第9話 時神降臨

 庭園で、ポセイドンとゼウスが空を見上げていた。


魔物たちも、夜空を飛びまわる見慣れないドラゴンに警戒している。


おびえる魔物たちを、アザゼルとスピリアが、なだめていた。


ハデスが来たことに気づいて、「帰した?」と、クロウがふり返る。


「うん……。」と、ハデスは、クロウと並んで、上空のドラゴンを見上げた。


クロノスは、屋敷の上を八の字を描いて飛んでいる。


クロウが、つぶやく。


「あいつ、俺たちが、シールドの外に出るのを待ってる……。」


 ハデス、ポセイドン、ゼウス、クロウ、アザゼル、スピリアは、円陣を組んだ。


「防御魔法が有効なあいだは、親父は、屋敷には手を出せない。ここが、実質的な要塞になる。」と、ハデス。


「やばかったら、ここに逃げてくればええってわけやな。」と、ポセイドン。


「覚悟決めたか。屋敷の外に出た瞬間、戦争だぞ。」と、ゼウス。


「無茶は、やめろよ。死ぬからな。」と、クロウ。


「援護は、任せてくれ。できる限り、魔法でフォローする。」と、アザゼル。


「みんな無事に帰って来る。」と、スピリア。


6人は、手を重ねて、掛け声を叫んだ。


 クロウは、変身の魔法をといて、ドラゴンの姿に戻る。


ハデスが浮遊魔法をつかって背にのぼったのを確認すると、クロウは飛び上がった。


ポセイドンとゼウスも、シールドの外へ出る。


ハデスが、魔法の炎を放って、クロノスをステュクス川へ誘導していく。


クロノスが川へさしかかったのを見て、ポセイドンは、ステュクス川へ、トライデントを向けた。


川の水が間欠泉のように、上空へ吹き出す。


巨大な水柱がクロノスを飲み込んだ時、クロウは、ブリザードを起こして、川の水を凍らせた。


川からそびえる氷山が、クロノスの足をつかむ。


身動きがとれなくなったクロノスに、ゼウスがとどめをさした。


ゼウスの雷の直撃を受けたクロノスが、氷山ごと吹きとぶ。


その数秒後。クロウの体に、激しい電流が走った。


翼を思うように動かせなくて、クロウは、落っこちた。弾みで、ハデスが転がる。


ポセイドンが、心配して走ってくる。「クロウ、どうした!?」


「体が……しびれて………。」クロウは、立ち上がることもできない。


ゼウスは、上空のクロノスを見て、ぎょっとした。


「こいつ、さっきよりも大きくなってるぞ。」


クロノスの肌には、電流が走っている。


「まさか。吸収したのか、俺の雷を。バケモノだぞ、こいつ。」


足が動かないと思ったら、地に凍りついていた。足からのぼってくる氷に、ゼウスとポセイドンは覆われてしまった。


クロウが、クロノスを睨む。


「クロノス……おまえ……。」


「苦しいか、クロウ。しばらく、麻痺まひは解けないぞ。ゼウスの雷をくらったんやからな。おまえも、自分の魔法で凍れ。」


クロウは、もがいた。けど、魔法の氷からは、逃れられない。


クロウが最後に見たのは、エリュシオンの命の炎を仰いで咆哮するクロノスだった。


 厳しかった父の優しい一面が、ハデスの脳裏に蘇る。


初めて魔法がつかえた時、自分が灯した小さな火を見て笑っていた父。


剣の技が決まった時、ガッツポーズする父を見て、自分も嬉しくなった。


親友と弟たちを氷像にしたのは、紛れもなく、その父。


「父さん……どうして……自分が、なにしたかわかってるの?」


「絶望するな、ハデス。まだ殺さない。こいつらを始末するのは、お前を殺した後やからな。」


その言葉が、ハデスの心を引き裂いた。


