第1話 新作の魔法

 春風が、魔法学研究所の中庭の芝生を揺らしている。


今、ここで、とある魔法の実験が行われていた。


「ギガント!」と、杖を振ったのは、結城妃乃ゆうきひの


妃乃の杖の真っ赤な宝石から、光が溢れた。


小石が横たわる地面に光が交差して、魔法陣が描かれる。


魔法陣の光に包まれた途端、妃乃の目の前にあった小石が、大岩に変わった。


その光景に、妃乃はすっかり、舞いあがっている。


やった!!大成功!!


「耀!どうだ!」と、得意げに、妃乃は、後ろをふり返った。


木陰のベンチに座って一部始終を見ていたのは、所長の戸田耀とだよう


所長といっても、耀は妃乃と同じく、学校を卒業したばかりの若手魔法学者。


耀は、学生のうちから、一級魔道士の資格をとってしまう秀才。


教授の紹介を受けて、大学卒業後は、魔法学研究所の所長を務めている。


その耀に、妃乃は、新作の魔法を見てもらっていたところなんだが。


後ろをふり返って、妃乃は、がっかりした。


耀の反応は、妃乃が想像していたのと正反対だった。妃乃は、爆笑された。


「ひどい!なんで、笑うの!びっくりしたでしょ!?腰ぬかしたでしょ!?」


「だって!」と、耀は、まだ笑っている。


「新作の魔法できたから見て!って、妃乃が言うから、どんな魔法かと思ったら、『ミクロ』と、逆なだけじゃん!」


耀の言葉に、妃乃は、何も言い返せなかった。


『ミクロ』は、その名の通り、魔法陣の光を浴びたものを小さくする魔法。


ミクロの魔法で、妃乃と耀は、小さくなって、巨大なケーキを吐くまで食べた。それが、前回の実験。


確かに、ギガントの魔法は、ミクロの魔法の命令式を部分的に逆にしただけ。


だからって、ギガントだって、妃乃にとっては、大事な研究成果。


「人の魔法を、泣くほど笑うな!」と、妃乃は、杖を振りあげた。


学生時代からの友達なだけに、耀は、妃乃のあつかい方をわかっている。


「はい!13属性、言ってみて!」


「13属性?」と、妃乃は暗唱した。


「火・水・氷・風・雷・天・地・光・闇・時・音・心・命……。」


耀が、ベンチから立ちあがった。


三日月モチーフのペンダントが、太陽の光を受けて光る。


これは、アミュレット。魔道士のお守りみたいなもの。


「せっかく、13属性もあるんだから、混ぜてみようよ。魔法の可能性も広がるし。」


「そんなこと言われても。複合魔法なんて、私、得意じゃないよ。」


「はじめから、うまくできる人なんて、いないって!そのために、練習するんだから!」


耀は、左手に、杖を出した。


杖は、圧縮された魔力が一時的に目に見えるカタチになったもの。だから、人によって、デザインが違う。


妃乃の杖は、赤い宝石がついた、1mくらいの金の杖。


一方、耀の杖は、オレンジの宝石がついた40cmくらいの銀の杖。


「自然系の複合魔法は?」と、耀に言われて、


「神龍が得意な、天気を操る魔法か……。」と、妃乃がつぶやく。


ふたりが話す神龍かみりゅうというのは、神谷龍かみやりゅうから、谷をとったあだ名。


妃乃が、「神に龍なんて、すっごい名前だね!」と、神龍!と呼んでいたら、気づいた時には、すっかり定着していた。


大学の同期だった神龍も、ここ、魔法学研究所に勤めている。


耀が言った。


「妃乃と神龍は、バディじゃん。妃乃の魔法のレベルがあがれば、神龍の魔法の可能性も広がるでしょ?」


「がんばってみるか……。」妃乃が言う。


お手本をみせようと、耀が杖を振った。


光が複雑に交差して、宙に、魔法陣ができあがる。


耀が、魔法をつかったタイミングは、最悪。


ちょうど、神龍が渡り廊下を歩いてきたところだった。


やばい!耀は、思い出した。


書庫から魔道書を持ってきて!って、神龍に頼んだんだ!


