第十四話 不幸話と恋の相談は気分が乗る。というかそういう話以外で盛り上がらない。

 

展開が早いことに、俺は遥香の後輩くんとやらに早速会うことになった。


 遥香が『頼りになる男』が見つかったと後輩くんに連絡したら、すぐに会いたいということになり遥香のバイト先でもある駅前の『シルクドソレイユ』で待ち合わせとなった。


 学校帰りにカフェに立ち寄る……く~やってみたかったんだよねぇ。


 後輩くんはカフェに来る途中の歩道橋で重い荷物を持ったお婆さんが困っているのを見つけたらしく、家までその荷物を運んであげるから少し遅くなるとのことだ。近年稀に見る好青年じゃないか。


 俺は小腹が空いたのもあり、この辺りでは有名なシルクドソレイユパンケーキを注文した。

 雑誌にも特集されるほど人気で、いつか食べたいと思ってたんだ~。


 ちなみに遥香はこの後シフトが入っているから先に着替えてくると言って、店の奥に入って行った。


 本当に遥香のバイト先なんだな。パンケーキを運んでくれた女の店員さんとも仲良さげに話してたから、きっと上手くやれているのだろう。


『こちらって遥香ちゃんの彼氏さん?』とかいう俺が定石だと思っていた質問はされなかったが、これが顔面レベルの差か? 


 まあいい。目の前にはふわふわとろとろのパンケーキが黄金色のメープルシロップで光り輝いて俺を待っているからな。


 俺は心を落ち着かせて、シルクドソレイユパンケーキをフォークで口に運ぶ。


 うん! 美味いっ! 

 この口の中で溶けるような触感がたまらない!


「その美味しそーなパンケーキ一口ちょーだい!」


「やだよ。まだ俺だって一口しか食べてないんだぞ。俺がどれだけ噂でこのパンケーキの美味しさを聞いて、楽しみにしてたのか知らないだろ?」


「いいじゃん。いつだってこれるんだからさ」


「いつだってこれるわけねーだろ? 一人で来たら知り合いと会うと気まずいし、一緒に行くような友達もいねーし」


「ええ、涼太くんがいるじゃん」


「分かってないな。カヘェってのはな、注文やらなんやらの振る舞いでそいつがカヘェ初心者かどうか見分けがつくんだよ。考えて見ろ、涼太みたいなスマートな男とカへェに来て、俺が注文の時ドギマギして『こいつカへェ初心者だな』って思われたら俺は明日から生きていけねーよ?」


「それは考えすぎだと思うけど……」


「ふん。美月にはわからないな」  


  ――ん? 美月? 俺いま美月って言った?


「おい。なんで美月がいるんだ?」


「え? なに? 冷静に言ってるけど輝彦師匠酷くない? 美月ずっとここに居たよ?」


 本当に全然気づかなかった……。


 いや、さっきまで俺は遥香と二人でいたはず……。


 美月が居るとまともに話も出来ないから、俺が遥香を屋上に呼びだして……。


「もしかしてさ、輝彦師匠の言うカヘェってカフェのこと?」


「あ? そうだよ。うまく発音できねーんだ」


「変なの。あ、輝彦師匠。肩にホイップクリームついてるよ」


「肩に? そんなわけね――っておい! 俺の視線を誘導してその隙にパンケーキを勝手に食うなぁ! 一口がデカいんだお前は! しかも美月てめー! 自分の分は自分で頼みやがれ!」


「え~? にゃんだってぇー?」


 この野郎、俺のパンケーキを皿ごと奪って、背中でガードしながら食べやがる。


 くそっ、公園でのトラウマもあるし、女の子だから不用意に体に触れねぇ。

 てか、背後からでもガードに隙が無い! 


