第5話 カルマを映す鏡

 目が覚めた時、奈月は、見覚えのある広間にいた。


冥界に堕ちた亡霊たちが、エリュシオンかタルタロスに分類される場所。


「ここ……裁きの間?」


手首が痛いと思ったら、魔法陣に、はりつけにされている。


身動きができないだけでも怖いのに。目の前にいるのは、ドラゴンだ。


広間に舞っていた粉雪が集まって、鏡をつくった。


鏡に映ったのは、母親の葬式。直視できなくて、奈月は、目をそむけた。


念仏が聞こえる。耳をふさぎたいけど、魔法でしばられているからできない。


「やめて、クロウ。どうして、こんなひどいことするの………。」


クロウは、なにも、しゃべらない。


「おねがい、やめて。こんなもの、見せないでよ…………。」


霊前れいぜん焼香しょうこうしている圭の悲痛な顔を見てしまった時、奈月はショックだった。


お母さんが死んだのは、俺のせい………。そう思うと、自分が許せない。


やがて、クロウが口を開く。


「すべての命は、カルマをもって生まれてくる。誰も、宿命からは逃げられない。それが、どんなにつらい宿命だとしても。苦しみから解放されたいなら、安らかに眠れ。」


クロウの暗示で、奈月が、死に身をゆだねかけた時。


氷の鏡が、大きな音をたてて、くだけ散った。


裁きの間の入り口に、ハデスがいる。


クロウは、変身の魔法をつかった。


十字架の紋章魔法陣から、影が噴き出す。影に覆われたクロウの体が縮んで、人の姿になった。


「どういうこと、クロウ?」と、ハデスが広間へ入ってきた。


玉座にたてかけてあった自分の杖に、ハデスが気づく。


「やっぱり、犯人は貴様か!」


ハデスが杖をつかむ前に、クロウは、杖を奪った。ハデスがキレる。


「杖、返せ!」


「邪魔なんだよ!帰れ、ハデス!」


「邪魔って、なに!?俺の杖やぞ!」


ハデスとクロウの、杖の奪いあいが始まった。


遅れてやってきたアザゼルが、「喧嘩しないで!」と、仲裁ちゅうさいに入る。


その時。


「奈月――!!」と、耀の声が聞こえた。耀が広間に走ってくる。


「耀くん!!」奈月も叫んだ。


うれしい。冥界まで、助けに来てくれるなんて、思ってなかった。


「クロウ、よせ!」ハデスが叫ぶ。


誰も、クロウを止められなかった。


光る杖が、床に打ちつけられると、たちまち、大広間おおひろまが影におおわれた。


白骨化した指が、影のふちをつかむ。い出てきたのは、骸骨がいこつだ。


大広間が、骸骨団がいこつだんめ尽くされるのは、一瞬だった。


アザゼルは、浮遊魔法で飛びあがって、押し寄せる骸骨の波を回避する。


そして、空間転移魔法陣を描いて、ケルベロスを召喚した。


「リー!ファイ!ロー!こっち!」と、魔法陣から現れたケルベロスに、アザゼルは指示を出す。


ケルベロスの咆哮ほうこうを受けて、骸骨団の一角が砕け散った。


骨の山からみつかった妃乃、神龍、圭を、ケルベロスの3つの頭が、それぞれの口にくわえて、背に乗せた。


「アザゼル!」と、翼を羽ばたいて、スピリアが飛んでくる。


アザゼルは、スピリアに、きいた。


「耀は!?」


「みつかんない!」


「まさか、潰されてないよね!?」


アザゼルとスピリアは、眼下に密集する骸骨へ目を凝らし、耀を探す。


その頃、耀は、奈月の声に耳を澄ませていた。


奈月の声をたよりに目的地を定めて、空間転移魔法陣を描いた。


骸骨に押し倒されそうになったけど、ふりきって、耀は、魔法陣をくぐった。


ワープ成功。


