第7話 クロノス覚醒阻止作戦
冥界に帰った耀と奈月は、庭園へ向かった。
あずま屋に、みんなが集まっている。近くに、魔物たちもいた。
クロウがいたことにびびった奈月が、「わぁ、クロウ!」と、耀の後ろに隠れた。
その時、ケルベロスを見た耀が、「ケルベロス!?」と、あとずさって、奈月とぶつかった。
もつれあって転ぶふたりに、神龍が言った。「なにやってんの?」
「耀!奈月くーん!」と、妃乃が呼んでいる。
ちょっと来て!と、アザゼルも手招きしていた。「大事な話があるんだ。」
魔物と睨めっこしながら、おそるおそる歩いてくる耀が、アザゼルは、おかしかった。
「怖がってると魔物も警戒するから、逆に危ないよ!」
耀と奈月が、ベンチに座ると、アザゼルは、話し始める。
「タイタン族のことを、耀には少し話したよね。この世界が、タイタン族によって、つくられたこと。」
うん……と、耀は、うなずく。アザゼルが、話をつづけた。
「はじまりは、混沌に支配される闇の世界だった。そこに、タイタン族が、大地をつくって、天を切り開いた。全宇宙を最初に統べた王は、ウラノス。でも、ウラノスが王座についていた時間は、そう長くなかった。息子に下剋上されたから。」
「息子に下剋上された!?殺されちゃったってこと!?」
耀の問いに、アザゼルは、うなずく。
うそ………と、奈月が、つぶやく。
「信じられないよ。自分の父親を殺すなんて。」
「嘘じゃないよ。」と、クロウが話す。
「ウラノスに代わって、クロノスって時神が、全宇宙の支配者になった。ある日、クロノスは、運命の女神から予言を受けたんだ。自分が、父親に手をかけたように、自分もいつか同じように、子どもに倒されるって………。」
クロウは、うつむいてしまった。
魔道士たちは、話の続きを待っている。やがて、クロウが話しだした。
「その子どもが、ハデスだよ。あいつに、そんな気はなかったけどな。でも、クロノスが信じたのは、ハデスの言葉じゃなくて、運命の女神の予言だった。クロノスは、ハデスを暗殺しようとしたけど失敗して、そのままこじれて戦争になった。それが、ティタノマキア。ティタノマキアは、世界がひっくり返る大戦争だったよ。」
クロウが目を閉じる。まるで、戦争のことを思い出すように。
「でも……。」と、神龍が話をさえぎった。
「ハデスが冥界の王様やってるんだから、クロノスは倒されたんでしょ?」
「俺も、ずっと、そう思ってたけど。生きてたんだよ。奈落の底で。俺の父親も、最近、気づいて。それで、おととい、俺に夢で連絡してきた。」
クロウの父親?と、きょとんとする魔道士たちに、「冥界の最下層にいるよ。」と、スピリアが、両手で、下を示した。
「ほら、生きた奈落タルタロス。タルタロスが、クロウのお父さんなの。クロウは、タルタロスが悪魔の血を染みこませた奈落の養土でつくったドラゴン。」
「タルタロスの話だと………。」と、アザゼルが話を戻した。
「クロノスは、奈落の牢獄にいる亡霊のエネルギーを吸収して、覚醒しようとしてるらしい。だから、亡霊をいったん冥府にあげて、クロノスから遠ざける必要がある。そのために牢獄を開けるんだ、一時的に………。」
「一時的って、どれくらいなの?」妃乃が、首をかしげている。
「少なくとも、2日間。」クロウが答える。
「あとは、弱ったクロノスを、お父さんが食べてくれるから心配ない。」
「クロノスが生きてること、ハデスは知ってるの?」という耀の問いに、
「この件に関して、ハデスは抜きだ。」と、間髪いれず、クロウが言った。
「ハデスに秘密で、俺たちだけで、クロノスを始末したい。だから、相談してるんだよ。俺たちで牢獄のロックを解除するには、宝玉が必要なんだ。」
ちょっと待って!と、奈月が声をあげた。
「ハデスなら、簡単に牢獄を開けられるんでしょ?どうして、秘密にするの?」
「クロノスを衰弱死させるなんて作戦に、ハデスが協力的だと思えないから。ハデスは、戦争にまで関係がこじれても、ずっとクロノスと仲直りしたがってたし。もしもクロノスが生きてるって知ったら、話がしたいとか言いだすかもしれないし……。」