「いいから俺のパンケーキを返せー!」


「美月に気づかない輝彦師匠が悪いんだも~ん」

 

 ゴツンッ。

 俺が美月からパンケーキを奪い返すのに必死になっていると、突然頭頂部に鈍痛が走った。


「痛っ! 何すんだ!」


「何すんだじゃないでしょ。ここお店。分かる?」

 振り返ったら鬼がいた。間違えた遥香だ。


「あ、すいません」

「今どき高校生がお店で騒ぐなんて……」


 一瞬鬼に見えた顔から目線を下げていくと、遥香はバイト着であろうお洒落な白と黒のウェイトレス姿に身を包んでいた。


 黒紫の髪はポニーテルに結んであり、端正な顔立ちがはっきり見える。まさにクールビューティーで仕事が出来そう。全く普段と違って、人見知りに見えん。


「そんなじろじろ見られると恥ずかしいなぁ……」


「あ、悪い。初めて見たからさ、頑張ってるんだな」

「まだ仕事してないってば」


 遥香は下唇をちょんと噛んで、顔をそらしながら微笑んだ。

 やっぱり遥香は笑顔が一番。

 鬼の形相は錯覚でした。


 おっと、初めて見る姿に見とれてすっかり痛みを忘れていたけど、どうやら手に持っている銀色のトレーで殴られたらしいな。見えなかったけど、多分角で。


「ふ~、ごちそうさま。やっぱりシルクドソレイユのパンケーキは最高だね」


 え……? あ、ああ俺のパンケーキが……。

 俺のパンケーキが跡形もなく食されている……。


「美月来るの早かったね」


「ん? 遥香が美月を呼んだのか?」


「あれ輝彦に言い忘れてたっけ? 最近いつも一緒にいるのに、一人きりは可哀そうだなと思って呼んだの」


 あの人見知りの遥香が美月を呼んだのか? やっぱり実は二人とも仲が良いのか?


「遥香! 私もパンケーキ食べたい!」


「私も? え、今俺の分食ったよね? たった数分間の記憶どっかに置いてきたのか⁉」


「分かった。ちょっと待っててね」


 だめだ。二人とも俺のツッコミを無視しやがる。


「あ~遥香から聞いたよ輝彦師匠。美月が邪魔だからって屋上で二人きりで話してたって」


「おっと、美月それは誤解だぞ。お前ら二人が集まるとまともに話も出来ないと思って……って、なんだその疑いの目は。別に仲間外れにしようとかそういうつもりじゃないからな?」


「ねーねー遥香~輝彦師匠酷くない?」


「よしよし酷いね~。パンケーキでも奢ってもらったら?」


「輝彦師匠奢ってくれるかな~?」


「聞いてみたらぁ?」


 美月がわざとらしく遥香を見ると、遥香も何かを察したように美月の頭をなで始めて、最後には二人で潤んだ瞳で俺の顔を見つめ始めた。


 こいつらなんつー力技を……。最高の眼福じゃねーか。


「……はぁ分かったよ。今日だけ仕方ないから奢るよ」


「やったー! これで許してあげる! じゃあ遥香シルクドソレイユパンケーキ追加で!」


「了解。店長ー! パンケーキ2つ入りましたー!」


「遥香ちゃんなんで君の分も注文してるのかな?」


「そ、そんな私だけ……仲間外れなんて……」


「あーもう! 分かった分かった! 好きなだけ食べろ!」


「じゃあ美月ももう一つ!」


「そういうこと言ってんじゃねぇ!」


 だめだ……。この二人新しく協力して俺をいじめるという技を覚えてしまった。


 はぁ、やっぱり美月が転校してきてから俺は振り回されっぱなしだ。

 

           *

 

 シルクドソレイユパンケーキが席に到着して、遥香と美月は嬉しそうにそれを食べ始めた。


 遥香はバイト着に着替えて準備満タンだったが、シフトをよく見たら後一時間バイトまであったらしい。ドジ気質の応用であるおっちょこちょいを発揮している。


 しっかし、満面の笑みで食べている二人を見たら、俺もつい嬉しくなった。こんな美少女二人と一緒に居られることにお金を出したとでも思おう。


 ……一口くらい分けてくれてもいいんだけどね?


