第8話 サザンクロス覚醒

 闇の中、頼れるのは、杖にともる明かりだけ。


洞窟の中の酸素が、心なしか薄くなっているように感じる。


天井からしたたり落ちる水滴すいてきの音が、ダイダロスには、死への秒読みのように聞こえた。


「バチがあたったのかもね、俺たち。」


ダイダロスは、ヘパイストスにつぶやいた。


人生は、因果応報いんがおうほう。必ず、どこかでむくいを受けるようになってる。


「生き埋めになったのは、人をだますようなことをしたからかも……。」


「助けを待ってても仕方ないよ。」と、ヘパイストスが立ちあがった。


ヘパイストスの視線の先にあるのは、不死鳥ふしちょうサザンクロス。


ヘパイストスの考えがわかって、「ヘパ!やめとけ!」と、ダイダロスは、ヘパイストスをつかんだ。


はなして!と、ヘパイストスが叫ぶ。


「ぼーっとしてたって、何も先に進まないよ!サザンクロスを起動して、洞窟をぶっ壊す!」


「そんなことしなくていいよ。助けを待とう。サザンクロスは、欠陥品なんだ。ヘパは、覚えてないかもしれないけど。サザンクロスの暴走事故で、イカロスは、死んだ。ヘパも、死ぬところだった。」


「ダイちゃん、言ってたじゃん。つかいかたを間違えたら、どんな素晴らしい発明も、災厄を招くトリガーになる。成功につながるか、失敗におわるかは、つかう人次第で決まるって。」


「アステリオスか……。」


ダイダロスの心に、後悔と怒りが湧きあがった。


ヘパイストスが言った言葉は、ダイダロスが遠い昔、人間として生きていた頃に得た教訓。


世界のエネルギー不足問題を解決するために、ダイダロスは、少ない魔力で、膨大なエネルギーを生み出す魔法装置アステリオスを発明した。


アステリオスは、ギリシャ語で光という意味。


その名の通り、アステリオスは、人類の希望の光になるはずだった。


それが、兵器として使われて、ミノア文明は、跡形あとかたもなく吹き飛んでしまった。


アステリオスを発明しなければ、ミノア文明は滅ばなかったかもしれない。


その責任をとって、ダイダロスは、プロメテウスからもらった禁断の果実を食べて、不老の身になった。


人類の愚かな歴史を忘れないための生き証人になるために。


「アステリオスは、失敗だった。サザンクロスも、失敗だ。」


「まだ決まったわけじゃないよ。確かに、サザンクロスは、イカロスにいちゃんの命を奪った。でも、ここで俺とダイちゃんが助かれば、サザンクロスは失敗じゃない。サザンクロスが欠陥品じゃないってこと、俺が証明してみせる。」


