プロローグ・2 還魂の呪紋

『達成報酬として、あなたの願いを一つ叶えることができます』


 この声の主が姿を見せたなら――殺したいほど憎んでいるのに、そうできないだろうと思う自分がいる。


 この救いようがない世界を、いつから俺は憎みきれなくなっていたのだろう。


 このゲームの中では、俺は俺らしくいられた。ゲームを始める前は人生リアルはクソゲーだと思っていたし、死ぬことは怖くても、このゲームの中で死ぬこととリアルに戻ることを天秤にかけても、どちらが良いとも言い切れなかった。


 だがそれは、仲間たちがいればの話だ。


 皆がいたからこそ、この世界で明日が来るのを恐れずにいられた。


「……どんな願いでもいいのか?」


『はい、何なりとお申し付けください。どのような願いもあらゆる手段をもって実現します』


 一度死んだプレイヤーは復活しない。ソウマ、ミア、イオリ――この三人を復活させる方法を、俺たちはこれまでに見つけていない。


 馬鹿なことをしているのかもしれない。何のためにここまで来たのか、それを全て否定してしまう行為だ。


「パーティでボスを倒したのに、俺しかクリア報酬は得られないのか」


『あなた以外のパーティメンバーはロストしています。報酬は授与されません』


「初めからあんたたちは、俺達の言うことなんて何も聞いてくれやしなかったな」


『どのような願いであっても、私たちは確実に実現します』


 噛み合わない会話――結局人間の感情なんて、AIには理解できないのだろう。


 この世界のNPCには、本物の感情があるように見えた。彼らを本物の人間だと思って接してきた――だが、どれだけ出来が良くてもNPCはNPCだ。


 プレイヤーと違って、NPCは世界に脅威を与える魔神を倒そうなんて考えない。


「……俺たち全員を、ログアウトさせることは?」


『ロストしたメンバーをログアウトさせることはできません』


 どんな願いでも叶えると言っただろう――そう憤ってしまいそうになる。


「つくづくクソゲーだな……一度死んだら終わりのハードコアモードなんて、強制的に選ばせるもんじゃないだろ」


『死亡したプレイヤーは、通常の方法では蘇生できません』


『ロストしたプレイヤーの実体は仮死状態にありますが、間もなく生命活動は停止します』


「……『還魂の呪紋』を使ってもか?」


 そのスキルを取得したとき、俺は使う日が来なければいいと思った。


 同時に、使わなければならない時が来たら、この声に向けて問いかけるつもりでいた。


「使用者が死亡する代わりに、パーティメンバーをライフ1で復活させる。復活した途端に死ぬんじゃ、戦闘中には使えない……」


『そのスキルを使用した場合、クリア報酬はパーティメンバーには与えられません』


 今までどんな感情も、この声からは感じられなかった。しかし今は、俺を説き伏せようとしている――馬鹿なことを考えるなと言っているように聞こえた。


『カンザキ=レイト様。このままクリア報酬を選択することを推奨いたします』


「俺の『願い』は、皆が無事でなければ意味がないんだ」


『スキルによる復活の猶予時間は限られています。今使用した場合、パーティメンバーが復活したかどうかの情報を得る前に、あなたは死亡します』


 どこまでも情というものがない。失望を通り越して笑ってしまう――このゲームを作ったやつの顔が見てみたい。


 しかし俺のスキルで皆を復活させられるということを、声は否定しなかった。


「分の悪い賭けじゃないなら、それでいい」


 呪紋師は、空中に魔力を込めた指で文字を描くことで魔法を発現する。


 指は震えていなかった。自殺するのと同じだというのに、全く怖いと思わない。


 仲間の死を目にして、自分でも気づかないままに、何かが壊れてしまっていたんだろう。


「我が生命を捧げ、志半ばで倒れた者たちよ、ふたたび目覚めよ――『還魂の呪紋リザレクト・ルーン』」


 詠唱を終え、スキルが効果を発現した瞬間、目の前が急速に暗くなる。あれほど減るのを恐れていたライフゲージが、一瞬でゼロになる。


 心臓が動かなくなる。痛みも何もなく死ねることだけが、唯一の救いだ。


 ――ログアウトしたら、皆で会いたい。それ以外に、俺が叶えたい願いはなかった。




『――カンザキ=レイトによる願いを受理しました』


 声が聞こえる。『還魂の呪紋』が効果を成したのかは分からない、確かめようにも何も見えない。


(……みんな……っ)