予言が、優しい父親を、どこかへやってしまった。


目の前にいるのは、殺人鬼。倒さなければ、自分も仲間も殺される。


ハデスは、杖を支えに立ち上がった。


「家族みんなで、ご飯が食べられた時は、楽しかったね。あの時の父さんは、もうおらんのやね………。」


誰に言うわけでもなく、ハデスは、つぶやいた。


ハデスは、深呼吸した。ハデスの魔法で、冥界の地から、業火が噴き出す。


「今の俺は、一角の冥府の王!!返り討ちにしてやるからな!!」


「今度は、おまえが奈落に堕ちる番やぞ、ハデス!!死ぬ覚悟は、できとるな!!」



 小鳥のさえずりで、耀は、目を覚ました。


「ここ……黒魔法の森?」


草の上に倒れていたから、露で服が湿っている。風が涼しくて、身震いした。


木の葉の隙間から射し込む朝日が眩しい。まわりに、友達が倒れていた。


奈月!と、名前を呼んで肩を揺すると、奈月が目を開けた。


「奈月、大丈夫?」


「大丈夫だけど。少し、くらくらするよ。」奈月は、こめかみをおさえている。


話し声で、妃乃も目を覚まして、神龍と圭を起こした。


黒魔法が発動しないところまで移動すると、耀は、魔法学研究所へつながる空間転移魔法陣を描いた。


寮のエレベーターは、みんな無言だった。


妃乃も神龍も、自分の家がある階に着いて、エレベーターを降りる時に、別れのあいさつを言うくらいだった。


 耀は、半年ぶりに家に帰ってきたように感じた。


玄関を開けて、ほっとしている耀に、「耀くん。」と、奈月が声をかける。


「俺、シャワー浴びたいんだけど。お風呂かりてもいい?」


「うん。タオルと着がえ、持って行くから。」


 タオルをかけた時、耀は、洗面所の鏡に映る自分の顔が見えた。


髪は、ボサボサ。頬に、泥がついている。


顔を洗っていたら、圭も洗面所へ来た。


「僕も、顔洗おうかな。」と、言った時、圭のおなかが鳴った。


「あはは!おなかすいちゃった……。」と、圭が苦笑いしている。


「ごはんにしましょうか。」耀は言った。


 つくりおきのカレーと冷凍のごはんを温めていると、奈月が風呂からあがってきた。


「朝からカレー?」


「これしかなくて。」と、耀は、奈月と圭の分を盛った。


いただきます!と、奈月と圭は、カレーをかきこんでいる。


圭に、「耀くん、大丈夫?」と言われて、耀は、食べる手が止まっていることに気づいた。


「なんか。自分の家で、こうやって、ご飯食べてると、さっきまで冥界にいたのが嘘みたいに思えて。神様とか死神とか天使とか、そんな世界………こういう、ふつうなことが重なってくうちに、全部、夢だって、そのうち忘れちゃうのかなって思ったら、寂しい気がして………。」


奈月が、テーブルを、バン!と、皿が、一瞬、浮きあがるくらい強く叩いた。


「忘れるわけないじゃん!あんな死ぬ思いしたのが、夢なわけあるか!わけわかんないよ!ハデスに秘密で牢獄をあけたいっていうから、俺、がんばったのに!結局、クロノスが覚醒することになるなら、奈落の生贄いけにえなんて、最初からやることなかったじゃん!」


奈月は、ムカついてたまらなかった。


「仮死状態が、どんだけ痛かったかわかる?心臓がえぐられたみたいに痛かったんだよ!結局、俺、ふりまわされただけじゃん!冥界のやつら、かってすぎると思わない?クロウも、アザゼルも、スピリアも!みんな、ハデスのことしか考えてないじゃん!体を張って協力した俺のことは、なんとも思ってないじゃん!用が済んだ途端、終わりなんて、ひどい!耀くん、魔法陣描いてよ!これ食べたら、また冥界に堕ちよう!」


