第十四話 交換
訓練所を出て、学園の正門まで向かう。俺たちと同じように、バディ同士らしい二人が話しながら歩いているところを結構見かけた。
ふと、ベンチに座ってスマホを操作しながら話している男女の姿が目に入ってきた。黒栖さんもそれを見て何か思ったようで、隣を歩いている彼女とちょうど目が合う。
「「あの」」
思い切り、声をかけるタイミングがかぶってしまう――黒栖さんは耳まで赤くなり、慌てふためきながら、俺に両手を差し出してきた。どうぞお先にということらしい。
「っ……す、すみません、玲人さんからどうぞ」
「え、ええと。黒栖さんと、アドレスの交換をしておきたいなと思って。あ、まだ会ったばかりの人には教えない主義だったら、そこは無理強いしないよ」
「い、いえっ……そんなことないです、せっかくバディになったんですから……それに、私は、玲人さんのことを信じてますし……い、いえ、信頼を、してます」
言い方一つで随分ニュアンスが変わるものだと思う。黒栖さんもそう思ったから、言い直したんだろう。
「そうか……嬉しいよ。俺、信頼してもらうとか、そういうのとは縁遠い状況だと思ってたから」
「い、いえっ、そんなことありません。玲人さんは……入院をしていて、大変だったのに、私なんかよりずっと色々なことを知っていて……玲人さんがどういう人なのかを知ったら、みんな、きっと気持ちが変わるはずです……っ」
黒栖さんは俺自身より、俺のことを真剣に考えてくれている。
アストラルボーダーからログアウトするまでの、体感時間にして三年半――この現実においては三日間。それ以前の『俺』はここにいる『俺』なのか、それとも途中から入れ替わったのか。
もしくは俺とは別の『俺』がいるのか――考えれば考えるほど、自分の存在が急に曖昧なものに感じられる。
だが、今ここにいる俺の存在を肯定してくれる人がいる。それでどれだけ救われた気持ちになるか――。
「……それに……私も、玲人さんと同じなんです」
「え……」
「そ、その……私も、教えてもらえたらいいなって……で、でも、バディに決まったからってそんなことを言ったら、その……図々しいって思われるかなって……」
「……ははっ」
「っ……れ、玲人さん……」
もちろん悪い意味で笑ったんじゃない、むしろその逆だ。
「じゃあ……俺達は似た者同士か。同じようなことで悩んでたんだから」
「……は、はい……私は訓練所を出てから、ずっとそれを考えていました」
「いつでも聞いてくれて良かったのに……って、それを俺が言っちゃ駄目だよな」
「玲人さんがそんなに遠慮する人なら、その……わ、私から頑張らなきゃって思いました」
「そ、それは手厳しいな……」
黒栖さんの口元に微笑みが浮かぶ。彼女は前髪を少しだけよけて、その下にある目を見せてくれた。
(さっき髪をおさげにしてた時も、目は見せてなかったからな……前髪で目が隠れないようにしたら、全然印象が変わるんだろうな)
まだ会って一日も経ってないバディに対して、イメージチェンジしたらどうかと考えている――それもどうかと思うが、この長い前髪が、彼女を引っ込み思案にしている気がしてならない。
「で、では……交換、してもらってもいいですか……?」
しかし俺に対しては、徐々に壁を無くしてくれている気はする――のだが。
「チッ、早速新入生バディでカップルできてんのかよ」
「俺も卒業までに、一度でいいから女子と組みたい……」
「男の方は涼しい顔しやがって、女慣れしてやがんな」
そんなことは全く無いのだが――二人女子がいるパーティで三年近くも一緒に行動していたのだから、多少なりとそういう環境には順応しているかもしれない。
「……で、では、確かに連絡先を教えていただきました。ありがとうございます、神崎君」
「え……あ、ああ……」
急に黒栖さんの態度が変わったのは、見られていることに気づいて気を遣ってくれたらしい。
「私はバス通学なので、向こうのバス停に行きますね」
「ああ。今日は本当にありがとう、お疲れ様」
「……お疲れ様です、玲人さん」
結局名前に戻ったら意味ないじゃないか、と言うことはせずに、歩いていく黒栖さんを見送る。
