第7話 テュポン奪還作戦

 戦艦テュポンの砲撃に、島ごと吹き飛ばされそうで、アレスは、怖かった。


ここが無人島じゃなかったら、大砲に吹き飛ばされたのは、ヤシの木じゃなくて、誰かの家だったかもしれない。


一同が、封印の島に着いた時、すでに、戦艦テュポンは、アトラスの手にわたった後だった。


テュポンの副砲は、絶えず火を吹いていて、弾丸が、雨あられのように降ってくる。


耀が、空間転移魔法で、飛んでくる大砲の弾をあさっての方向へ転移させる。


魔法で防ぎきれなかった流れ弾を、神龍が、風魔法で吹き飛ばした。


妃乃が、ギガントの魔法で、奈月が描いた時計の文字盤の魔法陣を巨大化させる。


魔法陣の時計の針が逆回転して、受け止めた弾丸を、戦艦めがけて吹き飛ばした。


やった!と、思ったのも束の間。弾丸は、戦艦を守るシールドに、すべて阻まれてしまった。クロウが悪態をつく。


「だめだ!テュポンの防御魔法を解除しない限り、こっちの攻撃は届かない!」


テュポンが警笛を鳴らして、空へ浮上していく。


「ハデス、こい!」クロウが、変身の魔法を解いて、ドラゴンの姿に戻った。


クロウは、ハデスを背に乗せて飛び上がり、至近距離で、シールドを破壊しようと試みる。


ハデスの炎が螺旋を描き、テュポンをシールドごと絞めつけた。


外側のシールドが砕け散る。2枚目も壊れた。


残るシールドは、あとふたつ。


主砲が光っている。クロウは、いそいで、テュポンから離れた。


危険を察したポセイドンが、トライデントを海に向ける。


高く盛り上がった海面が、浜辺に押し寄せる。


「みんな、中に!」と、ポセイドンが、津波の中へ入るように、仲間を促した。


水のドームの外が、赤く光った。鈍い音がとどろく。


ポセイドンが防御魔法を解いた時、辺りは更地になっていた。


木は根こそぎ倒されて、岩は砂利と化している。


「主砲1発で………。」神龍は、ぞっとした。


「クロウとハデスは!?」耀が叫ぶ。


 岩を押しのけて、クロウが、自力で、落石から這いだしている。


救助に駆けつけた仲間に、クロウは、ハデスを先に助けるように言った。


クロウの下にいるハデスを、ポセイドンが引っ張りあげる。


「クロウ……。」傷だらけのクロウを見て、ハデスは、ショックだった。


クロウが怪我を負ったのは、落石から俺をかばったから。


「クロウ、しっかりせぇ!」ハデスは、ふらつくクロウをささえた。


「今、手当てしてあげるから。」と、治癒魔法をつかおうとした圭に、クロウは、首を振った。


クロウは、空に浮かぶ戦艦を見つめる。


「俺が、残りのシールドを壊してくる。アトラスは、また主砲をぶっ放す気でいる。至近距離なら、2発目がきても、俺が盾になれる。」


「あかん、クロウ!」ハデスは止めた。けど、クロウの決意は揺るがない。


「戦艦奪還のチャンスは、テュポンが裸になった時しかない。アトラスが、防御魔法を再発する前に、すぐ、コックピットにワープしろ。あとは、任せたぞ。いいな。」


「待ってください、先輩!」アレスが、悲鳴混じりに叫ぶ。


クロウはこうべをたれて、アレスと目線を合わせて言った。


「これが戦争なんだよ、アレス。迷ってたら、みんな殺される。俺は、家族を守りたい。自分の命に代えてでも。アレスも、そのひとりだよ。」


そう言い残すと、クロウは飛び立った。


戦艦めがけて、猛スピードで突っ込んだ勢いで、クロウの鈎爪が、3枚目のシールドを引き裂く。


最後のシールドに、クロウは、牙をくいこませて、そのまま喰いちぎった。


クロウが主砲の直撃を受けたのは、その直後。


モイライの泉で、見たままの光景。アレスは、ショックだった。


嘘。誰か、嘘って言ってほしい。


ずっと背中を追いかけてきた、あこがれの先輩が、虫けらみたいに殺された。


「早く!空間転移魔法!だれか!」


奈月の声で、みんな、我に返った。


ポセイドンが、トライデントを振って、テュポンのコックピットにつながる魔法陣を描く。


