魔法にあふれる世界で、僕らは生きている

ヘパ

第0話(ゴーストダイブ編)死の予告

 『おいで、クロウ。』と、父親に呼ばれた瞬間、


クロウは、赤い月に照らされる奈落の底にいた。


またか……と、クロウは、ため息をつく。


時々、こうやって、気まぐれな父親が、魔法をつかって、クロウの夢の中に入り込んでくる。


正直、クロウは、この連絡のとり方は、好きじゃない。


それは、奈落の姿のままで、父親が、クロウの夢に現れるからだ。


クロウの父タルタロスは、生きた奈落。


それが本来の姿とはいえ、話し相手が広大な奈落だと、どこを見て話したらいいかわからなくて困る。


いつもどおり、奈落の赤い空に向かって、クロウは、言った。


「夢に入り込む魔法をつかうくらいなら、思念を奈落本体から切りはなして、変身の魔法で人の姿になってよ。お父さんが冥府にあがってきてくれたら、紅茶を飲みながら、ゆっくり話ができるのに。」


クロウ自身、本来のドラゴンの姿ではなく、変身の魔法で人の姿になって生活している。


その方が、いろいろと都合つごうがいい。ドラゴンの姿のままじゃ、杖を握れないし。ケータイもいじれない。


「お父さんが、最後に人に変身したのって、ティタノマキアの時じゃん。何年、奈落の底にひきこもってるんだよ。夢で連絡をとるのが当り前みたいになってるけど、いいかげん顔を見せないと、俺、お父さんの顔、忘れるよ。」


『がーん!』と、ショックを受ける父親の声が、赤い空から降ってきた。


『そんな悲しいこと言わないでよ、クロウ!いつか、ちゃんと会いに行くから!それより今日は、とっても大事な話があるんだ!』


「大事な話?いい知らせ、悪い知らせ?」


『どっちかっていうと、悪い知らせかな……。』


うしろを見て!と、父親に言われて、クロウは、ふりかえる。


奈落の底で、なにかが生きていた。よどみに根を張った膜が、鼓動している。


赤い光が照らすシルエットは、流線型の体と、巨大な翼………ドラゴンだ。


クロウも、タロタロスによって、奈落の養土ようどと悪魔の血からつくられた存在。


だけど、同じドラゴンでも、この膜の中のものからは、怒り、憎しみといった邪悪な感情しか感じなかった。


「なんだよ、これ。」


『時神。』


「時神って……クロノスなのか!?」


『そのとおり。』


父親に告げられたことが、クロウは、信じられなかった。


「嘘だ!クロノスは、ティタノマキアで、確かに倒した!お父さんがくれたアダマスの大鎌で、めっためたに斬り刻んで、奈落の底にバラまいてやったじゃん!」


クロウは、自分の手を見つめた。クロノスを倒した時の手ごたえを、まだ覚えている。


しかし、タルタロスは言った。


『そのバラバラになった体を、奈落の養土でつなぎとめたんだよ。ハデスを殺すまで、クロノスは死んでも死にきれなかったらしい。僕が気づいた時には、すでに、膜の中でドラゴンになってた。』


クロウが絶句していると、タルタロスがつづけた。


『本当は、未来を教えるのはいけないんだけど。クロウは、息子だから、特別に見せてあげる。これが、クロノスが覚醒した未来だよ。』


途端に、景色が変わった。クロウの頭上に広がっていたのは、満天の星空。


眼下には、大河に沿って、ピンクのラインがつづいている。


この光景をクロウは、よく知っている。


「ここは、冥府……?」


『そのとおり。クロウが死神として働いている冥府だ。夜空に輝く星は、エリュシオンに昇った亡霊たちの命の炎。ステュクス川のほとりに咲いているのは、ハデスが植えた桜。その幻想的な冥府が、クロノスが覚醒したら、こうなるんだよ。』


次の瞬間、辺り一面が、炎の海に変わった。


桜並木は、火だるま。業火の熱で、ステュクスの川面が沸騰ふっとうしている。


赤毛の青年が、巨大なドラゴンと激しい攻防戦を繰り広げている。


「ハデス!」クロウは、助けに行こうとした。


親友が窮地きゅうちに追い込まれているのを、黙って見ているわけにいかない。


しかし、見えない壁に、行く手をはばまれてしまった。


『クロウ、無駄だよ。これは、ただの映像。見るだけしかできないよ。』


空から、タルタロスの声が降ってくる。


ドラゴンと化したクロノスに、魔法の攻撃は無駄だった。


ハデスの魔法の炎を、クロノスが吸い込む。


クロノスは、ハデスの魔力を吸収して、さらに強くなっていく。


一方で、ハデスは、魔法の乱発のせいで、疲労困憊ひろうこんぱい


浮遊魔法を維持できず、ハデスの体がふらついた。


その時、クロノスの鈎爪が、のびてきて……………。


見るな。


心の声が、そう言っていても、クロウは、目をそむけられなかった。


引き裂かれたハデスの体から、鮮血がふきだす。


クロウは、ショックであえいでいた。吐き気をこらえるのに必死だった。


パニック寸前のクロウを、『大丈夫、クロウ?』と、タルタロスが心配している。


「これが、未来だって………。」クロウは、つぶやく。


「ハデスは、殺されるのか……?」


『ハデスだけじゃない。クロノスは、ティタノマキアの復讐を遂げるまで止まらない。ハデスの次は、ポセイドンとゼウスがやられる。最後は、クロウだよ。』


「おかしいよ。復讐するとしたら、真っ先に、俺のはずだろ………。」


『クロノスは、クロウの目の前で、ハデス達を始末したいんだ。あの暴君は、そういう性格だろ。クロノスが、このまま覚醒したら厄介だ。覚醒したら、クロノスは、不死身なんだ。』


