ログアウトしたのはVRMMOじゃなく本物の異世界でした ~現実に戻ってもステータスが壊れている件~

とーわ

プロローグ ゲームクリア

 目の前に、腕が六本ある巨大な悪魔が横たわっている。


 六本の腕にそれぞれ持っている剣や斧などの武器は、どれもが冒険者たちが探し求めている神器クラスの装備品だ。そんな武器を使い、巨大な体躯に相応の腕力で繰り出される技は、一撃一撃が即死級の威力を持っていた。


 俺がプレイしているゲーム『アストラルボーダー』のラスボスは、この『魔神アズラース』らしい。


 この世界を支配する魔神を倒したら、ゲームクリアになる。それは俺が仲間と一緒にこの世界を冒険して導き出した推論であって、確実にクリアになる確証はなかった。


 それでも俺たちは、命を賭けてここまで来た。レベル90以上の悪魔が無数に巣食う魔城を攻略し、最深部である『失われた神域』に辿り着き――残った力を尽くして戦った。


「……レイト……」


 仲間の声が、聞こえる。


 共に魔神のもとに辿り着いた『ブレイブナイト』のソウマ。出会った時は色々あったが、彼は魔神戦でも大いに奮戦して、ダメージディーラーの役割を果たしてくれた。


 俺はソウマの声がした方に歩いていく。砕け散った石床や壁には、仲間たちの血痕がそこらじゅうに残っている。


 このゲームにログインしてから、ゲーム内の年月で三年と六ヶ月。その間、俺は一度もこのゲームからログアウトすることができなかった。


 ゲームの中での体感時間が現実リアルで流れる時間と同じなら、たぶん目覚めても俺は廃人同然で、立ち上がったりすることもできないんじゃないかと思う。


 それでもこのゲームの中にいる間、俺は不調を感じたことはなかった。戦いで傷を負えば現実と同じくらいリアルな痛みを感じたし、腹は減るし、風呂に数日入らなければ臭くなるし、生理的欲求まで普通に再現されているので、逆にそれらはカットしてもらった方が良かったのだが。


 こんなリアルなゲームは嫌だ、と仲間たちと笑い合ったことを思い出す。


 ――なぜ、クリアしようなどと願ってしまったのだろう。醒めない夢のように、ずっとゲームを続けていれば、こんなことにはならなかったのに。


「ソウマ……やっとクリアしたぞ。これで、ログアウトできるんだ」


 震える喉から声を出しても、返事はなかった。


 ソウマの装備は炎で焼かれ、凍りついた片腕は砕けており、胸に大きな穴が二つも空いていた。


 呪紋師ルーンマギウスの俺と聖女が二重でかけたバリアを纏い、アズラースに貼り付き、ソウマは自分の防御スキルを一切使わずに、攻撃のためだけにスキルを使い続けた。


 まず聖女のオーラが尽き、ソウマのライフが減り始めた。ソウマは自分のライフが減りきらないうちに、魔神を倒すために手に入れた剣の特殊能力を開放した。


 ソウマは『一時的に攻撃力を大きく上げる』とだけ説明していた。


 実際に発動した能力は――『自分の残りライフを1だけ残して失う代わりに、その五百倍のダメージを防御無視で敵に与える』というものだった。


 ログアウトのできないゲームにおいて、ライフを全損することが死を意味すると分かっていて、それでもソウマは自分の命を必殺の一撃に変えた。アズラースの断末魔と共に放たれた反撃、それをかわすことができないソウマの姿が、目に焼き付いて離れない。


 薄く開いたままのソウマの目を閉じさせる。振り返ると、少し離れたところに聖女セイクリッドのミアが立っている。


 その身体はほとんどが石になっていた。膝から下がひび割れて砕け、ミアはその場に倒れ込む。


 アズラースの特殊攻撃『ストーンカース』を受けたミアは、さらに特殊攻撃『急速風化』を受けてしまった。聖女は全ての呪いを防ぐことができるが、彼女自身が『ストーンカース』を防ぐためのOPオーラはもう残っていなかったのだ。


「……レイト……さん……良かった……あなた、だけでも……」

「ミア、これでクリアだ……すぐに治してやるからな……」

「…………」


 もうミアは言葉を発することができない。どんなときでもパーティの心を和ませてくれた彼女の目は、何も映してはいない。


 猟兵イェーガーのイオリは、アズラースと戦う決戦フィールドの柱もろとも波動砲ディストラクションで射抜かれ、絶命していた。彼女の援護射撃が無ければ、アズラースの猛攻は一瞬たりとも寸断されることなく、攻撃できずに削り殺されていただろう。


 ――ログアウトできたら、レイトの住んでる町に行ってみたい。


 初めはクールで、人を寄せ付けないところのある人だと思った。けれど最後に、アズラースのヘイトを奪うようなスキルを使って隙を作り、俺たちに時間を与えてくれた。ヘイト調整でミスをするようなことは絶対にしないと言っていたのに。


「俺がもう少し早くヘイトを上げてたら……生き残ったのは、イオリだったのかな……」


 俺の役割は味方に強化バフを、敵に弱体化デバフを配ることだが、瞬間的なダメージ量ならソウマに匹敵するスキルを持っている。それを使えば、俺にヘイトを向けることはできた。


 それでも魔神戦で担った役割は、徹底的な補助役バッファーだった。俺のライフと防御力DEFの値は、ソウマよりも低いからだ。


 ソウマは生き残るために近接に特化した職業を選んだと言っていた。


 俺は少しでも多くの局面に対応できるように、あるいは生産系でもやっていけるようにと『呪紋師』を選んだ。


 それで自分だけが生き残ることになるのなら、違う職業を選んでいたのに。


 今となっては、言い訳にしかならない。俺はアズラースの巨体に近づくと、その額に突き刺さっているソウマの剣を引き抜いた。


 刃が肉を裂く感覚にも慣れてしまった。最初は魔物を殺したあとに吐いてしまい、しばらく冒険に出ることもできなかった。


 勇気を振り絞ってもう一度冒険に出たとき、依頼で訪れた森の中で、俺はミアとイオリに出会った。それから間もなくソウマと会い、パーティメンバーは一時的に増えることはあったものの、この四人で最後まで一緒だった。


(怯えてた俺を、皆が勇気づけてくれた。俺一人じゃ、生き延びられなかった)


『プレイヤーID 1102 カンザキ=レイト。おめでとうございます、あなたは私たちの提示した条件を達成しました』


 久しぶりに聞く声――ログインしたときに聞こえてきた、無感情ながら、透き通るような女性の声。


 このガイドAIには最初のチュートリアルまで世話になったが、ログアウトできないと知ってからは、呪いのようなものにしか思えなくなった。

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