第十三話 転身

 条件は整ったはずだ。あとは、強い意志を持ってスキルを使おうとすること。


「それでは……始めます。その、合言葉みたいなものを唱えないといけないんですが……」

「ああ、分かってる。俺は声に出して詠唱をしないけど、そういう職業ジョブの人も多いよな」


 黒栖さんは安心したようで、両手を合わせたまま、息を整え――そして。


「――『転身オーバーライド』……っ!」


《黒栖恋詠が特殊スキル『オーバーライド』を発動》


《黒栖恋詠が魔装形態『ウィッチキャット』に変化》


 彼女の足元から、光の輪のようなものが幾つも浮かび上がる――それは黒栖さんの足先から頭までを覆って、彼女の装いを変化させていく。


(そう……『魔装師トランサー』の特性は、人間以外のさまざまな種族の性質を装着し、『変身』ができることだ。彼女はすでにスキルに目覚めていたから、『生命探知』で彼女の中にある他種族の因子が反応した)


「……んっ……んん……すみません、『変わる』ときの感じに慣れなくて……」


 そして『魔装師』はステータスにおける魅力の値が高い傾向にあり、変身するときに攻撃されにくいように、周囲の人物のヘイトを下げる能力がある。


(だからといって、この変身ヒロインを見てるような雰囲気は……そして彼女の魅惑的な感じとかそういうのは、まさに『天性』のものがあるし……)


「っ……お、終わりました……玲人さん、私、スキルが使えました……っ!」

「ああ、やったな、黒栖さん……やっぱりカッコいいな、『魔装師』のスキルは」

「そ、そうでしょうか……何ていうか、その、アニメに出てくる怪盗とか、そういう感じになってしまうんですけど……」


 スキルレベルが上がると服装が変化するようになるらしく、専用の装備をしていないと魔装形態になれなくなる。おそらく彼女の『オーバーライド』はレベル1で、元の服装をベースにして、まとっているオーラでところどころが『魔装』で覆われる程度だ。


 しかし――ベースが体操着だと、それはそれで何か、完全体の様相を呈してくる。自分でも何を言っているかわからないが、とにかく凄い。


「え、ええと……この状態だと、危ないときに攻撃を素早く避けたりできます。玲人さん、ゆっくり攻撃してみてくれますか?」

「わ、分かった。行くよ、黒栖さん」

「はい、どうぞ……っ!」


《黒栖恋詠が魔装スキル『シャドウフィギュア』を発動》


 慎重にパンチを繰り出してみる――しかし加減する必要がないのではないかというほど、完璧に避けられる。黒栖さんに向けて放ったパンチは彼女の黒い残像を通り抜けた。


「っ……で、できました。これは、魔物の現出のときにも攻撃をされてしまって、それを避けたときにできるって気づいたんです」

「ということは、かなり久しぶりに使ってみたってことか……完全に使いこなせてるな」

「は、はい……何かのお役に立てると思います……っ」


 黒栖さんの息が少し荒くなっている――久しぶりに魔装形態になっているから、まだ緊張しているのだろうか。


「そ、それと……これは、攻撃の方法です。『ブラックハンド』って言うみたいです」

「ブラックハンド……それはどういう技かな」

「ええと、こうやって……っ」


《黒栖恋詠が魔装スキル『ブラックハンド』を発動》


 黒栖さんが手を振り抜くと、彼女の手を覆っていた黒いオーラが飛んでいく――猫の手のマスコットのような形だが、壁にぶつかってバチンと弾けた。


「す、すみません。石を投げたりするのと同じくらいの威力だと思うんですけど……」

「離れて攻撃できるのは便利だと思う。あと、その攻撃スキルは闇属性だね。相手の弱点を突けると、物理的な攻撃よりかなり有効だ」

「闇属性……や、やっぱり、私の名字とか……せ、性格に関係あるんでしょうか……」

「俺は、正直言うとかなり好きだよ。闇属性って、まずは何より格好いいし、火水風の三属性と比べると弱点を突ける機会も多いから。地属性はたぶんレアだから、一番多く見るのはその3つなんだけど」

「そうなんですね……あっ、メ、メモを取らないと……」

「大事なのは実践的な知識だから、実習を通して必要なことは身についていくと……」


 ――と、説明を終える前に。黒栖さんが不意にふらっとバランスを崩す。俺は反射的に動いて、倒れ込む彼女を受け止めた。


「あっ……す、すみませ……っ」

「変身を維持するだけでもOPオーラを使うんだ……もう解除しても大丈夫かな」

「はい……お見せしたいスキルは、見せられましたので……」


《黒栖恋詠が特殊スキル『オーバーライド』を解除》


 解除するときは、彼女が身につけた魔装が霧散するように消える――その姿はまさに変身ヒロインに他ならない。ミアが密かに憧れていて『魔女っ子装備』的なものを欲しがったりしていたものだ――聖女が魔女っ子って、ちぐはぐな気もするが。


「少し休んだら良くなると思うので……」

「そういうことなら、これを飲んでみるといい。たぶん味はしないし、飲みやすいと思うんだけど……」

「は、はい……綺麗な粒ですね……」


 オーラドロップを一粒取り出し、黒栖さんに渡す。彼女はそれを見つめたあと、口に入れてこくりと飲み込んだ。


「っ……身体の中から、力が湧いてくるみたいです。玲人さん、これは……?」

「オーラドロップっていうんだ。実習で持ち込みができるなら、3つくらい黒栖さんに持っておいてもらってもいいかもしれない」

「そ、そんな貴重なものを……」

「手に入るときは手に入るようなものだと思うよ。たぶん、魔物が落としたりもする……もしめちゃくちゃ貴重でも、その時はその時だよ」

「……ありがとうございます。スキルを使うことができたのも、明日の実習に参加できるのも……本当は、先生とペアを組むことになったら、みんなに申し訳ないと思っていたので……」

「ギリギリセーフだったな。俺のスキルも色々見せたいけど、今日はもう上がりにしようか」

「はい……お疲れ様でした、玲人さん」


 黒栖さんは自分の足で立てるようになり、照れながら言う。


 『魔装師』が変身したときに使える二つのスキル。それはそのままでも活かせるが――現時点で、もう一歩踏み込むことができる。


 色々な戦術を練習するには、オーラの消費がネックになる。黒栖さん自身のレベルを上げることができれば、魔力の最大値が上がり、飛躍的にできることが増えるはずだ。


「黒栖さん、ええと……自分の『レベル』っていうのは、どれくらいか分かる?」

「わ、私は……クラスの中では、一番下のほうなんじゃないかと……」

「い、いや、そんなことも無いと思うけど……というか、たぶんそういう意味のレベルだったら、俺が一番下なんじゃないかな」


 かなりみんなに侮られてるし、と冗談っぽく言うが、黒栖さんは恐縮しきりだ。


 冒険科に入学した時点では『レベル』が測定されていない。しかしオークロードを倒したときに『EXP』を得られたので、魔物を倒せばレベル自体は上がるだろう。


 『特異領域』で魔物と戦ってレベルを上げる――というのも考えたが、黒栖さんに聞いてみると、やはり新入生は自由に入ることはできないとのことだった。明日の実習は、今のままのレベルで突破するしかなさそうだ。

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