「ハデス、しっかりせえ!」


立ち上がれないハデスに、ポセイドンが怒鳴った。


吐いてしまったハデスを、圭が介抱している。


ハデスを心配している場合じゃない。ポセイドンは、諦めて置いていった。


魔法陣へ飛び込むポセイドンのあとに、プロメテウスとトリトン、そして、アレスがつづく。


コントロールパネルの前で、大男が、ねじがはずれたように笑っていた。


「アトラス、おまえ………。」ポセイドンがつぶやく。


「見たか!あのクロウが、バラバラに吹っ飛んだぞ!」と、ふり返ったのは、眼帯の大男だった。


人を殺して、笑ってるなんて。アレスには、心境がわからなかった。


「おまえがやったのか!人殺し!」アレスは、目の前の殺人鬼を怒鳴った。


「人殺し?」と、アトラスが、鼻で笑う。


「弱いやつは、死ぬ!強いやつが、生き残る!これが戦争なんや!」


「これが戦争………。」


クロウの最期の声が、アレスの頭の中で響いている。


クロウも、同じ言葉を言った。


『これが戦争なんだよ、アレス。迷ってたら、みんな殺される。俺は、家族を守りたい。自分の命に代えてでも。アレスも、そのひとりだよ。』


同じ言葉でも、意味が違う。


クロウが言ったのは、命をかけて、家族を守れって意味。


アトラスが言うみたいな残忍な意味じゃない。


「戦争なら、人を殺していいっていうのかよ!」


アレスは、アトラスの胸ぐらにつかみかかった。「クロウを返せ!」


戦争を理由に殺人を楽しんでいるアトラスが許せない。


こんなやつに、クロウが殺されたと思うと、悔しくて仕方ない。


 とっくみあいに、ポセイドンとトリトンが加勢する。


アトラスがコントロールパネルから離れたすきに、プロメテウスが、パネルを操作して、システムをブロックしていく。


アレス、ポセイドン、トリトンをふりきって、アトラスは、プロメテウスを突き飛ばし、なにかボタンを押した。


直後、『浮遊機能ヲ解除シマス。』という不吉な言葉がモニターからきこえた。


『浮遊機能解除。』


次の瞬間、戦艦が、真っ逆さまに落ちた。無重力状態が、数秒間、続いた後、アレス、ポセイドン、トリトン、プロメテウスは、床に叩きつけられた。


墜落時の衝撃に紛れて、アトラスがコックピットを飛び出す。


4人は、アトラスを追って甲板に出た。その途端、見えない力に、上から押さえつけられた。甲板に、束縛の魔法陣が描かれている。


仁王立ちで見おろしながら、アトラスが言う。


「プロメテウス。弟のよしみや。俺に味方するなら、命は助けてやる。」


プロメテウスは、束縛の魔法にあらがった。


「俺は、最後まで、正義に従う。強い兵器を手に入れたって、兄貴は負ける。それが運命だ。正義は、必ず勝つって決まってるからな。」


魔法陣にかかる重力が、増していく。


骨が軋む。内臓がよじれる。息ができない。


意識が遠のきかけた時、4人を縛る魔法陣が、突然、弾けた。


「久しぶりやね、艦長。」


杖をつきながら、後甲板からやってきたのは、ハデスだった。


アトラスが、ハデスをにらみつける。


「おまえは、昔からそうやったな。あと一歩のところで、いつもいつも、邪魔しやがって。俺は、おまえが大っ嫌いや!」


「俺も、おまえは好きじゃない。許さんぞ、アトラス。」


泣きはらした目で、ハデスも、アトラスをにらみ返した。


「よくも、俺の親友をやってくれたな。これ以上、家族を殺させない。」


ハデスの魔法で、甲板から、炎が噴き出した。


「クロウの弔い合戦のつもりか、ハデス!」アトラスが、魔法を放つ。


飛んできた魔法の鎖を、ハデスは、衝撃波で、はね返した。


 トリトンが、アレスを引っぱる。


「戦いは、おっちゃん達に任せて、俺たちは、ガブリエルを救出しよう。きっと、ガブリエルは、どこかに閉じ込められてる。」


「ほんと!?テュポンが沈む前に、みつけださないと!」


アレスは、ガブリエルの名前を呼びながら、船内を走りまわった。


