第五話 D級ユニーク討伐
『呪紋師』が回復魔法レベル1のスキルを取得すると、『ヒールルーン』を使うことができるようになる。
『クレリック』などのヒーラー系職業と比べると、回復役としては役に立たないと言われていた――触れないと使えないこと、ルーンが浮かび上がってから消えるまで少量ライフが回復するだけで、序盤に宿代を節約してライフを回復させる手段としてしか使えなかった。
(しかし今の俺なら……『ヒールルーン』の回復上限が、かなり高くなっている。それに触れずに発動できるのも利点だ)
「お母さん、怪我が良くなってる……お兄ちゃん、魔法も使えるの?」
「良かった。ちゃんとお医者さんに診てもらうために救急車を呼ぶから、その辺りで待っててくれるかな」
「うん。お姉ちゃん、大丈夫? 服が破れちゃってた」
特殊魔法の『ジャミングルーン』を使い、認識を阻害して服を着ているように見せることもできるのだが、それでは根本的な解決にならない。何より『ジャミングルーン』はレベル3のスキルなので、今の俺では発動できないようだ。
スキルポイントがどれくらい残っているのかも分からないし、『アストラルボーダー』でできたようにステータスオープン的なことを小声で言ったり念じたりしたものの、自分のステータスが参照できない。
このブレイサーがそういった機能を持っていてくれたら良かったのだが。そう思ってふと見たとき、頭の中に機械的な女性の声が流れてきた。
《主要個体を討伐完了 特異領域が消失》
《【狂壊の剛鬼】オークロード ランクD 討伐者:神崎玲人》
《ユニークモンスターの討伐称号を取得しました》
《ランクDユニークモンスター討伐により、C級討伐参加の資格を取得しました》
《討伐に参加したメンバーが1500EXPを取得、報酬が算定されました》
オークロードはユニークモンスターであり、主要個体と言われるものでもあったらしい。つまり、主要個体を倒すとあの黒い渦のようなものが消え、魔物の現出が終わるということだろう。実際に、いつの間にか濁ったように白かった空が晴れてきている。
このブレイサーは魔物と戦ったときに、それをちゃんと記録もしてくれるし、どういった組織が出しているものかは分からないが、称号や報酬なども授与してくれるらしい。
『E級現出』の警報が出たのに、出現したのはDランクの、それもユニークモンスターだった――これが特異現出の恐ろしさということか。もし折倉さんがE級の魔物を想定して来ていたなら、運悪くも格上とぶつかってしまったことになる。
「……ん……」
気絶状態を回復させるような回復魔法は、スキルレベルが1の段階では使えない。さっきまでは電話がつながらなかったが、もう一度119にかけてみると、ほどなく繋がった――のだが。
「救助を呼ぶ必要はありません」
「え……?」
公園に入ってきたのは、黒のパンツスーツ姿の女性だった。金色の髪はショートボブスタイルというのだろうか、眼光は鋭く、手にはグローブをつけている。
一見すると分からないが、何かスーツの内側に武器を持っていて、重心がほんのわずかに偏っている。靴も普通のものではなく、格闘に使うためのもののようだ。
(集中すると、こういった簡易的な情報を得られる……『鑑定』ができてる。でも、この把握できてる情報からすると、レベル1相当だな)
『鑑定』はレベル2からが本番で、敵のドロップ品などで出てくる謎のアイテムを識別することができるようになる。『アストラルボーダー』では便利だと思って取ってしまったが、レベル2からの取得に必要なスキルポイントが多くなるため、専門職以外は取ることが推奨されない――と、ここまで考えても余裕があるのはなぜか。
(思考が高速化されてる……集中するとそうなるのか。この状態で戦闘したりすると、相手の動きが遅く感じる。俺の速さは幾つだったっけ……駄目だ、記憶が曖昧だ)
オークロードの速さはそれほど高くなく、100もなかったはずだ。それで遅く感じたのだから、俺の速さは200以上――あるいは、アズラースと戦う前のステータスが反映されるのなら、500には達していることになるか。
「お嬢様、ご無事ですか。良かった……お怪我は軽いようですね」
女性が折倉さんを抱き起こそうとして、俺がかけた制服の上着がずれる――俺は慌ててあさっての方向を向いた。
「っ……どのような魔物と戦えば、こんな状態に……でも、制服だけが破れていて、肌には傷ひとつない。バイタルも正常とは……」
自分の能力を他のプレイヤーに明かすことは、なるべく避けたほうがいい――『アストラルボーダー』の中でも、そんなことをしてる場合じゃないのに、プレイヤー間での足の引っ張り合いや、他のプレイヤーを致命的な状況に追いやるような裏切りは起こってしまっていた。
しかし、何をしたか一切話さないというのは怪しまれてしまう。可能な範囲で、何があったのかを説明すべきだ――今はそう判断する。
「さっき特異現出というのが起きて、でかい魔物が出てきたんです。それで、彼女が戦いを挑んで……」
「お嬢様が、魔物を討伐された……それで、傷を負った。何という無茶を……」
実際に倒したのは俺だと、訂正するべきだろうか。しかし彼女が勇敢だったこと、オークロードから人を助けようとしたその思いを、できるだけ尊重したい。
「……あなたは折倉家に仕える人間の誇りです、
「その……彼女は怪我をしてしまって、俺は回復魔法を使わせてもらいました。できればあそこにいる親子と一緒に、病院で診てもらった方がいいと思うんですが」
「バイタルは正常ですから、お嬢様はいずれ目を覚ますでしょう。しかし、あなたの言う通りです。これからお嬢様を、当家の経営する病院にお連れします。そちらのお二方も」
「それは良かった。でも、お一人で大丈夫ですか?」
「公園の外に車を待たせておりますので……よろしければ、協力をお願いいたします」
「い、いや……そんなに畏まらないでください、俺も協力したいと思っていたので。回りくどい聞き方をしてすみません」
彼女が病院まで連れていってくれるのなら、俺はこのまま学校に行くことができる。
まだ正直言って魔物が出てきたこと、スキルが使えたこと、そしてその威力が尋常ではないこと――何もかも、飲み込みきれていないのだが。
「では、私がお嬢様を運びます。あなたはあちらの女性をお願いできますか」
「はい、分かりました」
「……車に戻ったら、私の上着をお嬢様におかけしますので、制服はお返しできるかと思います。これはあなたのものですよね」
「は、はい、まあ……すみません、これくらいしかなくて」
「いえ。ただ、感心していただけです。あなたは紳士なのですね」
どこか冷たい印象のある女性だったが、そのとき初めて笑顔を見せた――と、見とれてる場合じゃない。
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