ため息をついて、クロウは、つづける。
「バラバラになった体をくっつけるのに、奈落の養土をつかったせいで、クロノスは、ドラゴンになってた。このまま、なにもしなければ、冥府にあがってくる。そうなったら、俺たちじゃ止められない。覚醒したら、クロノスは不死身なんだ。冥府は火の海にされて、ハデスも殺される………。」
耀、奈月、妃乃、神龍は、突然、告げられた突飛な話に困惑して、顔を見合わせている。
アザゼルが、おずおず、魔道士たちに話しかけた。
「クロノスの覚醒阻止、協力してくれる?」
「俺は、どうすればいいの………?」奈月の問いに、クロウが答える。
「奈落の生贄になってもらう。体から魂を引きはがして、強制的に、仮死状態にするから、牢獄をあけてるあいだは、そうとう苦しいと思うけど、我慢できるよね?」
はぁ!?と、奈月が悲鳴をあげた。
「やだよ!どうして俺が、そんな目にあわなくちゃいけないの!意味わかんない!」
わめく奈月を、アザゼルが、なだめる。
「無理には頼まない。やっぱり、他の作戦を考えてみるよ。」
「他の作戦!?」と、クロウが、アザゼルにくいついた。
「正気で言ってんのか、アザゼル!目の前に、宝玉がいるのに!さんざん考えても、なにも思いつかないから、魔道士たちに話したんだろ!」
「だからって、無理矢理、やらせるわけにいかないだろ!奈落の生贄なんて!」
「ふたりとも、やめて!」と、スピリアが口論を仲裁する。
「奈月、頼む!」クロウが、奈月をつかんだ。
奈月は、悔しかった。クロウの悲痛の顔を見れば、わかる。
ハデスが無事なら、俺はどうなったっていいって、クロウは思ってる。
クロウは、責任感が強くて、仲間思いだけど。その仲間の中に、俺は入ってない。
自分の命は、ハデスの命と天秤にかけられた。それが許せない。
耀が、奈月をかばって、クロウに怒鳴った。
「やめろよ!奈月が苦しい思いするなら話は別だよ!」
「そうだよ、かってすぎる!」と、妃乃。
「タイタン族のごたごたに、俺たちを巻き込むなよ!」神龍も、奈月を守る。
当然だ。自分の友達を守るためだからって、他人の友達を犠牲にしていいわけがない。
しかし、耀たちの気持ちを嬉しく感じる一方で、ハデスに同情する気持ちも、奈月にはあった。
殺し合いになるまで、肉親とこじれた関係になるなんて、悲しすぎる……。
クロノス復活の阻止は、俺にしかできないこと。
俺が、つらいのを我慢すれば……ハデスは、つらい思いをしないんだ。
「みんな、ありがとう。でも、やっぱり、俺、がんばってみようかな……。」
「奈月!?」と、耀が、驚いてふり返る。「今、なんて言った!?」
「奈月くん、やることないよ。」「俺も、絶対やばいと思う。」
妃乃と神龍も、奈月を止めた。
「奈月、やめよう?おまえ、震えてるじゃん。」耀は、奈月の手をつかむ。
「本当は、怖いよ。怖いけど……。」
「だったら、やることないじゃん。奈月には、関係ないよ。」
「でも……。もしも、俺がハデスの立場だったらって考えたら、ほっとけなくて。俺がハデスだったら、お父さんと仲直りしたいよ。お父さんを衰弱死させる作戦に、ハデスを巻きこむのは、かわいそうだと思う。クロノスが、今だに奈落の底で生き延びてるのは、ハデスを殺すまで、死んでも死にきれないからでしょ。だとしたら、仲直りなんて、絶対に無理だし。クロノスが生きてることを知らない方が、ハデスは幸せだと思うんだ。」
「マジで言ってる……?」という耀の問いに、「うん。」と、奈月は、うなずいた。
「事情を知った以上、聞かなかったことにはできないよ。牢獄を開く鍵の役目が、宝玉にしか、つとまらないとしたら、宝玉に生まれついた俺には、その義務があると思うんだ。大丈夫。2日、我慢すればいいんでしょ?だから、がんばってみようかなって………。」
「奈月がそこまで言うなら………俺も協力するけど………。」耀は言った。
妃乃と神龍も、うなずく。
