第二十八話 もう、自分がしたことを誰かのせいにしてはだめだからね
「はぁはぁ……死ぬかと思った……」
青ざめた顔に大量の汗を浮かべる竹内は、床に手をついて息を切らしている。俺も篠田海斗も竹内を持ち上げた反動で、そのまま床に倒れこんだ。
息切れが激しいし、全身に力が入らなくなって、自分の体が持ち上がらない。
とりあえず竹内は死なずに済んだが……。
篠田海斗があのまま動かなかったら、本当に三階から落ちて死んでたぞ。
「おたけ、篠田くんに言うことがあるんじゃない?」
竹内に歩み寄った美月が、背中をばしんと叩いた。それは叩いたというよりも、一歩の勇気を踏み出す後押しをしたという方が正確かもしれない。
竹内は小さく首を縦に動かすと、震える上体を持ち上げてその場で正座をした。竹内は覚悟を決めたように一息つくと、背筋を伸ばして姿勢を整え、
「海斗……! 本当にごめんっっ!」
床に頭をぶつける勢いで土下座をした。
「俺は、俺は……お前の大事なユニホームを汚そうとした。それに、お前の大好きなサッカーをあんなのお遊びだなんて言って侮辱した! それに俺は――」
「洋太、顔を上げてくれ」
「へ?」
間抜けな声で顔を上げた竹内の顔は、涙やら鼻水やらでぐしゃぐしゃになっている。
「俺も、悪かった……」
同じように正座に足を組み替えた篠田海斗がゆっくりと頭を地面につくように下げた。
「本当は分かってた。お前が先輩に命令されて共犯にされたことも、先輩から俺が嫌がらせを受けてるって先生に言ってくれたのはお前だってことも、本当はサッカーが大好きで、部活も続けたかったってことも。全部、全部俺は分かってた。分かってたのに……勇気がでなかった。クラスでいじめられてるのだって……」
今まで心の中に溜め込んでいた気持ちを吐き出すように篠田海斗が言葉を紡ぐ。
「海斗……」
顔を突っ伏したまま泣き崩れる篠田海斗の肩に竹内は「もう何も言わなくていい」そう語り掛けるように優しく手を置いた。
「大丈夫! お前が悪いわけじゃねぇよ!」
竹内がにかっと笑う。
それはシルクドソレイユで見たのと同じ素直な笑顔だった。
「よし、じゃあ、お二人さん。握手!」
「え?」
「え?」
竹内と篠田海斗が困っている所を、強引に二人の手を引っ張って美月が握手させた。二人はされるがままに手をつなぎ合わせると、少し照れたようにはにかんだ。
「竹内くん、私、竹内くんに酷いことした……本当にごめんなさい。ずっとどうかしてた……」
近くで見ていた北原さんが、竹内の元に歩み寄ってきた。
「竹内、俺もごめん……悪かった……シャーペンは弁償する……」
気が付けば、中野を含めた生徒たちが竹内と篠田海斗の周りに続々と集まっていた。いじめに関わった者、それを傍観していた者、勇気が出ずいじめを止められなかった者。
とはいえ、竹内も教室で騒いだり、先生に反抗的な態度を見せたり、少なからず竹内にも悪い部分はあったと思う。でもいじめは絶対にしてはいけないことだ。
「よし、じゃあここから本題だね」
隣にいる美月が呟いた。
「ん? どういうことだ……?」
「あれ? 輝彦師匠これで終わりだと思った?」
「違うのか?」
「違うよ。ここからが本題だよ?」
本題……? だって今、篠田海斗と竹内は仲直りしたじゃないか。
美月が右手を上にピンとの伸ばすと、そのまま軽快に指をパチンと鳴らせた。
すると、それを合図に教室の後ろ扉が、ガラガラっと開く。
「あれ、遥香? と」
そこにいるのは、遥香と見覚えのない男子。金が城高校の制服を着ているので、同じ高校の生徒であるのは間違いないが、なぜか後ろで手を縛られて、口にガムテープを貼られている。
え、どういう状況? 誘拐してきたの?
