第5話 パジャマパーティー
街は、ランタンの準備ができていた。夕闇に灯る優しい光を見て、アレスは、逆に寂しくなった。
今日と明日で、ガブリエルとミカエルがみつかりそうな気もしない。
このままじゃ、気持ちよく星祭りをむかえられない。
「願い事。ガブねえとミカにいが、元気で帰ってきますようにって変えようかな。」
寂しそうなアレスを、クロウは、ほうっておけなかった。
「これから、モイライの神殿に行くか?」
ガブリエルとミカエルの居場所を占うため、アレスがモイライの神殿に通っていることを、クロウは、もう知っている。
トレーニングの時、パフォーマンスが落ちていることを指摘したら、アレスに話された。
「まだ神官がいる時間ですよ、先輩。見つかったら、つまみ出されます。夜、出直しましょう?」
「別に泥棒に入るわけじゃないんだから、夜に、こそこそ忍び込むなんて変だよ。俺が、神官と話してみるから。」
クロウは、階段をあがって、入り口に立っている神官に話しかけた。
神殿は、神聖な場所。神官以外は立ち入り禁止という決まりがある。
しかし、事情を話したら、中に入る許可を、あっさりもらえた。
ガブリエルがここで働いていることもあって、アレスは無関係者というわけでもなく、家族だからということで、通してもられた。
「最初から、話してみればよかった。夜更かししなくて済んだのに。」
アレスは、なんだか、ふに落ちなかった。
「今度からは、ちゃんときけよ。」と、クロウは、アレスの背中を押した。
今日こそは………と、ドキドキしながら、アレスは、泉をのぞく。
水面には、今日も、自分の顔しか映らない。アレスは、がっかりした。
「自分がやってることが、本当に意味があるのかどうか、わかんなくなってきちゃった。」
「努力は、裏切らないよ。明日、また来ようぜ。」と、クロウは、アレスの肩を叩いた。
泉から離れようとした時、アレスは、気づいた。
見間違えじゃない。確かに、今、水面が揺らいだ。
引き返して確かめたら、泉に、戦艦が映っている。
「せ、せ、せ、せ、先輩!!」
アレスは、クロウを呼んだ。
「ついに、未来が映った!」と、喜んだのも、束の間。
泉に映ったのは、アレスが欲しかったガブリエルとミカエルの居場所のヒントじゃなかった。
空に浮かぶ戦艦に、漆黒のドラゴンがつっこむ場面を最後に、泉は、もとの水面に戻った。
「なに。なに今の………。」アレスは、震えている。
「あの戦艦は、テュポンだよ。悪魔軍の連合艦隊のひとつで、アトラスがキャプテンやってたやつ。」
「そういうこと、きいてるんじゃなくて!」アレスが、発狂した。
「これじゃ、先輩が!死ぬみたいじゃないですか!」
「ただの占いじゃん。心配することないって。あの戦艦は、封印されてるし。キャプテンのアトラスは、空を支えてるわけだし。封印を解くやつなんて、誰もいないよ。」
クロウの言うとおりだった。操縦する人がいなければ、戦艦は動かない。
「それも……そうですね。」
安心したら、おなかが鳴った。ほら!と、クロウが笑う。
「帰ろう。夕飯に遅れちまう。」
オリンポス宮殿では、レイアが、ごちそうをつくって待っていた。
クリスマスと正月がいっしょにきたみたいなごちそうを前に、みんな驚いた。
「はりきって、たくさんつくっちゃった。」と、レイアが照れ笑いしている。
神龍は、びっくりした。
「タイタン族って、毎日、こんな、ごちそう食べてるの!?」
まさか!と、トリトンは笑っている。「お客さんが来たから特別やで。」
食べきれないくらいのごちそうかと思ったけど、男たちにかかれば、食べ尽くされるのは、一瞬だった。
「人数が多いと、はりあいがあってええね。」と、レイアは、喜んでいる。
夕食後、トリトンが提案した。
「パジャマパーティーやろう!お風呂に入ってパジャマに着がえたら、リビングに集合やで!」
それは表向きの話で、トリトンは、クロウにしかけるドッキリを、こっそり、みんなに言いまわっていた。
「おっちゃん、来るよね?」ハデスも、トリトンから話をきいた。
「行くよ。」と、ハデスは、笑いをこらえて、うなずいた。
クロウの驚く顔が想像できて、すでに笑いそう。
「ハデス伯父さん。」と呼ばれて、ふりかえると、ヘパイストスが楽譜を持っている。
「ピアノ教えて。星祭りで、別れの曲弾くことになっちゃった。」
「じゃあ、みんなが集まるまで、練習してよっか。」
その頃、しかけられていることを知らないクロウは、アレスを誘って、大浴場に行っていた。
「先輩、背中どうしたんですか!?」
