ。
更衣室で着替えてから教室に再集合する。職業に応じて多少形状は違うようだが、防具はおおむね『近接型』『遠距離型』『サポート型』で形が違うようだ。俺も一応『サポート型』を選んで、黒栖さんは『遠距離型』を選んでいた。
この防具――『ビギナー防具シリーズ』が壊れると修繕費がコネクターから引かれるらしく、残金のない生徒は実習をするために学園から紹介されるバイトをしたりということもあるらしい。電子マネーは学園から定期的に少額支給されるのだが、それだけで足りないくらいに装備を壊してしまっても、無限に学園が補填してくれることはない。
武蔵野先生はそういった基本的な事項を説明したあと、実習の説明に入った。紫色の髪を三つ編みにしており、眼鏡をかけていて温和そうな先生だが――その髪色が示す適性は闇属性の中でも特殊な『陰属性』だったりする。
(陰属性って、裏表のある性格って傾向がある……って言われてたけど。このおとなしそうな先生に、もう一つの顔があるっていうのは想像しにくいな)
「実習では魔物に遭遇することもありますが、それぞれの方法で対処してください。武器は支給しますが、各武器の訓練をする授業を受けていない時点では、魔物に対して有効なダメージは与えられないと思ってちょうだい。ゲームみたいだけど、あなたたちはそれぞれ適性のある武器が違っているから、本当はそれを一つ一つ探す必要があるの」
「せんせー、うちらが使える武器の適性……? を調べてから実習した方が良くないですか? 魔物が出るって分かってるのに、使ったことない武器を振り回しても怪我するだけですよ」
クラスの中では南野さんと同じグループにいる、いかにもギャルという感じの女子が言う。確か
(あの色は……彼女は火属性の適性持ちだろうな。そして『近接型』って、かなり攻撃的なビルドを目指していそうだな……いや、現実ではビルドとは言わないか)
「紅塚さんは、棒術……ロッドを使う武道を習得していますね。他の皆さんも、適性のある武器が分かってからでないと不公平と思った……いいわね、とってもいい子」
「そ、そんなんじゃないけど。うちらもう高校生なんだし、子供扱いとかやめてもらえます?」
「ああっ……ごめんなさい、私ったら。でも教え子が可愛いっていうのは先生の特権でしょう? 少しくらいは大目に見て頂戴」
生徒との関係性がフランクな先生というのは中学の時にもいたが、武蔵野先生は年齢的にもまだ先生になったばかりという感じで、かなり教え子との距離感が近い。
――しかし、やはり冒険科の先生ということか。朗らかな笑顔のままで、その瞳の鋭さが変わり、紅塚さんもビクッと反応して背筋を正す。
「あなたたちには、初心を覚えていてもらいたいのよ。魔物はとても恐ろしくて、残忍で、私たち人間に対して容赦がない。『オートリジェクト』なんて生ぬるい安全装置がなく、理不尽な環境の変化が起こる特異領域で、私達はただひたすら生き残り、情報を持ち帰らないといけない。危険を冒すと書いて冒険なのよ。それがまだ分かっていない子たちには、普通科に転科してもらう……あるいは、この学園から離れてもらうわ」
クラス全員が、完全に飲まれていた。武蔵野先生を半信半疑の目で見ていた男子も、いつの間にか半笑いでいられなくなっている。
「……他の連中がどうかは知らねえが、俺は覚悟できてる」
「私ももちろん覚悟できてますし、実習も一発クリアするつもりですよ。ここでつまずいてたら時間の無駄だしねー」
不破と南野さんが言うことを、武蔵野先生は笑顔のままで聞いていた。こんな時でも語尾を伸ばせる南野さんは、俺たちに色々と言うだけあって肝が据わっている。
「今年の実習が、去年と同じくらいの難易度として、初回での合格者は10%です。今回は、もう少し下げるということですから……このクラスで5%が合格したとして、32名のうちおよそ2名。つまり、1ペアということになりますね」
――誰も声を発しない。俺も難しい実習だとしても半分くらいは合格するんじゃないのかと楽観していた。
それが、このクラスで1ペアのみだという。誰が合格に足る実力を持っているのか、自分がその席に座るにはどうすればいいのか。みんなの思念が渦巻く――思念は魔力に作用するため、俺には『魔力探知』で皆の動揺が感じ取れている。
その中でも、不破だけが落ち着いていた。自分が合格するという確信があるのだろう――南野さんは自信家に見えるが、あの魔力の揺れ方は、内心ではプレッシャーをひしひしと感じている。
(黒栖さんは……ま、まずいな……それは緊張するよな、先生があれだけ圧をかけてきたら)
こんな時にスキルを使うのもどうなのかとは思うが、顔面蒼白になってしまっている黒栖さんを少しでも落ち着かせたい――詠唱が必要ない俺の魔法は、こんな時に役に立つ。
《神崎玲人が回復魔法スキル『リラクルーン』を発動 即時遠隔発動》
「っ……あ……」
無事にスキルは作用し、強張っていた黒栖さんの身体から力が抜ける。身体のどこかに魔力で描かれた図形が浮かび上がっているはずだが、俺からはどこなのかは見えない。
プレイヤーの精神状態がプレイングに影響を与える《AB》においては、ダメージを受けたとき、計画していた戦術が崩れたときなどに、いかに平常心を保つかが重要となる。
『リラクルーン』は気付けの効果があるルーンだ。精神状態の悪化には5段階あって、1段階目の『緊張』を回復させることができる。
黒栖さんは俺がやったことと分かっているのか、こちらを見て微笑む。たぶんコネクターが、回復スキルを受けると知らせてくれるのだろう。
「二回目以降の合格率は30%以上になりますから、みんなにはぜひ頑張ってもらって、できるだけ長く指導できたらと思っています。先生からのお話は以上です。では全員、5分後に北グラウンドに集合。そこから実習場所に移動します」
「っ……校舎の三階から北グラウンドって、先生、廊下走らないと間に合わないんですけど……っ!」
南野さんが悲鳴じみた声を上げる。もうすっかり彼女も余裕がない――そして先生は微笑んだままで、こともなげに言った。
「先生の指示が出たときは全力ダッシュ、それが風峰学園の校風です。一番遅い順から三組のペアは先生と一緒に体力づくりの補習をプレゼントですよ」
『――!?』
もはやそこからは、人気のある購買のある学校でもこうはならないだろうという醜いレースが展開された――まず、教室の入口が狭いので、そこがボトルネックになる。
「てめえ、割り込んでくんじゃねえよ!」
「ちょっと男子、一人ずつ通ればいいんだから喧嘩しないでよ!」
「神崎と黒栖が遅れてんだからあいつらが補習だろ! ドベから3組に入りさえしなけりゃセーフだっ!」
黒栖さんはあたふたしているが、俺が教室から急いで出ようとしないので、付き合って残っていてくれた。
「さて……先生、
「はい、勿論です。神崎くんは、
「え……れ、玲人さん、先生……?」
思わせぶりに聞こえてしまうかもしれないが、要は階段を降りて昇降口に出なくても、北グラウンドに最短で移動する手段があるってことだ。
この教室の窓から見えている先――そここそが、北グラウンドに続く道なのだから。
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