「あれ、キャプテン……?」
拘束されて連れられてきた男子の顔を見て、篠田海斗が小声で言った。
「誰か知ってるのか?」
「あの人は一個上の学年で、中学と今のサッカー部のキャプテンです。その……中学の時、俺に嫌がらせをしてた主犯の人です……。でも今は特に何もされてません」
篠田海斗はキャプテンの思いもよらぬ登場の仕方に驚いているようだ。
「じゃあ、もしかして中学時代、ユニホームに落書きするように竹内に命令した先輩か?」
「そうっすね……」
竹内が言いにくそうに答える。俺が陰キャだからなのか顔も知らないが、まさか同学年の男子とは……。でも竹内の一個先輩なら俺と同級生で当たり前なのか。
「ねえ輝彦師匠って、おたけの告白動画を撮影してYouTubeに載せた人って誰だと思ってる?」
美月が唐突に俺に質問した。
「えーっと、それは篠田海斗じゃないのか……?」
「ぶぶー! それは間違いです!」
美月が頬を膨らませて、大きく両手でバツを作った。
「何の話ですか……?」
篠田海斗もまさか自分の名前が出るとは思わなかったという表情で振り返る。
「まあ詳しくはあのキャプテンから聞くということで! 遥香ガムテープ取っちゃって!」
「りょーかい!」
いつにも増してテンションの高い遥香が、キャプテンの口に貼られたガムテープを勢いよく剥がした。い、痛いやつだ。
「よし、じゃあ早速話してもらおうかな?」
「は、はいぃ!」
美月が微笑むと、キャプテンは怯えるように顔を伏せた。
美月たん……どんな調教したのかな? 怖すぎて聞けないけど……。
キャプテンが美月の様子をちらちら伺う姿は、怯える子犬のようで、そんな子犬のようなキャプテンから、思いもよらない言葉が飛び出した。
「あの、竹内が告白する動画を撮ったのは俺なんです……」
「へぇ……………………って、えぇえぇ⁉ それどういことっすかぁ⁉」
動画を撮影した人物はサッカー部のキャプテン……?
竹内も驚きを隠せていないが、そんなこと俺も寝耳に水だ。
「……部室でみんなと駄弁ってる時に、座っていた隣の椅子に置いてあったスマホからLINEの通知音が鳴ったんです。見てみたら北原しずくって女の子から『竹内くんが私のこと好きかも』って感じのメッセージが届いてて、それが篠田のスマホだったから、みんなでこりゃ面白いやってなって……」
そういえば、中高一貫だから篠田海斗がサッカー部に所属すれば、自然と先輩たちは中学と同じメンバーになる。
「それで、面白いなってなって?」
美月が先を急かす。キャプテンは一瞬ビクッと肩を震わせて、話の続きを始めた。
「ダメとは分かってたんすけど、そのスマホを触ったらロックが掛かってなくて、LINEのトーク履歴を見たら、『竹内』ってのは竹内洋太の事だと気づいて、竹内は俺らのことを教師たちにチクった奴だから、何か仕返しを出来るかなと思って篠田のスマホを家に持って帰ってしまいました……」
「海斗よぉ、なんでまずロック掛けてねぇんだよ……」
「いや、別に隠すこともないから普通だろ」
「普通は隠し事が無くてもロックはするもんなんだよ! しかも、なんでスマホ持って帰られたことに気づかねぇんだよ!」
「どうせ学校で失くしたから、一週間もすれば見つかるだろうって思ったんだよ!」
「はーい。二人とも黙ってね」
キャプテンを他所に口論を始めた竹内と篠田海斗を、ちょっぴり怖い笑顔で美月がなだめる。
「あ、えっとそれで、腹いせに竹内が告白する動画を撮ってYouTubeに投稿したら面白いんじゃないかって結果になって、それを実行しました……」
キャプテンが床に頭をこすりつける。
「……本当に申し訳ございませんでした!」
「じゃ、じゃあ、俺が告白した動画がYouTubeに上げられたことも、変な噂が流れたことも全部海斗は関係なかったってことっすか⁉ それは俺の勘違いってことっすか⁉」
竹内が涙を溜めながら、俺に訴えかける。いや、俺に言われてもなぁ。
「要するに、北原さんは篠田くんに命令されておたけに好意を持たせたわけじゃなくて、あのキャプテンがぜーんぶ裏で仕組んでたってわけだよ」
他人が篠田海斗に成りすまして北原さんとやり取りをしても、LINEのトーク履歴さえ消しておけば、篠田海斗にも北原さんにもバレる可能性は低い。そして北原さんだけ取り込むことができれば、後は告白動画を撮影して、スマホを失くし物として学校に届ければいい。
北原さんは篠田海斗がやったと思ってるし、わざわざその話を自分から掘り返したりしないだろう。だから、キャプテンの仕業だとは誰も分からないというわけだ。
