第1話 壊れた杖
魔法学研究所の今日の仕事は、魔道書の整理。
グループ研究が始まることもあって、さしあたり必要なさそうな魔道書を書庫に戻して、新しい魔道書と入れかえる。
台車を待っているあいだ、
魔道書は、少なくても300ページ以上はあるし、多いと500ページになる本もある。
仕分けていくと、テーブルに、ブックタワーができあがっていく。
「
奈月は、休憩から戻ってこない所長の
所長といっても、耀は、まだ24歳。
耀は、学生のうちに、一級魔道士の資格をとってしまう秀才で。
教授の紹介を受けて、大学を卒業した後は、魔法学研究所の所長を務めている。
耀の実家は、研究所の近所。
浮遊魔法で空を飛んで、線路を飛びこえてしまえば、
だから、お昼ごはんを食べに、実家に帰っていた。
「耀くんが帰ってくる前に仕事を終わらせて、びっくりさせちゃおうか!」
今日も楽しい一日になるよ!がんばろう!と、圭が、はりきっている。
「お父さん、なにか楽しみなことでもあるの?」奈月は、きいた。
「言霊だよ。楽しいって言ったら、ほんとに楽しい一日になるような気がしない?」
そう言って、圭は、本棚からとった魔道書を開いた。
「これも、とりあえず必要なさそうだね。」と、奈月にわたす。
「古代魔法史……?」と、奈月は題名を読んだ。ページをパラパラめくると、遺跡の写真が載っていた。
圭が話す。
「ミノア文明。昔、ギリシャのあたりで栄えてた謎の古代文明だよ。今よりも魔法技術が発達してたみたいだけど、急に滅びちゃったんだよね。」
ふーん……と、奈月は、本をテーブルに積んだ。
「あれ、これ……。」と、奈月は、ベルトでとめられた魔道書に気づく。
「なんだと思う?」と、奈月は、圭に魔道書を見せた。
なんだろう……と、圭が魔道書を調べる。
「開封厳禁ってことは、やばいってことだよね?もしかして、不老不死になれるみたいな禁断の魔法かな?」
「俺も気になる。開けるなって言われると開けたくなるよね。」
「俺たちだけしかいないし、見ちゃう?」圭が、魔道書のベルトをはずした。
「力仕事、めんどくさいなー。」
神龍というのは、
妃乃が、神に龍なんてすごい名前だね!神龍!と、おもしろがって呼んでいたら、いつの間にか定着していた。
「空間転移魔法で、書庫にワープできれば、わざわざ、別棟まで、魔道書を運ぶ必要ないのになー。」
「言うなよ、妃乃。みんな、思ってることなんだから。書庫は、たくさんの魔道書がある、研究所で一番大事な場所だよ。書庫で魔法がつかえなくても、仕方ないよ。本を守るためには、こうやって、地道に、台車で運ぶしか……。」
神龍が話していると、妃乃が悲鳴をあげた。
「研究室が、水に沈んでるー!」
ドアガラスから見えた研究室は、水族館。
なにやってんだ、あの親子は!?神龍は、あわてて、ドアをあける。
その瞬間、研究室にたまっていた水が、神龍の頭に、滝のように降ってきた。
巻き添えで、妃乃も、びしょ濡れ。
「開けちゃったんだね、開封厳禁の魔道書を……。」
水をぽたぽた滴らせて、妃乃がつぶやく。
圭は、床に手をついて、ゴホゴホ、むせている。
奈月が、魔道書を神龍につきだした。
「この魔道書、なに!?開いた途端、水が噴き出したんだけど!?」
やれやれ……と、神龍が、説明する。
「魔法陣を描かなくても、本を開くだけで魔法がつかえる魔道書が、一時期、出回っただろ。ぜんぜん、はやらなかったけど。」
「そういえば……そんなのあったね……。」圭が、ぜえぜえしながら言った。
「博士、大丈夫ですか?」と、妃乃が、圭に手をかして立たせる。
「とりあえず、みんな、俺の周りに集まって。」