「奈月!?ちょっと、落ちつけって!」


「だって!ここまで巻きこまれたんだから、俺たちも戦おうよ!」


「戦うって……。」


耀の脳裏をよぎったのは、業火の中、ドラゴンと戦うハデスの姿。


クロノスが生きていることを知った時の、ポセイドンとゼウスの青ざめた顔。


クロウの余裕のなさから察しても、よっぽどやばい奴なんだ、クロノスは………。


「もういいよ、奈月。もう帰ってきたんだから、危ない所に戻るのは、やめよう?クロノスは、全宇宙を支配してたタイタン族の王なんだぞ。人間の俺たちが出るまくなんてないよ。実際、足手まといだから帰されたんじゃん。戦いに巻き込まれたら、俺たち、怪我じゃ済まないかもしれないよ。」


「俺が魔法で骸骨を石にしたの、耀くん見たでしょ?クロノスだって、石にしてやるよ!このまま終わりは寂しいって、耀くん、さっき言ったじゃん!」


「言ったけど。また行きたいとは言ってないじゃん!」


言ってもきかない奈月に、耀が困っていると、呼び鈴が2回鳴った。


2回ということは、共同エントランスじゃなくて、玄関のすぐ外に、誰かが来ているということ。


「まさか……。」と、耀は見に行く。


ドアを開けたら、やっぱり、妃乃と神龍だった。神龍が言った。


「妃乃と話したんだけどさ、また冥界に行かない?」


「妃乃と神龍まで!?」


「なんか、お払い箱みたいに帰されちゃったからさ。なんか、もやもやする。」


という神龍の発言に、「そう!そうだよね!」と、奈月が共感している。


「耀、ゴーストダイブしよう!」妃乃が言った。


「なんだよ、ゴーストダイブって……。」


「わかってるでしょ?」と、妃乃が、にたにた、笑っている。


「なんで笑ってるの、妃乃ちゃん?」奈月は、きいた。


「だって、死ぬほど怖いんだもん。だから、ゴーストダイブって呼んでるんだ。奈月くん、覚悟しておいたほうがいいよ。パラシュートなしのスカイダイビング。」


「パラシュートなしのスカイダイビング?」と、奈月は、首をかしげている。


「冥界に行きたい人、挙手。」と、神龍が、手をあげる。


神龍の声で、妃乃、奈月、そして、圭も手をあげた。


「ほら。賛成多数、決定。」神龍が、場をしめた。


「博士まで、なんで手あげてるんですか!」耀が、圭を怒る。


「用が済んだ途端に、はい、さよなら。なんて、僕も納得しないよ。ちゃんと、落とし前つけてもらわないと。僕ら、一応、魔法つかいなわけだし。身を守るくらいはできるでしょ。大丈夫だよ。」


