第七話 風峰学園
「これが風峰学園……なのか?」
散り始めた桜が舞う向こうに、高い壁が張り巡らされている。ただの壁ではなく、何か特殊な力を感じる――どうやら魔物の対策が施されているようだ。この壁自体が結界のようなものだと考えていいだろう。
スマホの経路検索では、公園から学校まで車を使うと15分かかると出ていた。『スピードルーン』で加速して、あまりの速さに途中で解除したのだが、学校の門までかかった時間は約3分だ。
法定速度を守っている車より5倍速いというのは、果たして人間の範囲におさまっているのだろうか。いや、普通に歩いた時間も含まれるので、『スピードルーン』で走っている時の速度は時速200キロから300キロなどではきかない。
(戦闘中なら加速スキルを使ってるってことでごまかせるだろうが、普段からそんなスピードで走ってたらいつか事故を起こすな……)
『アストラルボーダー』は実面積地球一つ分と言われるほどマップが広いので、移動手段の模索は序盤の課題だった。速さが上がる装備を探し、速さを一時的にでも上げるスキルを取り、騎乗できる動物を探し、乗り物を探し、ワープする手段を手に入れ――と、最初から序盤まで移動時間の効率化について考えさせられたものだ。
俺の場合、特殊魔法のスキルレベルを上げると移動系のルーンというものも習得できる。あらかじめ設定した2箇所の間を移動したり、ダンジョンから一瞬で脱出したり、今まで立ち寄った街にワープしたりできるようになる。
『アストラルボーダー』では重用されるスキルだったが、移動系スキルを他の誰かに強制的に取らせ、便利屋のように使うたちの悪いパーティも出てきたりで、俺も少々苦い思いをした経験がある。ソウマたちと一度喧嘩別れしてしまったことがあり、勧誘されたパーティで、移動スキルを専任でやらされたことがあったのだ。
(あれは悪女というやつだったな……あの姉妹もまだあっちにいるのか。こうなった今となっては、あっちにいるのと『この現実』に帰ってくるのは、どっちが良いんだろうな)
何にせよ、確実に死んだと思っていた自分が生きているのだから、拾った命を捨てるようなことはせずにおきたい。
とりとめもなく考えながら、校門に近づく。守衛さんに止められたが、学生証を見せて事情を説明するとすんなり通してくれた。
同時に、スマホを使って調べられるのか、俺のクラスがどこかも教えてもらえた。ここは正門で、西側にあるのは普通科の校舎。生徒数は360人で、これこそがまさに俺が通っていた風峰高校に近い場所だった。
――その普通科に向かわず、学園中央通りを北に向かうと、また壁が張り巡らされており、向こう側に行くための『中門』が見えてくる。
門は開放されていて、授業時間中は素通りできるようだ。この空気は何か懐かしい――校舎の中にいる生徒たちが授業を受けている、シンとしているがそこに多くの人がいるという雰囲気。
「……おや? 君、新入生なのにお昼から登校とは、なかなかの重役出勤だね」
「あ……す、すみません。俺、今日まで入院していて、登校を再開する旨を伝えに来たんです」
俺に声をかけてきたのは、スーツ姿の男性だった。教員にしては砕けた雰囲気で、柔和な笑みを浮かべている。学校内でサングラスをかけているのはかなり気になるが。
褪せた灰色の髪色が示すのは、彼の属性適性が変わったものであるということ――あの色は何だったか。
「そうか、回復おめでとう。しかしちょうど良かった、今日は初回バディを決める日だからね」
「初回バディ……?」
「入学時の説明でも教頭先生が説明していたと思うけど、冒険科の授業は一人じゃなく、多くの場合二人を最低単位としている。だから、当面ペアを組む相手を決めるのさ。二人組みを作れ、というやつだね」
ああ、それは俺の苦手なやつだ――新しいクラスで二人友達ができたはいいが、その二人がペアを組んでしまい、俺が浮くという経験をしたことがある。要領が悪いというのか、学校生活においては苦い経験が結構ある。
そんな俺が学校にすんなりやってきたのは、学校でのしがらみなんて今となってはそんなにヘヴィなものじゃないと思えるから――それと、
「まあ、そこまでシビアに考える必要はないよ。可愛い女の子と組めたらいいな、というくらいで考えておくといい。健闘を祈るよ、少年」
「は、はい……ありがとうございました」
結局互いに名乗らなかったが、あの外見ならまた会った時にはすぐ分かるだろう。俺のことを覚えてくれているかは怪しいところだが。
「しかし、バディか……」
『アストラルボーダー』においても、ソロプレイは推奨されておらず、二人以上で攻略することが前提の場面ばかりだった。例えば離れた場所にあるダンジョンの仕掛けを同時に動かすとか、そういうギミックが前置きもなく出てきたりする。
俺の場合、厳密には絶対にペアが必要というわけではない――というのは、『アストラルボーダー』で使えたスキルが使えればの話だが。しかし勿論、組んで授業を受けることが必須ということなら、俺の頼りない対人スキルをフル稼働させるつもりではいる。
なんとなくネクタイが曲がっていないか確認したあと、俺は1年F組の教室がある冒険科第三校舎に向かった。
◆◇◆
昇降口で靴を脱ぐとか、そういう過程は必要がなかった。本当に日本の学校なのかと思うほどに広い廊下を、小さな機械のようなものが動き回ってこまめに掃除をしている。驚くべきことに駆動音も何もない――『生命探知』で分かったが、どうやらあれは魔法生物のようだ。
魔法生物は『生命探知』を持っていると、目を凝らすと付与されている魔法の属性の色に光って見える。無生物でも光って見えるが、これは『魔力探知』の効果だ。本来は、魔力で動く罠などを看破するための技能だが、校舎に配置された魔道具を把握するために役に立っている。
(あとどんなスキルを持ってたっけ……使う場面が来ると思い出すんだけどな)
考えているうちに、1年F組のプレートがかかった教室が見えてきた。
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