神龍は、杖を出して、魔法をつかった。床に交差した光が、風の魔法陣を描く。
魔法陣から吹き出した暖かい風が、みんなの濡れた体を乾かした。
「問題は、こっちだよな。」
水没した研究室を前にして、神龍は、頭を抱えてしまった。
「本もパソコンも、だめになっちゃったよ。書きかけの論文のデータが……。」
妃乃も、困っている。
「ごめん。今、なんとかするから。」と、奈月が、杖を出した。
研究室の床と壁に光が反射して、時計の文字盤の魔法陣ができあがる。
奈月の時間の魔法で、研究室は、すっかりもとどおり。
魔法陣の時計の針が逆回転すると、床に散乱していた本が、ひとりでに、テーブルにもどって、水たまりも乾いた。
水没する前の状態に、研究室の時間軸をうまく戻せて、奈月は、ほっとした。
「耀くんがいなくてよかった。こんなの見たら、卒倒してたよ。」
「この本は、書庫に封印だな。」神龍が、開封厳禁の魔道書を台車に積んだ。
「思ったんだけど、私のミクロの魔法で、本を小さくすれば、いっぺんに運べそうじゃない?」
妃乃が言った。けど、神龍は、首を振る。
「魔道書に魔法かけるなんて、だめだよ。また事故が起こったら怖いし、
魔道書を積んだ台車を転がして、渡り廊下に出ると、奈月が言った。
「こっから呼んだら、耀くん来るかな?」と、空に向かって、奈月が、「耀くーん!!」と、叫んだ。
その直後、中庭に、空間転移魔法陣が光る。
魔法陣から降ってきたのは、耀だった。
まるで召喚されたみたいなタイミングで、耀が帰ってきたから、奈月、妃乃、神龍、圭は、「うわあっ!!」と、びっくりした。
耀は、背中から芝生に落っこちて、うめいている。
「おまえ、遅刻だぞ。」神龍が注意した。
「ごめん、いいわけさせて!」と、耀は、両手をあわせて、遅刻したわけを話す。
耀も、弟たちの大学の課題を手伝うことになるなんて、思わなかった。
「提出期限あと30分しかないのに、論文のネタが尽きた!」
朝陽も、魔法史の論文だった。耀が、早口で話す。
「魔法は、神様から授かったもの。プロメテウスって神様が、一部の人間に、炎属性の魔法を教えた。平安時代に陰陽師って呼ばれた人たちは、プロメテウスから魔法を教わった一族の
教科書の暗唱みたいな耀の発言に、朝陽が、ぽかんとしている。
「俺が言ったこと書いて!」と、耀は、朝陽をせかした。
「ていうことがあって………。」と、耀は話す。
「無事に課題を提出するまで、つきそってたら、こんな時間になっちゃった。」
耀の話をきいて、妃乃は、自分が学生だった頃を思い出した。
「わかる、わかる。」と、しみじみ、うなずいている。
「魔法学は専門的すぎて、ちゃんと勉強しないと、ふつうに単位を落とすよね。」
「次からは、気をつけます。」と、耀が反省しているから、神龍も許した。
「背中から落っこちるくらい雑なワープで帰ってきたわけだし、許すとしましょう。耀が遅れてきたおかげで、助かったこともあったし。」
「え?」
「耀くん!ほら!仕事、仕事!」と、奈月は、はぐらかした。
「そうだった!遅れて来たぶん働かなきゃ!」耀は、奈月と台車をかわる。
台車を転がしながら、耀は話した。
「松岡博士が、ここに入所したこと、家族に話したんです。父が驚いてました。『松岡博士って、あの松岡博士!?』って。」
「ほんとに?」と、圭は、耀の話がまんざらでもなくて、にやけている。
松岡圭の名前は、医学の常識をくつがえした天才魔法学者として、
圭の治癒魔法は、命属性と時属性の複合魔法。生命力を一時的に高めて、自分の免疫力だけで、
耀も、薬を飲まないと咳が止まらないくらいの
圭自身も、自分の魔法で
数時間後。魔道書の入れ替え作業が終わった。