「アレス、ここ!」と、トリトンが、倉庫の扉を叩く。


扉の向こうから、ガブリエルの声が聞こえた。


扉をぶち破ったら、鎖でつながれたガブリエルがいる。


アレスは、魔法をつかって、光の刃で、ガブリエルの鎖を断ち切った。


「ごめんね、アレス。」


「なにも言わないで。」と、アレスは、泣いているガブリエルの手を握った。


「ねえさんが無事なら、それでいいから。」


爆発で、壁が吹き飛ぶ。


「あかん!いそごう!」トリトンが、アレスをせかした。


アレスは、ガブリエルの手をひいて、出口へ走った。


戻ってきた時、甲板は、火の海だった。


トリトンが、水の魔法で、炎の壁をぶち抜いて、逃げ道をつくる。


「こっち!」トリトンがふり向きざま叫んだ時、


炎の間から現れたのは、アトラスだった。


アレスは、胸ぐらをつかまれたまま持ちあげられて、宙づりになる。


「弟に触らないで!」


アレスを助けようとしたガブリエルが、アトラスに突きとばされた。


アレスは、もう黙っていられない。反動をつけて、アトラスを蹴りとばす。


ねえさん!と、倒れているガブリエルに、アレスは駆けよった。


ガブリエルに、アザができている。


「よくもやったな!眼帯野郎!」


しかし、この発言は、地雷だった。


「眼帯野郎?」と、たちまち、アトラスの様子が一変する。


怒りに呼応するように、アトラスの体から魔力が膨れあがっていく。


「俺が好きでこうなったと思うか!!ゼウスに、つぶされたんやぞ!!あいつは、俺の目をつぶしたうえ、未来永劫、空を支え続けるなんて過酷な罰を俺にくだした!!」


一方的に、ゼウスが悪いみたいに言われたから、アレスも頭にきた。


「それは、おまえが!それだけの罪を犯したからじゃん!父さん、逆恨みすんなし!」


「誰かと思ったら、ゼウスのガキか………。」


アトラスが、不気味に笑っている。


背筋が凍るような笑みに、思わず、アレスは、震えてしまった。


「やっと、ゼウスに復讐できる!」


やめろ!と、ポセイドンとプロメテウスが、アトラスの前に飛び出した。


しかし、大柄なアトラスにつかまれて、ふたりとも甲板に叩きつけられた。


魔法をつかおうとしたトリトンも、アトラスに吹っ飛ばされる。


「逃げろ、アレス!」ポセイドンが、叫ぶ。


プロメテウスは、魔法をつかって、ゼウスの心にメッセージを飛ばした。


『ゼウス、戻れ!アレスが殺される!』



 薄暗い火山洞窟を進んでいくと、やがて、封印の間にたどり着いた。


あれだ!ヘパイストスは、見た瞬間、わかった。


不死鳥を連想する飛行メカが、台座の宝石箱を守っている。


俺の魔力は、絶対、あの宝石箱の中!


宝石箱をあけようとしたけど、ヘパイストスには、無理だった。


「お父さんにしかあけられないよ、それ。」


ふり返ったら、ダイダロスが、ピストルを向けていた。


「サザンクロス。覚えてるかな。昔、ヘパも、イカロスといっしょに、乗ったんだよ。」


ダイダロスが、ゆっくり、距離を縮めてくる。


「ここに、また来ることがあったら、こうしようって思ってたんだ。イカロスが死んだのに、俺たちだけ生きてるのは、おかしいよね?いっしょに死のうか、ヘパイストス。」


そう言った直後、ダイダロスの手から、ピストスが吹っ飛んだ。


「ダイダロス!おまえ!」


走ってきたゼウスの剣幕に、ダイダロスは両手をあげて、あとずさる。


ダイダロスを睨むゼウスに、ヘパイストスが叫んだ。


「父さんのばか!!」


ヘパイストスの悲痛の声に、ゼウスがふり向いた。


「ひどい!俺から魔法を奪ったこと!俺に、バレなければ、ずっと隠しとくつもりやったの!」


「ごめん。ほんま、すまん。」


「今更、あやまったって、ずるい!」


「せやな。許してくれとは言わへん。でも、呪いをかけてでも、守りたかった。ヘパは、俺の最初の子やし。ほんまに、ヘパが大事なんや。それだけは、世界がひっくりかえっても、ほんまやで。だから、戻ってきて。」