ヘパイストスは、ダイダロスをふりきって、不死鳥に乗り込んだ。


 コックピットに、既視感がある。


思い出せなかっただけ。ちゃんと覚えていた。


心の底に沈んでいた記憶が、ヘパイストスの中に、いっきに蘇ってきた。


パネルを操作しているイカロスの姿が、目に浮かぶ。


あの時は、小さかったから、説明されても、わからなかった。


「ごめんね、難しいよね。」そう言って、イカロスは笑っていた。


イカロスにいちゃんのやさしい声を、もう一度、聞きたい……。


そう思って、目を閉じたら、本当に、イカロスの声が聞こえた。


『おかえり、ヘパイストス。ずっと待ってたよ。予言どおりだね。』


隣の席に、イカロスがいる。


うそだろ!ヘパイストスは、頬をおもいっきりつねった。


夢じゃないよ!と、イカロスは笑っている。


「さあ、操縦桿そうじゅうかんを握って。サザンクロスを起動させるには、パイロットが二人、必要だよ。」


イカロスに促されて、ヘパイストスは、操縦桿そうじゅうかんを握る。


眠りから覚めたサザンクロスが飛びあがって、火山洞窟をぶち抜いた。


ずっと暗闇に閉じ込められていたから、太陽が眩しい。


沖で、イナズマが光っている。


「なにあれ!?」


ヘパイストスは、ゼウスが戦っている奇妙きてれつな敵に、びっくりした。


イカロスが言う。


「あの、歯車が寄せ集まってできたドラゴンは、戦艦テュポンの第二形態。」


「助けにいかなきゃ!父さんの雷が、ぜんぜん、きいてないよ!」


「テュポンは、4枚のシールドで守られてるからね。サザンクロスで突っ込めば、シールドは壊せるけど。それから、どうしよう。テュポンは、すごく硬いんだ。」


「硬い?所詮しょせん、鉄でしょ?火口に沈めて、ドロッドロに溶かしてやろうよ、イカロスにいちゃん!」


ヘパイストスが、レバーをつかむ。


「おもしろいね。それでいこうか。」


イカロスが、ヘパイストスの手ごとレバーを握った。


「それじゃあ、行くよ。」イカロスが、レバーを倒す。


サザンクロスが、歯車のドラゴンめがけて、滑空する。


不死鳥の鈎爪に、シールドをいっきに斬り裂かれて、テュポンが丸裸になった。


サザンクロスのマイクが拾ったゼウスの声が、コックピットに響く。


『うそだろ!?サザンクロス!?』


ゼウスが、2機の激しい風にあおられる長い金髪をおさえて、サザンクロスを見上げている。


「父さん、逃げて!」と、ヘパイストスは、ゼウスに叫んだ。


不死鳥の鈎爪がテュポンをがっちりつかみ、そのまま、火山へ連行する。


なにをされるかわかって、テュポンが死にもの狂いで、もがいている。


「絶対、逃がさない!」イカロスが、操縦幹を傾ける。


サザンクロスが、テュポンを道連れに、火口に沈んだ。


「これで、お別れだよ、ヘパ。」


イカロスの手が触れた時、ヘパイストスの頭の中に、


空間転移魔法陣の命令式が入ってきた。


「魔法陣、描けるね。サザンクロスの防御魔法がとける前に、魔法で脱出して。」


「俺だけ逃げろって!?にいちゃんもいっしょに逃げようよ!」


しかし、イカロスは、首を振る。


「僕は、事故で、すでに死んだ。ここにいる僕は、テュポンを沈めるために残っていただけの存在なんだよ。役目が終わったから、エリュシオンにいる自分の半身と会って、転生するよ。」


「やだ!だったら、俺も残る!やっと、会えたのに!にいちゃんと別れるくらいなら、俺も死んでやる!」


わめくヘパイストスを、イカロスは叱った。


「馬鹿なこと言うな。それは、許さないよ。」


口調は厳しかったけど、イカロスの表情は、やさしかった。


「ヘパには、まだ使命が残ってる。」


イカロスは、ヘパイストスの手を握る。


「君がクロノスの加護を受けたのは、無意味じゃない。それだけ、ヘパが優しいからだよ。その時間の魔法で、これから、たくさんの人を救っていくんだ。」


「でも……にいちゃん……。」


「僕も、つらいよ。転生することは、別の誰かになること。家族や友達の声を、二度と聞くことができなくなる。そんなの考えただけで、さみしいし、心細い。それでも、進もうと思えるのは………。」


ヘパイストスの目を見たら、イカロスは、胸が熱くなった。


「ありがとう。毎日、話しかけてくれたよね。ヘパの声、ちゃんと届いてたよ。ヘパが思い出をたくさんくれたから、僕は、不安に負けず、前に進める。また、いっしょに空が飛べて、楽しかった。ヘパが僕を忘れない限り、僕の存在は、いつまでも消えないから。」


コントロールパネルから、炎があがった。


サザンクロスの防御魔法が、解けはじめている。


「さぁ、杖を振って。魔法陣を描くんだ、ヘパ。」


ヘパイストスは、教えられたとおりに、魔法を発動した。


杖から溢れた光が、空間転移魔法陣を、宙に描く。


「さよなら、ヘパイストス。僕の分も、強く生きてね。」


イカロスは、すでに、炎の向こう側だった。


イカロスと自分を隔てる炎が、ヘパイストスには、生と死の境界線みたいに思えた。


これで、本当に、お別れ。


「約束する。絶対、この時間の魔法を人のために役立ててみせる。さよなら。にいちゃんのこと、忘れないよ。」


ヘパイストスは、魔法陣に飛び込んだ。


 その頃、火山洞窟から脱出したダイダロスは、仲間と合流していた。


「はぁ、助かった。」と、ひざをつくダイダロスのもとへ、プロメテウスが駆け寄る。


「ダイダロス、火山洞窟から飛び出した鳥型のロボットが、さっき、テュポンを火口にかっさらって……。なんだよ、あの鳥型のロボット。」


ボロボロのゼウスが、岸にあがってくる。「ヘパは!?」


仲間の表情で、ゼウスは察した。


火山に行こうとしたゼウスを、「ゼウス、あかん!」と、ハデスがつかむ。


「はなせ、ハデス!」


「行ったら、おまえも死ぬって!」


「かまわん!子ども、見殺しにはできひん!」


ゼウスは、ハデスをふりきった。


空に、空間転移魔法陣が光っている。


魔法陣をくぐり抜けた瞬間、やばい!と、ヘパイストスは焦った。


浜辺にはワープできたけど、出口が上すぎ!


「ヘパ!?」と、ゼウスが見上げている。


ヘパイストスは、重力に引き寄せられるまま、真っ逆さまに落ちる。


そして、下にいたゼウスを、おもいっきり、つぶしてしまった。


「父さん、ごめん!」


下敷きにされて、ゼウスがうめいている。けど、怪我をするほどじゃない。


降ってきたところで、華奢きゃしゃなヘパイストスだ。


「ヘパイストス!おまえ!」ゼウスは、ヘパイストスの肩をつかんだ。


「死ぬほど心配したんだぞ!サザンクロスに乗るなんて、なに考えて……!」


ヘパイストスが魔法をつかえるようになったのは、つい30分前のこと。


ヘパイストスが自力で帰ってくるなんて、ゼウスは、思っていなかった。


不思議だ。やり方もわからないのに、どうやってワープした?


「いったい、誰が。ヘパに、空間転移魔法の命令式を………。」


「サザンクロスに、イカロスにいちゃんが………。」


コックピットでの出来事を思い出して、ヘパイストスは、泣いている。


ダイダロスが、やってくる。「イカロスに会えた?」と、きかれて、ヘパイストスは、しゃくりあげながら、うなずいた。


サザンクロスで、いっしょに飛べたこと、俺も嬉しかったよ、にいちゃん………。


空間転移魔法陣が、海岸に、もうひとつ光った。


大きな影が落ちたことに気づいて、ヘパイストスがふり返った時。


背後に、サーベルをふりかざすアトラスがいた。

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