研究室に戻って、みんなで、お茶を飲んでいた時、奈月のスマホに通知が来た。クロウからのふざけたメッセージを読んで、奈月は、笑った。
「ねぇ、ちょっと!やばいんだけど!見る?」
と、スマホをわたされて、圭が、あくの強い文面を読みあげる。
『依頼名:冥府に食材の納品
依頼主:奈落より生まれし死神
寝込んでるご主人様のお世話で、買い物に行けないボクの代わりに、誰か、ミルクを買ってきてくれないかな。ついでに、ボクが食べるカレーパンも買ってきてくれたら、うれしいな。』
耀が、ぽかんとしている。
「待って、ぜんぜん、内容が頭に入ってこなかったんだけど。」
「牛乳とカレーパン買ってこいってことでしょ?」
妃乃が、お茶を一口飲んで言った。神龍が言う。
「死神から、こんなメッセージもらう魔法つかいなんて、俺たち5人くらいなんだろうなー。」
死神と友達になったのには、複雑な事情がある。
タイタン族の王クロノスは、運命の女神から予言を受けた。かつて自分が父親を倒して王座を奪ったように、自分も、いつか子どもに倒されるという予言だ。
予言の実現を恐れたクロノスは、息子のハデスを殺そうとした。
そうして起こった戦争が、ティタノマキア。
クロノスは、ティタノマキアで倒されたと思われていたけど、奈落の底で、ひそかに生き延びて、ハデスに復讐しようとしていた。
クロノスの覚醒を阻止するためには、宝玉という特別な輝きを宿す魂が必要で、その宝玉が、奈月だった。
宝玉だったせいで、冥界にさらわれてしまった奈月を助けるために、耀、妃乃、神龍、圭は、黒魔法の痕跡をたどって、冥界に堕ちた。
そこで、クロノス覚醒についての事情を聞かされて、耀たち魔道士も、クロノスを倒す手伝いをした。
そうして、ハデスをはじめとするタイタン族の神様や天使、死神のクロウと友達になったというわけだ。
大丈夫かな、ハデス………と、圭が心配している。
「寝込んでるご主人様って、ハデスのことだよね?」
あ!と、耀、奈月、妃乃、神龍は、圭に指摘されて気づいた。
「クロウの文章が強烈すぎて、そこまで注意が向かなかったよ。」と、妃乃。
「父親を倒すって予言に抵抗して、ハデスは、クロノスと仲直りしようとがんばってたけど。聞く耳を持たないクロノスに、冥界を火の海にされて、みんなの命を守るために、結局、クロノスを倒しちゃったんだよな。」
神龍が言う。
「もしかしたら、精神的にきてるのかな。」奈月も、心配になってきた。
「行ってみる?」と、耀が席を立った。
一同は、頼まれた食材を買うため、スーパーへ。
ついでに、ハデスが好きなイチゴも買っていった。
今まで、耀たちは、文字通り、冥界へ落ちていた。
冥界への命がけの落下は、例えるなら、パラシュートなしのスカイダイビング。
めちゃくちゃ怖いから、ゴーストダイブと、耀たちは呼んでいる。
ゴーストダイブするはめになったのは、黒魔法の痕跡をたよりに、無理矢理、冥界に堕ちていたから。
ハデスから、正式なルートを教えてもらった今では、空から落ちなくても、冥府の館の門から入れるようになった。
冥界は、幻想的な夜の世界。
星の光を宿すステュクス川のほとりには、満開の桜並木が連なっている。
見上げれば、宝石箱をひっくり返したような星空が広がっている。
星のように見える光の正体は、エリュシオンに昇った亡霊の命の炎。
冥界にやってきた亡霊は、生前の生き方を吟味されて、エリュシオンかタルタロスに分類される。
罪を犯した亡霊は、タルタロスに堕とされて、奈落の牢獄で、しばらく反省させられるけど、いつかは、みんな、エリュシオンにおくられる。
冥府の夜空を走る流れ星は、地上で新しく生を受けるために、冥界を旅立った魂。