そのまま俺も歩き始め、正門を出てしばらくしたところで、スマホにメッセージが届いた。
『今日は本当にお疲れ様でした。スキルの使い方を教えてもらったり、色々なことを話せて、ミーティングカフェのときからすごく充実していて、時間が過ぎるのがあっという間でした』
『明日の実習も、よろしくお願いします。できればそれ以外でも、色々なことをお話できたら嬉しいです』
それ以外――というと、バディとしての範囲外、授業外でも話していいということだろうか。
「それは……友達、っていうんじゃないか……?」
「おにーいちゃん」
「っ……」
誰もいないと思って、ふと立ち止まって呟いたのだが――不意に肩を叩かれる。
「エ、エア……来てくれてたのか。学校終わったあとこっちに来たのか?」
「うん、やっぱり気になってたから。良かった、すっかり元気だね」
「ま、まあな。ひとまず、顔は見せてきたよ。バディを組む相手も決まって、明日は早速実習だ」
「すごーい……お兄ちゃん、頑張ってね。私も陰ながら応援してるから」
そう言ってくれることは嬉しいが、中学生の妹に迎えにきてもらう兄というのも、なかなか気恥ずかしいものだ。
「あ、そうだ……お兄ちゃんと別れたあとに、特別な警報があったみたいなんだけど、大丈夫だった?」
特別な警報というのは『特異現出』があったときのことだろう。
通学途中に『特異現出』に遭遇し、オークロードを討伐した――というのは、さすがに妹に気軽に話せることじゃない。
だが、俺が戦える力を持っていることをエアが知っている可能性も無くはない。そしてもうひとつ気になることがある、俺が左腕につけているブレイサーのことだ。
「俺は見ての通り、大丈夫だけど……エア、この『ブレイサー』なんだけど、他の生徒が支給されてるものとは違うみたいなんだ」
「そうなの? でも、電子マネーが使えたりはするんだよね。私、チャージしておいたから」
妹は知らない――ということは、このブレイサーを送ってきた学園側に、何かの事情があるということか。
このまま使っていいものかと迷うところだが、今のところ機能に支障はない。先生に聞いて回るというのも手ではあるが、このブレイサーを多くの人に見せるのも、それはそれでリスクがあるような気がする。
(ミーティングカフェのメイドさんも、違う型のものが支給されることがあるって言ってたしな……俺に限ったことじゃないなら、気にしすぎない方がいいか)
「お兄ちゃん、今日の夕食はどうする? 何かお兄ちゃんの好きなもの作ろうか。外食にしてもいいよ。退院のお祝いもしたいし」
「じゃあ、外食にするか。帰りに寄っていこう」
「ほんと? 良かったー、冷蔵庫に明日の朝食の分くらいしか入ってないから、夕食はどうしようかなって思ってたんだ。お兄ちゃん、私オムライスかハンバーグ食べたい。ラーメンでもいいよ」
銀色の髪を持つ俺とは似ても似つかない妹は、イメージ的に少し遠い庶民的なメニューを次々と挙げる。俺としては親しみが持てるというか、ラーメンなんて実質三年半ぶりで、一種の感慨深ささえあった。
「……いいのか? そんな選択だと、俺はラーメンを選んでしまうんだけど」
「いいよー、お兄ちゃんが食べたいものが一番いいから。じゃあラーメン屋さん行こ、駅前に美味しいところがあるから。前にお兄ちゃんが教えてくれたんだよ」
それは存在しない記憶ではあるが、妹がそう言うのなら話を合わせる――無理に「そんなことはなかった」と否定することもない、今のところは。
「……ねえねえ、お兄ちゃん。そのバディを組んだ人って女の子?」
「っ……なぜそれを……」
「なんとなくそうかなって。お兄ちゃん、何だか嬉しそうにしてたし」
その後、駅前のラーメン屋に颯爽と舞い降りた銀髪美少女を見て、店員さんや他のお客さんが固まったりすることになるが――当の本人はアウェーどころかホームのように落ち着いていて、ニンニク抜きのタレ辛め肉増し野菜増し豚骨ラーメンを余裕で完食していた。
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