「耀くん!?」と、魔法陣に、はりつけにされた奈月が、目の前にいた。


「耀くん、助けて!!」


「待って!!」と、耀は、魔法陣に触れる。その瞬間、手が感電した。


「痛って!!」


「大丈夫!?」


「うん……待ってて、命令式がわかれば、壊せるかもしれない!」


魔法陣の模様を調べていると、耀は、肩をつかまれた。


ふりかえったら、しゃれこうべが、顔のすぐ横にあった。


恐怖のあまり、耀は、口から心臓が飛び出るかと思った。


次の瞬間、骸骨が弾け飛ぶ。「大丈夫!?」と、ハデスが走ってきた。


ハデスが触れた途端、奈月を縛る魔法陣が弾けた。


束縛の魔法が解けて、奈月が自由になる。


再生途中の骨の山に向かって、ハデスが、もう一度、衝撃派を放った。


「早く行って!」と、ハデスが退路たいろを示す。耀と奈月は、全力疾走した。


けど、骸骨の再生スピードの方が早かった。出口まで間に合わなかった。


「覚悟しろ!ガイコツ野郎!」奈月が、行く手をはばむ骸骨団に、杖を向ける。


時計の文字盤の魔法陣が、骸骨団を覆った。骸骨団の時間が止まる。


石化した骸骨団を見た時、奈月は、胸がスカッとした。


「あー、すっきりした!いい加減、この理不尽な仕打ちに対して、なにかに八つ当たりしたかったんだよね!ざまあみろ!」


「時々、おまえが怖いと思うんだけど。」と、耀が言った直後、大広間をブリザードが吹き抜けた。


寒さに凍えて、耀と奈月は悲鳴をあげる。足が凍って動けない。


耀と奈月の前に、大きな影が落ちる。


「逃げられると思うな!」


ドラゴンの姿のクロウが、舞い降りてきた。


やばい!と、察したアザゼルが、浮遊魔法で宙を滑ってきて、耀と奈月を守った。


「だめ!!今、クロウと目を合わせたら………!!」


 粉雪が集まって、氷の鏡ができあがる。鏡に映っているのは、法廷だった。


裁判にかけられているのは、アザゼルだ。


騒いでいる傍聴席の天使たちを、裁判官が、木槌を叩いて黙らせた。


裁判官は、白いローブ、月桂冠という正装姿。


緩く結んだ金髪を左肩にながしている。言葉のなまりが、ハデスと似ていた。


最後の供述きょうじゅつが許されて、アザゼルは、ヒステリックな声で、必死に、無実を訴えている。


しかし、判決は残酷だった。


「大天使の位を剥奪はくだつのうえ、天界から永久追放の刑に処す!」


「ゼウス様、待ってください!!ステュクスに誓って、僕は、やってない!!」


アザゼルを無視して、ゼウスは、そばにたてかけてあったやりを手にとった。


穂先ほさきの、稲妻型の水晶が光りだした。


「お願いします、どうか!!これは、ぎぬです……!!」


アザゼルの悲痛の声は、落雷に、かき消された。


魔法の雷に撃たれたアザゼルの翼は、たちまち、炭と化して、そげ落ちた。


その場面を最後に、氷の鏡が溶けた。


顔面蒼白がんめんそうはくのアザゼルを心配して、ケルベロスが、顔をこすりつけている。


クロウは、変身魔法で、ドラゴンから人の姿になる。


「ごめん、アザゼル!!」


アザゼルは、謝るクロウをふりむこうともせず、杖を振ると、ケルベロスを連れて、空間転移魔法陣の向こうへ、消えてしまった。


「なに、今の魔法………?」妃乃が、つぶやく。


「カルマを映す鏡だよ。」と言ったクロウと目が合って、妃乃は、神龍の後ろに隠れた。


「俺を盾にするなよ。」神龍が、妃乃をふり向いた。


クロウは、ひとりで、つぶやいている。


「魔力は、セーブしてたはずなのに………。なにしてんだ、俺………。」