ここでは、そうやって、輪廻転生が繰り返される。
アザレアが咲く庭園のあずま屋から、ひょっこり、狼が顔を出した。
この2m近くある巨大な白狼は、フェンリル。
食べ物の匂いをかぎつけて、ペットの魔物たちが、集まってくる。
コウモリの翼と、サソリの尾をもつライオン、マンティコア。
そして、頭が3つある黒犬、ケルベロス。
「たぶん、カレーパンのせいだね……。」圭が焦っている。
「耀、パス。」と、神龍が、やばい状況を察して、エコバッグを耀にわたした。
「俺なの!?」と、悲鳴をあげる耀に、魔物たちの視線が集中する。
耀は、あっという間に、4頭の魔物に、囲まれてしまった。
耀は、逃げた。頭の中は、食材死守!だ。
マンティコアとグリフォンが、空から襲ってくる。それも厄介だけど、デカイ狼も厄介。歩幅が違いすぎる。耀の5歩が、フェンリルの1歩。
さらに、頭が3つのケルベロスは、1頭で、3頭分のカウントに相当する。
奈月、妃乃、神龍、圭は、散らばって、悲鳴をあげて逃げまわる耀を援護した。
4人から、パス!パス!パス!パス!と、バラバラに叫ばれて、
耀は、誰にパスしたらいいのか、わからなかった。
「え、誰に投げたらいいの!?」
とりあえず、いちばん近くの妃乃に投げた。
ケルベロスが、瞬時に、妃乃に方向転換する。
突進してくるケルベロスにびびって、わー!と、妃乃が絶叫している。
「パス!」と、手を振って叫んでいる奈月に気づいて、妃乃は投げた。
その時、洋館のドアが開いた。
洋館から出てきたのは、ベージュ色の髪の小柄な青年。
「こら!」と、クロウの一喝をうけて、魔物たちが散っていく。
決死の鬼ごっこの後で、魔道士たちは、すっかり、息があがっている。
「おい、大丈夫か?」と笑っているクロウに、奈月は、エコバッグをわたした。
「はい、おつカレーパン。」
ほんとに買ってきてくれたの!?と、クロウは驚いている。
「あのメッセージ、冗談のつもりでおくっただけなのに。イチゴまであるじゃん。サンキュ、あがってくれ!」
クロウは、魔道士たちを、洋館へ招き入れた。
変身の魔法で、人の姿をしているけど、クロウの本当の姿は、ドラゴン。
冥界の最下層にいる生きた奈落タルタロスが、自分の体の一部である奈落の養土に、悪魔の血を混ぜてつくった死神が、クロウだ。
耀は、クロウと初めて会った時のことを、今でも忘れない。
クロウが、奈月を冥界に無理矢理つれていこうとするから止めたら、耀は、いきなり襲われて病院おくりにされた。
最初、クロウは怖かったけど、クロウの残忍な行為は、すべて、復讐の血に飢えるクロノスから、ハデスを守りたくてやったこと。
仲間のためなら、なんでもしてしまうクロウだから、友達になってからは優しい。
困った時は、親身に相談にのって、助けてくれる。今となっては、心強い存在。
「今、アザゼルとスピリアが、出てるんだ。来てくれて助かったよ。」
そう話すクロウに、「ハデス、病気なの?僕の治癒魔法が必要?」と、圭がきいた。
「ただの頭痛だから、そこまでおおげさじゃないよ。心配してくれて、ありがとう。今は、疲れて寝ちゃってる。あいつ、仕事が気になって、途中から働きに来たんだよ。おかげで、今日の亡霊の分類は、終わったんだけど。」
体調不良のハデスの代理で、今日は、クロウが亡霊の分類をしていた。
裁きの間に並ぶ亡霊の列の最後尾が、いつになっても見えなくて、クロウが困っていると、ハデスが、ふらつく体を杖で支えながらやってきた。
ハデスにとって、亡霊の分類は、ただの事務作業。
タルタロス堕ちが決まった亡霊がわめこうが、ハデスは、同情しない。
