第二十話 お願いします

 次の日の放課後。


 俺と遥香はシルクドソレイユに来ていた。店内にはちょうどお客さんがおらず、心地いいクラシックの音楽が流れている。普段は女子高生とカップルで溢れ返っているから、完全に空席状態になっているのは初めて見た。

 もちろん今回はパンケーキを食べるために来たのではない。


「ごめんね北原さん急に呼び出しちゃって」

「い、いえ、姫野先輩とお話しできて嬉しいです」


 俺の隣に座っている遥香が、テーブルを挟んで目の前に座る北原さんに話しかけると、北原さんは緊張気味な顔を少し赤らめて軽く頭を下げた。

 

 昨日、菫乃と話して家に帰った後、俺は北原しずくさんと近日中に話がしたいと言って、遥香に呼んでくれないかと連絡したのだ。


 遥香は『遥香姫護衛隊』が存在するように、金が城高校女子全体の憧れの星。だから金が城高校の女子であれば、先輩後輩に関わらず、遥香にお呼ばれされれば断る者は中々いない。

 結果として、北原さんも遥香がインスタのディーエムとやらで話をしてみたいと送ると、二つ返事で会う約束が決まった。しかも昨日連絡したばかりなのに、今日会えるとは……偶然予定が空いていたのか、それともこれが遥香姫の力なのか。


「あの、こちらの方は……」

 北原しずくさんがちらちら俺の方を見ている。確かに、遥香と放課後に話すだけだと思っていたのに、その隣に見知らぬ男がいたら驚くよな。

「あーえっと、この人は夏目輝彦。私と同じクラスなの。あのね、北原さんには騙す形になって本当に申し訳ないんだけど、今日はね、輝彦が北原さんと話したいことがあるってことで呼び出したの」

「あ、えっと、そうなんですか」

 北原しずくさんはそれを聞いて驚くと、何とも言えない表情をして俺にぺこりと頭を下げる。

「本当にごめんね」

 遥香が頭を下げると、北原しずくさんは手を振って「全然大丈夫です」と答える。

 ごめんよ遥香……頭を下げさせてしまって。これは絶対遥香に後で謝らないといけないな。でも俺が北原さんを呼んだ所で来てくれないだろうから、遥香に呼んでもらうのは仕方ない決断だったと思おう。


「俺からも、急に呼び出しちゃってごめんね北原さん」

「いえ、大丈夫ですけど、その、私に何の話があるんでしょうか?」

 北原しずくさんは困った表情のまま俺に尋ねた。

「それなんだけど、竹内のことで聞きたい事があって」

 俺は女の子に対して回りくどい手法を使えるほど、コミュニケーション能力に自信が無いので、単刀直入に竹内の名前を出す。すると、北原しずくさんは「竹内くんですか」と言って、目線をテーブルのレモンティーに落とした。


「うん。北原さんも竹内が公園で告白したときの動画が、YouTubeで拡散されてるの知ってるよね?」

「……はい。知ってます」

 北原さんの表情は暗い。

「その動画を撮ってYouTubeにアップした人に心当たりとかってあったりしないかな……?」

 俺はなるべく相手を責めない口調で話しかける。尋問みたいな仕方を男にされたら恐怖を感じてしまうかもしれないから、それはなるべく避けたい。


「ごめんなさい。それはちょっと分からないです……」


「じゃあさ、あの動画と一緒に、北原さんが竹内に無理やり呼び出されたっていう話が拡散されてると思うんだけど、それって本当かな……?」

 北原しずくさんの肩にぎゅっと力が入るのが目で見て分かる。


「……本当です」


 北原さんが消え入るような声で呟いた。

「そっか」

 竹内と北原しずくさんとの関係は、LINEの文面で見るには良好だったはず。それなのに、今北原さんは竹内に無理やり呼び出されて告白されたということを肯定した。


ここには大きな矛盾が生じてしまう。

北原しずくさんは何かを隠している。

――正直、使いたくなかった手だが、仕方ない。


「北原さん。それって嘘じゃない?」

「え?」

 北原しずくさんの視線が上がって、俺の目とぶつかった。怯えるような顔をしている。

「実は俺、竹内の告白動画を撮影して投稿した人には既に会ってるんだ」

「そ、そんな……」

 北原さんは、さらに肩を強張らせて、瞳の奥を濁した。

「それで、北原さんに協力してもらって動画を撮影したことも――」

「わ、私は!」

 北原しずくさんが俺の話を遮るように、震える喉から大きな声を出した。肩が小刻みに揺れていて、膝に置かれた手はぎゅっとスカートを握り締めている。

「私は……ほんとはそんなことしたくなかったんです……でも」

「でも?」

「でも、海斗が協力してくれって言うから……」


 海斗……? 