冥界に行くなら約束して!と、耀は言った。


「無理はしないこと!危ないと思ったら、すぐ逃げること!」


みんな約束したから、耀は、空間転移魔法陣を描いた。


魔法陣をくぐり抜けた先は、黒魔法の森だ。


腐っている木をみつけて、神龍が「耀、こっち!」と呼んだ。


「マンティコアの毒の木がある!このあたり!」


 耀、妃乃、神龍、圭は、無表情。奈月も緊張してきた。


「いきます。」と、耀が杖を振った。


空間転移魔法に呼応して、赤い光が5人の足もとで交差していく。


魔法陣ができあがった。直後、体が沈む。


魔法陣をくぐりぬけた瞬間、パラシュートなしのスカイダイビングが始まった。


落下の恐怖にかられながら、耀、奈月、妃乃、神龍、圭は、自分の紋章魔法陣を描く。浮遊魔法が発動して、落ちる速度が緩んだ。


冥界は、見渡す限り火の海。すさまじい熱気。いるだけで、汗がふき出てくる。


川辺にのびている炎は、火だるまと化した桜並木。


業火の熱で、ステュクス川が沸騰している。


奈月は、目の前に広がる地獄が、ショックだった。


「全部、燃えちゃうんだ。これが戦争………。」


「空まで真っ赤だよ。」妃乃が、上を指差す。


「エリュシオンの命の炎が消えてる……。」神龍が、つぶやく。


「とにかく、ハデスの屋敷に行ってみよ………。」と、耀が指示をだした。


友達のあとにつづこうとした時、奈月の耳に、声が届いた。


「待って!なにか、きこえない?」


え?と、みんな、ふり返る。奈月は、耳をすませた。


「空耳じゃない。確かに、聞こえた。クロウが助けを呼んでる!」


 声をたよりに、宙を滑っていくと、業火にクロウが囲まれていた。


耀、奈月、妃乃、神龍、圭は、浮遊魔法を解いて、クロウのそばに降りる。


肺が焦がされそうな熱さだった。業火の壁が秒刻みで迫ってくる。


「クロウ、逃げないと!ここにいたら、焼き殺されちゃうよ!」


奈月は、クロウの前足をつかんだ。


「頼む、ハデスをつれて、屋敷に逃げてくれ……。」


咳き込みながら、クロウが言った。


「屋敷は、シールドに守られてるから安全だ。俺は、雷魔法をくらったせいで、体が麻痺して動けない……。」


耀は、クロウの翼の下をのぞいた。気絶したハデスがいる。


「ハデス!ハデス!しっかりして!」と、耀は、何度も呼んだけど、ハデスは、ぐったりしていて起きない。


「なにがあったの?」神龍が、きいた。


「クロノスが、俺たちの魔力を奪って、やりたい放題やりやがった。俺も魔法で凍らされて……氷が溶けた時、冥府は、炎に覆われてた。この炎の中じゃ、アザゼルとスッピーも、俺たちをみつけられないから、空間転移魔法で、屋敷に召喚してもらえないし……。」