「不死身だと……?」クロウは、顔面蒼白がんめんそうはく


『そんなに絶望しないで、クロウ!』ダルタロスが言った。


『クロウを悲しませるために、僕は、この未来を見せたわけじゃない。クロノスを、覚醒させなきゃいいんだ。きいて。クロノスは、亡霊の恨みを食べて、命をつないでるんだよ。』


「亡霊の恨み……?」


『奈落に、僕の牢獄があるでしょ。ハデスに、タルタロス堕ちを宣告された亡霊が入れられる牢獄だよ。その牢獄におくられた亡霊たちは、ハデスのことを恨んでる。その恨みのエネルギーを食べて、クロノスは生き延びてる。だから、亡霊を牢獄から解放して、クロノスから遠ざけるんだ。』


「亡霊を牢獄から解放するって……亡霊を、冥府にあげろってこと?簡単に言わないでよ。お父さんの牢獄に、いったい、何人の亡霊がいると思ってんだ。そんなことしたら、冥府が亡霊で溢れかえる。」


『2日!2日でいい!2日飢えさせれば、僕が食べられるくらいクロノスは衰弱するから!弱ったクロノスを、僕が食べてやる!クロウ、これしか方法がないんだよ。なるべく早いほうがいい。こうやって話してるあいだにも、クロノスは、どんどん、力をつけてる。なにもしなければ、さっき見せたとおりの未来になるよ。』


「さっきの未来………。」


クロウは、泣きそうだった。なんで、こんなことになるんだ。


亡霊は、やみくもに、牢獄におくられるわけじゃない。


生前、なにかしらの罪を犯したから、おくられただけだ。


牢獄は、確かに、ひどい所だけど、一時的な反省部屋にすぎない。


いつかは、エリュシオンに昇って、生まれ変わることが許される。


それなのに、亡霊たちは反省するどころか、牢獄おくりにされたってことで、ハデスを逆恨みしていて、そのせいで、死んだはずのクロノスが覚醒なんて……。


 いつものように、タルタロスは、言いたいことだけ言って、クロウの夢の中から去っていった。


『ごめん、クロウ。僕は、奈落の底から見守ることしかできない。クロノスの覚醒を阻止できるか、できないか。どっちの未来に転ぶかは、クロウ次第だよ。』



 目が覚めた時、クロウは、嫌な汗でびっしょりだった。


上体を起こした途端、「まじかよ………。」と、クロウは、頭を抱えた。


お父さんから聞いたこと、ハデスに話すか?


でも、ハデスは、クロノスと最後まで仲直りできなかったこと、今だに後悔してるし。


クロノスが生きてるなんてこと教えたら、変に期待させる。


クロノスを衰弱させる作戦なんて、ハデスは協力しないだろう。


そんなことするくらいなら、正々堂々、戦う!って言いだすかもしれない。


やっぱり、俺がなんとかするしかないか………。


ハデスに秘密で牢獄を開ける作戦を、クロウは、考えた。


タルタロスの牢獄は、青銅の扉と闇の層という二重ロックで、厳重に守られているから、基本的に、ハデスしか開けられない。


青銅の扉を開ける鍵は、ハデスの杖。杖は、盗めばいいとして。


厄介なのは、牢獄を覆う闇の層。ハデス以外が、牢獄を開けるのが難しい理由は、この闇の層のせい。


闇の層を晴らすには、宝玉ほうぎょくが必要になる。


宝玉は、特別な輝きを宿す人間の魂。


宝玉の輝きを持つ人間なんて、ほんの一握り。1.5%ほどしかいない。


しかし、幸運なことに、宝玉の輝きを持つ人間に、クロウは、心当たりがあった。


以前、反魂の契約で、ハデスが人間界にかえした亡霊の男の子がいた。


確か、その子が、宝玉だった。


 クロウは、魔力を手に圧縮して、杖を出した。


クロウが、杖を振る。宙で交差した光が、魔法陣を描いた。


魔法陣に映ったのは、クロウの記憶に残る少年じゃなかった。


そういえば、少年を人間界へ帰してから、けっこう時間が経っていた。


大人になって、すっかり雰囲気が変わっている。


声は、低くなっていたし。染めているのか、髪が金髪に変わっていた。


けど、容姿は関係ない。大人になっていたとしても、彼の命は、宝玉の光を宿したままなんだから。


一度、クロウは、思いとどまった。


反魂の契約をした以上、彼が生きている間は、手を出せない決まり。


冥界に強制連行なんてしたら、契約違反になる。


でも、彼以外の宝玉を、クロウは、知らなかった。探している時間もない。


タルタロスが見せた未来が、クロウを突き動かした。

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