第十一話 天性と職業

「それで、明日の実習ってどういう内容なのかな」

「学園の敷地の中に、いくつか『特異領域ゾーン』があるんです。そのうちひとつの中に入って、何かをするんですけど……その何かは、明日先生が教えてくれると思います」

「学校の中にって、それはかなり危なくないか?」

「そのゾーンは、学園が安全に管理しているものなんです。中には魔物もいるそうですが、外には出てこないようになっています」

「もし危険な魔物が出てきたら、そのときはどうなるんだろう」

「危ないときは自動的に外に出られるようになっているんです。『オートリジェクト』という仕組みがあるので」


 学園が管理している『特異領域』の中では、生徒に致命的な事態が生じないように対策が徹底されている。事故が起きたりしたら学園の運営自体に関わるだろうし、当然といえば当然か。


「もし『オートリジェクト』で脱出することになったら、実習の評価は低くなるのかな」

「はい、零点になってしまいます……学園以外の特異領域でそういった脱出方法が使えるかはわかりませんから」

「ゼロか……ということは、明日は『オートリジェクト』をする状況にならないこと。まずは生き残ることを目指さないといけないな」

「それが、最初の実習は一番難関で、二度目以降でクリアすることが想定されているそうなんです。毎年内容が違うので、事前の情報もありません」


 過去の実習内容が分かっていたら、対策ができる。一度目は様子見をして二度目で突破するというのも一つの戦略だが、クラスでの立場を改善するには、やはり一度でのクリアを目指したい。時間は限られているし、同じ実習に2回分の授業時間を費やすよりは余裕を持てるだろう。


「黒栖さん、クラスの皆もそうだけど、それぞれ何か『職業ジョブ』っていうのはあったりするかな」

「は、はい。その、冒険科を志望するために必要な条件が、『天性』を持っていることなんです。その天性によって、なれる職業が違っていて……」

「そうなのか。俺の職業は『呪紋師ルーンマギウス』っていうんだけど、地味だけど出来ることは多いっていうか、そういう感じだよ。回復も攻撃も、仲間の強化をしたりもできる」

「ルーン……そんな職業があるんですね……」


 魔法系では珍しい職業ではなかったはずで、突出した能力がなくても選べるもののはずだが――黒栖さんが知らないということは、少なくとも彼女の職業選択には呪紋師が入っていなかったことになる。


(強化系のルーンで黒栖さんをサポートするのなら、急にステータスが上がって驚かせないように、後で一度彼女に強化を受けてもらうか)


 次は黒栖さんの職業を教えてもらう番だが――彼女は躊躇しているようだ。もしかしたら、職業は明かさないのがこの学園でのセオリーだっただろうか。


「……わ、私は……『魔装師トランサー』という職業で……できることはありますが、確実にできるかどうかは、分からなくて……」

「トランサー……それって……」


 《AB》において、幾つか『ネタ職』のような扱いをされていた職業がある。スキルがピーキーで使いこなすのが難しかったり、一見すると役に立たないように見えるが、特定の状況で活躍するといったものだ。


 そのうちの一つが『魔装師』だ。この職業を選択するにはプレイヤーに特殊な資質が必要であり、そして魔装師を選択できる場合、それ以外の選択肢が、ステータス要件を満たしていても選べなくなってしまう。


「……スキルを使っても、ほとんどの時は、何も起こらなくて……それに、この職業を選べるのは、一部の人だけみたいで……だから、不破君は……」

「いや、『できそこない』なんてとんでもないよ。この職業を選べるっていうのは、黒栖さんが凄く稀な可能性を引いたってことだと思うし」

「……っ、い、いえっ、私、本当に……玲人さんをま、守るって言いましたが、あれは身体を張ってという意味で、みんなみたいにスキルを使えないので……っ」

「力の使い方なら、多分俺が教えてあげられると思う……って、いきなりこんなこと言い出したら怪しいよな」

「……玲人さん、ありがとうございます。でも、私に良い『天性』がないのは、私も、両親も、みんな分かっていることなので……」


 引っかかることは幾つかある。この世界に『職業ジョブ』が存在するのは今に始まったことじゃないはずだが、俺が《AB》終盤に得ていた知識に、この世界のジョブに対する知識が及んでいない――あるいは、広く流布していないのはなぜなのか。


(《AB》の知識がそのまま通用するのなら、あれをクリアした人間の知識は、冒険科の一般生徒よりは先に進んでいる……そういうことなのか?)


「黒栖さん、ミーティングの時間が終わったら教室に戻らないといけないんだっけ?」

「い、いえ。今日はこのまま、解散しても大丈夫のはずです」

「放課後、どこかスキルを練習できるようなところはあるかな。明日に備えて、試しておきたいことがあるんだ」

「っ……れ、玲人さんはまだ、退院されたばかりなので……放課後まで、ご面倒をおかけするわけには……っ」

「自分でも驚くくらい回復してるから、俺のことは心配しなくて大丈夫だよ」


 《AB》ではライフとOPオーラの最大値が高いほど、時間あたりの自然回復量が増える――俺のステータスは《AB》から引き継がれているようなので、文字通り回復が早い。それが、目覚めてから急速に元気になっている一因だ。


「え、ええと……体育館と、グラウンドは部活の人たちがいるので、一年生の訓練所なら、空いていれば使えると思います」

「よし、じゃあ早速行ってみよう。あ……俺は元気だけど、黒栖さんは疲れてない?」

「……玲人さんを見ていたら、元気になってきました」

「ご、ごめん……テンション高くて」

「いえ……私の職業のことを聞いて、そんなふうに前向きなことを言ってくれるなんて、思ってなかったから……すごく、嬉しいんです」


 彼女も、周囲も勘違いしている――中学が一緒だったという不破も、黒栖さんのことをよく知らずに、勝手に決めつけている。


 『魔装師』は序盤が絶対的に不利で、ソロは不可能とされていた。その理由はなぜなのか。その理由は、魔装師のスキル発動条件にある。


 ほとんどの時は何も起こらない。つまり条件を整えないと発動しない。スキルの使い所さえ把握することができれば、彼女の職業は一気に輝きを放つはずだ。

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