第2話 黒魔法の痕跡
昔、耀は、本で読んだ。
『黒魔法の痕跡がある場所で、空間転移魔法を発動するべからず。』
現代では、黒魔法は
その本にも、真に迫るようなことは、書かれていなかった。
だから、耀は、黒魔法とワープは、単に相性が悪いということしか、知らなかった。
その
耀の空間転移魔法に呼応するように、魔法陣が、もうひとつ現れた。
赤く輝く魔法陣。黒魔法の魔法陣だ。
その魔法陣から、この世の生物とは思えないモンスターが現れた。
コウモリの翼とサソリの尾を持つライオン。
モンスターを目の前にして、耀も、妃乃も、神龍も、動けなかった。
「逃げろー!」という、神龍の声で
視界のはしで、サソリの尾から、なにかが飛んでくるのが見えた。
とっさに、妃乃と神龍は伏せる。
その先に立っていた木が、針まみれになっていた。
耀が、飛んできた針に、腕をかすってしまった。
神龍は、耀を助け起こす。
とにかく、逃げなきゃ!神龍の頭の中は、それだけだ。
でも、どこに?俺たち、そもそも迷子なのに!
「スコッチ!止まれ!」不意に、男の声が聞こえた。
ライオンのモンスターの行く手を
不思議なことに、青年が現れた途端、モンスターが、おとなしくなった。
うなるのをやめたモンスターは、青年に、顔をこすりつけて甘えている。
「スコッチ!僕のこと、覚えててくれたの!?」と、青年は、笑っていた。
「急に召喚されて、びっくりしちゃったね。心配ないよ。僕が、冥界に帰してあげる。」
青年の左手に、緑の宝石がついた小さな金の杖が現れた。
杖が、指揮棒のように軽やかに振りあがると、時計の文字盤の魔法陣ができあがって、赤い魔法陣と重なった。
白い光と赤い光が混ざり合う。辺りは、サクラ色の光に包まれた。
閃光が消えた時、モンスターも消えていた。赤い魔法陣もない。
「神龍、今のなに?」という妃乃の声が聞こえたみたいで、青年がふりかえった。
「魔法で、時間軸を戻したんだ。僕、時属性の魔法が得意なんだよね。」
ぐったりしている耀に気づいて、青年が駆けてきた。
「やられたの!?すぐ、手当てしないと!マンティコアの毒って、ドラゴンも死ぬんだよ!」
えぇ!?と、妃乃と神龍は、さらりと言われた事実に
彼の発言は、嘘じゃない。毒針が刺さった木の幹が、毒々しい色に変わっている。
今、耀の体には、これが流れているということ。
「毒が回る前に、縛らないと!」と、青年が
「きゅ、救急車!」と、神龍がスマホを手にとった。
「そんなの、まにあわないよ!」と、青年に言われた。
「どうしよう、こんなのふつうの医者じゃ治療できないし………。」
困っている青年を見て、神龍と妃乃は、顔を見合わせた。
魔法で、研究所に帰ろうとしただけなのに、こんなことになるなんて。耀が、助からなかったらどうしよう。
激しい頭痛と、体の
耀は、
こんなふうに、生死の境をさまようことが、小学生の頃もあった。
走るな!って、医者の警告を無視して、マラソンの授業に出た時だ。
いいかげん、見学は飽きたし、授業に参加したかった。
いつもより体調がよかったから、少しだけなら平気だろって思った。
だめだったら、途中で歩けばいいや。
その軽はずみな考えのせいで、死にかけた。
呼吸困難で、ぶっ倒れて。目が覚めた時には、病院のベッド。
今日も、その時と同じような状況だった。
目が覚めた時、耀は、知らない家にいた。
ここは、どこ……と、横を見たら、向かいのソファーに座っているのは、松岡圭。
「ふぁ!?」と、驚きのあまり、変な声が出た。
耀は、あわてて、ソファーから起きあがった。
「おはよう。気分はどう?」と、松岡圭に尋ねられても、耀は、
「ま、松岡博士ですよね?」という、ぎこちない返事しかできなかった。
「も、もしかして、ここ。松岡博士の家!?」
「そうだよ。体調は、もう大丈夫そうだね!」と、圭は、きょろきょろする耀を見て笑っている。
妃乃と神龍が、耀を心配して、すっとんできた。
「耀が死んじゃったら、どうしようかと思った!」
「ごめん、耀!俺が、空間転移魔法つかえって言ったから!」
「耀くん!」と、金髪の男にも、耀は、抱きつかれた。
「ほんと!助かって、よかった!ほんと、心配したんだから!」
と、半泣きの知らない男に迫られて、耀は、戸惑った。
「ありがとう。えっと……。」という耀の反応を見て、男が、あ!と、照れ笑いする。そして、目をこすった後、言った。
「はじめまして、松岡奈月です。自己紹介が、まだだったね。大学は違うけど、僕も、魔法学部卒なんだ。僕、耀くんたちのひとつ上みたいだね。」
「まつおか、なつき?」
「せがれです。」と、圭が、奈月を紹介する。
「せがれって!?」耀は、驚いてしまった。
「松岡博士って、何歳なんですか!?」耀は、圭の若さが不思議だった。
20過ぎの、自分と同世代の子どもがいるような父親には見えない。
「若い?」と、圭は、うれしくなって、にやけている。
「治癒魔法で、
奈月が、めんどくさそうな顔をしている。
「ほら。お父さんが魔法で見た目をごまかすから、耀くんが驚いてるじゃん。」
「ていうか……。」と、耀は言った。
「どうして、俺、松岡博士の家に?森で、ライオンのモンスターに襲われて………。」
そうやって、耀が記憶をたどっていると、神龍が言った。
「みんなで、耀をここまで運んだんだよ。」
「僕の家、近くだったから。救急車を呼ぶより、お父さんの治癒魔法で、助けられるかなと思って……。」
奈月が、耀の知らないあいだに起こった出来事を説明する。
事情をきいて、「ありがとうございます!命の恩人です!」と、耀は、奈月の手を握った。
「おおげさ。」と、奈月は、困っている。
「ありがとうございます、松岡博士!」と、耀は、圭にも、お礼を言った。
「博士の治癒魔法、話に聞いていた以上にすごいです!」
「僕の治癒魔法はね、命属性と時属性の複合魔法で。生命力を、一時的に高める魔法なんだよ。」と、圭は、話す。
「どういうことかわかる?」と、奈月が笑っていた。
「魔法の力じゃなくて、耀くん、自分の生命力で、復活したってことだよ。マンティコアの毒は、ドラゴンも死んじゃうくらいなのに。マンティコアの毒にも、負けない体なんて、最強でしょ。」
「まんてぃ、なんの毒って?」耀は、きょとんとしている。
「マンティコア。」と、奈月は、説明した。
「サソリの尾とコウモリの翼を持つライオン。さっきの魔物だよ。」
「魔物?ねぇ、よくわからないんだけど。」と、妃乃がきいた。
「耀は、空間転移魔法をつかっただけなのに。どうして、魔物が召喚されちゃったの?」
「昔、あそこで黒魔法をつかって、冥界へのゲートを開いた人がいたからだよ。」
圭が、淡々と話しだした。
「一度、黒魔法を発動すると
「松岡博士!あなた、いったい何者なんですか!?」
耀は、不思議だった。
この人は、黒魔法のこと、ちゃんと勉強してる。でも、いったい、どこで??
「ただの魔法学者だよ!専門が治癒魔法だから、医師免許も持ってるけどね!」
圭は、はぐらかす。
黒魔法の話になった途端、奈月が席を立った。
「あ!紅茶、おわっちゃったじゃん!」と、奈月は、ティーポットの蓋を開けて、「新しいの入れてくる!」と、キッチンへ、ひっこんでしまった。
耀が、話をつづける。
「黒魔法について、俺も勉強しようとしたんですけど、最近の
「耀くんは、勉強熱心なんだね。」と、感心している圭に、
「耀は、魔法学研究所の所長なんですよ。」と、妃乃が言った。
耀は、圭に名刺をわたす。名刺を見て、「耀くん!」と、圭は、驚いていた。
「24歳なのに所長!?すごいね!」
圭の反応が、耀は、気恥ずかしかった。
「魔法の勉強が好きだったんです。
「耀くんって、研究所の所長なの?」と、奈月が、新しい紅茶を入れて、もどってきた。
「ねぇ、僕、あとで見学に行ってもいい?」
お茶をごちそうになっていたら、耀たちは時間を忘れて話しこんでしまった。
気がついたら、夕方。「駅まで送るよ!」と、奈月もついてきた。
玄関を開けると、松岡家の庭には、信じられない光景が広がっていて、耀は、驚いた。
「5月の庭に、ひまわり!?」
「そっか。耀くんは、気絶してたから見てないんだっけ。」と、奈月が、ふりかえる。
「きれいでしょ?僕の魔法で、あの花壇の時間を夏のまま止めてあるんだ。ねぇ、さくらメロンパンって、もう食べた?」
さくらメロンパン……?と、耀、妃乃、神龍は、奈月の言葉を復唱した。
「まだ食べてない?サクラのホイップクリームが入ってるんだよ、メロンパンの中に。駅前のパン屋さんに、期間限定で出てるんだよね。せっかくだから、食べて行かない?おいしいよ。」
「サクラのホイップクリームが入ってるメロンパン?それって、メロンパンなの?」
「なんか、想像できないんだけど。」「おいしいの?」
耀、妃乃、神龍は、顔を見合わせている。
「ほんと、ほんと!おいしいんだから!」と、奈月にすすめられて、食べていくことにした。
夕飯前だったから、ふたつ買って、4人で、ちぎって食べた。
意外とおいしいかも。桜餅みたいな味がする。と、食べている耀たちに、でしょ!と、奈月が言った。
パンを食べている間は、留学先の話で、もりあがった。
魔法学部は、留学が
奈月は、ロンドンにある紅茶の専門店の話。
耀は、サンフランシスコで、ハンバーガーを注文したら、フライパンくらいデカイのがでてきて、びっくりしたって話。
妃乃は、フィレンツェのジェラートが恋しいって話。
神龍は、バルセロナの魚介料理が、今でも忘れられないって話。
なにを勉強したかってことより、みんな食べ物の話しかしなかった。
それに気づいた時、4人とも、爆笑だった。
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