 それが竹内の告白動画を撮って、YouTubeに上げた人の名前なのだろうか。


「海斗は学校でも、LINEでもあんまり会話をしてくれなくて、だからちょっとでも嫉妬してくれればいいなって、つい海斗に竹内くんが私のこと好きかもって言っちゃったんです。そしたら海斗が急にその……竹内くんの告白動画を撮りたいから協力してくれって……私、止められなくて……」

 北原さんは誰にも本当のことを話せなかったのだろう。頬を流れる涙とともに、心の中に溜っていたものを吐き出してくれた。

「ごめん……北原さん」

「え?」

 大粒の涙を浮かべる北原しずくさんが顔をあげた。

「本当は、竹内の動画を撮った人なんて知らなかったんだ」

「え……?」

「嘘ついて名前を言わせようとしたんだ。ごめん」

 俺は頭を下げた。

「そ、そんな……」

「でも、もう教えてくれないかな? その海斗くんのことについて、竹内と何があったのか」


             *


 北原しずくさんによると、海斗くんのフルネームは篠田海斗で、現在北原しずくさんと竹内と篠田海斗の三人は同じクラス。篠田海斗はサッカー部で、レギュラーメンバーとして一年生から活躍しているらしい。北原さんにその篠田海斗の写真を見せてもらうと、クールな感じで涼太に匹敵するかもしれないイケメンだった。

 篠田海斗という名前を聞くと、遥香がうーんと隣で何かを考えだした。


「私、聞いたことあるかも篠田海斗って」

「本当か?」

「あれ、夏休み前に集会で表彰台に立ってなかった?」

「あ、そうです。海斗はサッカーで県選抜に選ばれてるんです」

「へぇ、すごいんだな」

 一年生の間に県の選抜って相当上手くないとなれないよな。

「あのさ、北原さんとその篠田海斗の関係って何なんだ?」

「えっと、海斗は私の彼氏です。といっても海斗は部活が忙しくて、デートも1回しかしたことないんです。だから隠してるわけでは無いんですけど、知ってる人はまだ少ないです」

 北原しずくさんは話してみると意外とおっとりしていて、顔は整っているが、クラスでは静かなタイプのようだ。それで言えば、遥香に似ている。

「じゃあ、話を整理すると、竹内は北原さんと篠田くんが付き合っているのを知らなくて、北原さんにアピールしてたわけだ。……それで多分だけど、LINEも竹内に気を持たせるようにしてたってことだよね?」

「はい……海斗にそうしてほしいって言われて……」

「要するに、北原さんは篠田海斗に嫉妬をさせようと『竹内くんが私のこと好きかも』という内容のメッセージを送ってしまった。そして篠田海斗はその相手である竹内に怒りを覚え、北原さんに協力させて竹内が振られる動画を撮影し、YouTubeに投稿した、ってことで合ってる?」

「はい……そうですけど」

 北原しずくさんの言葉の歯切れが悪い。



「でも、それだけじゃない気がするんです」



 それだけじゃないとはどういうことだろか。

「海斗はそんなことで怒るような人ではないと思うんです。それで、私、もしかしたら他にも二人の間では何かあったのかもしれないと思って……入学式以降、海斗と竹内くんが会話してるのも、目を合わせてるのも私、見たことないんです。それも意識的にそうしてるように」

 確かに自分の彼女を知らず知らずとは言え、取られそうになったのだから怒るのは当然の範疇としても、それをわざわざ彼女に協力させて竹内の告白動画を撮影

してYouTubeに晒すなんてやりすぎだ。


「分かった。今日はありがとう北原さん」

「い、いえ……」

「最後なんだけど」

「はい……?」

 席を立ち上がろうとした、北原さんに最後に声を掛ける。

 これだけは言っておきたい事がある。


「彼氏がいる北原さんに近づこうとしたのは、知らなかったとはいえ、竹内が悪い部分もあると思う――」

 だけど。

「――だけどさ。竹内は本気で、真剣だったんだよ。だから北原さんだけでも、あいつのことを馬鹿にしたり、あいつに嫌がらせをするのはやめてやってくれ――」

 俺は立ちあがって、頭を下げた。



「――お願いします」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る