クロウの背中を見て、アレスが驚いている。
しまった!クロノスの鈎爪にえぐられた傷痕!クロウは、焦った。
これを説明するには、クロノスが奈落から復讐しにあがってきた事件をアレスに話すことになる。
横暴な祖父の話をしたところで、アレスを傷つけるだけだ。
クロウが、困っていると。「かっこいい!俺もそんな傷つくりたい!」
アレスが、そっちの方向に話をもっていったから、クロウは、ほっとした。
「そうか。」と、そこで会話をきった。
これ。めちゃくちゃ痛かったんだからな。それは、心の中でつぶやいた。
風呂からあがってリビングに戻ると、ヘパイストスが、ハデスにしごかれて、不協和音の音階を何回も練習させられていた。
「ちがう。こっちの音。」と、ハデスが黒鍵を叩く。
泣きそうなヘパイストスを、クロウは、「がんばれ、がんばれ!」と、応援した。
アレスは、耀、奈月、神龍がいるソファーに座った。
「みんなは、今日なにしてたの?」
「ペガサスの乗馬して、海のレストランでピザ食べたよ。」耀が話す。
「ピザ食べたの?いいなー。俺も、減量期間があけたら食べたいな。」
「アレス、かっこいいよね。うわ!バッキバキじゃん!」
奈月が、アレスのおなかを触った。
やめて、くすぐったい!と、アレスは、身をよじって逃げる。
「毎日、鍛えてますから。俺さ、男に生まれた以上、何かあった時、守れる立場になりたいんだよね。」
「それで、ボクシングやろうなんて思ったの?」神龍がきいた。
「クロウ先輩みたいに、強くなりたかったから!先輩のパンチは、速いんだよ!戦った相手は、瞬殺されるんだから!」
「俺の話より、アレス。砂の城、見せてやったら?」
クロウに言われて、アレスは、砂の城傑作選を、耀、奈月、神龍に見せた。
あとからやってきた妃乃が、「なに見てるの?」と、混ざってくる。
アレスは、スマホに入っている写真を、妃乃にも見せた。
どれも、美術品みたいな砂の彫刻ばかり。砂の城のアップに混じって、アレスがいっしょに映っている写真もある。
「まさか、全部、アレスがつくったの!?」妃乃に驚かれて、うん!と、アレスは、照れながら話した。
「俺、カナヅチでさー。海に行くと、いつも砂の城つくって遊んでるの。」
「だからって、このクオリティーは、やばいよ。」と、妃乃は、写真に見入っている。
ゲームの準備をしようと、トリトンがテレビをつけた。
偶然やっていた料理番組を見て、「ムニエルって、だれ?」と、トリトンが、テレビを眺めて考えている。
「あの男の人と、あの女の人、どっちがムニエルなん?」
「テレビの人ちゃうって!料理!」と、ポセイドンがつっこんだ。
奈月も、笑っている。「魚に小麦粉つけて、バターで焼いたやつだよ!」
魚の料理……?トリトンが、きょとんとしている。
「エルっていうから天使かと思った。俺、魚食べへんからわからんわ。」
「みんな、なに飲む?」と、ポセイドンが冷蔵庫をあけた。
「ウーロン茶。ジャスミン茶。ココナッツジュース。」
ココナッツジュース!と、奈月、妃乃、神龍が、めずらしい飲み物にくいついた。
「手伝おうか?」と、耀が冷蔵庫まで行く。
その時、耀は、冷蔵庫の隙間でうごめく細長い影に気づいた。
「ねぇ、冷蔵庫の隙間に、蛇みたいなのがいるんだけど?」
耀の発言で、リビングが、静寂にのまれた。
ヒュドラー!?と、ポセイドン、トリトン、アレス、クロウが絶叫する。
ハデスとヘパイストスも、ピアノから、ふりかえった。
「あー、いる!」と、ポセイドンが、冷蔵庫の隙間をのぞいている。
ヒュドラキラー!と、アレスが持ってきたスプレー缶を、クロウは受け取って、冷蔵庫まで来た。
「やれやれ。ごちそうの匂いにつられて、入ってきたか。」
クロウが、隙間に殺蛇剤を吹きつけた。
「たおした?」
「暗いから、わからん。」ポセイドンが、隙間に目を凝らす。
「絶対に、しとめる!死体を見るまでは、安心できない!」
トリトンが、ギャングのボスみたいな発言をしている。
「メスやったら、母体喰い破って、子どもが出てくる!」
アレス!と、トリトンが、アレスを引っぱってきた。
「ヒュドラは、光が苦手だから!アレスの光魔法で、なんとかなる!」
「ま、待って!」と、アレスは、一度、深呼吸した。
アレスが、びくつきながら、「いい?いくよ?」と、きく。
「よし、やれ。」と、クロウが、スプレー缶をかまえた。
アレスの指先からこぼれる光の
クロウは、殺蛇剤を吹きつけた。ヒュドラが体液を吐きながら、床を這っている。
「わー!酸、吐いてる!酸、吐いてる!」ハデスが悲鳴をあげた。