その時。


「危ないっ!!」


圭に突きとばされて転がる奈月の頬に、熱い液体が飛んだ。


触ったら、血だった。上体を起こすと、血だまりに、圭が倒れている。


みるみるうちに、絨毯じゅうたんが鮮血で染まっていく。


松岡さん!と、ハデスが、圭のもとへ走る。


骸骨団の氷が溶け始めていたことに、ハデスも気づいて、衝撃派を放った。


それが、飛び出してきた圭に直撃してしまった。


ふたりとも、奈月を守ろうとしてやったことなのに、最悪の事態を招いた。


血まみれの父親を見て、奈月は、怖くて、立っていられなかった。


真っ青な顔で震えている奈月を見て、圭は、力をふりしぼった。


大丈夫………!と、圭は、あえぎながら、杖を出した。


「ケガくらいじゃ………死なない………から………!」


 流血騒動に紛れて、クロウは、どこかへ行ってしまった。


ハデスの杖の効力が及ばなくなって、骸骨団は、影の中へ溶けた。


自力の治癒魔法で命をとりとめた圭は、静かに眠っている。


「ごめんなさい……。」ハデスは、震えていた。


圭を傷つけるつもりなんて、なかった。




 アザゼルは、庭園で、エリュシオンに輝く命の炎を眺めていた。


大理石から反射するまぶしい日差し。透き通った空。さざ波の音。


甘い花の香り。天界の思い出は、そういう断片的だんぺんてきなものしか残っていない。


帰りたくても、二度と故郷へは帰れない。天の裁きをくらってしまうから。


堕天使は、天界の地を踏んだ瞬間に、雷につらぬかれる運命だ。


これは、宿命かな………と、アザゼルは思っている。


天軍の参謀さんぼうだったから、きっと、恨みをかったんだろう。


じゃなきゃ、ぎぬなんか、きせられない。


かわいそう。よく言われるけど。


別に、僕は、他人から、どう思われようと、かまわない。


僕は、自分のこと、かわいそうなんて思ってないし。


むしろ、今の方が、幸せだなって思う。


僕には、天軍なんて体育会系よりも、魔物の飼育員の方が向いてる。


僕がこんな人生をおくることになったのは、誰のせいでもない。


ゼウス様を恨んだところで、仕方ない。


なにかあるたびに、いちいち誰かを恨んでたら、きりがない。


僕だって、知らない所で、誰かを傷つけてるかもしれないし。



 ブーツの足音で、アザゼルは、クロウが来たことがわかった。


ふり返ったら、泣きそうなクロウがいる。


「アザゼル、ごめん!ほんと、バカだった!ほんと、ごめん!」


「僕も、無視して逃げて悪かった。クロウ、なにがあったの?いつもと様子が変だよ。なんか余裕がないっていうか。何を、そんなに必死になってるの?」


「ハデスには、秘密にするって約束する?」


タルタロスからの警告を聞かされた時、アザゼルは絶望した。


「クロノスが、生きてたなんて。僕らは、惨殺ざんさつされる運命なのか。」


「覚醒なんかさせないよ。そのために、牢獄から亡霊を解放するんだから。」


「牢獄を開けるって………冥府は、どうするの?亡霊で溢れちゃう。」


「わかってる。それでも、やらなくちゃ…………。」


「クロノスの覚醒阻止か。僕も、協力するよ。クロノスとまた戦うなんて、僕も、絶対にやだ。でも、牢獄を開けるのは、どうかな………。奈落に堕ちる亡霊なんて、チンピラみたいなもんだよ。」


「俺も、できるなら亡霊を冥府にあげたくないんだよ。なにをされるかわからないし。でも、お父さんが、それしか方法がないって。クロノスが弱らないと、食べられないんだってさ。」