「なあ、遥香。その後輩くん遅くないか?」


「う~ん、でももうすぐ着くってさっき連絡来たんだけど……」


「なんか緊張するな……」


 頼りになる男として紹介される手前、下手に行動できない。


屋上では調子に乗って


 『まぁ、この頼りになる男がその後輩くんとやらの相談受けてあげても良いだろう』


 なんて言ったけど、落ち着いて考えたら全く適任じゃねぇし、何の相談を受けるのかも知らされていない。絶対に断るべきだった。


 断らずとも『役目不足かもしれないけど俺でよかったら』ぐらいの謙虚なこと言えばよかった。


 ただ、ここまで来たら考えても仕方ない。堂々と構えて待とうではないか。


「すいません! お待たせしましたっっ!」


 カランカランという音が響いて、いきなりドアが開いた。


 ドアは背後にあるので、わざわざ体を傾けて後ろを振り向くようなことはしない。なぜなら今俺は『頼りになる男』モードだからだ。


 しかし、俺たちがいるテーブルまでゼエゼエ聞こえる。めちゃくちゃ急いで入ってきたらしい。


「あ、竹内くんこっちだよ」


 俺の正面に座る遥香が軽く立ち上がって手を挙げる。となると、今急いで入店してきた人が遥香の言う後輩くんで間違いなさそうだ。


 竹内くんか。じゃあその竹内くんがこちらの席に来たら、にこっと優しく笑って紳士に対応しよう。ふふ、出来る男は振り向かないのさ。


「あー! 遥香さん! すいません、すぐそこで風船が木に引っかかって泣いてる女の子がいて、それを取ってたら遅れちゃいました」


「そっかそっかそれは大変だったね」


 なんだその絵本に出てくるようなシチュエーションは。遥香も疑問に思えよ。


「あれ、そこにいるのってもしかして美月姐さんじゃないっすか⁉」


 ん? 今美月って言ったか? もしかして知り合い?


「おたけじゃん! おひさ! 偶然先週会って以来だね!」


「お久しぶりっす! いやぁ、ほんと美月姐さんに目覚めさせてもらってから毎日が楽しいっす!」


 ん? なんか俺だけ置いてきぼりじゃね? 


 余裕を醸し出そうとしてずっと横目で足組んで水のグラスを回してんだけど? 


 早く俺に話しかけてくれないとやめられないし、そっち見れないんだけど?


「あ、すいません。俺、竹内洋太って言います。今日は急なご相談に来て下さりありがとうございまっす!」


 おお、やっと俺の方を向いてくれた。ふ~良かった。

 よし、そろそろ俺もゆっくり顔をあげて初のご対面と行きますか。


 なるほど。ズボンはダボッと着こなしていて、腰パン気味だ。シャツに金が城高校の校章が付いてるってことは、学校は同じみたいだな。


 よし、最後に顔だ。眉毛が細くて不良っぽい顔立ちだな……でも意外に目はパッチリしている……そして坊主頭だ。


 ――不良っぽい坊主頭?


「あ」

「あ」


 俺と竹内くんはお互いに目を合わせてぱちぱちと瞬きをした。



 違う違う。竹内くんだぁ? 




 こいつはなぁ……竹内だぁ!




「美月っ! こいつ河川敷で俺に怪我させた不良四人組の一人じゃねーかっ!」




「ちょ、遥香さんの前でそれは言わないでくださいっ!」


 竹内が俺の口元を必死に押さえてくる。


 なんと遥香の後輩くんである竹内は、何を隠そう俺の脇腹に蹴りを入れたあの金髪の後輩であり、俺の憎むべき相手だった。あの脇腹の痛みが数日消えなくて大変だったんだ! 


 今は美月もいる、金髪さんもいない。


 結論、此処で逢ったが百年目! 俺が懲らしめてやる!


「何が遥香さんだこら! 姫野先輩って呼べ!」


「分かりましたから! じゃあ姫野先輩って呼びますんで、一旦落ち着いてくださいっ!」


「やっぱり姫野先輩は却下だ! なんか姫野先輩って響きがラブコメっぽくて腹立たしいからお前はもう名前を呼ぶな! 遥香のことは『あの、すいません』って名前を呼ぶ間柄でもない人に話しかける感じで接しろ!」


「あれ、竹内くん輝彦とも知り合いなの?」


「そうっす遥香さん!」


「それなら良かった……もし気が合わなかったらどうしようって思ってたから」


「だから遥香さんって呼ぶんじゃない!」


「はいはい。輝彦師匠一旦落ち着いて。よいしょっ」


「うおっ!」


 いつの間にか背後に回った美月に腕を掴まれて、羽交い絞めのグレードアップバージョンみたいな技を掛けられた。痛い痛いっ! 