「このヒュドラ強いぞ!ヒュドラキラーじゃ、しとめられねー!」と、クロウが根をあげた。
ヘパイストスは、前に、ダイダロスが言っていたことを思い出した。
『ヒュドラは、洗剤で倒せるよ。ヒュドラの酸と洗剤が、中和反応を起こして、呼吸困難になるから。2、3滴で倒せるよ。』
洗剤だ!と、ヘパイストスは、キッチンから、ひっつかんで、ヒュドラに、ふりかけた。
無事に倒せて、一同は、ほっとしている。
「見つけてくれてありがとう、耀くん。」ポセイドンが言った。
「放っておいたら、ヒュドラの酸で、家が溶かされるとこやった。」
「ヒュドラって、そんなに、やばいの!?」耀は、びっくりした。
ヒュドラ騒動が一件落着して、トリトンは、ゲームの準備に戻った。
切りかわった画面を見て、クロウが凍りついている。
『ラビリントス』という血文字が石壁に浮きあがって、悲鳴がきこえた。
クロウも、悲鳴をあげた。「なに!?なんなの、これ!?」
ホラゲーやで!と、トリトンは、教えた。
「モンスターに捕まらないように、アイテム集めて、最後に、ミノタウロスをやっつける。」
「ちがう、ルールきいてるんじゃない!」
「はい、クロウ。」トリトンは、クロウにVRゴーグルをわたした。
「これつけて。操作は、みんなで順番にやるから。」
は!?クロウは、意味がわからなかった。「それ!俺が、怖いだけじゃん!」
「そんなことないない。怖いのは、みんな同じやで。」
「パジャマパーティーは!?」
「実は、ホラゲー大会でした。」
「ふざけんなよ。おい、ハデス………。」と、クロウは、助けを求めた。
ハデスが、にやにやしている。
「おまえ、知ってたのか?」
「大丈夫!みんな、おるから!」と、ハデスは、クロウの背中を押した。
マンドレイクに引けを取らないクロウの悲鳴は、中庭の向こう側のバルコニーで飲んでいるゼウスと圭の耳にまで届いていた。
「クロウは、本当に面倒見がいいよね。」圭は、言った。
「松岡博士は、ホラーゲーム苦手ですか?」ゼウスがきく。
「うん。断っちゃった。驚かされるのは、心臓に悪いから。」
夜風に揺らされる金髪が邪魔で、ゼウスは、耳にかけた。
うっとうしい時もあるけど。癖が強いから、結べるように、のばしている。
「こうやって、夜風にあたって、酒が飲めるのって、幸せですね。」
ジョッキを置いて、ゼウスは、星空を見上げた。
「この平和をずっと守りたい。もう、知ってると思うけど、俺の親父、どうしようもない暴君だったでしょ?親父のせいで、俺も、ハデスもポセイドンも、辛い思いしたから。絶対に、子どもたちには、同じ思いさせたくないんです。父親らしいことしてるんかって、きかれたら。今の俺、ただの酔っぱらいですけど。」
通知が来たのがわかって、ゼウスは、テーブルのスマホを確認した。
がっかりしているゼウスを見て、大丈夫?と、圭はきいた。
「ガブリエルからの連絡じゃないかって、スマホが鳴るたびに、期待しちゃうんです。今日も、ミカエルが、ひょっこり出勤してやしないかって期待してたし。どっちの期待も、裏切られたけど。ふたりがいなくなったのは、俺のせいなんじゃないかと思って………。」
ゼウスが、ため息をつく。
「昔、ヘパイストスが誘拐されたことがあるんです。魔法で、ずっと眠らされてたみたいで、幸い、ヘパは怖い思いしなかったらしいけど……。人前に立つ仕事柄、どうしても、知らないところで、恨みをかっちゃうんだよなー。別に、俺は、どうなってもええねん。刺されたって、呪われたって。でも、子どもたちにまで、危害が及ぶのだけは、絶対に許さない。」
「わかるよ。俺も親の立場だから。」圭は、それだけ言った。
大丈夫、きっと見つかるよ。なんて気休めな言葉をゼウスにかけたところで、どうにもならない。
もしも、奈月が行方不明になったとしたら、心が張り裂けそうなくらい、俺だって心配になる。
「寝るかー、明日もあるしなー。」
ゼウスが、テーブルに手をついて、よろよろ、立ちあがった。
「なんか、もう、いろいろ………。ほんまは、仕事どころちゃうねん!こっちは、ほんまに!ガブリエルー。ミカエルー。どこ行ったん?パパ、心配で心配で。おかしくなりそう………。」
ゼウスは、足取りがおぼつかないくらい、ぐでんぐでんに酔っている。
心配だったから、圭は、ゼウスをベッドまでつれていった。
べッドに倒れて3秒もしないうちに、ゼウスは、いびきをかいていた。
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