「大丈夫だよ、クロウ。治癒魔法で助けてあげられるかも。」と、圭が、杖を振った。


クロウの下に、魔法陣ができあがる。


魔法陣からのびる光の柱が、クロウを包んだ。


魔法陣の光を浴びて、ハデスも目を覚ます。


「耀くん!?」と、ハデスは、目の前にいた耀に驚いた。


「みんな、どうして戻ってきたの!?危ないから、地上に帰したのに!」


妃乃が、わー!と、遠くを指差して叫んでいる。飛んでくるのは、炎塊だった。


クロウは、ブリザードで、飛んでくる炎を打ち消した。


「翼が動かせた!体が軽い!魔力が溢れてくる!」


クロウは、今度は、大きく翼をはためいて、強めのブリザードをくりだした。


氷の渦が、業火の連なりを裂いて、屋敷までの逃走経路をつくった。


「ありがとう!おかげで、復活したよ!」クロウは、圭にお礼を言った。


「みんなは、避難してて!」ハデスが、杖で、逃げ道を示した。


桜の紋章魔法陣を描いて、浮遊魔法を発動して、ハデスは、クロウの背に昇る。


クロウの背から見える景色は、真っ赤だった。


ステュクス川のほとりで咲いていた桜が、全部、燃えている。


「クソ親父!」と、ハデスは、吐き捨てた。


「俺の炎で、冥府を更地にするつもりか!」


魔力をたらふく食べたクロノスは、遠目で確認できるくらい巨大化している。


「ハデス……。」と呼ばれて、ふり返ると、奈月が、戸惑い顔で見ていた。


「あれは………お父さんなんでしょ………。」


「ちがう!」


怒りのあまり、ハデスは、怒鳴ってしまった。


「行こう、クロウ!」


ハデスの指示で、クロウが飛び立った。標的は、魔力を喰らって肥えたクロノス。


クロノスの肌には、炎が揺らめいている。


まるで、皮膚の中に炎を閉じ込めているみたいだ。


煤まみれで攻防しているポセイドンとゼウスに、ハデスは叫んだ。


「あとは、任せろ!おまえら、戻って休め!」


ハデスに気づいたクロノスが、鼓膜が破れそうな羽音をたてて、滑空してくる。


「つかまってろ!」と、クロウが、急降下した。


ハデスの頭上を、クロノスの鈎爪が、かすめていく。


方向転換したクロノスが、業火を吹きだした。


クロウが、炎の波を逆らって、クロノスの懐に入る。


その一瞬の隙を、ハデスは逃さなかった。


ハデスは、ありったけの魔力を、杖の水晶玉に込めた。閃光が水晶玉に宿る。


炎が螺旋を描き、クロノスの左胸をぶち抜いた。


倒せた!そう思った。しかし、心臓を失っても、クロノスは、生きていた。


胸にあいた穴から、血が一滴も流れないクロノスが、ハデスとクロウは、恐ろしかった。


大きな魔法をつかった反動で、ハデスは、眩暈がして、クロウの背から落ちてしまった。


クロノスが急降下してくる。ハデスは、死を悟った。


迫ってくる地面も、まっすぐのびてくる鈎爪も、なにもかもが、ゆっくりに見えた。


クロウから噴き出る鮮血も、遅く見えた。


クロノスの鈎爪にえぐられたクロウの悲鳴が、ハデスの耳をつんざく。


激突する寸前の地面に、空間転移魔法陣が光った。


次の瞬間、ハデスは、庭園に転移していた。


「ハデス、無事!?」と、アザゼルが助け起こす。


クロウも、スピリアに召喚されている。


「クロウ!」と、ハデスは、池のそばで倒れているクロウのもとへ走った。


深くえぐられたクロウの背中からは、血がドクドク溢れて、池を赤く染めている。


「ごめん、クロウ。俺をかばったせいで………。」


ハデスは、恐怖で吐きそうだった。


ゼウスとポセイドンが、「わー!クロウ!」「しっかりしろ!」と、クロウを心配して走ってくる。


アザゼルとスピリアが、傷の手当てをしていた時、空が裂けたような音が轟いた。


クロノスが、屋敷を守っているシールドに、鈎爪をくいこませている。


轟音に驚いて、魔物たちが吠え騒ぎだした。魔道士たちも、悲鳴をあげている。


外側のシールドが破壊された。残りのシールドが壊されるのは、時間の問題。


3枚目が突破された時、みんな、あの鈎爪の餌食になる。


「アダマスがあれば……。」クロウが、つぶやいた。


「お父さんがつくった、なんでも斬れる大鎌。捨てなければよかった……。」


クロノスを狩った大鎌なんて、持っていたくなくて、大鎌なんて物騒な物、戦争が終わったんだからいらないと、ティタノマキアの後、クロウは、大鎌を奈落へ沈めてしまった。


「アダマスが手元にあれば、またクロノスを八つ裂きにしてやるのに………。」


「無駄だよ、クロウ。クロノスは、もうアダマスで斬り刻んで、やっつけられるレベルじゃないよ。」


アザゼルが言った。


「倒すなんて無理だ、あんなの。心臓を失っても死なないバケモノの倒し方なんか、わからない。こうなったら、二度と帰ってこられないような場所へ、クロノスを飛ばすしかないと思うんだけど。」