命を自分から粗末にするのは、ハデスは、許さないから、自殺者も容赦なく奈落の牢獄におくられる。
「ゆっくりしてってくれ。」と、クロウが、耀たちをリビングにとおした時、アザゼルとスピリアも、帰ってきた。
アザゼルは、白髪、赤い瞳の青年。
この容姿は、先天的にメラニン色素が欠乏しているアルビノだからで、それ以外に変わったところはない。
スピリアも、普段、魔法で翼をしまっているから、一見、金髪の女の子に見える。
けど、ふたりの正体は、冥界で働く天使。
「おかえり。」クロウが出迎えた。
「ただいま。」と、スピリアがソファーに座る。
「今日も、壮絶な狩りだった。」アザゼルが、ソファーに倒れた。
狩り?と、日常会話で聞かない言葉に、耀たちは、きょとんとしている。
「なにを狩るの?いのしし?」妃乃が言った。
まさか!アザゼルが、笑っている。
「亡霊だよ!地上への執着が強すぎて、冥界に堕ちてこない亡霊がいるんだ。そういう奴らの経歴書は、僕たちの手元に余るから、どこの誰が来てないのか、わかるんだよ。魂だけで地上をさまよってたら悪霊化するから、その前に、冥界に導かなくちゃいけない。その仕事が、狩り。たいてい、死んだことを認めたくない亡霊ばかりだから、バトルになるんだよな。」
「ちゃんと、みんな冥界に来てくれれば、私たちが迎えにいかなくて済むんだけど。」
スピリアが言う。
「毎日、亡霊は来るだろ。冥界の仕事は、休みがないから大変だよ。」
と、クロウが、ため息をついた。
「あの頃に比べたら、落ちついてるほうなんだけどな。人間が世界中で戦争してた時代は、分類する亡霊の数が、とにかく多くて大変だった。いつになっても、裁きの間に並ぶ亡霊の列に、終わりが見えなくてさ。毎日、残業だったよ。」
そうやって、クロウが話していると。
「ほんと、戦争なんて、なくなればいいのにね。傷つけあうだけで、誰も得しないんだから。」
リビングに、真っ白い肌の赤毛の青年が、杖をつきながらやってくる。
ハデス!と、耀、奈月、妃乃、神龍、圭が、ふり向いた。
「みんな、来てたの。いらっしゃい。今、お茶を準備させるからね。」
ハデスが、耀の隣に座った。ハデスから、ラベンダーの香りがする。
「香水つけてる?」と、耀は、きいた。
「香水?つけとらんけど?」ハデスが、きょとんとしている。
タイタン族のハデスは、言葉に独特の訛りがある。
「もしかして、ラベンダーの匂い?寝室で、アロマ
「おまえ、もういいのか?」クロウが、ハデスの体調を心配していた。
「元気やで。薬飲んで休んだからね。」と、ハデスは、うなずいた後、テーブルのイチゴに気づいた。イチゴを見て、ハデスの目が輝く。
「お見舞いの品。」と、耀は言った。ハデスが喜んでいる。
「耀くんたちが買ってきてくれたの?ありがとう。みんなで食べようか。」
ハデスが手を叩く合図で、お手伝いのテディベアたちがやってきた。
ハデスに人数分のお茶を用意するように言われて、テディベアたちが、キッチンへ、ひっこんでいく。
生き物みたいに動くテディベアを見て、かわいー!と、妃乃が喜んでいる。
お手伝いさんは、ぬいぐるみ。外は、フラワーパ―ク。
神龍は、イメージと違う冥界が、前々から不思議だった。
「冥界って、もっと怖い世界かと思ってたけど。ぜんぜん、怖くない。」
「治めるやつの趣味だな。」と、クロウ。
「先代のクロノスのお手伝いさんは、コウモリだったよ。あいつら、マナーが悪いから、俺は好きじゃなかったけど。庭園も、処刑道具コレクション置き場だったし。ギロチンとか、首切りの鎌とか。棺まであったな。」
クロウが、両手の人差し指と中指を2回曲げる、外国人みたいなジェスチャーをしている。
「父さんの遺品は、全部、処分しちゃったよ。」ハデスが言う。
