第3話 にぎやかな家族
24時間体制で見張りができる番犬ケルベロスがいることで、冥府の防犯対策は、完璧だった。
ケルベロスの3つの頭のうち、必ずひとつが起きていて、お客さんが来たら、吠えて知らせるし。
悪いものが入ってきた時は、仲間の魔物を呼んで、あっという間に食べてしまう。
おかげで、冥府に暮らすハデスたちは、いたずらゴーストや悪魔に襲われる心配もなく、安心して眠れる。
冥府の門が開く。やってきたのが、顔馴染みの魔道士たちだったから、ケルベロスは、吠えて知らせた。
ハデスとクロウが、キャリーケースを転がして、洋館から出てくる。
「リー!ファイ!ロー!」
ハデスの声をきいて、ケルベロスが、軽い足取りでやってくる。
リー、ファイ、ローというのは、ケルベロスの3つの頭の名前。
真ん中が、リー。向かって右が、ファイ。左が、ロー。
「俺がおらんでも、アザゼルとスピリアの言うこときいて、いい子にしとるんやぞ。」と、ハデスは、3つの頭を順番になでた。
それじゃ、行こうか!と、ハデスが花の形のアミュレットを門にかざした。
門扉のアラベスクの彫刻をたどる光が、門を縦に割った。
蝶番をきしませて、門扉が外側へ開いていく。
門をくぐり抜けた途端、夜から昼に投げ出されて、ハデスは、日差しの強さに、眩暈がした。
「冥界で暮らすようになって、すっかり、太陽が苦手になっちゃったな。」
宮殿の大理石の壁から反射する光が眩しくて、ハデスは、帽子を目深にかぶる。
耀くんたち、大丈夫かなと、うしろをふり返った。
魔道士たちは、荘厳なオリンポス宮殿を見て、テーマパークに来たみたいなテンションで、すげー!と、興奮していた。
ハイビスカスの垣根に挟まれたレンガの道を歩いて行くと、庭園に、人がいた。
三叉の矛を持った、アロハシャツ、ハーフパンツの男が、池をのぞきこんでいる。
「ポセイドン!」と、ハデスは呼んだ。
首にかけたタオルで、汗を拭きながら、ポセイドンが、ふり返った。
青いメッシュが入った銀髪が、太陽の光を受けて光っている。
「なにしてんの?」と、ハデスは、ポセイドンのもとへ歩いて行く。
「海のパトロール。」と、ポセイドンが、わきにどけて、水面を見せた。
池に映っていたのは、鮮やかな色のイルカの群れ。
「きれいでしょ?」と、ポセイドンは、池をのぞく魔道士たちに言った。
「天界のイルカは、いろんな色しとるんやで。他のも見る?」
ポセイドンが、トライデントを水面にかざすと、今度は、アジの群れを追いかけるシャチが映った。
トライデントが水面にかざされるたびに、池に映る動物が変わっていく。
長い触覚をなびかせながら、優雅に泳ぐ海竜・ケートス。
沈没船に突っ込んで眠っているクラーケン。
人間の世界にいない生物だから、魔道士たちは、不思議そうに眺めていた。
「あ、海蛇が喧嘩してるよ!」と、妃乃が指差す。
「こいつら、気性が激しいから、よく喧嘩すんねん。」
ポセイドンが、水面をトライデントでつつくと、海蛇が散っていった。
「おかえり、ハデス。」と、ハデスは、うしろから声をかけられた。
ふり返ると、渡り廊下に、レイアがいる。
「ただいま、母さん!」と、ハデスは、レイアに歩み寄った。
タイタン族は不老だから、母親といっても、レイアはハデスと同じくらい若い。
「どうしたの、それ?」と、ハデスは、きいた。
レイアは、大きなスイカを抱えていた。
「これは、市場に持って行くのは、もったいないと思って。」
と、レイアが、スイカをぽんぽん叩く。
園芸が趣味のレイアは、果樹園で、いろんな果物を育てている。
このスイカは、大地をはぐくむレイアの魔力を、偶然、たくさん吸収して、抱えるほど大きくなった。
「俺が持つよ。」ハデスは言ったけど、「これくらい自分で持って行ける。」と、レイアは笑った。
池に集まっている魔道士たちに、レイアは挨拶する。
「スイカを切っておくから。荷物を置いたら、みんなで、ダイニングに来てね。」
と、レイアは、先に中へ入って行った。
ハデス、クロウ、ポセイドンは、魔道士たちを、宮殿の中へ案内した。
高い天井に吊るされたシャンデリア。大理石の床に敷かれた、ふかふかの絨毯。
「すごいね。ほんとに、ここで泊まるの?」
豪華すぎて、圭は、なんだか落ち着かなかった。
荷物を置いて、一同が、ダイニングに向かおうとしていた時、殺人事件みたいな悲鳴が聞こえた。
何事かと驚いて、みんなで、悲鳴がきこえた部屋へ駆けつけた。
「なにがあったの!?」と、ハデスがドアを開ける。
「どうした、どうした!」と、クロウも、ハデスにつづいて、部屋へ入る。
癖毛の金髪の青年が、パソコンの前で、絶望していた。
「ただいま悲報をお知らせします……。」
ハードディスクが、ぶっ壊れたぁぁー!!と、青年が発狂した。
「泣きたいんやけど!俺の人生のすべてが消えた!?今までつくった武器の設計図は!?時空移動船の設計図も入ってたのに!それが、全部、ぶっ飛んだ!」
「とりあえず、落ち着こう。な?」と、ポセイドンがなだめる。
クロウが、HDのプラグを、パソコンに何回もさしたり抜いたりしたけど、ぜんぜん反応がなかった。
事を見兼ねて、奈月は、声をかけた。
「ねぇ、僕が魔法で直してあげよっか!」
奈月が杖を振る。HDの下で光が交差して、時計の文字盤の魔法陣ができあがる。
魔法陣からのびた光の柱が、HDを包み込んだ。
魔法陣が弾けた後、クロウが、もう一度、プラグをパソコンにさす。
すると、音が鳴って、データが開いた。
「あ、開いた。」クロウが、つぶやいた。
え!?と、泣き叫んでいた青年が、データを確認する。
「ほんとだ、データが戻ってる!どうして!?」
青年の驚きようがうれしくて、奈月は笑っている。
「壊れる前に、時間軸を戻したんだよ。僕、時属性の魔法が得意なんだ。」
「もしかして、奈月くん!?」
「え?」
初対面なのに、名前を知られていたから、奈月は、びっくりした。
「魔道士の奈月くんでしょ!?父さんから、話きいてるよ!」
「え、父さん?」
父さんって、誰のことだろう。奈月が考えていると、ポセイドンが言った。
「ゼウスのせがれやで。」
「俺の甥っ子ちゃんです。」と、ハデスが、青年の華奢な背中を叩く。
「はじめまして、ヘパイストスっていいます。」と、青年が自己紹介した。
「え、君が?」
想像してたのと真逆で、奈月は、戸惑った。
鍛冶の神様と聞いていたから、屈強な男を、かってに想像していた。
「僕は、
「ヘパイストス。ヘパでいいよ。」と、ヘパイストスが、手をさしだす。
ヘパイストスの手は、か細くて、女の子と握手しているみたい。
耀、妃乃、神龍、圭も、順番に自己紹介する。
「
「私は、
「俺は、
「僕は、
ハデスは、壊れた杖のことをヘパイストスに相談した。
ヘパイストスは、「直せる、直せる!」と、即答だった。
「伯父さん、思いつめないで。俺に任せてよ。かっこよくしてあげるから、楽しみにしてて。」
ヘパイストスが、ハデスから杖をあずかった時。
「いた!ここに、おった!」と、戸口で、誰か叫んだ。
「あんな、緊急事態………。」と、息を切らして、部屋に駆けこんできた青年が、カーペットのへりにつまづいて、クッションの山に、前のめりに倒れる。
「トッティー!」と、ヘパイストスが、救助に向かった。
ヘパイストスの手をとって立ちあがった青年は、手足が長くて、顔も小さくて、モデルみたいに、スタイルがいい。
「はぁー………びっくりしたんやけど。」と、乱れた明るい髪を、手ぐしで整えていた時、青年は、ハデスとクロウがいることに気づいた。
「おっちゃん!クロウ!うれしい!会いに来てくれたん!」
と、喜んでいる青年を、ポセイドンが手で示して、魔道士たちに紹介した。
「トリトン。俺のせがれ。」
あ!と、トリトンが、自己紹介をする。
「天使のお客さん、こんにちは。僕は、トリトンです。探偵をやってます。」
トッティー!と、ヘパイストスが教えた。
「天使ちゃう。魔道士やって。人間。」
「え、うそ。人間なん?」と、きょとんとするトリトンに、ハデスがきいた。
「トッティー、あわててたけど。なに、緊急事態って?」
あ!と、トリトンが思い出す。
「そうやった!あんな!ゼウスのおっちゃんが倒れた!」
倒れたー!?と、一同は、驚いて叫んだ。
ついに倒れたんか、ゼウス………。
ポセイドンは、ゼウスのストレスを察して同情した。
行方不明の娘と義理の息子の安否が気になって、ゼウスは、ぶっちゃけ、仕事どころじゃなかった。
精神的にも肉体的にも追いつめられて、疲労困憊。
今朝は、うっかり寝坊してしまったし。些細なことでキレやすくなっていて、天使に仕事を催促された時、怒鳴り返してしまった。
その後の卒倒事件。自分が、情けなくなってくる。
とはいっても、昼間からベッドに入れて、ゼウスは、ほっとしていた。
ゼウスが夢の中にいると、ハデスとポセイドンが、部屋に駆けこんできた。
「ゼウス、起きろ!はよ、逃げんとやばいって!」
「ここにおったら、殺されるぞ!」
せっかく眠っていたのに、兄貴たちに、わけのわからない理由で、叩き起こされて、ゼウスは、ムカついた。
「は?うるっさいわ、ほんまに!なんやねん、おまえら!」
ハデスとポセイドンは、ゼウスの身を案じて、スイカも食べずに、危険を知らせにきた。けど、間に合わなかった。
トリトンが、煮えたぎる真っ赤なおかゆを持って、やってきてしまった。
ゼウスは、おかゆが気になりつつも、「ゼウス、大丈夫?」と、やってきた魔道士たちに、ひとまず挨拶した。
「ごめんね。俺、こんな状態で。せっかく、遊びにきてくれたのに。」
トリトンが、「おっちゃん、これ食べて!俺の特製やで!」と、ゼウスに、赤いおかゆをわたす。
トリトンから、おかゆを受けとった時、ゼウスは、まず、においでむせた。
おかゆから昇ってくる湯気が、目にしみる。
この赤の正体が唐辛子なんて、ゼウスは、認めたくなかった。
これは、トマトがゆ!きっと、トマトがゆ!と、心の中で唱えていると、
「辛いもの食べたら、体があったまって元気になるよ。」と、トリトンに言われた。
あかん、唐辛子や………。ゼウスは絶望した。
「ほら、おっちゃんの好きなウーロン茶もあるよ。」そう言うトリトンに、
「唐辛子どれくらい入れたの、これ?」と、ゼウスは、きいた。
かえったきたのは、こんな答え。「いろんな種類のやけど。」
「おいしかったよ。俺、味見したけど。」ヘパイストスが、すすめる。
けど、辛いもの大好きのヘパイストスの味覚は、あてにできない。
あかん。こんなん食べたら、また、ひっくりかえる。
命の危険を感じて、ゼウスは言った。
「んー。今、ちょっと、食欲が………」と言った途端、
トリトンの顔が、悲しそうになった。もう、食べるしかない。
「なかったんやけど、トッティーのおかゆ、おいしそうやし、食べよっかな!」
甥っ子が精魂込めてつくってくれた料理、くってやるよ!