「待ってよ、アザゼル!?」と、スピリアが反論した。


「そんな場所あるの!?奈落の底から、這いあがってくるような奴なんだよ!」


「そうだよな……。」と、アザゼルは、考えあぐねてしまう。


「奈落の深淵しんえんにつながるアビスに落としたところで、きっと、クロノスは、また這いあがってくるだろうし………。」


「宇宙にでも飛ばしちゃう?」神龍が、さらっと言った。


みんなの視線を受けて、冗談だよ!と、神龍は、はぐらかす。


「宇宙………。」と、妃乃が、つぶやいている。


「ブラックホールだ!」と、急に、声高に、妃乃が話しだした。


「みんな、ブラックホールの重力、知ってる?近づいたら、光さえ逃げられないんだよ!クロノスなんか、二度と戻ってこられないよ!」


「なるほど。いい考えだね。」アザゼルが、妃乃を褒めている。


「それじゃ、ブラックホールつくろうか。」


まるで、カップ麺作ろうみたいな感覚でアザゼルが言うから、耀は耳を疑った。


「つくるって!?ブラックホールを!?なに言ってんの!?」


「つくれるよ。」アザゼルは、大まじめだ。


「時空間を大きく歪ませて、そこに強い衝撃を加えれば、理論的にできるはず。誰か、時空間転移の魔法陣を描ける人はいる?」


耀と奈月は、顔を見合わせた。


「やろう、耀くん!」と、奈月が耀の手をつかむ。


「はい!僕ら、描きます!」奈月が宣言した。


「よし!」と、アザゼルは、うなずく。


「この作戦は、みんなの協力が必要だ。奈月と耀が描いた時空間転移の魔法陣に、僕の合図で、みんなで、一斉に魔法をぶち込む。ずれないように、気をつけて。」


再び、轟音が響く。2枚目のシールドが砕かれた。ハデスが動く。


「俺が、父さんの気をそらすから!あとは頼む!」


ハデスは、マンティコアに乗った。


「ほんなら、俺も行く!」と、ポセイドンも、グリフォンにまたがった。


ハデスが危険だと反対するより早く、ポセイドンは言った。


「ステュクスに誓ったやろ。なにがあっても、助け合うって。今が、その時や。」


ゼウスも加勢したかったけど、飛べる魔物は、2頭しかいない。


「絶対に戻ってこいよ!」ゼウスは、兄たちの背中を押した。


任せろ!と、ハデスとポセイドンが、親指をつきたてる。


そして、魔物に指示をだして、シールドの外に飛び出した。


クロノスは、ハデスとポセイドンを追いまわすのに夢中。


そのすきに、耀と奈月は、杖を振る。「いくよ、奈月!」「おっけい!」


空にできあがった、ふたつの魔法陣が合体する。


妃乃、神龍、圭、スピリア、ゼウスは、アザゼルの合図を待っている。


「まだ、うつな。引き寄せろ。5秒後に、うて。」


アザゼルのカウントダウンが、はじまった。


「……3……2……1……やれ!」


アザゼルの合図で、みんな、一斉に杖を振った。


時計の文字盤の魔法陣が、ぐしゃ!と、つぶれる。


極度に圧縮されて、質量が重くなった魔法陣が、光を飲み込んでいく。


アザゼルは、ハデスとポセイドンの救済用に、急いで空間転移魔法陣を描いた。


「こっちやぞ!ここまでおいで!」ハデスは、クロノスの殺意を煽っている。


ポセイドンも、グリフォンに方向転換のサインを出して、クロノスの前を横切った。


そうして飛びかっていると、空に、黒い天体が昇った。空間転移魔法陣も光る。


ハデスとポセイドンは、魔法陣へ急いで飛び込むように、魔物に指示を出した。


その時、ポセイドンが視界の端で見たのは、クロノスにつかまれたハデスだった。


ポセイドンは、すかさず、グリフォンの背からふりかえって、トライデントを、クロノスの前足に突き刺した。


そして、クロノスがひるんだすきに、ハデスの腕をつかみ、空間転移魔法陣へ、引きずり込んだ。


閃光に飲まれた後、ハデスとポセイドンは、庭園に倒れていた。


無事に転移できたふたりを見て、「間に合った……。」と、アザゼルが、膝をつく。


ハデスとポセイドンが、喘いだまま起きあがらないから、マンティコアとグリフォンが、心配顔で見つめている。


「ふたりとも、怪我ない!?」と、心配して、ゼウスが走ってきた。


 冥界は、おだやかな夜をとり戻していた。


倒れたまま、ハデスは、星空を見あげた。


エリュシオンの命の炎が輝く空に、クロノスの姿はない。


「終わったか………。」と、横で、ポセイドンが、つぶやいた。


「やったんや………。」と、ゼウスも、星空を見上げている。


避けたかった結末が、現実になってしまった。結局、予言通り。


けど、ハデスには、どうにもできなかった。


倒さなければ、自分も仲間も殺されていた。


十字をきっているハデスの肩に、圭が手を置いた。


「大丈夫。家族を失うつらさは、僕も知ってるから。」


圭の言葉が、ハデスの理性の鎖を解きはなった。


今までおさえていた感情が、一気に爆発して、ハデスは、心がからっぽになるまで、子どもみたいに、泣きじゃくった。

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