第0話(プラチナメモリー編)ゼウスの過去
法廷に、悲鳴が轟いた。
戦艦テュポンの艦長アトラスに、ゼウスが下した判決は、
未来永劫、空を支え続けるという罰だった。
判決をきいて、アトラスが逃げる。手枷をされているとはいえ、アトラスは大男。
法廷の天使たちは、とりおさえることができなかった。
暴れるアトラスをしずめたのは、ゼウスの魔法だった。
法廷に響きわたった悲鳴は、左目をつぶされて悶絶するアトラスの苦痛の叫びだ。
床に転がるアトラスは、天使たちに連行された。
ティタノマキアの後、ゼウスを待っていた最初の仕事は、敵軍の残党を裁く軍事裁判だった。
ティタノマキアは、世界を創造した神々の末裔であるタイタン族の戦争。
この戦争で、父親である時神クロノスを倒し、それまでクロノスが支配していた世界を、ゼウスたちは、兄弟で3分割した。
ハデスは、冥界。ポセイドンは、海。
そして、ゼウスは、天界を治めることになった。
ティタノマキアで、アトラスは、サタンが率いる悪魔軍(悪魔のように強かったから、こう呼ばれた)の連合艦隊のひとつ、戦艦テュポンの艦長を務めていた。
テュポンが奪った命の数は、アトラスひとりの命では、つり合わないほど多い。
アトラスは、いとこだったけど、ゼウスは、判決に情けをかけなかった。
ところが、裁判は、これで終わらなかった。
厄介なことに、アトラスには、カリュプソという娘がいた。
カリュプソは、ものごころがついたかどうかもわからない、幼い女の子。
もちろん、なんの罪もない。
それでも、アトラスと血縁関係がある以上、カリュプソも戦犯の裁きを受けなければならない。
純真無垢な子どもを裁くなんて、ゼウスにはできなかった。
ゼウスは、カリュプソの書類に『戦死』と書いた。
そして、カリュプソを『ガブリエル』と改名して、自分の娘として戸籍に入れた。
書類を確認したミカエルは、笑っていたけど、「了解です。」と、うなずいた。
それから時が流れて、ゼウスに、本当の子どもができた。
ヘパイストスは、最初の男の子なこともあって、目に入れても痛くないほど、かわいかった。
それくらい大切だから、ヘパイストスが、サザンクロスの事故にまきこまれた時、ゼウスは、体から血の気が失せるほど怖かった。
サザンクロスというのは、発明家のダイダロスが、不死鳥をモチーフにつくった飛行メカ。
不死鳥サザンクロスのテスト飛行に、ヘパイストスも、イカロスと同行していた。
ヘパイストスは、頭を打ったショックで、事故の記憶を失っていたけど、命に別状はなかった。
一方で、イカロスが目を覚ますことはなく、そのまま、眠るように亡くなった。
ゼウスは、ダイダロスに、なにも言葉をかけられなかった。
慰めたところで、ダイダロスを傷つけるだけ。
息子のイカロスを殺したのは、他ならない、ダイダロス自身の作品なんだから。
不死鳥サザンクロスの暴走事故は、ゼウスにとってもトラウマになった。
ヘパイストスが、また怪我をすることがあったらと考えただけで、ゼウスは、怖くてたまらなかった。
魔法を奪ってしまえば、行動範囲を制限できる。そう考えたゼウスは、黒魔法の媒介のための懐中時計を、ダイダロスにつくらせて、その懐中時計で、ヘパイストスに呪いをかけた。
これのせいで、ヘパイストスは、魔法を、ひとつもつかえなくなってしまった。
けど、その代償に、自分の手元で安全を保障してやれる。
これでいいと、ゼウスは自己完結した。
黒魔法の件と、サザンクロスの事故の件は、ゼウスとダイダロスだけの、心の中に封印された。
懐中時計と不死鳥を、火山洞窟の奥に眠らせた後で、ゼウスは、気づいた。
ティタノマキアで、多くの命を奪った戦艦テュポンも、同じ無人島に封印されていた。
『テュポン』と『サザンクロス』
ふたつの悪夢が、こうやって重なったのは、偶然と思ったけど。
これがまた、運命の女神のいたずらだと、
ゼウスが気づかされるのは、これからのこと………。
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