「やだ!あの箱、あけてくれるまで、俺は、ここから動かないから!」


「ヘパイストス!!いいかげんにせえ!!」


魔法を返したら、ヘパイストスが自分の手の届かないところへ行ってしまう。


そう思ったら怖くて、ゼウスは、怒鳴ってしまった。


 ゼウスに、理不尽に怒られるのは、これが初めてじゃない。


自分の思いどおりにいかないと、すぐ怒鳴るゼウスに、ヘパイストスは、うんざりしていた。


「父さんが、俺の気持ちを考えてくれたことなんてないじゃん。」


ヘパイストスは、落ちていたピストルを拾って、自分のこめかみに突きつけた。


「俺は、父さんの人形じゃない。自分の人生は、自分で決める。呪いを解いてくれないなら、死んでやる。」


ヘパイストスは、唾を飲み込んだ。


深呼吸して、ぎゅっと目をつむって、震える指で、引き金を引いた。


「はぁ!?待って!パパが悪かった!」


背後で、金属音が聞こえた。宝石箱があいている。


ゼウスの戸惑い顔を見た時、ヘパイストスは、胸がすかっとした。


「確かに!引き金を引いたのに、生きてるのはおかしいよね!」


ヘパイストスは我慢できなくて、声をあげて、笑ってしまった。


「どう?俺、迫真の演技だった?これ、モデルガン!」


「は?」ゼウスは、まだ困惑している。ダイダロスが言った。


「芝居ですよ、ゼウス様。最初から、全部、芝居。俺が、ヘパイストス殺すわけないでしょ。ゼウス様が封印の間に来るタイミングで始めようって、ヘパと決めてたんです。」


数秒後。「芝居―!?」と、ゼウスが発狂した。


「おい!どういうことや!ダイダロス!」と、ゼウスにつめよられて、


「そんなに怖い顔しないで……。」と、ダイダロスは、両手をあげた。


「こうでもして脅さないと、ゼウス様は、呪いを解いてくれないでしょ。ヘパは、もう子どもじゃないし、いつまでも、呪いで縛りつけておくのは、かわいそうと思って。黒魔法に協力したつぐないとして、俺も命懸けで、作戦に協力したんです。」


あー、怖かった……と、ダイダロスは、ため息をついた。


ヘパイストスにピストルなんて向けたら、ゼウスに何をされるかわからない。


本当に、ゼウスに殺されるかと思った。


「やった!うまくいった!」と、ヘパイストスが喜んでいる一方で、


「芝居でも、ひどすぎる……。」と、ゼウスは、すっかり、気が抜けていた。


宝石箱の中には、時間の止まった懐中時計が入っていた。


押して!と、ゼウスが、ヘパイストスの指ごと、時計のつまみを押した。


秒針が動きだす。


「これで、ほんまに呪いが解けたの?」


意外とあっけなくて、ヘパイストスは、いまいち実感がわかなかった。


「紋章魔法陣、描いてみる?」ゼウスが言った。


「どうやって描くの?」


「なんでもいいから想像してみて。」と、ゼウスに言われて、ヘパイストスは、ジャスミンの花を想像した。


足元で光が交差して、ジャスミンの紋章魔法陣ができあがる。


途端に、体が浮きあがった。


ヘパイストスは驚いて、魔法を解除してしまった。


落下したところを、危ない!と、ゼウスとダイダロスに、左右から受け止められた。


「なに今の!?びっくりした!」


ヘパイストスは、初めて経験した浮遊感に興奮している。


「急に魔法解除したら危ないやろ!」ゼウスが怒っている。


「浮遊魔法つかえたね、ヘパちゃん!」ダイダロスが、笑っている。


「もう一回やってみる!」と、念願の魔法がつかえて有頂天になっているヘパイストスを、ゼウスは、帰路へ促した。


「魔法の練習は、うちに帰ってから!」


封印の間を出ようとしたら、立っていられないほど大きな地震が起こった。


ゼウスがふりかえった時、封印の間は、落石で塞がれていた。


「ヘパイストス!」と、ゼウスは、岩を叩いた。


ゼウスの呼び声にこたえて、岩の向こうから、ヘパイストスの声が返ってくる。


とりあえず、落石の下敷きになっていないことがわかって、ゼウスは、ほっとした。ダイダロスも、無事みたいだ。


空間転移魔法陣を描いて、逃げ道をつくろうとしたけど、できなかった。


しまった!と、ゼウスは、頭を抱えた。


ここは聖域だから、ワープがつかえない!目の前にいるのに、助けられないなんて!


追い打ちをかけるように、プロメテウスからのSOS信号が届く。


『ゼウス、戻れ!アレスが殺される!』


「アレスが!?」


「アレスに何かあったの?」岩の向こう側で、ヘパイストスが言った。


「この音、大砲の音でしょ?」


外でとどろく音の正体に、ヘパイストスも気づいていた。


「行って、父さん!俺たちより、アレスを助けてあげて!」


ヘパイストスかアレス。ゼウスは、究極の選択をしいられた。


ヘパイストスを残していきたくない。けど、アレスも、ほうっておけない。


しかし、どちらにしろ、ここを去るしか、ゼウスに選択肢はなかった。


仲間の助けなしでは、この落石をどかすのは無理。


「絶対、助けに戻るから、それまでがんばれよ!」



 火山洞窟を出ると、炎上している戦艦が見えた。


あそこに、アレスがいるのか?