 呼びかけても声にならない。だが、AIの声だけはかすかに聞き取れる。


『ヤガミ=ソウマ、アサヒナ=ミア、ハヤカワ=イオリ。三名が『還魂の呪紋』により復活し、カンザキ=レイトは死亡しました』


 ――ああ。


 最後の最後に、ガイドAIが嘘をついてくれた。三人が復活したことを、知らせてくれた。


 この世界に、もう人々の脅威となる魔神はいない。


 三人は生き返ったあと、ログアウトするために他の条件を探すのかもしれない。


 この世界での死が現実での死を意味することは、ガイドAIに見せられた映像によってほとんど確定した事実となっている。万が一に賭けて、死亡してログアウトできるかどうかを試した連中もいた――俺たちは、その賭けを避けてここまで来た。


『三名の「実体」が仮死状態から蘇生しました』


 待ち望んだ声が聞こえる。けれど俺はもう、指一本も動かすことができない。


「……イト、レイト! 頼む、目を開けてくれっ……!」

「消える……消えちゃう、レイト君が……っ」

「やだぁっ、レイト、駄目、消えないで……嫌ぁぁぁぁっ……!」


 『還魂の呪紋』は、死にスキルなんかじゃなかった。


 これが『消える』ということなのか。ゲームの中での死、自分というデータが世界サーバーから削除される感覚。


 最後の最後に再び聞こえてきたのは、淡々と語りかけてくるようなあの声だった。


『カンザキ=レイトのレベルが30上昇しました』


『カンザキ=レイトの取得経験値がオーバーフローしました レベル上限キャップが解除されました』


『カンザキ=レイトがクリア報酬の神級ゴッズクラスを取得しました』


『特殊スキル取得条件を達成し、新たなスキルを獲得しました』


 経験値のオーバーフロー。原因は一つ――パーティで分配されるはずの魔神アズラースの討伐ボーナスが、全て俺一人に入ってしまったこと。


 これから死ぬのにレベルが上がっても仕方がない。しかしレベルを1上げるのにも一ヶ月かかるほどになっていたのに、30も一気に上がるなんて――レベル上限キャップも、今解除されたって意味がない。


『再構成時に取得済みのスキルをレベル1にリセット、返還されたスキルポイントの再分配を可能とします』


 やっぱりクソゲーだ。振り直しがしたいと思った時にはできなかったのに。


『当該素体をワールドから排除し、再構成します』


 ――もう、終わってしまったはずなのに。


 もし、そうでないのならば。


 『還魂の呪紋』で命を落とした後、俺の『願い』が叶えられたのだとしたら――。





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神崎玲人 男 レベル:130/200

ジョブ:創紋師ルーンクリエイター

HP:1/7500

OP:3/36000

筋力:220(D)

体力:350(C)

教養:1250(A)

精神:1200(A)

魔力:1300(A)

速さ:750(B)

魅力:350(C)

幸運:150(E)


スキル

強化魔法 LV1/13

弱体魔法 LV1/13

特殊魔法 LV1/10

攻撃魔法 LV1/8

回復魔法 LV1/8

格闘マスタリー LV1/8

ロッドマスタリー LV1/13

軽装備マスタリー LV1/8

高速詠唱 LV1/5

魔法抽出 LV1/5

呪紋付与 LV1/13

生命付与 LV1/5

魔力効率化 LV1/5

生命探知

魔力探知

鑑定 LV1/5


SPスペシャルスキル

レベル限界+30

スキル限界+3

魔神討伐者

呪紋創生


残りスキルポイント:1140

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