大胆な行動だったが、エスカレーターで楽に高校まで上がれると思っていた所を邪魔されて相当腹が立ってたんだろうな。
「海斗ぉ! お前じゃなかったんだなぁ」
「だから何の話かさっぱり分からねぇよ」
篠田海斗は全く今の話を理解できていないようで、竹内がいじめられていた理由すら本当はわかっていない気がする。それでも正義感が強い篠田海斗は、いじめを止めようとずっと自分の中でもがいていたに違いない。
竹内との間に溝ができてしまっていて、その溝を今日まで壊せずにいたって感じだな。
「あのさ美月、なんで篠田海斗じゃなくてあのキャプテンが動画を撮影してYouTubeに上げたってわかったんだよ」
「ん~? だっておたけに聞いた篠田くんは、そんな悪い人じゃないし、何度もこの教室におたけの様子を見に来たけど、篠田くんはずっとおたけのこと心配そうに見てたんだもん」
……な、なるほどなぁ。竹内に聞いた話では、篠田海斗は執念深い嫌がらせにも負けないような正義感の強い男だった。それならいくら竹内が嫌いだとは言え、あんな卑劣なやり方で復讐したりしないはずか。
「そうなると、おたけに恨みがあって、篠田海斗とも関係がある人って限られるよね」
「思いつくのはサッカー部の誰かだろうな。それで候補として一番に上がるのはキャプテンか……」
「ザッツライト!」
やっぱり美月には頭が上がらない。俺なんか篠田海斗に決めつけて、視野も狭かったし、思考も全然そこまで至らなかった。
そういえば、菫乃の野郎が言ってた竹内が恨みを買った『特定の人物』って、サッカー部のキャプテンのことだったのか……。なんか騙された気分だな……。
「いや、それよりさぁ……それよりっつうか……竹内が本当に屋上から落ちてたらどうしてたんだよ。殺人犯になるところだったぞ?」
「もーう、輝彦師匠ったら~」
美月があきれた顔をして窓の外を指す。
「ほら下見てよ」
「あ?」
よくわからないながら、窓から身を乗り出して下を覗くと、校舎裏には金が城高校の制服を着た数十人の男女が、何かイベントでも行われるかのように集まっていた。
「え⁉ 誰だよこの人たち⁉」
「いきなりだったんだけど、遥香に『遥香姫護衛隊』を招集してもらったの。ほら、これなら胴上げみたいな感じで受け止められるでしょ。皆で受け止めれば怖くないってことわざもあるくらいだしさ!」
「ねーよそんなことわざ! ここ三階だぞ! 落ちたら大惨事だぞ⁉」
「まあまあ、結果オーライなんだからいいじゃん」
「お前なぁ……」
はぁ……まあ確かに竹内は篠田海斗のおかげで一命は取り留めたわけだから問題はないんだけど。つーか、遥香の人望厚すぎませんか?
「まあ、でも美月の作戦は成功ってわけだな……」
「もうさ、美月が突然人を集めてほしいって言いだすから本当に大変だったんだよ」
一仕事終えた遥香も、安堵の表情で近づいてきた。
「そりゃお疲れ様だったな」
「しかも、ここに来るまですごい色んな人に見られてほんと恥ずかしかったし」
人質を連れて廊下歩いてたら、いくらなんでも見られるよ。俺だったら三度見しちゃうもん。
「輝彦師匠、宣言通り美月の作戦は大成功だったでしょ?」
「ああ、そうだな……」
結局、美月が全部良い所持ってちゃったよ。ま、いいんだけどさ。
篠田海斗の隣にいる竹内の笑顔は、それは太陽にそっくりだった。
日光が苦手な俺もこれなら悪くない。
「ねえ、君たち」
竹内の周りに集まっている生徒たちが、美月の声に振り返る。
「もう、自分がしたことを誰かのせいにしてはだめだからね」
美月は最初から、全部を見通していた。
竹内を窓から落としたのも、篠田海斗が竹内のことを絶対に助けるという確信があったのだろう。だから、美月はいじめを止められないままでいる篠田海斗を突き動かすために、竹内を窓から落とした。そして、クラスの全員も巻き込んだことで、全員の行いが間違っているということを認識させたのだ。
結果、あの不穏な空気が流れていたはずのクラスが、一瞬だけだが団結を見せた。
まあ、美月の作戦には問題が大ありだけどな。
でも、もし美月がいなかったら、このクラスのいじめは無くならなかっただろう。割れたバラバラのお皿も、もう一度丁寧にくっつけてゆけば、形は悪くたって
元通りにならないなんて事はない。それはそれで美しい形になるはずだ。
本当に今日で全てが解決した。
竹内の性格なら、今後このクラスでも上手くやっていけるだろう。
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