第四話 初見殺し
すでに技を繰り出している途中で、気を削ぐわけにはいかない――それにオークロードが『アストラルボーダー』と同じ能力を持っているかは分からない。
しかし悪い予感は当たり続ける。あのオークロードの凶悪な笑み、あれを見たときに俺自身がどうなったか。思い出すだけで、恐怖が蘇ってくる。
「――反撃が来たら、何でもいいから逃げろっ!」
「っ……逃げるなんて……っ!」
デスゲームと判明したときから、プレイヤー全員を蝕んだもの。死の恐怖は、魔物に戦いを挑んでいく勇気を奪い去った。
彼女には勇気がある。だからこそ、折れさせてはならない――そのために、俺に何ができるのか。
《オークロードの拘束により民間人Aの体力が減少》
《折倉雪理が剣術スキル『雪花剣』を発動》
「その人を……っ、離しなさい……っ!」
少女の身体が発光し、その輝きが剣を覆う。それが冷気属性の技であることは見てわかる――『剣術』で習得する属性技は、プレイヤーの適性次第で変化する。冷気属性は『アストラルボーダー』のゲーム内では珍しく、冷気弱点の魔物が多いために適性持ちの人数が制限されているのではないかと言われていた。
だが、同時に愕然とする。剣を覆う光にも、彼女自身にも、何の
(『剣術マスタリー』の効果がなければ、剣術スキルの威力が強化されない。それに『雪花剣』が彼女の持つ最高の技だったら、オークロードの『あれ』が来る……!)
冷気を纏って繰り出された剣を前に、オークロードは左手で女性を拘束したまま、白い少女に向かって右手をかざしたままでいる――そして。
《オークロードがスキル『アンブレイカブル』を発動》
「っ……きゃぁぁっ……!!」
冷気とともに振り下ろされた剣が、いとも簡単に弾かれる。
プレイヤーが現在持っている中で最も強い近接攻撃スキルを使ったとき、攻撃を反射し、装備にダメージを与えて吹き飛ばす。それがオークロードの持つ初見殺し『アンブレイカブル』だ。
全てが俺の中にある知識と一致していた。戻ってきた現実が『アストラルボーダー』に侵蝕されているとでもいうのか――俺はまだ病室で寝てるのかもしれない、そんな思いは少なからずある。
――だが、何もかも。考えるのは、この悪夢の象徴である化け物をどうにかしてからでいい。
逃げることをやめた時、俺は女の子にその場から動かないように言い聞かせて、すでに動き出していた。目の前には吹き飛ばされた少女――受け止め、その軽さに驚き、こんなに華奢な身体であのオークロードに立ち向かったのかと感嘆する。
「……逃げて……あの魔物は……わた、しの……技、効かない……」
「ああ、
「……あな、た……何を、言って……」
オークロードは俺が戻ってきたことなど意に介さず、捕まえていた女性が体力を減らされ、動けなくなったところで食事を始めようとしていた。
『アストラルボーダー』の中では、オークは人間を奴隷にするか、文字通り食べることもあると言われていた。オーク討伐クエストで助け出した捕虜は正気を失っていて、仲間が食べられたときの光景を語ってくる――あのゲームはプレイヤーに恐怖を与えることに関しては、嫌になるほど周到にできていた。
「や、やめっ、やめてっ……あぁぁっ、助けてっ、助けてぇぇぇっ……!」
「グガガ……ッ」
オークの眼と口が歪む。その表情が、俺はとても嫌いだ――まったく、反吐が出る。
「
あのアズラースですら、俺の仲間を殺す時には、確かにその表情を見せた。魔物と命の取り合いをするなんて馬鹿げているのに、そんな理不尽を俺達に強いておきながら、奴らは笑っていた。人間をいたぶることが心底楽しいとでもいうように。
オークが動きを止め――俺が何もできないと見なしたのか、何事もなかったように、爪の先だけで女性の服を破り、剥がそうとする。
スキルなんて発動するわけがない。この少女が使ってみせたって、俺はこの世界のことをまだ何も知らないし、自分が何をできるかも分からない――だが。
指先が動く。右腕で少女を抱きとめたまま、俺は左手で、空中をなぞる。
(使える……本当に、そうなのか。変わったのはこの世界だけじゃなく……)
「っ……今、スキルを使ったら……詠唱時間に攻撃される……っ」
力を振り絞って少女が警告してくれる。しかしルーンはもう完成している――空中にすべらせた指の軌跡が光り、図形が浮かび上がっている。
ここまできて何も発動しなかったら、それが俺の運だろう。オークは人質を使って俺の行動を誘っていたようで、俺の詠唱を潰そうと攻撃に移ろうとする。
「――遅えよ、化け物」
《神崎玲人が攻撃魔法スキル『フレイムルーン』を発動 即時発動》
攻撃魔法LV1――オークロードに対しては全く火力が足りない、それでも顔に当てれば怯ませるくらいのことはできる。
本当に、それくらいのつもりだった。
『呪紋師』の攻撃魔法は、専門職の魔法使いなどと比べたら全然弱く、火力としては期待できない。特に序盤では
だが――俺の『フレイムルーン』は、レベル1のスキルとは思えない、とんでもない規模の火力を発揮してしまった。
空中に描いた
(えっ……ちょっ……!)