「アザゼル、作戦はどうするの?」スピリアがきいた。
「とりあえず、ハデスには、しばらく実家に帰っててもらわなくちゃ。だから、クロウ。ハデスと大喧嘩して。しばらく、ハデスが冥界に帰ってこないくらいに。」
「まじか……。」クロウが、困り顔でつぶやく。
アザゼルは、つづけた。
「牢獄を開けたことが、ハデスにバレないように、誰かひとり、ハデスを見張っててほしいんだ。堕天使の僕は、天界に行けないから、悪いけど代わりに、耀か神龍のどっちか、ハデスの見張りについてくれる?」
耀と神龍は、顔を見合わせている。
「行ってきて、耀くん。」と、奈月が言った。
「俺は、こっちでがんばるから。」
「わかった、俺が行くよ。」と、耀が手をあげる。
「決まりだね。」と、アザゼルが、うなずいた。
「じゃあ、ハデスを裁きの間に呼び出そう。」
ハデスは、体を揺すられて目を覚ました。
ソファーに座ってからの記憶がない。
「あれ……俺、いつのまにか寝ちゃった……。」ハデスは、目をこすって、「怪我は、大丈夫ですか……?」と、圭に尋ねた。
「俺は、もう大丈夫だよ。治癒魔法つかったから。」
「本当に、ごめんなさい。」
「わかってるよ。事故なんだし、そんなに思いつめないで。クロウと仲直りできた?」
ハデスは、驚いた。圭から、後光が射して見える。自分に大怪我をさせた人を、気にかけるなんて。
「すみません。」と、ハデスは謝った。
「奈月くんは、助けました。でも、人間界には、まだ帰せそうにありません。杖は、まだクロウが持ってるんです。」
ハデスは、こめかみをおさえた。さっきよりは、ましだけど、まだ頭痛がする。
クロウは、なにを考えてるんだろう。クロウが考えてることがわからない。
スマホに、クロウから、連絡がきていた。
『裁きの間にきて』
ハデスの表情から、圭は、察した。
「クロウから?」
はい………と、ハデスは、うなずく。
「クロウと、話つけてきます。」
裁きの間の玉座には、クロウが座っていた。
かってに座られたうえに、クロウの態度が偉そうだから、ハデスはムカついた。
「そこは、俺の席やぞ。」と、ハデスが、クロウのもとへ歩いて行く。
ハデスにつづいて、大広間へ入った圭を、見えない手がつかんだ。
お父さん………と、奈月がささやく。
「なつ………。」と、言いかけた圭の口を、しっ!と、奈月が塞いだ。
クロウとハデスが、怒鳴りあっている。
「クロウ、いいかげん、杖かえしてよ!なんで、こんなことすんの!」
「だまれ、ハデス!おまえ、いらねぇよ!冥界に、もう、おまえの席なんて、ねぇから!」
挑発にまんまとのってキレるハデスに、クロウは、とどめの一言をくだした。
ハデスが、捨て台詞を吐いて、大広間から飛び出していく。
「もう知らん!!かってにせぇ!!俺、実家帰るからっ!!」
ハデスが行ったから、隠れていたメンバーは、目くらましの魔法を解いた。
「第一段階は、クリアだ。次に移ろう。」と、アザゼルが、指示を出している。
圭には、なにがなんだか、わからなかった。
「なになになに??」と、困惑する圭に、
「アザゼルの作戦だよ。」と、奈月が、クロノス覚醒阻止の作戦を説明した。
「あんなこと言いたくなかったんだけど……。」クロウは、ため息をついている。
「ごめんね、クロウ………。」アザゼルが、玉座のクロウをふりかえった。
大広間を出る間際、耀は言った。
「行ってくるよ。奈月、無理しないで。」
「うん……。」と、奈月は、耀と拳をつきあわせた。
耀が去ると、奈月は、クロウに呼ばれた。
「奈月、大丈夫?」と、圭に、呼び止められた時、
「俺は、大丈夫。」と、大丈夫が、自然と奈月の口から出た。これは、圭の口癖。
『大丈夫』は、圭にとって、元気が出るおまじないみたいな言葉。
本当に大丈夫かどうかは、関係ない。大丈夫!と、口に出して言うことで、心を奮い立たせる。
奈月は、圭と同じ『大丈夫』をつかった。
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