「ほら、おたけも何か言いたいことあるんじゃない?」


 美月が俺を拘束したまま竹内に問いかける。


「はい……」

 突然竹内があらたまった。


「あの、輝彦さん……いえ、輝彦兄貴。この間は本当に本当に本当にすいませんでしたっ!」


「え……? あ、お、おう」


 竹内が腰を直角に折って頭を下げた。不意打ちをされた俺の体から力が抜けてゆき、美月もそれに気づいてか力を緩めた。緩めるんじゃなくて離して……。


「あの、あれから毎日夢の中に美月姐さんが出てきて、少しでも悪さをしようとしたらチェーンソーを持って後ろから現れて追いかけてくるようになったんす」 


 え、なにそれホラー? 夢の中毎日13日の金曜日なの?


「それで、もしかしたら現実でもそうなんじゃないかって、最初は怖くて毎日困ってる人がいたら助けてあげたりしてたんすけど、いつの間にかそれが楽しくて、感謝されるのが気持ちよくて、今はバイトも親の負担が少しでも減ればいいと思って始めたんす!」


「そ、そうなのか……」

 待て、見れば見るほど坊主頭の爽やかな青年に見えてきてしまったぞ……。


「竹内くんね。まだアルバイト始めたばっかりなのに、接客が良いってよくお客さんに褒められてるから、私も見習って真似したりしてるんだよ」


「そうそう。だから輝彦師匠、この前のことは許してあげてくれる?」


「ま、まあ」

 竹内の真剣な表情を見たら、心変わりしたことが嘘ではないことぐらいこの俺でも分かる。ここは俺も素直に謝ろう。


「すまん、さっきは悪かった」


「そんな! 輝彦兄貴は何も悪くないっす! あの俺、輝彦兄貴って呼んでいいっすか⁉」


「え? あ、まあ別にいいけど。人前では恥ずかしいから声は控え目にしてほしいが、さっきから既に呼んでるよね?」


「ははは、無意識でした! じゃあ俺のことは洋太って呼んでくださいっす!」


「確かに良いやつということは分かった、一応分かったが断る。俺は竹内と呼ぶ」


「ええ! なんでっすかー!」


 騒がしい人員が増えた気もするが、竹内が不良の道から足を洗ったみたいで何よりだ。


 最初に美月と出会った公園でも、俺に危険を知らせてくれたのは竹内だったし、もともと根は優しいのだろう。俺は騒がしいのは好まないはずなんだが、さっきの会話で一番騒がしかった人物が俺ということには目を背けたい。


 俺はクールなキャラで通したいんだ。


         *


「あ~、だいぶ体の熱が冷めましたっす」


 隣に座る竹内は、注文したコーラが届くと美味そうに啜って、『くぅ~』と声を出した。


 なぜ俺の隣が竹内なのか……。不満ではあるが、竹内を遥香の座らせるわけにはいかないので仕方ない。


 一旦その場が落ち着いて、俺、竹内、美月、遥香は四人掛けのテーブル席に腰を掛けた。


「外あっついもんね~。美月もここまで来るのに暑すぎてびっくりしたよ~」 


 美月もいつの間にか頼んだ2杯目のオレンジジュースを飲み干していた。美月は、合計でパンケーキ×2(1つは俺のやつを食べやがった)、オレンジジュース×2を胃袋に入れている……。


 カフェでそんな大食いするやつ見たことないぞ。


「竹内くん、お会計は輝彦に付けて置いて大丈夫だから」


「それほんとっすか! 輝彦兄貴ごちそうさまっす!」


「待て待て、遥香。今日だけで俺にいくらお金使わせる気なの?」


 俺はバイトも何もしていないから、美月と遥香のパンケーキ代だけで相当苦しい。


「おい、あと竹内。そこはご馳走様っすじゃなくて、いやいや自分で払いまっすって言う所だろーが」


「いや、俺そんな変なとこにアクセント置いてないっすよ!」


「ふふっ、冗談だよ輝彦。さっきの私と美月のパンケーキは店長がサービスで出してくれたやつだから」 


「え、なに。そうなの?」


 騙されたけど、それなら良かった。パンケーキをサービスで出してくれるなんて、厨房の奥にいて姿は見当たらないけど、店長すごい太っ腹な人だな。


 遥香がそれくらい日々仕事を頑張っているということだな。あれ、美月は何もしてないはずだけど、ちゃっかりパンケーキサービスしてもらってるのはどうして? 俺だけ何にも無いんだけど……。


