第八話 初回バディ
ドアをノックしようとして、中から声が聞こえてくる――それで、俺は思わず手を止めた。
「せんせー、
「こういう場合って先生とバディ組むのかよ? それってズルじゃね?」
「初回バディの期間は先生が組みます。組み換えのときまでには、ええと……神崎くんも戻ってくるでしょうし」
「カンザキ? そいつって本当に来るんすか? 入学早々に怖くなって来なくなったチキン野郎じゃないすか」
「憶測でそういうことを言うの、先生は良くないと思うわ。神崎くんは……体調不良で入院しているんです。いつ戻ってきても、彼をクラスの一員として受け入れましょう」
「実習が始まってもそんなこと言ってられるんですか? 魔物を倒すほど経験が積めるんですから、後から来た人にペースを合わせるのは私たちが不利じゃないですか」
「それは……」
なるほど――俺のクラスは、どうやら少々ギスギスしているらしい。
小学校から中学校までなら、それなりに付き合いも長くなってきて、学校の中での社会はこういうものだという既成観念が築かれていく。しかし高校では、その構築を一からやり直さないといけないので、最初は緊張するわけだ。
俺がどんな人物か喧伝する必要はないが、一方的に負のイメージを持たれているなら、それをリセットする必要はある。リアルはクソゲーだ、そう思っていた頃の自分が顔を出しそうになる――だが、勝手に色々と言われたままで終わるのは不本意だ。
ドアをノックする。教室が一気に静まり、先生も驚いているようで返事がない。
「失礼します」
教室の中に入っていく。誰もが目を丸くして俺を見ている――このタイミングで来るのか、と言わんばかりだ。
おそらく野次を飛ばしていたのはウルフヘアの、耳に安全ピンを刺した男子生徒。見るからに女子にもモテるだろう、整ったマスクをした彼が面食らった顔をしている――だが俺と目が合うと、不機嫌そうな顔に変わった。
「ええと……三日も休んですみませんでした。今日の朝退院できたので、明日から学校に復帰します」
前途多難ということもない、遅れを取り戻すにはもう遅いということもないはずだ。
31人の生徒たち――男女の比率はほぼ半々か。俺を入れて32名なので、それで1人ペアを組めずに浮いてしまっていたわけだ。
「それで、急にやってきて何なんですが、先生……」
「は、はいっ……何でも聞いてくれてかまいませんよ、神崎君。私は先生ですから」
緊張しすぎて受け答えが不自然になっているが、優しそうな美人の先生だ。ミルクティのような色の髪をボブカットにしていて、白衣を着ている――化学か何かの担当だろうか。担任の名前を失念しているのもどうかと思うが、元々はこの人が担任ではなかったような気がする。
「今日、初回バディというのを決めているんですよね」
「ええ、今日はホームルームの時間を使って決めているんだけど……神崎くん、滑り込みセーフだったわね」
先生は微笑み、そして――後ろの席で、一番日が当たらないところに座っている、女子生徒の方を見やった。
「神崎くん、黒栖さんとペアを組んでもらってもいい?」
「はい。足を引っ張らないように頑張ります」
「っ……」
俺がそう答えると、黒栖さんが何か反応するのが見えた――先生と組むほうが良かったということか。そこは信頼を獲得する努力をするしかない。
「ええ……もしかしなくても最弱のペアだろ」
「黒須さん、先生と組んだ方が良かったんじゃない? 男子とか怖がってそうだし」
教室にクスクスと笑い声が起こる。俺は黒栖さんの隣に座るが、一番後ろの席は座ってみると結構落ち着く。好奇心に負けて振り返る生徒には、愛想笑いを返しておく。
(昔だったら焦りまくって落ち着かなかっただろうな……これも『精神』ステータスの恩恵か。精神系の状態異常にならないように鍛えた甲斐があったな)
「神崎君が元気に登校してきてくれて本当に良かったです。この三日間の授業を彼は受けられていませんから、分からないことがあったら、皆さん教えてあげてくださいね。勿論、先生も全面的に協力します」
そう――俺以外の人間にとって、空白はたったの三日ということになっている。
俺が入ったのは普通科のはずだが、この三日を挾んで冒険科に変わっている。それどころか世界そのものが有りようを変えている。しかしオークロードのような魔物と戦ったことで、これが紛れもない現実だと実感せざるを得なくなった。
自分が想像する以上に動く身体。その感覚が馴染んできている――自分の能力でどれくらいのことができるかを把握し始めている。
だがそれは、ここにいる生徒も同じなのかもしれない。これだけ俺のことを色々言ってくれているのだから、態度相応の
「……あ、あの……」
「ん……あ、ああ。ごめん、急に出てきたから驚かせたよな」
隣の席の黒栖さんが、小声で話しかけてくる。夜空のように深い藍色の髪をしているが、長く伸ばした前髪が顔を隠していて、俯きがちの姿勢で、身体を縮こまらせている――いかにも引っ込み思案という印象だ。
「……私も、頑張ります。足を引っ張らないようにするの、私の方……なので……」
黒栖さんが少し髪をよけて、俺を見る――そして。
彼女がなぜ俯きがちなのか、頑張って姿勢を正そうとしたときに、分かりすぎるほど分かってしまった。
(そ、そうか、胸が……大きいから、目立たないようにしてるのか。それにこの子、前髪で隠れてるけど……)
「では、今日の残り一時間はバディとの自由行動とします。施設の使用についてはそれぞれの先生に許可を取ってください。勝手に帰っちゃうのは禁止よ」
いきなり自由行動――それも女子と。などと浮足立ってる場合じゃなく、とりあえず今後何をするのかを知らないといけないし、黒栖さんに教えてもらっても大丈夫だろうか。
「神崎クン、大変だと思うけど頑張ってねー」
「黒栖って見るからにエロいからな。神崎、襲うんじゃねーぞ」
「バカ、逆だよ。神崎が黒栖に襲われちゃうんだろ」
好き勝手言ってくれる――と思いつつも、いちいち怒る気がしないので受け流す。心配なのは、勝手な想像をされてしまっている黒栖さんのことだ。
「……だ、大丈夫……です。襲ったり、しませんから……」
「い、いや、そんな心配は……というか、さすがに酷いな。クラスメイトとはいえ、若干思うところが……」
「いえ……いいんです。色々言われても、仕方ありませんから……」
そう言う黒栖さんを、改めて見て――そして、気がつく。
(これは……どういう……)
『生命探知』を使うと、相手の種族を見分けることができる。身体を包むオーラの形が変化して、その形で判別が可能だ。
容姿の特徴などはさておき、普通の人間に見える黒栖さん。
その身体を包むオーラは、彼女がただの人間ではなく、他種族の性質を持っていることを示していた。
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