第六話 魔石
制服の上着を返してもらうことはできたが、すぐに袖を通すのも何か気恥ずかしいので、後にしておく。
「じゃあ、俺はこれで……」
「っ……
「……ま?」
呼び止められたようなので足を止めるが、スーツの女性はなかなか話そうとしてくれない。
俺に対して何かまだ聞くことがあるのだろうか。いや、冷静に考えなくても謎だらけもいいところだろうが――と考えながら、何かが変だと気がつく。
(『生命探知』の反応が……平常時と違う。これはどういう反応だったっけ……)
『生命探知』で感知できる生き物は、生命の鼓動を表現しているように、拍動するようなオーラに包まれている。
その拍動が平常時よりわずかに早い。季節は春で特に暑くはないのに、少し汗をかいているようだ――視線も安定しない。
分かるのは、彼女が緊張しているということくらいだ。一度ゲームの中で死んだのが原因なのか、記憶に曖昧なところがあって、スキルの性質を全部思い出せない。
「……よろしければ、お名前を……その、お嬢様が魔物を討伐なさったとはいえ、あなたにはとてもお世話になりましたので」
「あ……は、はい。俺は
「神崎、玲人様……い、いえ。神崎さんですね。その制服は、風峰学園冒険科のものとお見受けしますが」
「そうみたいです。わけあって、今日から初めて登校するような気分なんですが……って、変なこと言ってますよね、俺」
「それは……何かのご事情ですか? それに、お昼から登校というのも……」
「今日の朝退院したばかりなんです。それで、学校に顔だけでも出しておこうと思いまして。本当のところは、妹にそうするようにと勧められたんですが」
少しでも気を楽にしてもらおうと色々話すが、彼女は話を聞きながら手帳を取り出して何か書き込んでいて、俺の方をまともに見てくれない。
(何か見落としてるような……こういう経験があったような気がする。そう、『アストラルボーダー』の中で……)
「そのような大変なときに、お嬢様を介抱していただき、ありがとうございました」
「いや、気にしないでください。困った時はお互い様ですから……ええと、良かったらこちらも名前を聞かせてもらっていいですか」
「っ……も、申し訳ありません。私は折倉家の使用人をしております、
改めて見ると坂下さんは年齢的には俺と変わらないか、少し年上なくらいだと思うのだが、スーツ姿の印象で大人びて見える。
しかしお嬢様がいて、しかも使用人がいるというのは、庶民の俺にとっては相当なファンタジーだ。魔物が出てスキルまで使ってしまった今思うことでもないが。
「では……神崎様、またどこかでお会いできましたら、ご遠慮なくお声掛けください。こちらからご挨拶することもあるかと存じます」
「え……い、いや、あの……」
俺とは住む世界が違う人たちのようなので、そう言ってもらえても会える機会は滅多になさそうだ。そう思うのだが、呆然としているうちに、坂下さんは車に乗り込んでしまった。後部座席に乗っている女の子が手を振っているので、それに応える。
「……あんなイメージ通りのお嬢様が存在してるとは。雪花剣、決まるところを見てみたかったな」
マップを見るとここから徒歩でも学校には辿り着けそうだ。またタクシーを呼ぶことはせず、今使えるスキルを試しながら登校してみることにする。
「……あ」
坂下さんは気づかなかったが、オークロードを倒したあとのドロップ品が落ちている。折倉さんと分けるのが筋と思うが、とりあえず回収して持っておいた方が良さそうだ。
《『疾風のエメラルド』を1個取得しました》
《『オーラドロップ小』を5個取得しました》
《『オークロードの魔石』を取得しました》
このエメラルドというのは、属性の力が封じられている。使うにはスキルが必要だが、呪紋師のスキルにはこういった宝石の力を利用できるものがある。
オーラドロップはスキル発動に必要になる
「……こういうところまで同じなのか。滅多に出ないってのに」
そして最後に、オークロードの魔石。ユニークモンスターの魔石は非常に貴重で、落とす魔物自体が出現しにくいのに百匹倒して1個落とせばいい方だ。
だが、魔石を出やすくする方法はいくつかある。その一つは討伐するときに1人のプレイヤーができるだけ多くのダメージを与えること。そして、少ない攻撃回数で倒すことなどだ。魔物によって、設定されている条件は異なっている。
今回の場合も複数の条件を満たし、魔石を落とす確率が上がったと考えられる。売ってもかなりの価値があるが、この魔石が優れているのは、装備したときに魔物の技を一つ使えるようになるということだ。
オークロードの技といえば『爆砕の剛拳』か、もしくは『アンブレイカブル』か。いずれにしても、持っていて損をすることはないだろう。
「……でも、また会えた時のために持っておかないといけないな」
鞄の空きスペースには限りがあるが、どれも大きなものではないので問題なく収納し、俺は登校を再開した。
「さて、足を速くするスキル……前はよく使ってたが……」
レベル1の強化魔法『スピードルーン』を使い、どれだけ速さに補正がかかるかを試してみる。自分の手の甲に図形を描き、そして走り出すと――。
「――うぉぉぉっ……!?」
軽く走り出したつもりが、空気がねばついて感じるほどの凄まじい加速に面食らい、当面は人に見られない場所でしか使えないということを確認することになった。
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