突風が、神龍を吹き飛ばした。


耀の魔法のせいで、数百ページある分厚い魔道書が、紙きれのごとく、舞い上がった。そのうちの1冊が、芝生に転がる神龍の脳天を直撃した。


「耀―っ!!」という神龍の叫び声が、中庭にとどろいた。


「ごめん!神龍!」耀は、謝った。


人に魔法を向けるなんて、一歩、間違えば大惨事。神龍が怒っている。


「パシられたうえに吹っ飛ばされるとか、ひどくない!?怪我しなかったから、いいけどさ!」


「お詫びに、ラーメンおごるから!ほら、神龍が好きな、あの家系ラーメン!」


「味玉もつけろよ。」


神龍の怒りは、それでおさまった。



 電車にのって、耀、妃乃、神龍は、家系ラーメンにやってきた。


ランチタイムは、ライスのおかわり自由。


神龍の食欲は、とどまることを知らない。


「すみませーん!ライスおかわり、おねがいしまーす!」


「まだ、おかわりするの!?」妃乃は、びっくりした。


無料でも食べきれないからいいと、妃乃はライスを断ろうとしたけど。


俺がくうから!と、神龍は、妃乃の分のライスを食べたうえで、さらに、おかわりしている。


そんなに食べても太ってない神龍が不思議。


「神龍って、食べた物どこいっちゃうの?」


「俺は、胃の中にブラックホール持ってるから!」


神龍が、まだ食べ終わりそうにないから、耀は、スマホを見ていた。


松岡圭まつおかけいの名前を見つけて、耀は、うれしくなって、「これ!これ見て!」と、妃乃に、スマホを突き出した。


松岡圭まつおかけいは、治癒魔法の分野では、第一人者の魔法学者。


子どもの時、松岡博士の本を読んで、耀は、魔法の世界に魅せられた。


いつか自分も、こういう最前線に立つ研究がしたくて、耀は、魔法学者をやっている。


「なに?」と、妃乃は、耀のスマホを見る。


「魔法で生命力を促進させて、人間本来の治癒力で、ケガや病気を治すって……。てことは、薬とかいらないの?手術も必要ないってこと?」


妃乃に指摘されて、耀は、「かして!」と、妃乃からスマホをとった。


突然、スマホを奪われて、「どしたの?」と、妃乃は、きょとんとしている。


「松岡博士の名前をみつけて満足して、記事は、読んでなかった!」


「なんじゃ、そりゃ。てっきり、読んだのかと思った。」


記事が常軌を逸した内容だったから、耀は、少しがっかりした。


「松岡博士、これはさすがに魔法すぎ……。」と、つぶやく耀に、神龍が言った。


「松岡博士の魔法なら、耀の喘息ぜんそくも、治るってことかな?」


「まさか!」と、耀は言った。


「いくら松岡博士が天才だって、医学の常識をくつがえすなんてことある?薬も手術も必要ないんじゃ、医者がいらなくなっちゃう。俺が、薬を飲まないと咳が止まらなくなるくらいの喘息持ちだって知ってるでしょ?自分の生命力だけで病気が治る魔法なんて、考えられないよ………。」


ごちそうさま!と、神龍が食べ終わった。


 ラーメン屋を出た後。


森の中で迷子になるなんて、誰が想像しただろうか。


森をつっきって、駅まで近道しようと思ったら、かえって遠回りになってしまった。


もう何回も同じところを、ぐるぐる回っている。


ついに、妃乃がキレた。「もう、疲れたよ!」と、岩に座ってしまった。


「妃乃。行こうよ。置いてっちゃうよ。」


神龍が言ったけど、妃乃の決意は固かった。


「行っていいよ。私抜きで行って。どうせ、ここに戻ってくるんだから。」


「しょうがない。」と、事を見兼ねた耀が、杖を出した。


「空間転移魔法で、研究所まで帰ろう。」


その発言を聞いた途端、あー!と、妃乃と神龍は発狂した。


空間転移魔法とは、空間を歪めて、移動過程を短縮する魔法。


つまり、俗に言うワープ。


妃乃と神龍は、自分がつかえない魔法だから、すっかり忘れていた。


「そうだ!耀は、空間転移魔法つかえんじゃん!」と、妃乃。


「無駄に歩き回らせやがって!時間かえせ!」と、神龍。


妃乃と神龍の罵倒の嵐は、つづく。


「もっと早く、耀が魔法をつかってれば、楽しい午後を過ごせたのに!」


「そもそも、ラーメン屋まで、電車で行く必要なかったじゃん!」


妃乃と神龍の剣幕に圧倒されて、耀は、両手をあげて、あとずさる。


「確かに、ワープでどこでも行けたら便利だけど。」耀は、言いわけした。


「あんまり便利すぎるのって、好きじゃないんだよな。目的地に着くまでの過程を楽しみたいっていうのない?」


ない!と、妃乃と神龍は、口をそろえて叫ぶ。


「はい、魔法陣、描きます。」耀は、杖を振った。



 運命の分岐点があるとしたら、ここだった。


耀が、この森のこの場所で、空間転移魔法をつかってしまったことが、すべての始まりだった。

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