「そんなハロウィンみたいな環境で暮らしたくないもん。片付けた後、殺風景だったから、花でも植えようかなって思ったんだよね。」
テディベアたちが、ミルクティーとクッキー、そして、イチゴを洗って持ってきた。カレーパンも、ちゃんと温めてある。
紅茶が少なくなると、テディベアは、ちゃんと気づいて、おかわりをそそいでくれる。
クッキーに手をのばした時、奈月は、ハデスの杖の水晶玉が、いびつな光を反射していることに、気づいた。
「ねぇ、その杖。水晶玉に、ひび入ってない?」
奈月に指摘されて、ハデスが杖を確認する。
「割れてる………。」
愛用していた杖だったから、ハデスは悲しかった。
心当たりがある。奈落からあがってきた死にぞこないの父親と、一戦を交えた時。
自分に宿るすべての魔力を、水晶玉に込めたのが、いけなかったのかも。
「どうりで、魔法をつかうたびに、頭がズキズキすると思った……。」
「その時点で、気づけよな。」と、クロウが、ハデスから杖をとって、水晶玉のひびを確かめる。
「なんだ、ハデスの頭痛は、杖のせいだったんだね。」
スピリアが、クッキーをかじりながら言う。
「修理、頼んでみる?」クロウが言った。
「杖の修理?」と、奈月は、首をかしげる。
杖は、魔力を圧縮して、一時的に、目に見えるカタチにしたもの。
エネルギーの塊みたいなものだから、考えてみたら、そもそも、ひびが入るのも変だった。
壊れるくらいなら、消えてしまうはず。ふつうの杖は、そうだけど。
「そういえば、ハデスの杖って、特別なんだっけ。」と、奈月は、思い出した。
海を斬り裂く、ポセイドンの三叉の矛・トライデント。
雷を呼ぶ、ゼウスの槍・ライトニングボルト。
同じく、ハデスの杖も、タイタン族の神器のひとつ。
「ヘパイストスなら、直してくれるかな……。」ハデスが、考えている。
「へぱ………誰?」と、名前が聞きとれなくて、眉をひそめる耀を見て、「甥っ子だよ。」と、ハデスは笑った。
「俺の甥っ子ちゃんは、鍛冶の神様って呼ばれるくらい、鍛冶仕事が得意なんだよ。決めた。ヘパイストスに相談してみよう。」
アザゼルが、紅茶を飲んで言った。
「せっかく天界に帰るなら、しばらく実家でゆっくりしてきなよ、ハデス。」
「え!?」と、ハデスは、アザゼルの提案に、戸惑っている。
「でも、俺が休んだら仕事は?俺の代わりに、誰かがやらなあかんことになるやんか。」
ハデスの発言に、スピリアが、まじめだな!と、笑った。
「実家に帰る時くらい、仕事のことは忘れなきゃ。心配しないで、リフレッシュしてきて。私とアザゼルで、まわすから。クロウも、後輩に会ってきなよ。」
「本当に?いいの?」と言ってはいるが、クロウは、休みがもらえることが、すでに嬉しくて、にやにやしている。
ただし!と、アザゼルが、つけたした。
「ミカエルに連絡返せ!って、ついでに、文句言ってきてくれない?あいつ、2週間も、僕のこと無視しやがって………もしかして、僕、ブロックされた!?」
「あのミカエルだぞ?そんなことしないだろ。」と、クロウ。
「私も、ガブりんと連絡とれないんだよー。ふたりで、旅行でも行ってるのかな?だとしたら、SNSに写真あげると思うし、変なんだよなー。」
スピリアも、不審がっている。
「わかった。様子みてくるよ。」ハデスは、うなずいた。そして、イチゴをつまんだ後、魔道士たちに言った。
「そういえば、みんなに、まだ甥っ子たちを紹介してなかったよね。せっかくだから、みんなで、オリンポス宮殿、行こうか。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます