第6話 時空間転移

 魔法陣をくぐり抜けた先には、懐かしい光景が広がっていた。


夕日に照らされる庭の一角には、まだ、ひまわりの花壇がない。


図工の時間につくった巣箱も新しい。


「やったよ、耀くん!時空間転移、成功!」奈月が、耀をふりかえる。


家の中から、男女の口論が聞こえた。


「なにしてんだろ?」と、玄関のドアに鍵をさしこもうとした奈月を「待って!」と、耀が止めた。


「それは、まずいって。」


「そうだよね。ごめん、自分ちだったから、つい……。」


「空間転移魔法陣を壁に描くから、魔法陣から、こっそり家に入ろう。」


耀が杖を振る。壁に光が交差して、魔法陣ができあがった。


「あと、姿を見られたらまずいから……。」


耀が、パーカーのフードをかぶった。


三日月の紋章魔法陣が、耀の足元で光った直後、耀の姿が消える。


これは、目くらましの魔法。こうやって、頭に何かをかぶって紋章魔法陣を描くと、一時的に、姿を隠せる。


奈月も、パーカーのフードをかぶって、ひまわりの紋章魔法陣を描いた。


透明人間になってからは、耀と奈月は、お互いの声をたよりに、居場所を確認しながら進んだ。


 夫婦喧嘩するところなんて、奈月は、今まで見たことがなかった。


身の周りのことがなにもできなくて、お父さんがだらしない!と、母が愚痴を言うことはあったけど、喧嘩にまでならなかった。


それが、今、リビングで大喧嘩している。


両親の激しい剣幕が信じられなくて、奈月は、立ちすくんでいた。


母親は、後ろ姿で顔は見えない。けど、その向かいのソファーに座っている圭は、ひどく疲れていた。


圭が、怒鳴るのをやめて、ため息をつく。


「反魂の契約なんて。そんなのしたって、仕方ないよ。生き返ったところで、奈月は、きっと、今までと同じように過ごせない。霊感が強くなるって、契約書に書いてあるでしょ?おばけが見える体質で生きろなんて、かわいそうだよ。僕は、言うだけのことは言った。あとは、好きにしてくれ。」


圭が、ソファーから立ちあがった。


すぐ隣に、奈月がいることに気づかず、圭は、通り過ぎて、そのまま、外へ行ってしまった。


「奈月、帰ろう?今なら、まだ引き返せるよ。」耀が、奈月にささやいた。


母親が、ソファーに、ぐったり座っている。行くなら、今。


けど、奈月は、一歩踏み出せなかった。


大人になった自分の姿を、母親に見せるのが怖い。


髪は染めて金髪だし、身長も180cmまでのびた。


小学生の奈月しか知らない母親に、奈月だって信じてもらえるかどうか。


うつむくと、圭の血で汚れた服が目に入る。


こうなったのは、誰のせいだ。


「いってくるよ。」と、奈月は、耀に言った。


そして、リビングに入って、母親に声をかけた。


「ほんとに、反魂の契約するつもり?」


驚いた顔で、母親がふり返る。


奈月は、パーカーのフードをとった。目くらましの魔法が解ける。


「驚かないで聞いてください。僕は、未来から来た大人の奈月です。お母さん、考え直して。反魂の契約なんてしちゃだめだよ。」


それ以上は、言葉に詰まって、話せなかった。


母親とかわした最後の会話を、奈月は、まだ覚えている。


『いってきまーす!』


『奈月、何時に帰るの?』


『5時の時報で帰ってくるよ!じゃあね!』


家を出る直前のそんなのが、最後になるなんて思わなかった。


あの時、資材置き場じゃなくて、ちがう場所で遊んでいれば、


俺は、死ななかったかもしれないのに。


長い間、写真でしか見られなかった母親が、目の前で生きている。


もう一度、会えるなんて、思ってなかった。


「ごめんなさい。ずっと、謝りたかった。親不孝で、ごめんなさい。俺のかわりに、お母さんは………。」


むせび泣く自分とあべこべに、母親は笑っていた。


「奈月。こっちにきて。」と、母に、座るように促された。


「ちょっと、お話しない?」


ソファーに座ると、奈月は、母親が知らない自分の軌跡を話した。


陸上部で、代表選手に選ばれて、都大会で走ったこと。


ロンドンに、留学に行ったこと。魔法学者になったこと。


やっと、バディができたこと。そして、自分をかばって、圭が大怪我をしたことも。


奈月の服についている血を見て、母が息を呑んだ。


「まさか、その血は………。」


「うん。そうだよ。」


言った後、血だまりに倒れている圭の姿が脳裏に蘇って、奈月は、パニックを起こしそうになった。深呼吸した後、言った。


「わかったでしょ。俺が生き返ったって、いいことなんか起こらない。俺は、お母さんの人生を奪ってまで、生きたいなんて思わないし。お母さんのお葬式、お父さん、泣いてたよ。お母さんの代わりになれる人なんていないよ。仏壇のお母さんの写真を見ると、俺のせいでお母さんが死んだんだって、悲しくて……。」


壁掛け時計の秒針音が、うるさいくらいだった。


先に沈黙をやぶったのは、母のほう。


「お父さんに、あんなに強く反対されると思わなかったから、反魂なんて間違いなのかなって、思いはじめてた。」


「ほんと!?」奈月は、母の言葉を聞いて安堵した。


しかし、母は、首を横に振る。


「奈月に、未来をあげたい。やっぱり、その気持ちは変わらない。私が契約書にサインしなかったら、奈月は、今、ここにいないでしょ?」


「お母さん、俺の話、聞いてた!?時間を遡ってまで、やめさせに来たのに!俺が来なければ、契約しなかったってこと!?」


「さぁ……。奈月が生きててくれるなら、それでいいって思ったんだ。ごめんね。私、頑固だから。一度決めたことは曲げないの。」


「知ってるよ。お母さんが頑固じゃなかったら、俺は、もっと素直だよ。」


「奈月は、大人になっても、奈月だね。」と、母は笑っている。


「ほんと、お父さんにそっくり。」


「見た目は似てるかもしれないけど、いっしょにしないでよ。中身は、全然、違うんだから。俺の方が、何倍もしっかりしてるよ。」


とは言ったものの、似ていると言われて、奈月は、内心、嬉しかった。


もう少し。もう少しだけ、こうやって話していたい。


けど。ここにいればいるほど、帰りたくなくなっちゃう…………。


「…………そろそろ、帰ろうかな。」と、奈月は、立ちあがった。


最後、母親に、抱きしめられた。


「会いに来てくれてありがとう。大人になった奈月が見られてよかった。体に気をつけて。元気でね。」


「ありがとう、お母さん。さよなら…………。」



 リビングを出て数秒後、奈月……と、耀の声が聞こえた時、しまった!と、奈月は焦った。


耀くんがいること、すっかり、忘れてた!


 庭に出ると、目の前に、ぱっと耀が現れる。


目くらましの魔法を解いた耀が、奈月をふりかえった。


「母ちゃんに会えて、よかったね。」


うん………と、うなずきながら、奈月は、気が気じゃなかった。


「あのさ、全部、見てたよね?」


「うん。」と、耀に、うなずかれた時、奈月は、顔が熱くなった。


大の男が、母親の前で号泣してるところを見られた!超絶、恥ずかしい!


顔を覆い隠している奈月に、耀は言った。「早く帰ろうよ、奈月。」


耀は、なんとも思ってなかった。


それより、過去を変えずに済んで、ほっとしていた。


耀が、時空間転移の魔法陣へ、先に歩いて行く。


魔法陣をくぐる前、奈月は、もう一度、家をふりかえった。


家族3人で過ごしていた、この頃が、人生で、いちばん、楽しかった時間だったのに。


自分のせいで、8年間しか、続かなかった。


思い出に別れを告げて、奈月は、魔法陣をくぐった。

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