第二十一話 もしかして、輝彦も一口食べたい……?
北原さんが帰った後、俺は北原さんを呼び出してくれたお礼の意味も込めて、シルクドソレイユで二番人気の、シルクドソレイユチーズケーキを遥香にご馳走することにした。
「う~ん、やっぱりこのとろける食感がたまらないね」
あまりの美味しさに悶絶する遥香。
「美味しそうだな」
遥香がリアクションするたびに、豊満な胸が微妙に揺れている。
おっと、俺が美味しそうと言っているのはチーズケーキのことだからな?
「もしかして、輝彦も一口食べたい……?」
遥香が最後の一口で手を止め、俺の顔を上目遣いで覗いた。
「……え、いいのか?」
「だってこの前のパンケーキだってちゃんと食べられなかったでしょ?」
「そ、そうだな。じゃあ、お言葉に甘えて」
俺は、そそくさとフォークを探すが、テーブルにはフォークのようなものは見当たらない。
「輝彦、何探してるの?」
「うん? フォークがないなと思って」
「違う。あ~んでしょ?」
目線を上げると、遥香が一口大のチーズケーキが刺さったフォークを俺に向けていた。
「あ、あ~ん?」
「ん? いらない?」
遥香が左手で自分の髪をおさえながら、小首を傾ける。
「い、いいのか?」
「どうぞ?」
すまし顔で遥香が答える。
なんだこの状況……急にラッキー間接キッス……!
しかも店内はお客さんが誰もいない! キター!
「じゃあ、失礼して」
「はい、輝彦。あ~ん」
「あ~~」
こんな冴えない俺でもたまにはいいことがあるもんだな……。
我が人生一片の悔いなし……!
――って……あれ?
口の中に何も入ってこないぞ。
「ん。ああ、美味し!」
「遥香ちゃん?」
「どうしたの?」
「あ~んは……? 俺へのあ~んは⁉」
「あ、ごめん。あまりの美味しさにあげるのもったいなくなっちゃった」
遥香は誤魔化すように笑うが、めっちゃ顔が赤い。
「も、もしよかったら輝彦の分もう一つ頼もっか……?」
「いや、大丈夫だけど……もしかして、美月みたいな積極性を出そうとしたけど、結局恥ずかしくてやめちゃったパーターンのやつか?」
「は⁉ ち、ちが! な、何言ってんの!」
これは絶対そうだ。手が触れただけで湯気が出る遥香があ~んなんてできるわけないのだ。
ま、今度にお預けということにしておこう。残念だけど……。
「そんなことより! 輝彦はこれからどうするの?」
綺麗にチーズケーキを食べ終えた遥香は、怒り口調ではあるが、フォークはそっと皿の上に置いて、俺に尋ねた。
これからというのは竹内のことだろう。竹内は遥香のバイト先の後輩でもある。遥香が心配するのは当然のことだ。
「ん~、その篠原海斗にも会ってみたいけど、でもとりあえず竹内に話そうかなと思ってる」
「話す? 話すってその篠田海斗くんが動画を撮ってYouTubeにもアップしたこと?」
「うん。竹内と篠田海斗の間に何があったのか聞いてみたいんだよ。もし、竹内が篠田海斗に復讐されても仕方ないような出来事があったなら、竹内も謝ることが必要だと思うし」
「そっかそっか」
竹内の篠田海斗の間に、北原さん絡み以外の問題があったかどうかは俺には分からないが、竹内の篠田海斗の関係が改善できれば、竹内のいじめ解決には一歩前進することになるのは間違いない。
「輝彦っていつからそんな風になったんだっけ?」
「そんな風ってどんな風だ?」
遥香が突然口にした言葉に俺は首を傾げた。
「えっと……なんていうんだろ。なんか自分以外の他人のことに一生懸命になるというか……」
「……そんなことないけどな」
いや、俺は人の純粋な気持ちを馬鹿にするやつが嫌いなだけだよ、とか言いたいところだったが、よく考えると、なんかくさいセリフなので心の中に留めて置く。あれ、菫乃の前では机に肘をついて窓の外を見ながら言っちゃったりしたっけ? 思い出すと恥ずかしい……。
「これもあの子のお陰かな……?」
あの子……。俺は思考を巡らせる。
「あの子って言うのは……保育園の時の公園によくいた女の子……?」
「やっぱり覚えてたんだね」
遥香は驚いたり意外そうな顔もしなかった。もしかしたら、遥香はその女の子について何か知っているかもしれない。
「ま、私もあの子のお陰で助けてもらったしね」
遥香は少しはにかんで、耳に髪をかけながらくすっと笑った。その仕草に俺の心臓がどくんと飛び跳ねたが、表情に出て悟られないようにすぐ視線を逸らす。どれだけ小さい頃から一緒にいたとはいえ、飛び級美人が相手だと慣れないな。
「輝彦はその女の子に会いたい……?」
「そうだな。うん、会ってお礼はしたいかな」
「そうだよね」
ぱっちりとした薄い色素の透き通った瞳が、俺のただの黒目を直視する。
「でも、もしかしたら会ってるかもよ?」
「え? 会ってる?」
そういえば、菫乃も『この街に戻ってきて、テルくんの住む世界に登場しているはずだよ?』とか言っていた……。
「なあ遥香? 名前は? その子の名前」
「それは言えないよ。輝彦が自分で思い出して?」
「なんでだよ。いいだろ教えてくれても」
「私は別にいいんだけど、あの子は輝彦に思い出してほしいんじゃないかな?」
あの子が俺に……。
「大丈夫。きっと輝彦なら思い出せるよ」
遥香はいたずらっぽい笑顔で、ソファー席から立ち上がる。
「まあ……そういうなら、とりあえず思い出せるように頑張ってみるけどさ」
俺がそう言うと、遥香は笑顔で頷いてくれた。
シルクドソレイユを出ると、外はすっかり暗くなっていて、俺は遥香を家まで送りとどけ、とぼとぼ川沿いの道を小石を蹴りながら帰った。
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