ゼウスは、戦艦へつながる空間転移魔法陣を描く。


魔法陣をくぐり抜けた先は、黒煙が充満していた。


煙を吸いこんでしまって、咳き込んでいると、ゼウス!と、ハデスが走ってきた。ゼウスは、きく。


「アレスは!?」


「わからん!戦艦壊すのに夢中ではぐれた!」


 後甲板に、ポセイドン、トリトン、プロメテウスが、倒れている。


ガブリエルも、いっしょにいる。


「ガブリエル!」ゼウスは、ガブリエルを助け起こした。


「あぁ、ガブ。無事でよかった。」ゼウスは、ガブリエルを抱きしめた。


トリトンが、ふらつく頭をおさえている。「あかん。脳震盪のうしんとう起こしてる……。」


不意に、プロメテウスが、悲鳴をあげた。


プロメテウスの視線の先を見た時、ゼウスは、凍りついた。


アレスが鎖で吊るされて、炎にあぶられている。


ゼウスは、魔法で鎖を断ち切って、アレスを助けた。


「アレス!アレス!おい、しっかりせえ!」


名前を呼び続けていたら、アレスの弱々しい声が返ってくる。


ポセイドンが、トリトンに指示した。


「トッティー、アレスとガブリエルをつれて、先に島に避難しろ。島に戻れば、松岡博士に、治癒魔法で手当てしてもらえるから。」


ポセイドンが、トライデントで示した宙に、空間転移魔法陣ができあがる。


「アレス、大丈夫やで。」トリトンが、アレスの肩をかついだ。


けど、トリトンも、ふらふらしている。


ガブリエルは、ふたりが転ばないように支えた。


3人が魔法陣の向こうへ消えた時、ガン!と、戦艦が衝撃に襲われた。


甲板に、波が、なだれこんでくる。


「終わりやぞ、アトラス!テュポンは、沈む!」


ハデスが、ガラスが割れたコックピットにいるアトラスに向かって叫ぶ。


『は!終わるのは、おまえらや!』


拡声器から、アトラスの声がとどろいた。


『テュポンが沈む?ばーか!テュポンは、絶対に沈まない!

テュポンは、第二形態があるんや!』


第二形態!?と、一同が困惑しているあいだに、コックピットが、戦艦本体から分離して、変形していく。


ハデス、ポセイドン、ゼウス、プロメテウスは、浮遊魔法をつかって、上空へ避難する。


第二形態は、もはや、戦艦の原型をとどめていなかった。


全身が歯車でできた機械仕掛けのドラゴン。


テュポンの翼が起こす突風にあおられて、プロメテウスが、吹っ飛ばされる。


次の標的は、ポセイドン。そして、ハデス。


『ワンアウト!ツーアウト!スリーアウト!』と、ゲーム感覚で楽しむアトラスの声が、拡声器から響いていた。


『おまえは、すぐに殺さねぇぞ、ゼウス!』


テュポンの鈎爪が、ゼウスをかすめた。結んでいた髪が、ほどける。


くそが!ゼウスは、ライトニングボルトをテュポンに向けた。


穂先の稲妻型の水晶が閃光を宿す。魔法の雷が、テュポンを撃ちぬいた。


 浜辺には、援護チームの魔道士たちが待機している。


圭が、治癒魔法で、アレスたちの手当てをしていた時、


奈月は、沖から飛んでくるものに気づいた。


「ねぇ、なにか飛んでくる!」


「大砲!?」耀が、杖をかまえる。


飛んでくるものが球体じゃなくて、人の形をしていたから、みんな焦った。


耀、妃乃、神龍は、いそいで、杖を振る。


風の魔法陣ができあがったのと同時に、ハデスたちが吹っ飛んできた。


風のクッションに受け止められて、「サンキュ………首の骨、折らずに済んだ………。」と、プロメテウスが、うめいている。


「あかん………。」沖を見つめて、ポセイドンがつぶやいた。


第二形態になったことで、テュポンのシールドが、復活している。


また、ふりだしに戻ってしまった。


「クロウ………。」ハデスは、つぶやいた。


名前を呼んでも、クロウは、帰ってこないのに。


ハデスは、悔しくて泣けてきた。


ごめん、クロウ。せっかく、クロウが命懸けでつくってくれたチャンスを無駄にしてしまった………。

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