「そういえば何も知らずに遥香にシルクドソレイユ集合って呼ばれてきたけど、これって何の会なの?」


 美月が首を傾げて、素朴な疑問を発した。 


 そう、前提として今日の俺は頼りになる男として相談を受けに来ているんだった。本題を忘れてしまう所だったじゃないか。 


「そうだった。竹内、今日の本題に入るけど相談って何なんだ? 頼りになる男かどうかはさておいて、一応来たからには俺でよければ聞くぞ」


「それがっすね……」

 コーラを飲んで涼んだはずの竹内の顔が急に赤くなりだした。


「あの! 俺が輝彦兄貴に聞いてほしいのは恋の相談っす! と言っても俺の友達の恋の相談なんすけど! 俺の友達の!」


「恋の相談ね~なるほどなるほど。ん? なんで友達の恋の相談をお前が俺にすんの?」


 でもこれは予想外すぎるパターンだ。


 確かに男子高校生の相談ときて、恋の相談以外に考えられるものが他にないが(偏見)、なにせ俺は全くの恋愛トーシローなんだ。どうすれば……。


「ま、でもそれなら、俺に任せてくれ」


 あー言っちゃった! もう言っちゃったら後戻りできないもんね! 


 正直不適任すぎるが、美月と遥香の前で恥をかくわけにはいかないので、ここは冷静になんかそれっぽく答えちゃおうっと。


「でもおたけさ、輝彦師匠って彼女いたことないんだよ? それでも輝彦師匠に相談して大丈夫?」


「何言ってるんだよ美月。恋は経験じゃない――」


 ふ、流石は美月だ。最初に痛い所を突いてきた。だが俺はひらりとかわす。


「――衝動さ」


「あ、これ大丈夫じゃないパターンだね」


「美月姐さん心配しないでください。こう見えても輝彦兄貴は頼りになる男なんで大丈夫っすよ!」


「おい、だれがこう見えてもだコラ」


「それに俺がするのは友達の恋の相談なんで。俺ことじゃないんで!」


 つうか、友達の恋の相談とか言ってるけど、絶対自分の恋の相談だよね。隠せてないよ。


「竹内くん。それでどんな恋の相談なの?」


 このままだと話が進まないと思ったのか、遥香が話題を戻した。


「ああ、ちょっと恥ずかしいんですけど、これ見てほしくて。二枚あります!」


 竹内は自分のカバンを漁ってスマホを取り出すと、画面を開いて俺に渡した。そこには北原しずくという名前の相手とのLINEのスクリーンショットが映し出されている。



『今日消しゴム貸してくれてありがとう! 私よく忘れちゃうからいつも助かってる!』

『俺でよかったらいつでも貸すよ!』

『洋太くんって優しいね……』

『いや、そんなことないよ。しずくちゃんの方がよっぽど優しいよ』



「これがおたけの好きな人ってこと?」


「違いますよ! 俺は席が隣なだけで、俺の友達の好きな人っす!」


 美月がぐいぐい身を乗り出して、トーク画面を覗く。


 名前を隠してご苦労だが、北原さんの方が洋太って名前呼んじゃってるから。もう無理よ。完全にあんたの好きな人だよ。


 そして、俺は次のスクリーンショット画像へとページをめくる。

 