オークロードは立ったままの姿勢だが、左手の力が抜け、捕らえていた女性が落下しそうになる――そこで発動したのが『特殊魔法』系の、これまたレベル1のスキル、『フェザールーン』だ。
《神崎玲人が特殊魔法スキル『フェザールーン』を発動 即時遠隔発動》
高所から飛び降りるときなどに効果を発揮する、物質を羽毛のように柔らかくすることができるルーン。効果がある対象は限られており、魔法の効果を強化するためのステータス『魔力』『精神』が低い初期のうちは、直接ルーン文字を指で描ける範囲にしか使えない。
そのはずが――指で直接触れなくても離れた位置に図形が浮かび上がっている。さっきから『即時発動』となっているのは、おそらく詠唱時間がゼロであるということだ。
(ステータスが一定以上で、『高速詠唱』レベル1を取っていれば、レベル1の魔法は全て即時発動になる……遠隔発動もできるってことは、つまり……)
運動神経が飛躍的にというか、超人的なまでに向上している。それがなぜなのか、今の今まで思い当たっていなかった。
向上しているのは運動神経だけじゃない。『アストラルボーダー』で上げたステータスが、全て今の俺に引き継がれているのだとしたら――。
「っ……」
魔法の効果は無事に発動していて、女性が落下しても柔らかく受け止められる。ルーンの効果はやはりステータスに依存するし、いつでも解除することは可能だ。
「……あっ、ええと……もう大丈夫……でいいのかな」
首のないオークロードの巨体を見て、怖がらせてしまったら――そう思うが、絶命したオークロードの身体は『アストラルボーダー』と同じように、やがて光の粒となって霧散し、あとには宝石などが残った。
「……あなた、一体……何を……」
「い、いや……俺もできると思ってなくて、威力も何か高かったけど、基礎のスキルを使っただけなんだ」
腕の中の少女は信じられないものを見るように、俺を見て――そして、驚きも通り超すと呆れてしまうのか、ふっと笑った。
「……ありがとう……あなたの、名前は……?」
「俺は、神崎……」
答え終わる前に、少女が目を閉じてしまう――ちゃんと呼吸はしているが、負傷して意識がなくなるのは危険だ。
「……お兄ちゃん」
「あ……ご、ごめん。怖かったよな……」
女の子がお母さんを心配してか、こちらまでやってきていた。俺を見る目が涙で潤んでいるのは、怯えさせてしまったからだろう――そう思ったのだが。
「ううん、お兄ちゃんかっこよかった。悪い怪人をやっつけるヒーローみたい」
「え……い、いや、変身とかはしてないんだけど……」
女の子が俺の膝のあたりにしがみついてくる。怖がられてしまうよりもずっといいが、これはこれで落ち着かない。
「……あん……な……」
「お母さん……っ!」
母親にも意識はあるが、生命反応が弱い――医者でなくても感覚的に分かることもそうだが、公園に近づかなくても中に人がいるのが分かったのは、おそらく常時発動スキルの『生命探知』が働いているからだろう。
そういうことなら、基礎の回復魔法も使うことはできそうだ。この折倉さんという人も回復させられるといいが――と考えたところで。
(うわっ……!)
オークロードの『アンブレイカブル』は、反撃時に装備にダメージを与える。それも、武器だけではなく防具に対するダメージも大きい。
「……ん……」
意識を失い、俺の腕に抱きとめられている折倉さんの制服が、派手に破れてしまっている。ブレザーの前が破れて、その下にある肌色が――そこで俺は強制的に目をそらした。
現実における装備とは、つまり着ている制服ということになる。こんなことも失念しているなんて、我ながら抜けている。
俺は目を閉じたままで、折倉さんをその場に横たえると、自分の制服を脱いで上からかけた。回復魔法系の『ヒールルーン』を二人に対して同時に発動させ、服の代用をするようなスキルを今の俺が使えるのかを考えながら。
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