第九話 ミーティングカフェ

 冒険家の校舎は『回』の字を描くような構造になっており、中心にある中庭にはカフェのようなテラス席が展開されている。


「こ、ここが、ミーティングカフェ、です」

「そ、そうなのか……黒栖さん、そんなに緊張しなくても大丈夫、俺は無害だから」

「す、すみませ……っ、こほっ、けほっ……むせちゃいました……っ」


 何もしてないのにこんな状態とは――俺の対人スキルが心もとないとか考えていたが、世の中には上には上がいるものだ。


「しかし、かなり混んでるな。どこに座ってもいいのか?」

「は、はい……今は他の学年の人たちは来ていませんが、いつもは一年生、二年生、三年生で、だいたい分かれています」


 全部で三百席くらいあるが、うちのクラスだけでなく、他のクラスも利用しているようだ。六人席がほとんどで、相席で使っている生徒も多いが、二人席、四人席もある。


「……あそこが空いてるな。黒栖さん、対面でもいいかな?」

「たいめん……あっ、は、はい、向い合わせで大丈夫です」


 無事に席を確保して座る。同性同士で組んでいるペアは多く、だいたいが希望通りにそうしたはずなのだが、男女で座っていると誰かに舌打ちをされる――黒栖さんはそうされる意味がわからないようで困惑していた。


(何ていうか、高校一年とは思えない色気というか、艶っぽさというか……彼女から、人間以外の気配がするのと関係あるのかな)


 最初からそういうことを聞いていいのか分からないので、まずはクラスのこと、冒険科とは何をするところなのかを聞いてみることにする。


「いらっしゃいませ。初めてのご利用ですか?」

「は、はい。俺は初めてですが……」


 メイド服姿の店員さん――というのか、職員さんというのか。カフェだからといって、メイドの服装をする必要は必ずしもないと思うのだが、ものすごく似合っている。そして、彼女もまた『生命探知』の反応が普通の人と違うようだ。 


 彼女はにっこりと微笑むと、亜麻色の髪を揺らしながら俺の傍らから覗き込んでくる。それがあざとい印象にならないのは、天性の才能なのだろう。


「では、スマートフォンにカフェのアプリをダウンロードしてください。スマートフォンはお持ちですよね?」

「あ、はい。この学校は、校内で自由に使ってもいいんでしょうか」

「ええ、もちろんです。いろいろな場面で専用のアプリを使うことがありますから……学生用のコネクターでも代用できますよ」

「す、すみません。質問ばかりで……コネクターというのは、どういうものなんでしょうか」


 さすがに何も知らなさすぎて驚かれたようだが、メイド服の女性はやはり優しそうな微笑みを浮かべると、今度は黒栖さんの方に移動した。


「彼女がつけている、この左腕のブレスレットが『コネクター』です。普通科では利用されませんが、こちらは冒険科の生徒に一つずつ配布されます。壊れたときは再購入も可能です」

「そうなんですか……俺がつけてるこれは、黒栖さんとは形が違うんですが、これでも大丈夫ですか?」

「……これは……」


 そもそも、妹はこの腕時計のようなものを『ブレイサー』と呼んでいた。『コネクター』と同じものを指しているということでいいんだろうか。


 またメイドさんがこっちに戻ってくる――今度はかなり接近されたが、何か周囲に聞こえないように伝えたいことがあるようだ。


「……生徒さんによっては、違うタイプのものが支給されることもあるそうですが。できれば、目立つようにはしない方が良いかと思います」

「は、はい、分かりました」


 今は長袖なのでブレイサーをつけていても目立たなかったが、メイドさんの話から察するに、生徒全員が同じものを支給されるわけではないらしい。


 女子はブレスレット型、男子はリストバンド型というのは同じのようだが、改めて俺のものを他の男子のものと見比べてみると、形に違いがあるとわかった。俺のブレイサーは科学とファンタジーが融合したような形で、他の生徒のものは普通のデジタル時計に近いのだ。


「では……今回はスマートフォンでのオーダー方法をお教えしますね」

「ありがとうございます。黒栖さんはどうする?」

「は、はい、私は……ええと、ローズヒップティーを……」


 お茶や軽食を楽しみながら、バディ同士やパーティを組んでいる生徒たちが今後の授業に対する方針について話し合う、それがこの場所『ミーティングカフェ』ということのようだ。