『しずくちゃん、今日の数学のノート明日見せてくんない? 寝てたら書けなくてさ』

『いいよ! あ、でも字汚かったらどうしよう……』

『そんなの気にしなくていいよ! まず、しずくちゃんの字とか絶対可愛いし!』

『えー、照れちゃうな……』



「……輝彦兄貴、これって俺の友達としずくちゃん脈アリっすかね?」


「すまん竹内。一口だけしか食べてないのに、パンケーキを戻しそうなんだ……」


「ちょ、なんで俺の友達としずくちゃんの会話を見て吐き気催してるんすか!」


「あ⁉ んだよ、恋の相談っていうから身構えて損した気分だ。こんなの脈アリ以外ないっつーか、カップルだよこんなの。カップルでも重症な方だよ?」


「ちょっと美月お手洗いの方に行ってくる……」


「美月姐さんまで⁉」


「何ていうか、青春する若者って感じだね!」


 若干顔色が悪くなって遥香が竹内に微笑みかける。めっちゃ無理した感想だな。


「でもこれって私たちが見ていいものだったの? ほら、こういうのって許可とかないと……」


 そう言われれば、遥香の言うとおりだ。これって見ても大丈夫だったかの? 


 相手の北原しずくさんのプライバシーが完全に侵害されている。


「大丈夫っす! 俺の友達には許可取ったんで!」

「この北原さんの方には?」

「あ……」


 竹内が見せていいか悪いかなんてどうでもいいんだよ。

 必要なのはお相手の女性からの許可だっつーの。


「まあでも見ちゃったものはしょうがないよね」


 遥香もそんなことだろうと思ったという感じでため息をつく。しかし、別に俺たちは北原さんとは学年が違うから特に北原さんの話をする機会もないわけだし、北原さんにとっての不利益もないはずだから心配には及ばないか。


「おたけはそれでしずくちゃんに告白するの?」


「実はっすね……

明後日公園に呼びだしちゃいましたっ!」


「なら俺に相談した意味はなんだ!」


 しかも、友達の恋の相談という設定はどこにやった! 


「俺、どうしてもこの気持ちが抑えきれなくなっちゃたんす。でも輝彦兄貴も言ったじゃないっすか! 恋は衝動だって!」

 それを言われたらぐうの音も出ない……! 


「でも自信ないんすよね……」


「大丈夫だよ。LINEの会話を見る限り、竹内くんと北原さん両思いだと思うよ?」


「そうだよ! 大船に乗ったつもりで告白しちゃいなよ!」


 遥香と美月の言う通りLINEの文面だけを見たら完全に両思いだし、告白が成功する確率は非常に高い。特に心配する必要もないだろう。


「ん~でも、やっぱり輝彦兄貴……明後日俺について来てくれないですかね……?」


「なんで俺なんだ。そういうのは一人で行けよ」


「お願いしますよ~! 俺の初めての告白見届けてくださいよ~!」


 初めてのおつかいみたいに言うな。なんで俺が通りすがりの人のふりして電柱の陰から見守らなきゃいけないんだ。


「まあまあ輝彦師匠。ついて行ってあげたら? 輝彦師匠が行くなら美月もついて行ってあげるから! ね?」


「ん? なおさら行く気が無くな――嘘嘘! 嘘です! 行きます!」


 危ない。完全に美月が野生の肉食動物が、か弱い草食動物に狙いを定める目をしていた。



「美月と輝彦を二人きりにするわけにはいかないし、私も行こうかな」


「よし! じゃあ決定だねっ!」


 うわ、話に流されて行くことになっちゃった。


「おい美月、冷やかしじゃないからな。竹内の真剣な告白を影から見届けるだけだぞ」


「言われなくても分かってるもん」


 学年も違うし、俺たちの中で竹内の告白を口外するような奴はいないはずだから、まあ何も問題はないか……。


 少し心配もあるが冷やかすわけでもないし、黙って見届けるだけだからな。


「決定っすね! おーし! 明後日に向けてこれから走ってきます!」


 やる気に満ち溢れた竹内は立ち上がって、ドアの方へ走って行く。


 明後日は告白するんだろ? 

 ランニングをしに行く意味は何だ。


「輝彦兄貴、今日は来てくれてありがとうございました! 明後日もよろしくお願いします!」


「お、おう。気を付けてな」


 竹内は風のように走り去って行った。


 相談も何も、結局は自分で告白する予定だったってことか。ま、シルクドソレイユパンケーキが食べられただけましと思おう……。 

 って一口しか食べてないじゃねーか。



「あ、てか、あいつコーラ代は……?」



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