「要するに、クロノスを弱らせればいいんでしょ……。他の方法も、あるかもしれない。クロウ、知恵を出し合おう。」



 気絶している圭を、客間のソファーに寝かせた。


ハデスは、圭の肌にこびりついた血を、お湯でしぼったタオルで、落としている。


奈月も、ハデスからもらったおしぼりで、顔についた血を拭いた。


顔色がよくない魔道士たちに、スピリアは、外の空気を吸いに行こうと提案した。


圭が心配で残ると言った奈月に、ハデスが言った。


「俺がみてるから、行っておいで。」と、ハデスは、奈月から汚れたタオルを受けとって、洗面器のお湯へ浸した。お湯が赤く濁る。


 廊下を歩いていると、奈月は、気持ちが悪くなってしまった。


耀は、うずくまっている奈月の背中をさする。


「奈月くん、大丈夫?」スピリアが声をかける。


「先に行ってて。俺たち、あとから行くから。」と、耀に言われて、スピリアは、妃乃と神龍をつれて、庭園へ向かった。


 水飲み場では、フェンリルが、おいしそうに、ぴちゃぴちゃ音をたてながら、水を飲んでいた。


マンティコアは、桜の木のそばで、転がっている。


魔物を怖がって庭へ出ようとしない妃乃と神龍を、ケルベロスが迎えに行った。


走ってくるケルベロスを見て、妃乃と神龍は、恐怖のあまり絶叫している。


おおげさ!と、スピリアは笑った。


「ケルベロスは、友達になりたいだけなのに!」


「うそだ!俺、喰われかけたぞ!」神龍が言った。


ケルベロスの中央の頭が、くわえていたボールをはなした。


高く弾んだボールを、スピリアは、頭上でつかむ。


「遊んであげて!」と、ボールを、妃乃にわたした。


両手で抱えなくちゃいけないほど、大きいボールだ。少し重い。


「行くよ……それ!」と、妃乃は、ケルベロスに、ボールを投げる。


飛んできたボールを、真ん中の頭が、頭突ずつきで返した。


「順番に投げてあげてね。じゃないと、ケンカしちゃうから。」


と、スピリアに言われたから、今度は、左の頭へ投げた。


その光景を眺めていた神龍に、グリフォンが、ちょっかいをだした。


口にくわえていたフリスビーで、神龍を小突いた。


「投げろって?」と、神龍。


スピリアに、思いっきり投げていいと言われたから、本当に、思いっきり投げた。


神龍のフルスウィングを、グリフォンが、飛び上がって、キャッチする。


少し難しい方が、グリフォンは、楽しいみたいで。神龍は、わざと、意地悪なところに投げた。


キラキラした目で、グリフォンが、フリスビーを持ち帰ってくる。


 スピリアは、あずま屋に、アザゼルとクロウがいるのに気づいて、おどかしてやろう!と、後ろへ、こっそり、まわった。


ふたりとも話に夢中で、スピリアが来ていることに気づかない。


「なーに、話してるの!」と、スピリアは、ふたりの背中を叩いた。


うわぁ!!と、アザゼルとクロウが絶叫する。


「やめろよ!今、真剣に考えごとしてたんだぞ!」アザゼルに、ぶちキレられて、笑っていたスピリアは、深刻な場の空気を察した。


「真剣に考えごとって、なに?」


「クロノスの覚醒を阻止する方法だよ。」クロウが言う。


「クロノス?死んだんじゃなかったの?」と、事情を知らないスピリアに、クロウは、クロノスが奈落の底で亡霊のエネルギーを吸収して、生きのびていることを説明した。


「奈月は、どこ?」クロウは、スピリアにきいた。


「気分が悪いからって、遅れてくるの。」と、スピリアは言う。


だめだ………と、アザゼルが、首を振った。


「これ以上考えたって、時間がもったいない。クロノスから亡霊を遠ざけるには、やっぱり、タルタロスに言われたようにするしかない。ハデスに秘密で牢獄を開けるとなると、奈月に協力してもらうしかないな。」



 廊下にいても仕方ないし、耀は、休める場所へ、奈月をつれていきたかった。


近くの部屋をのぞくと、図書室だった。テーブルと椅子もある。


座れておちつけたみたいで、奈月に話す元気がでてきた。


「俺が生き返らなければ、誰も傷つかなかったよね。」奈月がつぶやく。


「お父さんが怪我することなかったし。耀くんも、マンティコアに襲われなかったよね。」


「別に、奈月のせいじゃないって。」耀は言った。けど、奈月は首を振る。


「俺、心配だったんだ。黒魔法の痕跡は、ずっと残るから。あの森で空間転移魔法をつかう人がいたら、いつか、やばいことになるんじゃないかって。マンティコアの毒で倒れた耀くんを見た時、俺、すごく怖かったんだよ。おかしいと思わない?人生なんて、ふつう、一度きりのものなのに、俺だけ二度目があるなんてさ。お母さんが、反魂の契約にサインするのを、全力で阻止してやりたい。時間を遡って、過去へ戻れたらいいのに………。」


「戻れるかも………。」耀は、つぶやいた。


「ずっと考えてた魔法があるんだ。時空間転移の魔法。空間転移は、場所と場所の移動だけど。それに、時属性の魔法が加われば、過去と未来を転移できるかもしれない。」


「ほんと!?やろう、耀くん!」奈月が、期待の目で、耀を見た。


「やらないよ!時空間転移は、いつかやってみたいけど、今はダメ!」


耀は、きっぱり言った。


「どうして!助け合うのが、バディだって、耀くん、言ったじゃん!」


そう言われた時、耀は、奈月をひっぱたきたかった。


「誰のために、死ぬ思いして頑張ったと思ってんだ。どうでもいいやつを、冥界まで、助けに来ないだろ。反魂の契約をなかったことにしたら、俺は、奈月と会わなかったことになる。過去から戻ってきたら、奈月のこと、もう覚えてないかもしれない。はい、そうですかって、協力できるわけないだろうが!」


耀は、最後、怒鳴ってしまった。感情が高ぶって、泣きそうになった。


「できないよ、奈月。バディを組んで初めての魔法を、こんなことのために、つかいたくないよ。せっかく、友達になったのに、全部なかったことにしちゃうなんて………。」


耀の優しさがうれしくて、奈月も、泣いてしまいそうだった。


「もっと早く、耀くんと会いたかったな。俺にとっても、耀くんは、かけがえのない友達だよ。だから、耀くんに傷ついてほしくないんだよ。わかってくれる?」


奈月の真剣な目を見たら、耀は、断れなかった。


ため息をついて、椅子から立ちあがる。


「言っとくけど、時空間転移の魔法は、あくまで俺の考えだから。俺も、初めてつかう魔法だし、成功するかわからないよ?」


「それでも、いいよ。ありがとう、耀くん。」

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