口に入れた瞬間、舌が燃えた。
叫ぶゼウスを見て、元気になってよかった!と、トリトンとヘパイストスが、ハイタッチしている。
ゼウスは、ウーロン茶で舌を冷やしながら、頑張って半分食べた。
唐辛子がゆを食べるゼウスの手が止まってしまったのを見兼ねて、ポセイドンが、「俺も手伝うよ。」と、一口食べた。
直後、むせて、ウーロン茶を、一気飲みした。
殺される辛さだった。血管が切れると思った。
食べ終わる頃には、ゼウスもポセイドンも、汗びっしょり。
クロウは、ゼウスの目の下にある、くまが気になった。
「なにか心配事でもあるの、ゼウス?」
「ガブリエルとミカエルがな、もう2週間も行方不明なんや……。」
ゼウスの言葉に、ハデスとクロウは、顔を見合わせた。
「アザゼルとスッピーが、連絡とれらん言っとったけど………。」
「なるほどな………。」
その時。
「誰か!!」と、ドアの外から、叫び声がきこえた。
「だれか!!ちょっと開けて、これ!!両手が!!両手、ふさがってんの!!」
ヘパイストスが、ドアを開ける。「アレス!?なにそれ!?」
アレスが抱えている書類の山に、ヘパイストスは驚いた。
「ふう。重かった。」と、アレスは、持ってきた膨大な書類を、テーブルにおろす。
「なんか。ジム行く途中、頼まれちゃったんだよね。明日の分だから、父さんに届けてって。」
アレスが持ってきたのは、仕事の資料!気づいた途端、ゼウスは、どん引き。
「なんで、そんなもん持ってくるんー!?」
「俺に、キレられても困るよ!これのせいで、わざわざ!家に引き返してきたんだからね!」
アレスも、言い返す。
本当なら感謝されることなのに、やつあたりなんて、ひどい。
法廷のやつら悪魔や!と、叫んでいるゼウスを見て、
「唐辛子がゆの効果やな、さっきよりも、おっちゃん元気になってる。」と、トリトンが喜んでいる。
「そんなもの見たくもない!どっかやって!」ゼウスが、毛布をかぶってしまった。
「ほんまに、いらないの?」と、ヘパイストスが言った。
「じゃあ、燃やしてもいいよね!花火の火種にしよう!」
「俺、マシュマロ焼きたい!」と、アレスも便乗する。
しかし、今のゼウスに、冗談は、つうじない。
「はぁ!?おまえら!また、好きなもの食べられない体に、なりたいんか!」
これは、脅しじゃない。ゼウスの魔法にかかったら、本当に、好きな物を受けつけない体にされてしまう。
ゼウスの雷をくらって、ヘパイストスは、一カ月も、ジャスミン茶を飲めなくされたし。アレスも、ドーナツが食べられなくなって、死にかけた時期があった。
「本当に、燃やすわけないじゃん!」「冗談なのに!」と、ヘパイストスとアレスが、むくれている。
クロウが、「はいはい、そこまで。」と、親子喧嘩が、エスカレートするのを止めた。
「先輩!」クロウを見て、たちまち、アレスが笑顔になる。
冥界の仕事が忙しくて、クロウは、なかなか、天界に来ないから、数か月ぶりの再会だった。
「先輩、近況報告が、たくさんあるんです!この前の大会のこととか!あ、でも、その前に、先輩の武勇伝きかせてください!奈落からあがってきた悪いドラゴン、やっつけたんですよね?」
奈落からあがってきた悪いドラゴンというのは、クロノスのこと。
クロウは、絶句した。ハデスの表情も、こわばっている。
クロウとハデスは、がばっと、ゼウスをふり向いた。
ゼウスが、顔の前で手を合わせて、すまん!という顔をしている。
ゼウスのことだから、酒に酔った時に、口が滑ったんだろうなと、ハデスとクロウは思った。
クロノスとの戦いは、別に秘密にしようって約束したわけじゃないけど。
死にぞこないの親父が復讐しに来たなんて話、息子にするような話じゃないだろうが!
アレスが、クロノスのことを悪いドラゴンとしか言わないから、クロウは、ほっとした。バレてない。
「そう焦るな。おいおい、話すからさ。」クロウは、アレスの肩を抱いて、魔道士たちの前へ、つれて行った。
「紹介するぜ、こいつが俺の後輩だ!」
新しい仲間の耀、奈月、妃乃、神龍、圭に、クロウは、アレスを紹介する。
「クロウの後輩ってことは、彼も死神?」と、耀にきかれて、
「まさか、ちがうよ!」と、クロウは笑った。
「ボクシングの後輩だよ!ボクさー、ボクサーなんだよね!」
リアクションに困って、魔道士たちが固まっている。
「久々の先輩の氷結魔法、最高!」と、アレスは笑っていた。
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