「ハハッ、あいつ大丈夫か? コネクターの使い方も知らないなんてよ」

「相手が美人の森の民フォレスターだからって緊張してんだよ」


 フォレスター――『アストラルボーダー』において、エルフに近い容姿や特性をもつ種族。


 オークがいて、少女剣士がいる。そういう『現実』では、もう驚くべきことでもないのかもしれないが。


 メイドさんが亜麻色の髪をかき上げると、尖った耳が覗く。俺はただ微笑みを返す――種族が違っても、彼女が親切にしてくれたことにただ感謝があるだけだ。


「それでは、失礼いたします。ごゆっくりどうぞ」


 他の席に呼ばれて、メイドさんが立ち去る。俺とメイドさんが話している間、黒栖さんは緊張して、姿勢を正したままで固まっていたが、少し肩の力が抜ける。


「……神崎さんは……気に、なさらないんですね……」

「他の種族の人は、やっぱり珍しいのかな……ああ、こういう聞き方は変だけど、俺のことは基本的に変だと思ってもらって……」

「……ふふっ。全然、変じゃないです」


 ――黒栖さんが笑った。ずっと周囲を警戒してるみたいで、そんな表情を見るのは難しいかもしれないと思っていたのに。


「……あっ……す、すみません、笑ったりして。失礼ですよね、そんな……っ」

「いいよ、そういう笑い方ならむしろ嬉しいから。馬鹿にされたり、誤解されたりとかで笑われると、何をって思うこともあるけどさ」


 しばらく、黒栖さんは答えないままでいた。自分の身体を抱くようにしている――今みたいな話をされても、やはり答えに困ってしまうだろうか。


 しかし、それは少し違っていた。


「……私も……神崎さんみたいな、人になら……笑ってもらっても、いいです……」

「……えっ……あ、ああ、ええと……まあ、せっかくバディになったんだし、リラックスしてできるといいよな」

「はい……私も、そう思います」


 彼女はとても真面目に、俺が言ったことを考えてくれている。これは何気ない冗談にも注意しなくてはいけないと、身構えるのもまた違っていて。


 要は、俺も緊張しているってことなんだろう。ステータス的に精神がどうとかじゃなく、初対面の女子と話すこと自体、慣れてるとまでは言えない。パーティの皆とは長い付き合いだったから、話は別だが――と考えると、今も胸に苦しさがある。


「ローズヒップティーと、レモネードでございます」

「ありがとうございます。なんか、どっちも酸っぱい感じのになったな」

「……酸っぱいのは、お好きですか?」

「まあ何というか、体力が回復しそうだから……って、ゲームみたいなこと言ってちゃだめだよな」

「いえ……ゲーム、私もしますから……嬉しいです、神崎さんと、話が合いそうで……」


 『アストラルボーダー』において、食べ物は回復アイテムとしても扱われる。レモネードはライフと魔力が両方少し回復するという効果だが、これが案外便利だった。回復アイテムの少ない序盤は、レモネードがぶ飲みでレベル上げをしたこともあったものだ。


 そんなことを思い出しながらストローに口をつける。黒栖さんがカップを扱う所作は丁寧で、品がある――こんなお淑やかな子が俺を襲うとかなんとか、クラスの連中はよく言ってくれたものだ。


「……そうだ、まだ自己紹介をしてなかった。入学式のときにしたかもしれないんだけど、その時のことは覚えてなくて」

「っ……記憶喪失……ですか……?」

「ああ、大丈夫、今のところ生活に差し障りはなさそうだから。しばらく変なことを言ってしまうかもしれないけど、早く落ち着くように頑張るよ」


 黒栖さんはこくりと頷いてくれる。気恥ずかしいものはあるが、授業のことなどの本題に入る前に、まずは挨拶からだ。


「ええと……俺は神崎玲人って言います。よろしくお願いします」

「私は、黒栖恋詠こよみです……今後とも、なにとぞ……あっ……ち、違いますよね……堅苦しいですよね……」

「大丈夫、どんな言い方でも。こちらこそ、なにとぞよろしく。ええと、恋詠こよみさん」

「っ……だ、駄目です……私の名前、その、恥ずかしいので……」

「そんなことは無いと思うけど、じゃあ黒栖さんって呼んだ方がいいかな」

「……はい。すみません……玲人さん」


 なぜか俺の方は名前で呼ばれているが、指摘すると恐縮させてしまいそうなので、気にしないことにする。ともかく自己紹介は終わったので、ミーティングを始めることにしよう。

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